第13話 棘
その後、達海と弥一は行く先を変更し、先日のように弥一の家に入った。
しかし達海に前回のような動揺はなく、だからこそ弥一の部屋をじっくりと見まわすことができた。
そして達海はなんとなく部屋にあまり物がないことに気づいた。
「弥一さ、結構部屋すっきりしてんだな」
「あん?」
「いやさ、家具とか家電とか、必要最低限のものしかないんだなって」
「まあな。そんなに必要性を感じないっていうか、そんな感じ。手に残る娯楽より、記憶にちゃんと残る娯楽の方が俺には合ってるんだろうな」
「ふーん...」
素面でそう語るあたり、弥一は本当に人付き合いや人間関係を大事にしているのだなと達海はしみじみと感じた。そういった人間が友人だと、達海も誇らしく感じる。
「まあ、そんな与太話をするためにうちに来たんじゃないだろ?」
「ああ。そうだな」
弥一の呼びかけで達海は先ほどであった男のことを思い出した。
鋭い目つき。少し枯れた声。そして謎ひしめく路地裏からふっと現れたこと。
明らかに普通ではないことは、達海でも理解できていた。
「...ま、わかってると思うが、さっきであったあいつは間違いなく能力者だ。さすがに達海でも分かんだろ?」
「今回は」
達海も能力者としての自覚が少し板についたのだろう。今回の相手が能力者だということはわかっていた。
「...あれはおそらくA、S型の能力者レベルだな。そういう匂いがする。それになにより...」
弥一は先ほどの男と出会ったときと同じような顔をした。
「なにより、あいつは人を何人も殺してる」
「...!」
弥一はソファに深く腰掛けた。
「ったくよぉ、なんで最近になってこんなに物騒になりだしたんだよ」
その愚痴は、遠回しに自分のことを言っているように、達海はそう感じた。
そうして浮かび上がるのは、弥一の平穏を脅かしたことへの罪悪感。
「...悪い。多分俺のせいだ」
「あ?」
弥一はさらに不機嫌そうに答えた。
「誰もお前が悪いなんて言ってねーよ。たかが身近に一人能力者が増えたことで何か変わるわけじゃねーよ。本当にそう思ってるんなら、それはうぬぼれ」
「...そうか、悪い」
「第一、お前が能力者になる数日前からおかしい日は続いてたんだよ」
「そうなのか?」
「まあな」
先ほどまでの不機嫌から一転、弥一は肩の力を抜いて語りだした。
「俺はまあ、一応ノラの能力者だしな。定期的に夜に見回りをすることはしてたんだよ」
「虎の姿でか?」
「人間のまま出歩いたら人物特定につながるからな。そこは能力を使うようにしてる。獣化はそういう点では便利だな」
「なるほど」
「で、だ。夜の見回りをしている中での気づきなんだが、最近、両陣営の抗争が激しくなってきてんだよ。毎晩どこかで戦闘が行われてるといっても過言じゃないな」
きっと、達海が初めて能力者に出会ったあの場面も、きっとその一環だったのかもしれない。
(...あれが、常日頃から行われてるというのか...)
達海の手には汗がにじんでいた。
「で、問題はそれだけじゃない」
「他には?」
「単刀直入に言うと、お前みたいな能力者がここ最近急激に増加しているって話だ」
弥一は達海を指さしてそう言った。
「...理由は、わかるのか?」
「さあな。俺は組織の人間じゃないからなんとも。この街に存在するコアってのが、能力に影響を与えてるってのは知ってるがそれっきり。ノラが情報を仕入れるには限界があるんだ。なんせ味方がいないしな、ははは」
何かを諦めきったのか、弥一は乾いた笑いを浮かべる。
「ノラがノラ同士で集まって行動するってのはないのか?」
達海がそう聞くと弥一は乾いた笑いを止めた。
「ある。むしろ最近になってそれが増えてるんだよ」
「そうなのか?」
「さっきいた奴。あいつを俺は少し前に目撃したことがある。その時は、ほかの奴らと路地裏を徘徊してた。おそらく、あれはノラの能力者の集団だ。...それも、バチバチの過激派のな」
その人間たちがどういう行動をしているのか達海は分からなかったが、わずかにわいてきた恐怖心に鳥肌を立たせた。
「だからまあ、さっきコンビニから出たときは焦ったよ。目の前にそいつがいたんだからな」
「...俺は、殺されてたかもしれないのか?」
「基本能力者は表舞台で能力をふるうことはないが...。なんせああいったノラ集団だ。お前にだからこそ厳しく言うが、殺されてても不思議じゃない」
「...なるほど。悪い、また助けられたな」
少しひきつったままの顔で達海がそういうと、弥一はいつものごとく笑った。
「いいってことよ。友人なんだろ? 助けあいくらいは当然じゃねえか」
「そういわれてもな...。一方的に守られてばかりだと、気にもなる」
そう発言した矢先、弥一は今度は一転して鋭い言葉を並べてきた。
「...だからお前はダメなんだよ。そんな後ろ向きな発言で、そんな後ろ向きな思考で、この世界は生きれないぞ。仮にも能力者になった身分なんだ。変わらない日常を送るために気にするなとは言っても、いつ命どこで命を狙われているか分からないんだぞ。明日の平穏も不安定な世界だ。『生きられた、ラッキー』くらい思える人間じゃないと、すぐに死ぬことになるぞ」
弥一の言いたいことは、おそらくもっと自分に傲慢であれ、ということだろう。
それは他人に恩義を感じたり、自分に自信を持てたりしない達海には難しい話だった。
が、ここでその弱音を吐いてしまったら、また弥一に叱られる。
達海はぐっと言葉を飲み込んだ。
「そうする」
「よし、それでいい」
その答えに満足したのか、弥一は明るい声音だった。
「まあ、危ないと思ったら今は素直に逃げるんだな。後はうかつに危ないところに行かないこと。日中の路地裏でさえギリギリだからな」
「肝に銘じておく。...じゃ、そろそろ帰りますかね」
そういって達海は壁に掛けられた時計を見る。針は6時を示していた。
窓の外はもうだいぶ暗くなっている。日を追うごとに暗くなるのが早く感じてくるころだ。
弥一も同じように時計と外を見て声をかけた。
「おう。安全な道を通って帰れよ」
「運のいいことにうちは割と大通り沿いのマンションでね。助かったよ」
そう軽く笑って見せて、達海はドアの向こうの世界へと戻った。
---
怪しげな人物との遭遇から翌日。達海は散歩でも、と家を飛び出した。
危ないことに首を突っ込むなと言われても、体を動かさなければ心が落ち着かなくなっていた。
とはいえ危ないところに足を踏み入れるほど余裕も勇気も度胸もなく、ただ大通りを散歩するといったところだ。
家を出て左に進むと、電気街と呼ばれる、大型の商業ビルが立ち並ぶ場所に出る。達海は今日の散歩場所を底に決めた。
ビルに挟まれた歩道を歩く。
そうしていると、ふとこの間の黒谷の言葉を思い出した。
『あの頃はこの街もここまで発展していなくてね』
少なくとも、達海が生まれてきたころにはすでに先進した技術を持つ街になっていたと親から聞いている。
白飾には古き良き文化、というものがあまり存在しない。資料館の一つもないので、昔のことを思い出すのは容易ではない。
(発展した、というよりは...生まれ変わった、のかな)
そんなことを思っていると、達海は目の前の細路地への入り口あたりに複数の男と見慣れた姿を見た。
「あれは...」
思考を凝らして思い出す。
(そうだ。あれは...氷川だ)
見る限り、どうやらもめごとのようだった。
(まぁ...氷川ならやりかねないよな。曲がったこと嫌いって言ってたし)
などと苦笑いで感心している場合ではなかった。
男3:氷川1、明らかに状勢不利な状況だった。いつ氷川が手を出されるか分からない。
「んだとてめぇこのアマ!」
言ってるそばから男の一人が怒鳴り声を挙げながら美雨の胸倉をつかむ。それを見てようやく達海の脳内のサイレンが鳴った。
「おい待て! そこの男!」
「あぁん!? なんだてめぇ!」
別の男が達海にガンを飛ばす。しかし達海はいつの間にか度胸慣れしてたのか全くひるむことなく美雨の元まで詰め寄った。
「お前...確か藍瀬...。なんてのはどうでもいい。とにかく手を放せ。野蛮人」
「んだとごらぁ!」
首元をつかんでいた男は堪忍袋の緒が切れたのか、つかんでいない左手を大きく振りかぶり、殴りかかろうとした。
しかし、その行動が容易に予測できたのか、美雨は首を動かし、男のこぶしをひょいと避けた。
そのままつかまれていた方の男の右腕を爪を立てて全力で握り返した。
「ってぇ!」
「せいっ!」
その痛みに耐えきれなくなった男は即座に氷川の首元から手を放す。その瞬間、美雨は一歩ほど後ろに下がり。男の中腹部に回し蹴りを決めた。
「かはっ!」
男は倒れこそしなかったが大きく後ろに下がり、悶絶していた。そのままよゆうを持て余した美雨が氷のような目つきで言い放った。
「次はだれが来るんだ?」
「...ちぃ、撤退だ! 撤退するぞ!」
3:1でも分が悪いと判断したのか、リーダー格の男がそう叫ぶと取り巻きも一斉に逃げ去っていった。
ここまで達海は何もしていない。
何もしないうちにすべて終わってしまった。
「...えぇ?」
達海が呆気に取られていると、美雨は大きなため息をついた。
「はぁ...。全く。というか、なんでお前は来たんだ」
「え、そりゃだって、女子が一人で男三人に囲まれてたら見過ごすわけにはいかんでしょ」
さも当たり前のように達海が返事をすると、美雨は一層大きなため息をついた。
「馬鹿な男だな、お前」
「あん?」
その言葉に少しピクリと来た達海はこめかみに血管を浮かばせた。しかし女子に手を出してしまう方がもっと馬鹿だと踏みとどまる。
「全くの他人ごとに足を踏み入れる必要なんてないだろう。それで自分がそんな立ち回りになって怪我でもする羽目になったらどうするんだ。そんな無鉄砲、馬鹿としか言いようがないだろう」
「あー...なるほど?」
これは美雨なりの心配の言葉なんだ。と、達海は解釈しつつ、少しばかりわいた怒りをどうにか沈めて、いい答えを模索した。
そうして絞って絞って出てきた言葉を口にする。
「これが...俺の正義なんだよ」
美雨の肩がピクリと動いた。
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