第40話α(1) 私の生きる意味


 桐は、自分のベッドの上で、しょんぼりと体育座りしていた。何も感情を感じれないその様子に、悲壮感が伺える。



「...何しに、来たんですか...?」


 部屋に無理やり入られた桐だったが、その言葉にこれといった感情はなかった。

 あまつ、怒るという感情さえ。



「...ちょっとな、話に来たんだ。顔も見せてくれなかったからな」


「...そうですか」



 不愛想に桐は答える。達海は閉まったドアに背をもたれて、話しかけた。



「桐はさ、舞の事、やっぱり好きだったのか?」


「えっ...?」



 久しぶりに、桐が表情を見せた。

 それは本来、驚きたくないことで、であったが。



「...そんなの、当然に決まってるじゃないですか。...だって、私と舞は、ずっと一緒で、ずっと...こうして...」


 桐はつまり詰まりで答える。

 やはり、すべてを拭い去るには、こんな短時間では無理だということを達海は悟りつつ、それでもって話をつづけた。




「...だよな。...俺も、好きだった」


「はい...」


「なあ...、桐はさ、舞とどうやって知り合ったんだ? どうして仲良くなって、どうして好きになったんだ?」


「...そんなこと...言われても...」


「分からない、って言ってたよな。そういうの。...けどさ、いつまでも、そうするわけにはいかないんじゃないのか?」


「...え?」


 

 達海の言葉に、桐は驚く。

 しかし、先ほどの達海の言葉は、その半分を自分に言い聞かせているようなものだった。


 何の進展もない、ただ立ち尽くして行く先を見誤ろうとしている自分に。



 達海は一つ軽く息を吐いて、桐に語り聞かせるように言葉を紡いだ。



「俺もさ、覚悟こそしてたけど、何気なく毎日を送って、何気なく強くなろうとした。...けれど、それは違った。もちろん、舐め腐っていたわけではないし、会長や獅童と対峙した時も、戦う覚悟は出来ていた。...けど、足りなかった。...きっとそれは、俺が桐と向き合えてなかったから」


「向き合う...って、なんですか?」


「ま、俺も分からん。...けどさ、よくよく思えば、俺は桐の事、何にも知らなかったんだ」


「前も聞きました...それ」


「そうだな。前にも言った。...けど、それがいけなかったんだよ。...分からないの言葉に逃げて、向き合うことを遠ざけたくせに、分かった気になっていた。...だから、負けた。それが弱さだったんだ。...だから、桐。俺は今一度お前に言うよ。俺は、桐のことを知りたい。もっと、もっと」


「それは...でも...」


 

 桐は、本当に分かっていない。

 それは、前から分かっていたことだ。


 でも、それで終わらせたから、舞は死んだ。



 それに尽きるのだ。現実とは、まさしくそういうものであって。

 だから、残酷なりに進むしかない。


 もうじき終わるであろう、この世界で。




「...何を、話せば...いいんですか?」



 桐は、前とは違い、自分で進んでその答えを求めてきた。

 


「そうだな...、じゃあさ、舞と知り合ったときの話を教えてほしい」


「舞の事、ですか?」


「いや、舞と桐、二人のことだ。...そのことは、舞からは教えてもらえなかったからな」



 二人が一緒になった経緯、いきさつこそ達海は知っていた。

 けれど、所詮それまでであって、そこから先の感情論を達海は知らない。



 桐は一瞬ためらって、覚悟を決めたのか最低限聞き取れるくらいの声で話し出した。


「...私が、小さいころ、親ともども事故にあって、ソティラスに保護された、というのは知ってますか?」


「ああ」


「その時、私はずっと一人泣いていました。それはもう、ずっと。多分、今のように...。私は、独りぼっちだったんです。同じ境遇の子もいなくて、学校にも行けなくて、ずっと孤独な世界で、私は生きていました」


「そりゃ、そうか」



 なんせ三歳ですべてを無くしたのだ。

 背負う悲しみは大きすぎて、その小さな背中では背負えなかっただろう。


 だから、捨てたのかもしれない。

 全てを捨てれば、楽になれると思って。



「そんな私に与えられていたのは、戦闘訓練のみ。ただ戦うことだけ教えられて、それのために生きてきました。...というより、それしかなかったんでしょうね。その時の私には」



 桐は諦めきったように吐き捨てる。

 けれど、白学に行くことがなければ、そんなことも思えなかったかもしれない。


 そう考えれば、桐の歩んできた人生には、まだ救いはあるようには思えた。



「そんな中で、ある日私のもとに別の女の子がやってきました。それが舞です」


「桐が6歳くらいのときか?」


「そうです。...といっても、そのころには、もう私に感情はほとんど残っていませんでした。...というより、感情を学ばなかったんですかね。空虚な人間になっていた私は、舞のことを受け入れることは出来ませんでした」


「そうなのか?」


「恥ずかしい話ですけどね...。それに気づいたのも、最近...ずっと一人で沈んでいた時です」



 そう言われて、達海は、桐もただずっと何も考えずに沈んでいたというわけではないということを思った。

 

 そして、桐が口にしていたその言葉こそが、舞の危惧していたことなことを思い出す。



(自分で、自分の足りないものが分かるには、桐も成長したんだな...)


 舞がいなくなったことは、皮肉にも、桐をしっかり育て上げていたのだ。




「そんな毎日でしたが、舞は不愛想に接していた私に積極的に近づいてきました。一緒に遊ぼと誘ったりしてみては、時折無理やり手を引いて外に連れ出したり。私とは、対照的な子でした。仲良くなれたのも、舞のおかげです。...じゃなきゃ、私はずっと一人のままで」


「舞がそんなことを...ねぇ」


 達海はそれを考えようとしてみたが、容易に想像するには至らなかった。

 だからこそ、このころから舞の生き方はこうだったと思えた。


 ということは、最後まで自分の信念に生きたことになるのだろうか?



(かっこいい...って、言える話じゃないな)




 それを納得することが、どれだけ愚行であるかを達海は理解していた。



 どれだけ厳しい状態であろうとも、大切な人の前で、思いを託していなくなるのは...きっとやってはいけないことだ。


 舞だって、きっと桐に対して思うところがまだまだあったのだろうから。



 だから、達海は舞の死を否定し続けなければならない。

 


「...ただ」


「ただ...?」


「舞に、嫉妬を感じてもいました。...私は、どれだけ頑張っても、舞には届いたことがなくて、それこそ、いつも迷惑をかけてばかりで。そんな私を、舞は、どう思ってたんでしょうね...。さっきも、それが怖くて、震えてたんだと思います...たぶん」




(ああ、なるほど)


(さっきの桐は、舞から見た自分を知るのが怖くて、震えてたのか)




 けど、もしそうなら、それは違う。

 今の桐は、有体に言えば、舞の死どころか、舞自体を受け入れようとしていないのだ。



 それで、なにに勝つというのだろうか?

 どう、強くあるつもりなのだろうか?



 ...いずれにせよ、それは不可能。


 だからこそ、達海にはそんな桐を叱咤する必要があった。




「桐っ!」


「っ! ...なん...ですか?」



 急に怒鳴った達海に恐怖を覚えたのか、はたまた驚いたのか、桐は恐る恐る口を開いた。

 



「...桐、逃げてるよ」


「分かって...ます....けど...!」


「分かってない。何一つわかってない」


「なら! 先輩は何が分かってるんですか!」



 次第に高ぶる感情を抑えられなくなったのか、桐は次第に声を荒げた。

 それは完全なる怒りと言っても過言ではなかった。



 しかし、その怒りですら、幼い。

 


 達海は、怖いとは思わなかった。



「舞に届かないって? だから、舞にどう見られてるか怖かった? お前、本当に舞の事考えたことあるのかよ」


「ありますよ! ...ないわけないじゃないですか」


「でも、聞こうとはしなかったよな。舞に。自分の事、どう思うかって」


「それ...は...」



 どうやら図星みたいだった。

 しかし、達海はその気持ちが分からないわけではなかった。


 他人からの評価を聞くのに、人はどうしても躊躇う。

 ましてや、自分が信じてる人が、自分のことをどう思っているかなど、聞くのにかなりの勇気を必要とする。



 けれど、そうして相手が自分のことをどう思ってるかを知らないということは、いわゆる一方的な好意に変わりない。

 それで、互いに信じあえてるといえるのだろうか?



 付き合った時間など、ともに過ごしてきた時間の長さなど関係ない。



 たとえそれが、桐と舞のような密接な関係であろうと。



「俺は、舞が桐に対してどういった感情を抱いているか知ってる。だから今こうやって、慣れない説教までしてる。桐はどうだ? 舞と一度でもそんな話をしたか?」


「...」


「ない、だろ?」


「でも...もう遅いじゃないですか。...それも、私のせいで」



 先ほどまで大いに怒りを見せていた桐だったが、完全にその支柱となる部分を折られて意気消沈していた。そのうえで、また泣きそうになっている。


「そうだな。...遅い」


「...」


「だからって、逃げ続けたままでいいのか?」


「じゃあどうするんですか!?」


「舞がお前のために命を張って戦ったこと、ただそれだけを信じてやれよ。...あいつは、最後までお前のために生きたんだぞ? 自分の幸せなど後回しで。ただ桐の事だけを思って」


「...それを、誰が証明できるんですか?」


「俺だ」



 達海は胸を張って言い返した。

 本当に舞が自分のことを考えて生きていたなら、命落ちるギリギリで告白などしない。

 その自信があったから、達海は胸を張れる。



「俺さ、舞に告白されたんだよ。...死ぬ数分前に」


「なんで、そんなときに...?」


「俺が桐に好意を向けていること、舞は分かってたからな。だから、茶々入れなかったんだよ。自分の欲などどうでもいい、ってな。最後まで、生き方貫いてんだ。全部桐のためって」


「...っ!!」


 桐は、ごしごしと自分の腕で涙の浮かんでいた目じりを拭いた。

 そのまま、顔をバッと挙げる。


 面構えが変わっていたことに、達海はすぐに気づいた。

 不謹慎だが、少し嬉しかった。



「先輩...私、戦います」


「何のために? 復讐か?」


「いいえ、舞のためです。...私は、舞の成し遂げたかったことを成し遂げる。それが、舞が生きた証明になるなら」


「...そうか」



 少なくとも、もう憎しみに支配されているだけではなくなったみたいだ。

 舞は桐を信じ、桐に託して死んだ。

 代わりに桐は、託された願いを叶える。



 十分なことだ。






「...じゃあ、叶えないとな」


「はい」



 達海もまた、覚悟を決めた。

 最後まで桐を守り切る、ちっぽけで大きな覚悟を。


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