第19話‪α‬ 引き返せない道


 自分はソティラスの所属であると、桐は確かにそう言った。

 何も言えないままの達海を後目に桐は自己紹介をつづけた。



「ソティラス、って知っていますか? と聞くべきなんでしょうけど、すいません。私、先輩がこっちに足を踏み入れていることを知ってました。なんで詳しくは言いません。どうせ知っているでしょうから」


「...それは、確かにそうだな」


 少なくとも、ソティラスという暗躍する組織が存在しているのは、達海は知っていた。

 最も、桐がその一員だなんて知る由もなかったのだが。



「先輩が能力者になったのは割と最近って聞いてます。なんで、こっちの世界に足を踏み入れて期間もまだ短いと思ってます。あってますか?」


「二週間くらい前の話だから、最近、だと思う」


「じゃあ、その前提で色々聞きますね」



 変わらない声音で、淡々と桐は質問を始めた。


「先輩は、私が能力者だということを知ってましたか?」


「...いいや。疑ってかかってもなかった」


「そうですよね。流石にそう思ってたらそれなりの反応をすると思うので」



 とはいえ、達海は完全に疑ってなかったわけではなかった。

 疑う時は全てを疑う、それくらいのつもりだったので、桐単体を疑ってたわけではなかったのだが。 


「...桐が能力者ってことは...白嶺もそうなのか?」


「...はい、そういうことになります」



 桐が小さな声でそう言うと、玄関のドアが開く音が聞こえた。そのまま床をトントントンと鳴らし、音を出した本人は部屋へと入ってきた。



「...」


「...おかえり」


「なに自分の家みたいにくつろいでいるんですか」



 帰ってきた舞にそう言うと冷たい目で一瞥された。いつものことなのだが、今日が今日なだけに達海は肩に力を入れた。



「...桐ちゃん、一応説明をお願いできるかな」


「うん...。これはこれからのことにかかわるから」



 普段は舞をうまくあしらう桐だったが、今回は素直にその提案を飲んだ。


「出元不明の体育館攻撃。とりあえず逃げなきゃいけないのは分かっていたけど、その時先輩と合流した。向こうはともかく、私は先輩が能力者であることを分かっていたから、それを踏まえて一緒にここまで逃げた感じ」


「...なるほど」



 舞は無表情のまま一二度頷いて、鋭い目で達海を睨んだ。

 メデューサに睨まれたかのように感じた達海は背筋を凍らせる。



「藍瀬さんは、能力者のことをどこまで知ってるんですか?」


「知ってることを、吐けってやつ?」


「そうです」


「...話せない場合は?」


 達海が恐る恐るそう聞くと、瞬間、舞は手刀を手で作り、達海の首元で寸止めになるように振り下ろした。



「問答無用で殺させていただく場合があります。...正しい判断、お願いします」



 その行動におもむろな殺気を感じた達海は当然何も言い出せず、コクコクと頷いた。その逃げ腰な姿に敵意はないと感じたのか舞は手をスッと引いた。



「お話、お願いできますね?」


「...ここまでくれば多少は調査されてると思うけど...。一応丁寧に説明する。俺は数週間前のある日のふとした瞬間から能力者になった若手、新参のノラの能力者だよ」


「そこは聞いてます。それより、組織についての知識はありますか?」


「一応私がさっきソティラスと名乗った時、反応してたから知ってるとは思うんだけど...」


 桐は、そう舞に口添えした。

 実際知っているのだから、と達海は知ってることを包み隠さず話すことにした。



「詳しいことまでは知らないけど...。一応、この街にソティラスと呼ばれる組織と、ガルディアと呼ばれる組織が存在するのは知ってる。...それが、対立抗争にあることも」


「...ふむ」



 満足な回答が聞けたのか、舞もようやく近くの椅子に腰かけ、そのまま桐が入れた飲み物を手にした。どうやら桐が三人分用意していたのはこのためらしい。



「そこまで知ってるのなら、私が説明する量も少なそうですね」


「いや、結構必要かもしれない。...俺、まだ何もわかってないんだ」


「そうですか。じゃあ、それなりに」



 ぐいっと舞は手に持っていたコップの中の麦茶を飲みほして、笑わない目元を揺らしながら自分について名乗った。


「桐ちゃんがどういう人間か分かったと思うので察せると思いますが、私は白嶺 舞。同じくソティラス所属の能力者です」


「...だろうな」


「というわけで自己紹介は終わりですね。...早速本題の方に入ろうと思いますが、藍瀬さんに忠告があります」


「忠告?」



 そう尋ねる達海を無視して、舞は桐のほうに目配せをした。桐は「分かってる」と言わんばかりの顔で一度、深くうなずいた。


「私たちは組織の人間ですので、その存在を知られてしまったからにはそれなりの然るべき対処を取らなければなりません」


「然るべき、対処...」


 達海は下を向いた。


「はい。例えそれが知人であっても許される行為ではありません」



 そう言う舞の目はいつになく厳しいといえた。おそらく、生半可なものではない。

 そう覚悟して達海は舞に目を戻した。



「内容を、教えてくれ」


「一つ。知られた以上、藍瀬さんにも私たちソティラスに参加してもらう」


「二つ目は?」


「断る場合は、証拠隠滅で死んでもらうことになります。聞いたことありますよね? 夜の街で戦闘を見た人間が帰ってこなくなることを」


「...ある」



 長年達海が謎に思ってたことは、舞の口からあっさり種明かしされた。


「これは私たち能力者が一番取りたくないはずであろう選択肢ですが、私は特別です。藍瀬さんが拒むのなら、容赦しません。...桐ちゃんが止めても、です」


「...」


「ただし、藍瀬さんに限り三つ目を私たちから提案します」


「三つ目?」



 沈みかけた達海の心に付け入るように、舞は一番の妥協案を提示した。



「今回のことを、きっぱりとわすれてくれる人間であるのならば、私たちは藍瀬さんから手を引きます」


「...つまり、元の日常に帰れるってことか?」


「単刀直入に言えば」



 それは、達海にとってとてつもなくありがたい提案だった。

 

 ...提案の、はずだった。




 元の日常に戻れる。

 能力者になった日からずっと成し遂げようとしてた目標だった。



 けれど、舞の言う元の日常と、達海の考える元の日常は違った。



 舞の言う日常はあくまで、『達海自身が能力を持っていながら、それをうまく隠す日々』だった。

 つまるところ、現状維持だ。



 この時、達海は察した。

 自分は完全に超えてはいけない一線を越えてしまったのだと。


 もう、戻れない。

 今日常に戻っても、そこは穴抜きの世界で、きっと幸せなど訪れない。


 もう...戻ってこない。



 ここにきて、何もないあの日々がどれだけ平和でよいものだったかを思い知らされたのだった。



 達海はその歯がゆさのあまり、思い切り歯を食いしばった。

 口の奥の方から鉄の味がする。

 切れているかもしれない。


 けれど今ほど、歩んできた道を悔やんだことはなかった。



「...藍瀬さんの考えてることは分かります。急な話です。無理もないかと。...けど、私たちにも譲れないものがあるんです。そこは...分かって下さい」


 優しく見つめるような素振りをしている桐までもが、腹をくくってそう口にしている。



(自分だけ、ここで嘆いているわけにはいかない)



 もう戻れないのなら、進むしかない。

 ならば...。




「...白嶺。一つ確認していいか?」


「何でしょう?」


「ソティラスが...何を目指して、何のために動いている組織か、教えてほしい」


「...。...なるほど。分かりました。お話しします」



 舞は達海の言葉から何かを察したが、それは口にせずに、要求された通りの説明を始めた。



「面倒くさいので驚かないで聞いてください。...私たちの行動のゴールは、地球から人間を抹消する、というところです」


「...それは、どうやって?」


 声を挙げたくなった達海だったが、舞の忠告を思い出し、なんとか胸の奥底に留めた。



「『コア』って知っていますか?」


「...この街のどこかに眠って、この街の中枢を担っている、ということは」


「十分です。そして、そのコアが、この目標達成の鍵なんです。この街のシステム部分であるコアは日に日に膨張しています。私たち人間が概念的に使用することによって」


「その増幅はまずいのか?」


「つまるところ、コアが増幅し、自然破裂することで内部に留めていた力が暴走し、地上に生息する人間を一人残らず消し去ります。私たちはそれを利用しようとしているわけです」



 舞の淡々とした説明は、人の命の重さをはかり間違えそうになるほどだった。



(その目標のために、どれだけの命が先に消え去るんだ...?)



 そんなことを思っていた達海だったが、先の説明でふと気になるものがあった。


「...待て。コアは、普段から俺たち人間が使うことで増幅してるんだよな?」


「はい。それがどうかしましたか?」


「じゃあ、いつかは自然に世界は滅びるってことだろ?」


「...それを考えてるのが、ガルディアという組織です」



 ガルディアの説明は一通り目に通していたので、達海がそれを理解するのに長い時間はいらなかった。


「私たちソティラスは、今この時点での人間の抹消が目的です。に対してガルティアは、自然にコアが崩壊する、その日を待とうではないかという思想です」


「なるほど...」



 普通なら、どう考えても急いだ革新、世界を崩壊させるという行為は間違っていると誰もが口にするだろう。


 けれど、今の達海は、なぜかそれが即座に口にできなかった。


 別に、先ほどの舞の脅しが効いたわけでもない。しかしなぜか、それを否定することはなかった。


「...なあ、白嶺。どうしてソティラスはその崩壊を急いでいるんだ?」


「...批判ですか?」


「単純な疑問」


「そうですか。...そうですね、これは上の人の決定なので、私が語っていいものか迷いますが...。上の考えとしては、今の腐りきった人間がこの世に生き続けたところで、もはや何の意味もない、という思想らしいです」


「それで地球をダメにするのか?」


「多少変動が起こるだけらしいですが、地球は壊れないそうですよ。むしろ逆です。人間だけ消え去るので、また新しい生命が生まれるかもしれない。そいつに賭けようという話です」



 それはもはや高次元の話だった。急に足を踏み入れた達海には、もはや付け入るスキがない。

 けれど、その説明を聞いて、達海はますます批判をする気が失せていった。



 ソティラスの考えてることは、地球単位の幸せ。

 動物愛護団体とか、環境保存団体とかに近しいものを感じる。



 確かに、人間は便利になりすぎた。

 白飾市民である達海自身がそう認識できるのだから、間違いはない。


 そして何より、今の人間は自己満足、自分の住みやすい明日を生きるためにしか動いていない。自分のためだけの幸せ。


 それは...悪なのではないだろうか。




 達海は程よく禁欲的な人間だった。

 特に欲しがるものもなく、なりたい自分があるわけでもなく、ただ空気のように生きていた。


 だからこそ、この考えが少し身に合うのかもしれない。


 別に、生きることを諦めようとしているわけではないのだ。次の命があるのなら、そいつに賭けるのも悪くはないのではないのだろうか?


 そう気づいた達海は脳より早く口が先走っていた。




「桐、白嶺。俺、入るよ」


「はい?」


「先輩?」








「俺は...ソティラスのメンバーになる」





 







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