第15話 unknown world


 千羽は控えめに手を振った。

 達海も小さく手を振り返して、話をすることにした。



「千羽も、こういうところ来るんだ」


「うん。ほんのたまに、しかも、この店だけだけどね」


 千羽は小さく微笑んで、近くの本棚から適当に本を取り出した。



「オカルト、やっぱり好きなんだね」


「まあ、それなりに。なかなか奥が深かったりする話題が多いし」


 けど。


 達海は少し顔を歪めた。

 この街のシステムを知って、そういう事象は全て科学の力で証明されるんじゃないだろうかと思った日から、素直な気持ちで世界を見ることが達海は出来なくなっていた。


 そんな達海の表情を察したのか、千羽は探るように尋ねてきた。


「...まっすぐオカルトを見ることができないって?」


「...うん、そうなる」


「どうして、そういう風になっちゃったのかな?」



 千羽は自分の中に浮かんだ疑問を率直に、子供を諭す先生のように尋ねてきた。



「最初は軽い気持ちで読めてたんだけどな...。どんどん奥深くに入るにつれて、見たくない真実に触れて、まっすぐな気持ちで見れなくなったっていうか...」


「なるほど、俗にいうネタバレというやつですか」


「ネタバレとかいうやつです」


 達海自身は、うまくごまかせたんじゃないかなと思っていた。

 能力者、組織、そういうたぐいの言葉を一言も発さずに、今の心境をきちんと述べていたのだから。


 それを千羽はどうとらえたか達海は知らないが、深く詮索するような瞳は見られなかった。



「真実、って怖いよね。知りたくもないことを知らされるし、知ったところで意味のないことの方が多いし」


「それでも進んで知ろうとする人がいるんだから、この世は面白いもんだよな」


「ほんと。...そだ、藍瀬君。オカルト以外の本に興味があったりするかな?」


「そういやそういうの、考えたことなかったな...」



 達海自身が読書家ではないため、本当に自分の核心につくもの以外は基本触れていなかった。


 しかし、達海は別段読書が嫌いな訳ではない。


 ならば、と。


 自分の視野を広げてみる、という点に乗じて賛同し、千羽の話を呑むことにした。



「そういうの分からないから、いろいろと教えてくれないかな?」


「私が? いいの?」


「読書家の人以上に本を探すのに参考になる人はいないでしょ」


「そう。そういうことなら」



 千羽は少し顔を赤らめていたが、NOとは言わなかった。

 その千羽の厚意にあやかり、達海は書店を案内してもらうことにした。








 そのまま二人で店内を右往左往。

 結局達海は千羽に色々と教えてもらった。


 エッセイ、ノンフィクション、SF、そういった類の小説はもちろん、タウンページやグルメ本などの雑誌。それらの世界は、達海にとって脅威的なほどに新鮮だった。


 言い返せば、達海の世界はあまりにも小さすぎた。

 自分の視野が広まることの喜びと同時に、自分の世界が狭かったことへの悔しさをどこか感じていた。





 一周したあたりで、二人はもとのブースに戻った。

 千羽は嬉々としながら感想を求めてきた。


「どうだった? いろいろ回ったから、少しくらい興味を持ってくれたものがあったら嬉しいんだけど...」


「あったよ。...いっぱいあって、正直困った」


「そっか、それはよかった」


 千羽はすがすがしいほどの笑顔で笑う。それを見て、達海も微笑まずにはいられなかった。


「...本ってさ、奥が深いんだ。藍瀬君に見せたように、物語を綴ったこれぞ本っ! ってのもあれば、雑誌みたいな本もある。その一つ一つは全て違うものだし、一つとして一緒のものなんてない。生きてるうちに絶対に全部読み切ることなんてできやしない。だからさ、面白いんだよ」



 目を輝かせて千羽が語る。それを聞くだけで達海はよかった。



「本という世界に身を投じてさ、深く深くおぼれそうなくらいまで深くに入って...。目を開けたら、そこが私の世界。本っていいよねぇ...」


「随分と陶酔してるんだな。...けど、そういうの、うらやましい」


「...あっ! ごめんね? なんか私の一人語りになってて」


「いや、いいよ。それに、勉強になったし」


「そっか。それなら何よりだ」



 千羽は満足そうに笑って、時間を確認した。

 そのまま小さく「げっ」と声を出す。



「あ、用事の時間が!」


「いや、言わなくていいから行こうぜ、用事あるなら」


「そうだよね! ごめん、また今度!」



 千羽は時間に間に合うのか間に合わないのかさておき、とても急ぎ足で駆けていった。達海は苦笑いをして、その背中を見送る。


 達海の目に映る千羽の背中が小さくなったところで、達海は後ろから声を掛けられた。



「よお、お楽しみの時間は終わったかい?」


「...あ」


「あ、じゃねえよ。人の存在完全に忘れやがって」



 達海は千羽と話していた間完全に弥一の存在を忘れていた。

 弥一は怒ってこそいないものの、明らかに迷惑したように苦笑いを浮かべていた。



「悪い。完全に忘れてた」


「素直に言ってくれるな。悲しくなるだろ。...でもまあ、これまでこっちに付き合ってもらってたからな。達海が充実した時間を送ってくれたんなら、俺は構わねえよ」


「充実した時間、ねぇ...」



 自分に可能性を感じて、自分に弱さを感じて。そんな数分だったが、確かに実のある時間だったと、達海は自分の中で納得できた。



「まあ、ここに来た意味はあったかな」


「そいつは何より。それと...」


「?」


「琴那もあんな顔で笑えるんだなって」



 弥一は素面のままでそんなことをつぶやいた。

 けれど、そのセリフが多少痛いものであろうとも、達海はそれを笑うことはしなかった。


 先ほどの時間で見た笑顔は、少なくとも達海が初めて千羽に会ったときから今までの中で一番な笑顔だったのだから。


 だから、ただ簡単な言葉だけを口にした。


「誰だって、いつかはあんな風に笑えるだろ」


「...そうだな」



 弥一は微笑のまま賛同した。



「じゃ、帰るか」


「あっ、もういいのか?」


「もともと何かを買うつもりなんてなかったしな。色々と見れただけで充分」


「そ。んじゃあ帰ろうぜ」




 これ以上見るものはない、と達海と弥一は帰る道へとついた。

 その道中ずっと、達海は胸にいっぱいの満足感を抱えてた。


 久しぶりに有意義な休日だった、と。






---




 そうして周期はまた月曜に、平日に戻った。

 何気なく授業を送って、何気なく友人と話して、何気なく過ぎる時間の中で自然体で生きる。


 一時は日常が崩れ去ることを覚悟していたが、達海は完全に元の生活に戻れていた。



 

 達海が昼食を終えて一人で廊下を歩いていると、壁の掲示板とにらめっこをしている後輩の姿が目に映った。

 何をしているのだろうと声を掛ける。



「よっ。何してるんだ? 桐」


「あ、先輩。これですよこれ」


「ん?」


 桐は自分の体が達海が掲示板を見るのを邪魔していると感じたのか、少し後ろに引く。掲示板には、白飾祭のポスターが張られてあった。



「なんだ、白飾祭のポスターか。...で、こいつがどうしたんだ?」


 達海がそう聞くと、桐は言い出しにくそうに話し出した。



「私...、こういうの行ったことないんですよ。だから、雰囲気とかも分からないし、どうすればいいか分からないんですよね...」


「親とか連れてってくれなかったのか?」


「そんな感じです...」



 白飾にいるのに、桐は本当に祭りのことを知らないみたいで、少しおどおどとしていた。桐の性格は元来明るいだけに、その光景は意外ともいえた。


(けど...そうか。人には人の世界があって、だれか別の人に干渉できるもんじゃないもんな)



 達海はそんな桐に優しく声を掛けた。


「じゃあさ、これまでの過程は置いておいて...。桐はさ、白飾祭、行きたい?」


「そりゃ行きたい...ですけど。でも、相手とか分からないし、どうすればいいか聞く相手もそうそういませんし...」


「相談役、俺じゃダメなのか?」


「女性のことは女性に聞くのが一番なんで」


「ああ、そうね」



 桐が口にした正論に、達海はぐうの音も出なかった。


(そりゃそうだ。男に化粧とか浴衣のこと聞いて分かるわけないもんな)


 けれど、達海はそれと他にもう一つ気になることがあった。

 

 「相手がいない」


 桐がそう言ったのが達海は気になっていた。



 そうだ、普段から口うるさいおせっかい焼きの子が桐にはいるじゃないか。

 なんで、それを口にしないんだろうか。


 そういった思念が達海の脳内でひたすらぐるぐると回っている。



「というか、さっき相手がいないなんてこと言ってたけど、白嶺がいるじゃないか。あいつじゃダメなのか?」


「舞ですか? ...別に、舞と回るのは何のためらいもないんですけど、でも、舞と二人だといつもと変わらない気がして、それで本当に楽しいのかなって」


「お祭り気分を味わいたいから、いつもと違う雰囲気で臨みたい、か」



 達海の言ったことがあってるのか、桐はコクコクと頷いた。

 けれど、だからこそ達海はそれは違うと言いたかった。



 祭りは、誰と行っても楽しいものなのだから。


 少なくとも達海自身はそう思っている。そして、そうあってほしい。

 それを口にする。



「祭りってのは、誰と行っても楽しいものであると思うんだけどな。雰囲気は確かに特別だけど、慣れ親しんだ誰かと二人で回るのも、普通に楽しいと思う」


「そうなん...ですかね?」


「そういうもんだと思うぞ」



 達海がそう言うと、桐はしばらく深く考えるようなそぶりを見せた。

 先ほどからの行動で察せるが、本当に悩んでいるのだろう。


 本当に初めてで、だからこそ楽しみたくて。

 そのためにどうすればいいか、きっと桐は考えていた。


 そして、少し解が出たのか、桐は思い切って口にした。


「じゃあ先輩。もし私が先輩に来てくださいって言ったら、先輩は来てくれますか?」


「それは一緒に祭りを回ってくれということか?」


「率直に言えば、そうです」



 桐はつぶらな瞳でそう答えた。

 

 この時達海は、白飾祭の約束をすでに持っていた。

 けれど、その瞳の前では、とても断ることは出来なかった。



 それが一番、残酷な判断だとは知らずに。



「...まあ、その日の予定がどうなるか分からないから、一応保留ってことにしておいてくれ」


「...ま、まだ時間もありますしね」


 そう言ってあははと桐は笑う。





 けれど、その瞳に悲しさが映っていたのは、きっと間違いではない。

 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る