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第3章β 誰がための世界 (零√)
第18話β 時島 零
(とりあえず、今はこいつをどうにかするしかないか...!!)
達海は、なにより身の危険を感じていた。
現状、体育館はかなりのダメージを負っていた。
天井はあちこちが崩落し、出入り口は逃げ出そうとする人であふれかえっている。
まともな判断をすることが、なにより重要だった。
目に映った全ての人のことを忘れ、力を一点に集中させる。
(こいつを...砕く!!)
右手の先にもてる最大限の重力を掛け、右手を突き上げる。
一度当たった感触がしたかと思うと、自分に降りかかっていた天井の一部は粉々に砕けた。
痛みは、感じていない。
(...なんとかなったか。...けど、ここから...)
改めてあたりを見回してみる。
(陽菜も弥一もいない...はぐれたか)
しかし、今はどうにかしてでも脱出だろう。
どうせ、出たところできっと統率は取れない。
一人になって考える時間は、ここでは与えられそうになかった。
(...それじゃ、抜き足差し足で気づかれないうちに...)
そう思って動き出す。
その瞬間、目の前に先ほどは映らなかった一人の人物が映った。
達海は思わず声を上げる。
「か、会長!!?」
零は、ただ黙って体育館内の様子を見ていた。
その表情は、果てしなく冷たいもので。
だからこそ、達海は戸惑った。
(驚いて...ないのか? こんな状況で、こんな大変な時に。...この人、おかしいんじゃ...)
その時。
ゴッ!
(...えっ?)
刹那、達海の後頭部を鈍い痛みが襲った。
それは一瞬。けれど確実な一発。
誰かからやられたものかもしれないと達海は一瞬思ったが、消えゆく意識の中ではそんな意識は保つことは出来なかった。
だんだんと瞼が重たくなり、達海の視界は暗くなる。
瞬く間に、達海の意識は闇へと消え去った。
---
~side G~
「...これで十分か?」
「悪いわね、獅童。あまりこういったこと、したくなかったでしょうに」
「いいさ。任務のためだ。...それより、こいつをどうする?」
「まずは組織に連行ね。殺すわけにはいかないわ。...それにしても」
「なんだ?」
「...こんな大掛かりな作戦、するはずはないと思うのだけれど...」
「...それは、時の流れるままに生きていれば分かる。...行くぞ」
「ええ、そうしましょう」
眠った達海に向けて、零は妖しく微笑んで語り掛けた。
「あなたは、もう戻れないわ。...ようこそ、こちらの世界に」
---
「...ん」
達海が気が付くと、そこは達海の知る場所のどこでもなかった。
学校でも、家でも、科の体育館でもない。
だんだんと開いてきた視界で見回すと、そこはひどく殺風景な白の部屋だった。
さらに、自分は椅子に括り付けられ、拘束されていることに達海は気が付いた。
「な、これ...、どういうことだよ!?」
乾いている喉でも、叫ぶことくらいは出来た。
聞く人は、誰もいないが。
達海がうろたえていると、部屋の隅に置いてあるスピーカーから声がこぼれてきた。
「あ、あー...。聞こえるかしら、藍瀬君」
「その声...会長!?」
事態が飲み込めない達海は、混乱するほかなかった。
それでもって、聞こえてくる声がどうして零のものかを考える。
しかし、集中できる状況ではないのか、ゾーンなどとは縁遠い、むなしい熟考だった。
「ええ、そう。会長。...あぁ、こっちではそうではないわね。とりあえず、私よ。時島 零」
「会長なら聞いてください! 俺は何をされるんですか! 助けて下さいよ!!」
「無理ね。そうしたのは、私なんだもの」
「...え?」
何のためらいもなく、零の口から知りたくもなかった事実が発せられる。
零がこの事態を作ったということは、達海は零に拘束されている、ということに他ならなかった。
「さて、改めて自己紹介と行きましょうか、藍瀬君」
「自己紹介って...」
その時、達海は全てに気が付いた。
それは、最悪の事態。
能力。
間違いなく、それに絡んだものであることに、達海はようやく気付いた。
そうして、先日零と会話したことを思い出す。
思えば、あそこから詮索されていたのかもしれない。
今度こそ、シラを切ることは不可能だった。
そんなあれこれを考えるさなか、零は至極当然のように自分の立場を口にした。
「私は時島 零。...ガルディア、と言えば、藍瀬君も思うところがあるでしょう?」
「...やっぱり、そうか...」
はっきりと本人の口からその真実を告げられ、達海は後悔の念に囚われ始めた。
そこでようやく、自分の行いの失敗に気づく。
そして、次に生まれたのは、やはり、これからどうしたものだろうという恐怖だった。
ここで殺されるかもしれないという感情すら、もう浮かび上がっていた。
「さて、藍瀬君。こうしたのは他でもない。あなたと建設的な話がしたいの」
「建設的、ですか...」
「そ。何も私たちもあなたを簡単に殺そうとは思ってないわ。...けどね藍瀬君。一つだけ言えることがあるとすれば...。あなたは知りすぎた」
「...そうですか」
「ああ、殺される前提での話はやめて頂戴。私たちは極力あなたを生かす方針でいる。まあ、それはこれから行う質問への回答次第だけれどね」
「この間、やったやつですか?」
「あんなもの、テストの名前欄くらいの価値しかないわ。私たちが知りたいのは、あなたの考え、能力、思考、敵対意思の有無。そんなところかしらね」
どうやら、全てお見通しだったみたいだ。
先日の質問で解放されたのは、せめてもの慈悲だったのかもしれない。
「それじゃ、どんどん進めていくわよ。あまり時間は取れないの」
「...」
「一つ。あなたは、ガルティア、およびソティラスという組織についてなんらかの知識を得ている。違うことがあって?」
「...」
達海が無意識のうちに黙秘を貫こうとすると零は付け加えるように口添えをした。
「ああ、それと。嘘をついてもそれが嘘だとはこちらで見抜けるわ。見苦しいことはしない方がいいわよ」
「...なんでもお見通し、ですか」
もはや、呆れを通り越して苦笑を浮かべるしかなかった。
ここまでくれば、素直に吐いた方が楽なのかもしれない。
代わりに、もう二度と日常には戻れなくなる気がしたが。
(...いや、もう無理か)
達海は、全てを諦めた。
そうして、促されるまま答えを吐く。
(ごめん...みんな)
「...知っては、います。...といっても、根本からは、ではないですが。...対立構造にあることや、どういった組織くらいかは...知ってます」
「...ふぅん? 本当みたいね。じゃあ次、あなたの能力の詳細を教えて頂戴」
「...聞いたところによると、重力操作、です。...それ以上は、知りません」
「...これは...どうなのかしら? まあいいわ、次に行きましょう」
一瞬、零のところで間があったが、ためらわず次の質問へと進んだ。
「先日も聞いたことだけど、もう一度。白飾のやっていることが自然を破壊したり、世界を亡ぼしたりに繋がるものだとしたら、あなたはどうする? これに賛同するか。それとも違うとあらがうか」
「...そもそも、白飾で何が行われているのかを、俺は知りません」
「...そのようね。じゃあ、そこは考えなくていいわ。それを除いても、考えることは出来る。あなたは正義のヒーローと、反逆の英雄の二択を迫られている。さあどうする、といった話ね」
「...傍観は、出来ないんですか?」
「無理ね。さっきも言ったわ。あなたは知りすぎたって。本当なら野放しにしてあげたい存在ではあったけどね。事態が急転したわ。そんな状況で、ノラであるあなたは放っておけない。さあ、答えなさい」
次第に声音が険しくなる。
のらりくらりと躱すことは、もはやできそうになかった。
けれど、この質問にあっさりと答えてはいけない気がしているのは事実だった。
ここであっさり、能力を、黒い世界を認めてしまったら、大切なものを失う気がして。
それがもう叶うものでないと分かっていながらも、抗えずにはいられなかった。
生きてきた道の全否定になるのだから。
「...やっぱり俺は、分かりません」
「...そう」
「けど、もしそこに命のやり取りが発生するのなら、俺は見過ごせないかも...しれません。誰かが死ぬのは、嫌なので」
「...なるほど。分かったわ」
達海のの思考を正確に読み取れたのか、それ以上の質問はなかった。
放心状態のまま、どこか遠くの天井を見上げる。
全てを吐き出し切ると、意外と楽になった。
頭がどこかすっきりして、脳を動かすのがスムーズになる。
ここで、達海は初めて誰かを心配する余裕が出来た。
(さっきの爆破の...みんな、無事かな...?)
零が組織の人間であることにはショックを受けたが、いつか弥一に言われたようにそれ以上の詮索はやめておいた。
信じるしか、達海には選択肢はなかった。
そうしていると、白い部屋に光が差した。ドアが開いたみたいだ。
首を動かせる達海が振り向くと、そこには制服ではない零が立っていた。
「あなたの処遇が決まったわ。ついてきて頂戴」
掛け声とともに、椅子の拘束が自動で解かれる。体が自由になった達海は無気力のまま立ち上がり、零に従って部屋を出た。
部屋の外は光。
進む先は、はたして光か影か。
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