第24話β 変わるもの、戻らないもの


 白学は、体育館周りの使用不可を確定したうえで、事件から早い段階で学校を再開した。

 もちろん、学生の本業は学業である。

 

 達海もまた、その一員であって、学校をやめるなどはできなかった。

 事件後、初の登校となる日、達海はどこか不思議な気持ちを抑えきれなかった。


 これまで当たり前にいっていた場所であるのに、どこか進むその足がためらいを覚える。


 それは、もう、これまでと同じ目線で世界を見れなくなっていたという証拠だった。


 白飾にはどこらかしこに能力を持つものが潜んでいて。

 そうして、明日何が起こるかも分からない街で。

 知ってしまえば、光に出ることは出来ない。


 結局、能力者になってしまったあの日からこうなる運命だったと言えば、そうなのだろう。



「...よし、それじゃあ行きますか」


 いつもより10分早く、達海は誰もいない家を出た。

 親は今日もどこかで仕事。

 同じ家族のはずなのに、生活に境目が出来てしまったことに気づかない達海ではなかった。



「...行ってきます」


 今こそ、この家に帰ることが出来ているが、零らに聞くところそうしていられる時間はあまりないとはっきりと達海は答えられた。

 だからこそ、この当たり前も、大事にしなければならない。



---



 教室に行くと、それなりに人数がそろっていた。

 けが人などが出ているため、欠席になっている人もいた。

 それでも、死者が出ていないだけ、それはまだましだった。


 達海が教室に入って数分後、遅れて学校に来た弥一は教室に入るなり達海のもとへ寄った。



「よっ。来たんだな」


「まあな。学生の本分は学業だし、そうそう休むわけにもいかんだろ」


「さぼれるならさぼりてえよ」


「...おふくろさん?」


「当たり前」



 弥一はえらくげんなりしていた。おそらく、お袋さんにきつく言われたのだろう。

 弥一は他人想いな分、こういうのは断れないのだろう。母親の言葉を素直に聞く弥一の姿が容易に想像できて、達海は軽く笑った。


「まあ、それでも、どれくらいの人が元気で来ているか、気になったのはある」


「...それはそうだな。あれだけでかい事件だったわけだし...」


「今後もああいうことがあるかもしれないからな、しばらくは気を付けよう」


「気を付けるって言ってもなぁ...やることはないよなぁ」


 弥一の話に波長を合わせるように、達海は答える。

 親しい中だからこそ、ボロが出やすい。


 達海は、自身が今学校に来ている事情を、弥一には知られたくなかった。


「ところで、あまり連絡できなかったんだけど、陽菜は来るって?」


「陽菜ちゃん? ああ、そういう風には聞いてる。定時なんじゃない?」


「なるほど」


 なんにせよ、見知った顔が見れるというのはそれだけで安心感がある。

 こればかりは本心で、達海は答えることが出来た。



 そうこうしてると、再び教室のドアが開く。

 入ってきたのは陽菜だった。



「おはよ。二人とも」


「ういっす」


「おはよ」


 そうして、今日もまた一日が始まる。

 大きく形を変えながらも、変わらないものを残しながら。




---




 その日は何事もなく時間は過ぎた。

 結局、一日中、達海は学校の動向をチェックしたものの、大きな動きはなかった。

 ただ、事件の影響か、休みになっている人はそれなりにいた。


 まず、クラスルーム内。

 千羽が、いなくなっていた。怪我かと聞かれればそうではなく、かといって事情も分からなかった。


 美雨は一応来ていたが、どこか顔つきが変わっていた。正義感故に、先日の事件でショックを受けていたのかもしれない。目線を合わせただけで、殺気を感じるその姿に、これまで以上に近寄る人間は減っていた。


 そして何より、担任である聖がいなかった。

 代理の先生曰く、家庭の用事、だそうだ。


 とはいえ、聖が独身であるネタをよく披露していたことを達海は知っていたため、さすがに怪しむしかなかった。


 クラス外での話になると、舞と桐は当然来ていなかった。

 その姿を達海は確認してしまっているため、理由は分かっている。


 それでも、もう仲良くできない立場にあることを考えると、達海は悲しまずにはいられなかった。



 そう言ったあたりの、自分に関係するところの人間の動向を、達海は零に伝える。

 もう機能しなくなった生徒会室に勝手に入り、達海は零に連絡を入れる。



「もしもし、会長。偵察、終わりました」


『ご苦労様』


「これを伝えてほしい...とかは、ありますかね?」


『データ上で誰が登校している、していないは把握できるわ。だからまあ、欲しいのはあなたの主観的な情報かしら』


「主観的な情報?」


『ガルディアの幹部としてはたから白学を見ていたわけだけれども、あなたはかなり重要人物と接触があったわ。だからね、こういう時のあなたの話は結構頼りになるの』


「重要人物って...」


 それはつまり、自分の仲の良かった人間が能力者であったり、などを言いたいのだろうか。

 達海は、そう思いたくはなかったが、舞や桐の事情がある以上、一概に否定はできなかった。

 

 おそるおそる達海は零に話す。



「クラス内で俺の親しいところでいなくなった人間で言うと...千羽...琴那ですかね」


『琴那...。ああ、やっぱりそうなるわね』


 零は思うところがあるのか、独り言を呟いた。


「あのー、会長」


『何かしら』


「その反応、千羽も何かあるんですか?」


『あるわね。大有りよ。なんせ父親はソティラスのリーダーよ』


「...え?」


 今日、学校にいなかったということで、達海は少し嫌な予感はしていた。

 けれど、誰がまさかリーダーの娘だと思うだろうか。


「なら千羽も...ソティラスになるんですか?」


『まあ、確実視できるでしょうね。特に、幹部やリーダーの娘となると、親からかなり思考統制も受けてるでしょう。間違いないわね』


 千羽が能力者である上に、対抗組織のリーダーの娘であることに、達海はショックを受けずにはいられなかったが、昔みたいにいちいち驚くことはもうなかった。


 少しは、割り切れ始めた、という証拠だろうか。

 

 すぐさま脳内を切り替え、達海は次の質問に入る。 


「そうですか...。...というより、学校内にいるソティラスの人間って、全員割れているんですか?」


『そうでもないわ。せいぜい十傑と呼ばれる、幹部格の人間くらいでしょうかね。それくらいの階級の人間は、戦闘で功績をあげ、名も知れているでしょうし』


「白嶺や桐...ああ、風音か。あたりはどうなんですか?」


『知れているわ。むしろ、組織で知らない人間はいないんじゃないかしら』


「そんなにですか?」


『幹部格とかではないけれどもね。戦闘で名を挙げるというところで言えば、ソティラストップクラスと言っても過言ではないわ』


「なるほど...」


 いつか、獅童とともに生徒会室に向かっていたたとき、獅童の目が少し険しかったその理由を、達海はようやく知った。



『ほかのところで言うと、誰が気になったかしら?』


「担任である、野沢先生あたりですかね。事情があまりも怪しくて」


『野沢はたしか...。ああ、間違いないわね。十傑の一人よ』


「そうなんですか...」


 さすがに、ここまでくると、達海は誰を信じていいか分からなくなった。

 むしろ、もはや誰も信じない方がいいのかもしれないと思うほどに。



『ほかは?』


「休みの人間の中で気になっていた人間は他には特にいません。...けど、親しいところで言うと、氷川の様子が変わったかなと言ったところです」


(氷川とは親しいって呼べるかどうか分からない関係だけど...)


『ああ、氷川ね。彼女は問題ないわ』


「そうですか。...くらいですかね。それ以外はいたって普通な一日でした」


『体育館付近以外で立ち入り禁止になっていた区画とか、あったりするかしら?』


「いえ、確認できてないです」


 驚くほど、施設そのものは平常運転で、学食も、モノレールも、平常通り運転していた。まるで、事件などなかったみたいに。


 ここまでくると、少々不気味さまで覚える。


『...そういえば、藍瀬君』


「何ですか?」


『今、生徒会はやっているかしら?』


「...いえ、活動はしていません。俺が話してるこの場所が、無人の生徒会室なんですから。...あ、盗聴器とかないですよね?」


『私と獅童が主導だった場所よ? そういった類は常にチェックしてたわ。問題いないわよ』


「そうですか。...なら、連絡は一旦終わりですかね」


『そうね。夜に本部に来て頂戴』


「了解です。...では」



『...なかなか、居心地の良い場所だったのだけれどね』



 最後の零の独り言を聞き取ることなく、達海は通信を切った。

 そのまま、生徒会室の窓からグラウンドを見る。



 バットの金属音。ブラスバンドの音。

 変わらない日常がそこにあるはずなのに。


 一人残されたこの場所は、まるで別世界のように達海は思えた。


 今日、学校に来て、達海は改めて思い知る。

 日常というものに置かれていた自分用の椅子は、とっくになくなっていると。


 外から立ち入ることが出来ても、その日常という枠組みに、もう居座ることは出来ない。


「...ははっ、笑っちまうな」


 しかし、あろうことか達海は少々吹っ切れてしまっていた。

 ここまでくるとすがすがしく、日常と離別するのに苦労もなかった。


 きっと、変わってしまったこの日常には、自分はいない方がいい。

 代わりに、新しい非日常が、自分を待っている。


 人は、いつか変わらなければならない。

 それが今なんだと、達海はようやく決心出来た。



「...じゃあな、日常」


 かっこつけて、きざなセリフを吐いてみる。

 そのまま一度大きく息を吸って、達海は踵を返した。


 さあ、帰ろう。このドアの向こうに新しい日常がある。

 



「...よろしくな。非日常」



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