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第三章α 夜に舞う華(桐√舞√共用)
第18話α 風音 桐
「先輩! こっちです!」
ふとした瞬間、幼き叫び声が達海の耳にこだました。
あたりを見回すと、必死の形相の桐が達海を呼んでいた。
達海は何も発することなく、桐のもとへと駆け寄った。瞬時の判断だったため、なんとか天井から落ちてくる破片にぶつからずに済んだみたいだ。
「桐! 大丈夫か!?」
「私のセリフです! ...って! ダメです! この建物絶対崩壊しますよ!!」
「分かってる! って桐! 前! 火が!!」
達海はそう叫ぶ。桐の目の前は火で覆われ、しかもそれは波となって桐に襲い掛かろうとしていた。
(まずい! それは直撃コースだって!!)
達海はとっさに桐をかばおうと桐の前に出ようとした。
しかし、次の瞬間。
桐の目の前に体育館では普通吹くはずのない突風が、桐を庇うように吹いた。そのまま桐の目の前の火の波は消失した。
その存在を知っている達海からすれば、間違いなく、それは能力といえた。
「えっ...?」
達海は言葉を失う。無理もない。
目の前にいる、仲の良かった後輩さえ、能力者だったのだから。
茫然と固まる達海に対して、桐は一瞬ぺこりと申し訳なさそうに頭を下げた。
「先輩...ごめんなさい。何も言えないのは先に謝っときます。...けど、今は脱出優先。私を信じてくれますか?」
「...。...分かった。桐に任せる。正直、今は正常な判断ができないかもしれない」
情けないことに、自分より目の前に凛として立っている、後輩である桐の方が遥かに頼れる存在だった。
しかし、今はそんな下らないプライドみたいなものは必要なかった。ただ逃げること優先、達海の本能ですらそう言っていた。
「おそらく教職員はまともに指示できそうにないですので、私の独断ですが、外へ、遠くへ逃げましょう」
「分かった。...桐、ごめん、頼む!」
「合点承知!」
桐は焼け落ちて開いた体育館の壁の穴目掛けて走り出した。後を追うように達海も全力疾走をつづける。
(本来見せたくなかったであろう桐が能力を使ったんだ。...聞きたいことはいっぱいあるけど、今は俺も...!)
達海は自分が生存するために、ついこの間まで封印していた能力の使用を一気に解放した。
車輪が回るように体重を移動させる。増減。前後。あらゆる方法で最速を目指す。
しかしそれでも、達海は桐についていくのがやっとだった。
その桐はというというと、目の前に立ちふさがる火の壁を自在に風を操って消しては進んでを繰り返していた。
「...! 先輩! 外に出ますよ!」
「分かった...!」
達海の目の前は煙によってふさがれていた。しかし、桐が言うのを聞く限り、この先は外なのだろう。
そのまま達海は桐を信じて煙の中を突っ切った。
煙が目に入り、達海は一瞬目をつぶる。
そして数秒後、その目を開けるとそこにはすでに脱出していた数十人の生徒、教員らが落ち着きのない様子で右往左往していた。
「...とりあえず、外には出たな。...どうする? 桐」
「帰ります」
「中にか!?」
「違います。私の住んでいるところです」
「はぁ...。...はぁ!? なんで!?」
一瞬納得しそうになった達海はすぐさま突っ込みを入れた。
しかし、桐の目にはまだ緊張感が十分に残っていた。
その目を真正面からとらえてしまった達海は言葉を失う。
「能力が割れてしまった可能性が高いので、おそらくもうこの学校には残れません。なんで、早いところ撤収します」
それは普段の朗らかな性格な桐からはとても想像できないくらい、機械のようで冷たい声だった。
達海はそんな桐を責めることも嘆くこともせず、自分の子の先について尋ねた。
「...俺は、どうすればいいんだ?」
「先輩はついてきてください。あそこまで一緒にいたんです。変に逃げられると困るので」
「...けどいいのか? 女子の生活拠点まで男が行くのは」
「...今、そんなことを気にするべきじゃないでしょう」
相変わらず温度のない瞳の桐が言うごもっともな意見に、達海は反論することが出来なかった。
(そうだ。今は緊急時だ...。そんなこと気にしてられない...!)
その覚悟の色が瞳に出たのを桐は気づいたのか、少しだけ微笑んで言った。
「...覚悟、しましたか?」
「...ああ」
「じゃあ先輩。能力で自分を最大限まで軽くしてください」
「...え、軽くできんの?」
「分かりません。まあ、試してください」
桐は前を向いたままそう言った。どうやらいつの間にか達海の能力はバレていたらしい。
けれどここまでくればそんなことどうでもいいと、指示の通りに達海は体から力を抜いた。
「...じゃあ先輩、抱き上げますね」
「...は?」
桐が言ったその言葉に納得できないでいると、桐は達海をひょいと持ち上げ、お姫様抱っこと言われる状態にした。
「あぁ、成功ですね。先輩、今鞄くらい軽いですよ」
「そ、そりゃどうも...」
「じゃ、飛んでみますか」
「え」
そして桐はその場で軽く二回ジャンプしてみた。が、明らかに人間の飛べる高さ以上に体は浮いた。
「...なるほど。先輩周辺の重力も変わるみたいですね。これなら公共機関なんて使わなくてもひとっとびで帰れそうです」
「え、こ、これからどうすんの?」
「だから、言ったじゃないですか。あの高さまで飛べるのなら、あとは空中で動ければ空を飛ぶことが可能です。そして私はそれを今からやります」
「飛ぶって...ここ、山頂だぞ!!?」
「ごちゃごちゃ言わないでください。それじゃ、行きますよ」
桐はそう告げると足に全力で力を入れ、飛び上がった。かれこれその場で10メートルほど垂直に飛びあがる。
「うわぁ!? 桐!!! 待って!!」
「先輩! 一気に風を切りますよ!!」
桐は、自身の体が飛べる高さの最高点に達し、落下を始める直前で体を前に倒した。その次の瞬間、背中を押すように突風を凌駕するほどの風が吹いた。
そのまま達海と桐の体は風に流され、山を滑空するように落ち始めた。
「うわあああああああ!!????」
「...!! ちょっと風が強いですね。先輩、気持ち2キロほど体重上げてください!」
「そんな器用なこと!! ...できるのか?」
「理論上は」
現在、二人の体は極限に軽くなっている。風に背中を押され、空を飛んでいるこの状態は、風船が風で飛ばされるのと同じような感覚だろう。
しかし、あまりにも飛びすぎていた。
おそらく風と重量が見合っておらず、このままでは明らかに遠くまで飛びすぎてしまう、桐はそう察したのだ。
「2キロってどんなだよ!?」
「想像してみてください。自分が大きいコーラのペットボトルを二本担いでいる姿を」
「中身は?」
「あるに決まってるでしょう!」
「よし...!」
もうどうにでもなれ、と達海は桐が言った具体例を脳内で想像してみた。
すると、先ほどより自分の体が地面側に引かれ始めるのを身をもって感じだした。
「これでどうだ!?」
「問題ないです先輩! あとはこれの維持お願いします!」
そう言われて達海はその重さをキープし続けることだけに意識を向けた。今、自分たちの体を操作しているのは桐。達海には何もできなかった。
「よし...そろそろ着地...! 先輩! 軽く!」
「急だな!!」
指示を受けて達海は先ほどと同じように極限まで自分の体を軽くした。そのまま桐の足は強い衝撃音を出すことも無く、大地を踏みしめた。
「...じゃ、先輩。おろしますよ」
そう言って桐はお姫様抱っこの状態を止め、達海も数分ぶりに地面に足をついた。
「...ふぅ。...それで桐、ここからは?」
「歩いて移動します。あと30秒もかからないですよ」
そのまま黙々と歩いていく桐の背中を追って達海も歩いた。ほんとうならいろいろなことを考えてそうな達海の脳はこの時に限って無心だった。
「...つきました。ここです」
桐のその言葉を受け、達海が顔を上げる。
そこは、少し人気のない路地の、ビル群の集まりだった。
そして、達海の目の前には7階程度の階層を持つビルがあった。
「ここです。じゃあ、上がりましょうか」
「ああ」
階段を数回のぼり、4階になったところで桐は一番手前の部屋のドアの鍵を開けた。
「じゃあ、入ってください」
「...お邪魔します」
少し緊張しながら、達海はその玄関のドアをくぐり、奥へと進む。
部屋の間取りは、簡単に言うと3DKほどだった。少なくともそれは、一人暮らしをするには大きすぎる間取りだった。
案内された部屋の床に達海は胡坐をかいて座る。
桐は途中でキッチンの方へと向かったが、やがてこちらにコップ3つを持ってきて、桐自身も座った。
「ふぅ。ようやく一息ですね」
桐は先ほどまでの張りつめた空気を壊すように息をついた。それを受けて達海が持っていた鉛のような緊張も崩れ去る。
「それでは改めて、自己紹介しないとですね...」
桐が少し悲しげな眼をしていたのが達海は気になったが、それを遮るように達海にとって衝撃の事実を桐は口にした。
「私の名前は風音 桐。ソティラス所属の能力者です」
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