第17話 崩壊の序曲


 それからも別段何事もなく、日は進んでいった。

 


 結局桐にいい返事を返せていないなど、何も問題がないわけではなかったが、比較的穏やかな日常を達海は送れていた。




 気にしなければ、何も問題ない。




 あの日弥一が言った言葉を、今になってようやく達海は理解できようとしていた。


 なら、目をそらす、ということは悪いことではないのだろう。

 などと思いつつ、今日という一日を過ごす。



 時に本日は火曜日。今週末には白飾祭が控えている。

 ようやく祭りのムードが学校全体に伝わってきたのか、やはり校内のあちこちでそわそわした空気が漂っていた。


 達海もまた、その一人である。




---



 学校も終わりの夕方、白学の生徒はみな体育館に集められた。

 全校集会、ということらしいが、その内容は大方予想できている。



 おそらくは、白飾祭での諸注意だろう。



 祭りとは言えど、何でもしていいわけではない。夜が安全な訳でもない。

 そういった当たり前のことを伝えるのが今回の集会の趣旨だろう。



「ったく...こんな面倒なことしなくてもいいだろうに...」


 達海の隣にはそう愚痴たれている弥一が立っている。教師陣が割と間近である前列でよくそんなことを言えるなと、達海は苦笑いを浮かべるしかなかった。


「お前よくそんなこと言えるよな...。目の前で先生が話してるってのに」


「んなこといちいち気にするかね? 私はしないね」


「そらそうだろうな」


「えー、とりあえず私が話しているうちは無駄口垂れないでください」



 この会話がしっかりと聞こえていたのか、前に立っていた教師は名指しこそしなかったものの達海と弥一に口頭注意を行った。



 しかしそれをあまり気にしないとばかりに弥一はほんの少しだけボリュームを下げて話をつづけた。


「...気にしますかね普通」


「うん、お前、そろそろ黙ろうか」



 さすがにこれ以上やると今度は名指しで注意だろう。

 達海はそう悪目立ちすることだけは避けたかった。


「ちぇ、つまんねーの」


 話し相手を失い、退屈が加速したのか弥一は口の先をとがらせ、すねたように独り言を呟いた。


 弥一が静かになったところで達海はちゃんと目の前の教師の話に耳を傾けてみた。



 すると、先ほどまでノイズ混じりに聞こえていたはずの言葉がちゃんと一言一言くっきりと耳に入ってきた。



「...というわけで、週末は年に一度の白飾祭です。開催時間は一日中ですので、参加する生徒はいつもより夜遅くまで起きることになるでしょう。普段と生活リズムが違うようになると思うので、しっかり気を付けるように。それと、危険な場所には近づかない。白飾は大きい街ですので、当然細くて暗い、光の当たらない道があったりします。そういう場所ほど危険ですし、なにより何か起こっても私たちは責任を負いかねます。自己判断を間違えないように」



 毎年何か面倒ごとが起きているのだろうか、先方で話す教師もなかなかにけだるそうに注意を行った。


「私からの話は以上です。それでは、次。実行委員会からお願いします」



 先ほどまで話をしていた教師はそう言って横の方に捌け、代わりにマイクを受け取った零が生徒の目の前に現れた。


 そのまま零はぺこりと一礼をして、お手本のような姿勢で話し始めた。



「皆さん。繰り返すようですが週末は白飾祭です。...とまあ、このままだと「こいつも注意をするんじゃないか」と嫌な目を向けてくる人がいるかもしれないので私は別の話を」



 零と同学年の生徒の集団から笑い声が上がる。普段零がどういった生活をしているのかは分からないが、こうなるということはきっとそれなりに人望も厚いのだろう。


 不本意ではあるが、現に目の前に立ってこうやって話しているのがもはやそれの表れなのだから。



「私たち生徒会は、今回合同委員会のメイン担当ということで、かなり尽力してきました。進度も順調。かといって手は一切抜いておりません。うぬぼれでもなんでもなく、なかなかに面白い祭りになるんじゃないでしょうか、と私は思ってます」


 そう言って例は普段なら絶対に見せないであろう笑顔を全校生徒に披露した。



(え、営業スマイル...)


 達海はただ茫然とその笑顔を見つめる。



「...こうやって前で話しているのは私ですが、ここまで順調にやってこれたのは私の力じゃありません。...ですので、もし終わった後とかで感謝をしてくれる人がいるのなら、私以外の生徒会メンバーにしてあげてください」



 そう話す、普段とは違う零の姿に、完全に達海は混乱していた。

 今、零と面と向かって話せるなら、30分は突っ込みが出来るだろう。

 

 そもそも、零がこんなことを口走るなど、達海には想像できてなかった。


 生徒や先生の前ではいい顔をするとは分かっていたけど、まさかここまでとは...、と思わずにはいられない。





 ふと達海は、体育館全体の空気が何か暖かい空気に包まれはじめたような気がした。おそらく零の会長としての持ち前の力だろう。


 いつもとは違う。そう分かってても、それがどうでもよくなるほどに達海もその空気に飲まれていた。


 その空気の残響に浸りながら、零は最後の言葉を述べようとする。


「それでは、最後になりましたが」







 零が言い始めようとしたその瞬間、どこかから尖った叫び声が聞こえた。



「さぁ! 一足早い祭りと行こうじゃねえかぁあああ!!」



「!?」


 聞こえてきた声に達海は驚く。

 それと同時に、肌がびりびりと焼けるような熱さを感じ始めた。




(まさか...さっき俺が感じた暖かい空気ってのは...!!)





 しかし、達海がその真実に気づいた時にはもう遅かった。



「まずはきたねえ花火! 打ち上げてやらぁ!!」


 その叫び声とともに、館内の熱は最高潮に達する。







 ドォン!!!





という轟音とともに、体育館の屋根側で爆発が起きる。体育館内には狂気に満ちた笑いと、幾多の悲鳴がこだまする。


 

 達海が見上げると、天井があちこちで崩壊を始めていた。



(くそっ!!!? なんだってんだ! ...とりあえず、俺はどうする!? まずは逃げるしか...!)


(...!!)



 達海の頭上にも、壊れた天井の欠片が降り注いでくる。

 しかし達海は動かず、ただそれを見つめて考える。


(誰かのところに身を寄せた方がいい...! 周りには...誰がいる...?)


(...ええい! 気にしてもだめだ! 動け!)


 そう思いようやく動こうとしたが、達海の瞳は見知った顔を映していた。


 けれど、誰かのもとに行けば、もう他には戻れなくなる。達海は瞬時にそう判断した。



 それでも...進まなければならないのなら。








(俺は...!!!!!)






====================

〇以下、作者より追記。


ここから先は、各ヒロインの個別の物語になります。

一応章分けはします。が、分からない場合があってはいけないのでここに記しておきます。


全部別パートなので、話はつながっていません。パラレルです。(1部つながりあり)

それを把握の上、お楽しみいただければ。



ここまで読んでいただきありがとうございます。

引き続き楽しんでいただければ嬉しいです。










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