第16話 私立白飾学園生徒会
先日、悠々と白飾祭について桐に語っていた達海だったが、実はその達海自身にもそんなに余裕はなかった。
達海は以前より生徒会にかなりの助力をしてきた。
そう中途半端に手をかけてしまった以上、ここで仕事から身を引くことが癪に感じていたのだ。
そうして手伝いを重ねていくうちに、気が付けば白飾祭まであと一週間に迫っていたのだ。
今日も仕事を、と立ち寄った生徒会室の空気はやはり張りつめていた。
...若干一名を除いて。
「というわけで来週の土曜日曜は白飾祭。各々、進捗いかが?」
初めの方はそこそこきれいな口調で議事を進行していたはずだった零は、いつの間にか自分なりのだれた口調になっていた。
しかしそれに周りは納得しているのか、生徒会メンバーに物申すものはだれもいなかった。
「問題ないです。このまま仕事を進めれば万全の状態で臨めるかと」
「自分のところもそうです」
「そう。助かるわ」
零は他生徒会メンバーからの進捗報告を受け、簡単な返事と小さな笑みを浮かべた。零自身が動いているわけではないのに、肌身を持って会長の貫録を感じるのは、一体なぜだろうか。
「そういうことなら、特にこれまで以上に気合を入れる必要とかはなさそうね。計画通り、段階を踏んで仕事をよろしく」
生徒会室のあちこちから了解の声が聞こえる。零はその反応を待っていたかのようににやりと笑った。
「よろしい。では解散」
結局、達海に会議中に何か仕事が降られることなく、会議は終わってしまった。
そして気が付けばまたこの間のように零と獅童と達海のみが、その場に残っていた。
「えっと...? 私また仕事ないやつですかね...?」
「そうね。来てもらって悪いけど、今日はないと思うわよ」
「まじか...」
そうは言うものの、今日達海がここに来たのは誰からかの誘いとかではなく、自分の意志で来ただけなので、仕事がなくてもそれは当然と言えた。
しかしそれでも、零の指示の速さ、用意周到さに達海は驚いていた。
「でもすごいですね。ここまで来て遅れがなかったりとか、不足分がなかったりとか。会長が裏操作して綿密に計画練ってるんですね?」
「...何馬鹿な事言ってんの?」
「はい?」
零は呆れたようにため息をついて、やれやれと言わんばかりに首を横に振った。
「私がそんな面倒くさいことするわけないじゃない。あなた、私を誰だと思ってるの?」
「そんな堂々と言われても困るんですが...。ってことは、ここまでの仕事は?」
「...俺だ」
部屋の端の方で息をひそめて立っていた獅童が、小さく声を上げた。その存在を少しばかり忘れていた達海はあっと声を漏らした。
「生徒会の仕事の大概を仕切ってるのはそこの獅童ね。今回の仕事の割り振り、進むスピード、すべて管理してもらってるわ」
「...そういうことだ」
「じゃああんたは何してるんですか...」
達海がそう聞くと零はふふんと鼻をならした。
「まあ、名目上会長だから、表向きの会合や発表会、そう言ったのは一応私の担当ね。本当はこういうのもやりたくないのだけれど、さすがに印象がダウンするのはよくないわ」
「少しくらい本意を隠すくらいしたらどうですかね...」
そうはいったものの、その姿を実際に見ているため、零が主だって行動するところは容易に想像できた。
「まあ、そういうことよ。私は今までさほど仕事なんてしてないし、これからもそんなするつもりはない。力を出し切るのもばかばかしく思うわ」
「それをバリバリ駒として働かせてる獅童の前で言うんですか...」
「慣れたからな」
そう短い言葉だけを獅童は返すが、完全なる怒気が含まれているのは言うまでもなかった。
「けれど、藍瀬君、これだけは覚えておきなさい。馬鹿正直に、正義のために行動する人間が正しいなんてそんなことは絶対にあり得ない。この世は効率が全てなの。目的のために手段を選ばない、そういった人間が勝つの」
「...それでいいんですか?」
「それがいいのよ」
遠くを見つめて、零はそう呟いた。
「...んじゃ、仕事がないようなら帰ります」
「...あ、ちょっと待ちなさい」
「はい?」
「せっかくここに来たんだから、ちょっとくらい私の話に付き合いなさい」
曰く、雑談に付き合え、という命令だった。
帰る、とは言ったものの特別急いだ用事のない達海は足を止めて、くるりとドアの方を向いていた体の方向を変えた。
「はぁ、いいですけど」
「じゃあ、適当に座って。結構長くなるわよ?」
「はぁ...」
「会長、所定の時間なんで外回り行ってきます」
「頼むわ」
達海が席に着くのと同時に、獅童は生徒会室を出ていった。
目の前には、会長席でくつろいでいる零が一人。
(一対一の話って緊張するはずなのに相手がこの人だとなぁ...)
達海の肩に別段強い力は入ってなく、自然体なままで座っていた。
そんな中、先に零が話題を切り出した。
「時に藍瀬君。あなたは能力を信じるかしら?」
「...能力、ですか?」
「そう。能力」
毎度毎度その名が出るたびに体をこわばらせてきた達海だったが、今回はうまくシラを切って見せた。
...シラを切るしかなかった。
ここで変に動揺して、相手に変に感づかれることを恐れたからだ。ましてや相手はこの学校の会長。どこかに繋がってる可能性も大いにある。であれば尚更動揺するわけにはいかなかった。
「大体、能力ってなんですか? 具体的な何かもわかりませんし...、ちょっと、信じられないですね」
「ふぅん? でもあなた、オカルトみたいな話、好きでしょ?」
「...っ。そうですね。好きではありますよ。けれど大体白飾以外の話です」
変に出てきそうになった言葉を飲み込んで、次の言葉を急いで詮索し言葉にする。
意識しなければ、いつもの癖で能力のことについて話してしまいそうなことを達海は内心悔やんだ。
しかし、達海の中で疼く『ここから逃げ出したい』という思考はだんだんと強さを増していった。
次零が何を口にするかが怖く、自分がボロを出してしまわないかが怖く、自分のことをどこまで見抜かれているのか怖く...。今はまだうまくできているかもしれないが、それが終わるのも時間の問題と達海は分かっていた。
「けれどあなた、学校がマークしている危険箇所に足を踏み入れてるって情報が、私の手元に入っているのだけれど?」
「知らないですよ。どこが危険箇所かなんて。...まあそりゃ、多少は冒険だー、なんだーって言って路地裏を探索することはありますが」
「なら、それがダメなんでしょうね。でも、あなたがそういうことするのも珍しいわよね?」
「どうですかね」
「ましてや無難が一番、なんて口走ってる人がそういうことをするかしら?」
達海は、もはや完全に余裕をなくしていた。
背中にとめどなくあふれる冷や汗を感じながら、それでもそれが表に出ないようになんとか務めていた。
(あと...あとどれくらいで終わるんだよ...)
心の奥底から湧いてくる不安を能力で重力を与えるように、奥深くにもう一度叩き込む。湧き上がってくるなと何度も願いながら。
「とりあえず、そういった行動がまずいなら謝っておきます。けれど本当に、やましい意味なんてないですよ?」
「...そ。それならいいわ」
ここで手を引くことを決めたのか、零はようやく引き下がった。
「まあ別に、私はあなたが能力を信じようと信じてなかろうとどうでもいいから」
「じゃあなんでそんなこと質問したんですか」
「気まぐれよ気まぐれ」
常に平装を装って話す零ほど、今の達海に恐ろしいと感じるものはなかった。
しかし、それももう終わり。達海は気づかれないようにホッと息をついた。
「...じゃ、別な話に切り替えましょうかね」
「どんなですか?」
「そうね...。ちょっと議論してみましょうか」
「議論?」
「私が今からお題を出すわ。それについて思ってることを述べてちょうだい」
そういう零の表情は先ほどに比べて少し真剣さが籠っていた。
それが少し気になるものの、達海は変わらず対処することにした。
「構いませんよ」
「そう。なら、もう聞かせてもらうわ」
「どうぞ」
「白飾は日々発展している。昨日できなかったことが、明日にはできている、なんてこともざらじゃない。...でもそれが、環境を破壊する行動だったり、世界が崩壊するに至るものだったりしたら、あなたはどうする?」
それはなかなかに難しい問題だった。
白飾に例えなくても、その話はよくあることかもしれない。
世界を犠牲にしてまで発展を望むか。立ち止まるか。
普段からそれがどうあるべきか考えてるわけでもない達海にとって、それは難問以外の何者でもなかった。
「...正直、これはずっと考えてるような人じゃないと答えれないんじゃ?」
「でもあなたなら答えれる。そう思って聞いたのだけれど?」
「...そうですか。...けど、何が正しいか俺には分からないですよ?」
「私にも分からないわ。...けれど、人は歩むことを止めてはいけないと私は思う。私たちが生きてるここ、白飾は世界から浮いてる。ここに住んでる以上、私たちは世界のだれより優遇されている。けれど、だからと言って恨まれる対象であったり、報いを受けるべき対象であっていいはずはない。そう思うわ」
達海は零のその発言を聞いて、いつか千羽が言っていた言葉について思い出していた。
『私たちだけが贅沢な生き方をしてていいのかな』
この話に通ずるものが、どこかにあるかもしれない。
けれどそれを言葉にできるほど達海は器用ではなく、ただ自分の意見を述べるにとどまった。
「それを聞いても、やっぱりわかりませんね。...だから、せめて俺は、その形を最後まで見届けたい、そう思ってます」
「...そう。それがあなたの答えね」
零はそれに何のリアクションも示さなかった。
さっきの答えが正しくないと達海も分かっていたが、どこかこれでいいという気持ちで満たされていた。
「...はい、議論はこれで終わり。私も仕事に戻るわ」
「あれ? 仕事やるんですか?」
「どことなくやる気が出たのよ。別にいいでしょう?」
「はぁ...、そうですか」
目つきが変わり、仕事への意欲が湧いた零を止める必要もなく、達海は生徒会室から退出し、速足で家を目指した。
~Side S~
零は達海の背中が遠くに遠ざかったのを確認して、獅童に電話を掛けた。
『...終わったか?』
「ええ、終わったわよ」
『で、どうなんだ?』
「一項目はシラを切られたわ。おそらく外から何かアドバイスでもされたんでしょう」
『...先手を打たれたか?』
「誰かに、ね。けれど、おそらく向こう組織ではないわ」
『ということは、ノラか?』
「おそらくね。...まあ、ここはさほど重要に思ってないわ」
『じゃあ、二項目か?』
「そうね。...彼の思考は一誠からいくらか聞いていたけれど、今回話してみて感じたわ。彼は、おそらく人次第でどちらにでも動く。...もし敵になるようなら、警戒した方がいいわよ」
『...そうか』
「けど、今のところ何もするつもりはないわ。そのつもりがあるなら彼には十分、青春を謳歌してもらいましょう」
「...邪魔にならない範囲で、ね」
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