第19話β 誰がためのこの力
薄暗い廊下を進むにつれて、達海の不安は増していった。
ここはもう、紛れもない非日常。
自分が望んでいなかった光景が、きっとこの先続くだろう。
それを思うだけで、寒気が止まらなかった。
そんな不安を一心に抱えていると、何かに気づいたように零が優しく告げた。
「安心しなさい。そうすぐには手荒な真似はしない。あなたの身の保証は...まあ、きっとなんとかなるわ」
「説得力が全然ないですけどね」
「それは藍瀬君、あなた次第だからよ。...と、そろそろ着くわね」
言うと、二人は一際大きなドアの前にたどり着いた。
見るだけでかなりの重圧があるそのドアを開けると、多数設置されたモニターと、いくらかの人が室内にはあった。平和である白飾には一際似合わなそうな風景が、そこにはあった。
呆気に取られて達海がもう一度あたりを見回すと、どこか見慣れた人がそこに座っていた。
「獅童...」
「よう。悪いな。こんな形で呼び出して」
獅童は椅子をくるりと反転させ、改めて達海の方を向いた。
「とりあえず今は、お前の今後を担当するのは俺と零の仕事でな。ここに来てもらったわけだ」
どうやら拒否権は無くなりそうだと達海は肩をすくめつつ、次の言葉を待った。
「それで...改めてだが、藍瀬。俺たちがお前をここに呼んだのは他でもない。スカウトだ」
「...はい?」
目の前のセリフに達海は耳を疑った。けれどそれがふざけたものではないことを知る。
「以前からお前が能力者であることはこっちも把握していた。...が、大方唾でもつけられていたんだろう。なかなか接触できない状態にお前はあった。それがこの間の零との質問だ。覚えているだろ?」
「...まあ」
「それが、今日のテロ事件で事態が急変した。お前、ガルディアとソティラスが対立構造にあるのは知っているだろ?」
零に先ほど知っていると言ってしまった矢先、否定はできない。
達海は一度頷いた。
「お前みたいな能力者なりたての人間は、こういう時先に引っ張った方についていきやすくなる。それがまずいと判断してな、少々手荒な真似をしてまでお前をここに呼んだわけだ。悪いな。後ろから殴って」
どうやら、自分を気絶させたのは獅童だったみたいだ。
今となっては、そんなことに怒る理由もないのだが。
「だから、改めてスカウトだ。...藍瀬、お前のその力、ガルディアに貸してくれないか?」
獅童はまっすぐな瞳を達海に向ける。
その純真さのあまり、達海は目を背けることが出来なかった。
そして何より、断ってしまったらこの先何が自分にあるのか分からない。
せいぜいそれがよろしくない未来であることくらいしか、達海は予想できなかった。
だからこそ、この結論に至るのは早かった。
「...こんな脅しのようなやり方じゃ、断れないだろ...。...飲むさ。要求」
「そうか」
それは、こんな言葉の一つで済まされるようなことで済まない事だと達海は分かっていた。
けれど、こうなる未来が予想できていたかと言えば、完全に否定できないのだから、達海にも落ち度はある。
そうして、達海はガルディアに協力することを決めた。
それが後に、自分にどんな影響を与えるかはいざ知らず。
「ただ、こちらとしてもお願いがある」
「...聞ける範囲で聞くわ」
獅童の代わりに零が答える。ここからの説明はどうやら零が担当であるみたいだ。
「さっきも言ったかもしれないですけど、俺、組織間の抗争のこと、全然知らないんですよ。...だから、今何が起こっているか、だとか、この組織が何を理として動いているか、だとか、全く分からないんです。...そういうの、教えてくれませんか?」
「そうね。入るのなら教えなければならないわね」
「もし入らない選択をしてたら、俺はどうされていたんですか?」
改めて達海はそう聞いてみた。
けれど次の零の言葉で、温情などないことを知る。
「んー...。一概にどうとは言えないけれど、多分殺していたでしょうね」
「やっぱりですか」
分かってはいたものの、選択を誤ってしまったらどうなっていたかを考えると、さすがに恐ろしくて達海は仕方がなかった。
握りしめた拳が少しばかり震える。
それを察してか、はたまた知らずか、零は言葉をつづけた。
「ただ、私にその権利があるならば、殺しまではしなかったでしょうけど」
「え?」
「何でもないわ、過ぎ去った過去の話なんてどうでもいい。とりあえず、あなたが望んでるものはそんな話じゃないでしょう? 場所を変えるわ。ここは仕事中だし」
零が一度室内をぐるりと見渡した。
先ほどのテロの一件もあってか、どこか厳戒態勢が敷かれている中で、その雰囲気を壊すような話は出来そうになかった。
達海はそれを理解して、一度頷く。
その瞬間、獅童の机の隣の通信機がビービーと音を鳴らした。
場に緊張感が走る。零もまた、その一人だった。
獅童は動じることなく、その通信機を取った。
「はい、湯瀬です。...え」
通信相手の声は聞こえなかったが、今の獅童の一声で、達海は何かまずいことがあったと察することは出来た。もちろんそれが何かは知らないが。
「開坂さんが...!?」
次の一声で場が一気にどよめく。達海がちらりと零の方へ目を向けると、零は先ほどよりもいっそう鋭い目をしていた。
それが事の急を告げていることは、達海でも十分理解できた。
おそらく、のんきに話は出来そうになかった。
獅童がそのまま何も発することなく通信を切ると、零は耳打ちで獅童に内容の確認を行った。
「(開坂が...やられたの!?)」
「(そうらしい。...とりあえず、臨戦レベルを引き上げた方がいいか?)」
「(そうね。リーダーには私から言っておくわ)」
耳打ちの内容は、あまり達海の耳には入ってこなかった。
しかしながら、その内容がどれほどまずいものだったかは理解するに至った。
達海はそのまま黙っておくことに決めた。
そんな中で、零が似合わない大声を上げる。
「本部から伝達! ...臨戦レベル、4まで引き上げるわ。各員、今後動く状態から目を離さないで!」
「臨戦レベル...?」
つい、そう口にしてしまった達海に、そっと答えたのは獅童だった。
「文字名の通りだ。レベルは0~5まであるが...4は戦闘は当たり前くらいな感覚だと思ってくれていい」
「え?」
「俺らは常に戦う組織だ。別に驚きはしない。...ただ、4が出るのはもうずいぶんと久しい話だが...」
後半、獅童がぶつぶつ呟くように口にしたため、達海は聞き取ることが出来ずにいた。
しかし、それは次の零の一言で解決する。
「モニター班でも十分に準備しておいて。戦闘はいつ起こるか分からないわ。用意は万全に。...始まるわ。戦争が」
その言葉に、達海はいよいよ戦慄する。
戦争。
言葉の通り、命と命の奪い合いだ。
人を殺し、人が死ぬ。そんな光景。
それが、白飾で始まるというわけだ。
さすがに、反発せずにはいられなかった。
しかし、声を上げることは出来ない。
状況が状況というのも当然あった。しかし、それ以上に達海がすくんでいたのだ。
明日からの世界がどうなるか、達海は不安で仕方がなかった。
これはもう、もはや自分の話ではない。
世界レベルの話で、だ。
一通り演説を終えて、零は一息ついて、達海の方を向いた。
「...確認するわ。藍瀬 達海。あなたは、ガルディアに入るの?」
「え、それは...さっき言った通り...」
「足が竦んでるわよ」
「...」
震える足元から目を顔の位置まで戻すと、零はいつになく真剣な目をしていた。だからこそ、嘘はつけない。
けれど、達海は本当に組織に入ることに躊躇いを持っていたわけではなかった。
ただ、分からないままなのだ。
戦うにしろ、自分の能力をふるうにしろ、その理由は明確にしておきたかった。
まだ、それを聞いていない。
そうして、達海は震える声で零にこたえる。
「怖気づいてるのも...あるかもしれないですけど、けど、俺はまだ...知らないんですよ。自分が力をふるうべき理由を。だから...教えてください。ガルディアという組織は、なにと戦っているんです? ソティラス? なるものは、なにをしてるんです?」
それはまさしく、先ほど聞きそびれたことだった。
零は一つため息をついて、簡単に答える。
「私たちはね、守ってるのよ。コアを。そして、ソティラスはそのコアを完全破壊しようとしている組織」
「破壊されたら...どうなるんですか?」
「人は一人残らずこの世界から消えるわ」
「...え?」
零はあっさりと答えたものの、突拍子に言われた達海は脳が理解が追い付かない状態でいた。
人の消滅。
いわば、人類の滅亡というわけだ。
それを目的に、相手組織、ソティラスは動いているという。
それを聞いて、達海は決心を決めずにはいられなかった。
(生きることに意味を感じなかった俺だけど...まだあきらめたわけじゃない)
である以上、そんな中途半端な自分のままで死にたくはなかった。
そして、この真理が、ようやくこれまで零に聞かれていたことの意味だったのだと達海はようやく理解する。
けれど、目の前にその現実を置いておいて、傍観者を気取れるほど、達海は悠長ではなかった。
「だから、これまで何度もあんなこと聞いたんですね」
「そうよ」
「今なら言えます。...そんなの、間違いだ」
「そう。だから?」
「俺は戦います。この組織で、この街と、世界を守るため」
はっきりと、達海は口にした。
それは表情にもなって、零に、隣に居合わせている獅童に伝わる。
達海の覚悟を理解したのか、零は肩の力を抜いて答えた。
「あなたの気持ちは分かったわ。...けれど、いいのかしら? それはあなた自身を危険にさらす羽目になるわ。今なら退路を用意してあげる、と言われても、あなたは変わらない?」
「引いても...もうダメな気がするんです」
ここにきて、ほんの数十分。
いろいろな話を聞いて、達海はとっくに気づいていた。
日常には戻れない。
戻れても、もう純粋な気持ちではいれないだろうと。
だから、戦う。
それが自分の存在証明になるのなら、達海には断る理由はなおのことなかった。
「だから、俺をガルディアの一員として...」
「そう。分かったわ。では改めて」
零はコホンと一つ咳払いして、はっきりと言葉を紡いだ。
「ようこそ。地獄へ」
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