第14話 己が正義
「お前の...正義」
「そうだ。何か文句があるのか?」
ここまでくればむしろ高圧的な態度をとった方がいいのではと達海はふんぞり返ることにした。
「...ふふっ」
美雨は、笑った。
かすかに笑った。けれど確かに笑った。
それが嘲笑でないことだけは、達海は理解できた。
達海は、自分の言ったことが笑われたことに怒りを覚えなかった。
むしろ、嬉しさが心の底から沸き立ってきた。
氷が少し溶けたような気がした。
氷川も笑えるのだと、そう思った。
美雨は落ち着いたのか、少し穏やかで、でもかすかに強かさを持った声で達海にそんお覚悟を問った。
「つくづく馬鹿だな...。そんなでたらめな正義、最後まで貫けるのか?」
「...ああ」
達海はためらうことなくそう口にした。
「自分が守らなければと思った相手は最後まで守り切る。きっと、すべての人の味方になるなんてことは出来ないからな。...だから、手の届く範囲、自分の守りたいもの、それを守るのが俺の正義だ」
「えらく傲慢な正義だな。それは自己の欲求を満たすだけじゃないのか?」
「別に分かってもらおうなんて気はないよ。正義の反対は別の正義。悪じゃないし同じものでもない。俺は...俺の正義を全うするだけだ」
「...面白いな、お前。気に入った。じゃああれだな? お前が私を守ろうとしたのは、私が守りたいものだったからなんだな?」
挑発気味に美雨は笑みを浮かべたが、達海はまっすぐに答えた。
「はたから見れば困ってそうだったし、何より俺の知人だ。変に傷つかれたら嫌だろ。それだけだ」
「...ふぅん?」
美雨はそれ以上達海の思う正義について何も質問しなかった。興味を失ったのか、勝ち目がないと悟ったのか。その答えは達海には分からなかった。
そのまま顔を背けて、美雨は言う。
「そもそもお前、何しに来たんだ?」
「ただの散歩。ここ、家から近いしさ」
「そう。私は歩きついでに助けられようとしてたわけだな」
「客観的に見ればな」
実際そうなのだからそういうしかないのだが。
「...まあいい。私はそろそろここを離れる。別についてくるつもりもないんだろう?」
「まあ、ここでバイバイだろうな」
「そうか」
美雨は一瞬だけ無言になり、そして聞き取れるか聞き取れないか分からないくらいの声で呟いた。
「別に助けられたつもりはないが...。その、気にしてくれて...ありがとな」
「え? なんて?」
「何でもない! とにかく、また学校でな!」
最後に美雨が何と言ったか達海は聞き取れないまま美雨は去ってしまった。
その場に残された達海は疲れを吐き出すためにため息をついた。
「...氷川と話すの、力はいるなぁ...」
そう呟いては見るものの、美雨の普段は見られない一面を見ることができた達海は悪い気分はしていなかった。
---
結局そのあとは何も起きることなく、瞬く間に日曜日となった。
約束通り、達海は駅前で一人携帯端末をつつきながら待っていた。
時刻は集合時間の五分前。達海は人を待たすことが苦手な人間な分、こうして早めに集合場所に到着することがよくある。
結局、弥一が到着したのは集合時間ぴったりだった。
「よっ、待たせたな」
「そんなに待ってない。...じゃ、行こうか」
「はいよ。次のモノレールは何分後くらい?」
「7分。十分に時間はあるだろうよ」
他愛のない話をしながらホームに向かう。そのまま二人は車両に乗った。
二人落ち着いてシートに座ったところで、達海は昨日の美雨との話を思い出した。
これまで弥一としてきた話を思い出す限り、弥一の美雨への評価はあまりよくないと達海は思い込んでいた。もしそうなら、とそれを払しょくするために話を切り出した。
「なあ、弥一。昨日散歩してたら氷川に会ったんだよ」
「それがどうした」
真顔で弥一は切り返す。
残念ながらごもっともだ。話の切り出し方が完全にコミュ障である。
「悪い。切り出し方下手くそだった」
「まあいい。それで? 氷川がどうしたんだ」
「簡単に言うと、なんか男に襲われそうになってたけど簡単に撃退したって話」
「話完結したぞ...」
弥一は達海のトークスキルのなさに呆れていた。
「...まあ? 氷川ならありえなくもない話だと思うぞ。正義感が強い人間だからな。それゆえにってのはあるだろうよ」
「けど、あそこまであっさり撃退したのは驚いたな。こう...対処慣れとかしてるというかそんな感じというか...」
「なるほどね?」
その達海の言葉を聞いた弥一は達海が何を言いたいのかを察し、あごに手を当て、考察しながらつぶやいた。
「...氷川が、能力者?」
「...お前にはそう見えるのか?」
「分からん。というか、変に詮索するなって言ったろ」
「分かってるけど...」
わかってはいるものの、それが行動に移せるかどうかは別だった。
達海も不本意ながらそっちに足を踏み入れてしまった人間。そう簡単に割り切ることは出来なかった。
けれど、それができる出来ないはさておき、達海は自分の思ってることを口にした。
「けど、そんな雰囲気は感じられなかった」
「ふぅん...?」
疑り深い目で弥一は達海を見るが、その言葉に嘘はないと達海の瞳から弥一は判断した。
「それでまあ、いろいろ話したけどさ、氷川は悪い奴じゃないよ。態度こそ少し厳しいかもしれないけど、それでもあくまで一人の女子なんだなって」
「分かってるよそんなこと」
弥一は少し食い気味に答えた。
「別に俺も嫌ってるわけじゃないし、ああいう人がどういった性格かってのは少しは分かってるつもりだし。我の強い人間だから、うかつに触れないようにしてるだけだよ。それで相手の触れてはいけないところに触れるのは気が引けるでしょ」
「ああ、そう。それならいいんだ」
達海は当初の目的を思い出した。
別に弥一が変に思ってないのなら、それでよくなった。達海はこの話を切り上げることにした。
そうするうちに二人を乗せたモノレールは白飾郊外のリオンに到着した。
---
リオンにはなんでも揃っていた。
それは分かっていたのだが、達海はあまりリオンを利用したことがなかった分、それらがどこか新鮮に感じていた。
男二人で服を見たり、ちょっとした雑貨を買ったり、そんなことをして時間はどんどんつぶれていく。
ランチタイム直前ということで、少し休憩することにした二人は、道の中心部に設置してある椅子に腰かけた。
「ふぃー...。結構歩いたっしょ」
「これでまだ全然回った気にならないあたり、この建物って大きいよな。ま、元から全部回るつもりはないんだけど」
これまではどちらかというと達海が弥一のウインドウショッピングについていった形だった。そのため達海はあまり自分がとても興味ある場所に回れていなかった。
それを弥一も少しばかり気にしていたのか、弥一は申し訳なさそうに達海に聞いてきた。
「なぁ達海。お前はどこか寄るとことかないのか? その...さっきから俺のに付き合ってばっかになってる気がするんだけど」
「んー? そうだな....」
そうは聞かれたものの、別に達海にそこまで大きな願望はなかった。欲が弱い人間な分、周りに興味を持つことも少なかったのだ。
それでも、すべてがすべてそうではない。
達海は何か見たいものがあるか考え始めた。そして時間のたたないうちに答えは出る。
「本、か」
「本? 一応本屋はあったはずだけど。それに結構大きめの」
「んじゃ、昼飯後に寄ってもらっていい?」
「合点承知の助。なんなら昼飯何食べるか、そっちの意見採用するぞ」
「それはありがたい」
ちょうど昼時、おなかがすいているのもあって、達海は割とすぐに何が食べたいか浮かんできた。
「...イタリアンどうすか?」
「あー、なるほど? いいね。うちの学校の食堂にそっち系のメニューあまりないし」
「じゃ、そうしますか」
弥一曰く、ちょうどこの建物の中にしゃれた店があるということなので、二人は休憩ののち、そこへ向かった。
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食事を終え、本屋へ向かう道中、不意に弥一が立ち止まった。
前にも似たようなことがあり、達海に緊張が走る。
とにかく聞かないことには始まらないと、即座に達海は弥一に何があったのか聞いてみることにした。
「どしたんだ、弥一」
「...ん?」
声に反応した弥一が振り向く。
しかし弥一は先日襲撃された時のような深刻な顔はしてなかった。
「ああ、ちょっとトイレ行こうと思ってな。だから達海、先行っといてくれ」
「うい」
結局達海は変に杞憂していただけだったが、何もないならそれでいいと達海は特に気にすることもせず、一人でつかつかと書店へ向かった。
レオンの中に店舗を構えている書店は、達海の知る限り白飾で一番大きな書店だった。
各ジャンルに分けられ、きれいな陳列。豊富な品揃え。達海はさほど読書家ではないものの、さすがに直感にくるものはあった。
ふらふらと足を運ばせると、毎度のごとくオカルト関連のブースへと向かっていた。
(...この街の謎はオカルトじゃないって割れたのに、なんでいまだに追ってるんだ
? 俺は...)
自分の行動を不信に思いつつ、それでも達海は棚に並んだ本を手に取ってみる。
そうして分かったことだが、達海は能力だの白飾の謎だの関係なく、いつの間にかオカルトというものに興味を持つようになったみたいだった。
「...人間どうなるかわかんねぇなぁ...」
特定の何かに向けてではなく、広く抽象的な何かを相手に、達海はそう独り言をこぼした。
それは、内容を探すだけ無駄だった。あてはまるものが多いのだから。
自分が能力者になること。自分がいつの間にか興味のなかったものを好きになること。
その他もろもろ。たくさんのことだ。
(本当に、何が起こるか分かんないな)
そんなことを思いながら別の本を手に取ろうとすると、どこか耳につく声が聞こえてきた。
「藍瀬君」
その呼ばれた方に体を向けると、そこには千羽がたっていた。
「やっほ、藍瀬君」
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