第二章 進む時、戻らないもの(共)
第12話 戻るべき場所
弥一の能力を知った翌日以降、達海は能力を使わないようになっていた。
どうやら達海の能力は、自分の意志によってすべてが決まるみたいだった。
であればあとは難しい話はいらない。
「いつも通り過ごす」
それさえ念頭にあれば、変に能力を発生させずに済んだ。
そうして、いつの間にか金曜日にまでなっていた。
達海は、これまで通り弥一、陽菜とともに行動したり、生徒会の手伝いをしたりと、能力が発生する前の暮らしに上手に戻っていた。
---
その日の放課後は、弥一と帰ることになった。
達海と弥一は下りのロープウェイに隣り合って座る。
「...しっかしまあ、暇だなぁ」
「秋だからな。うちの学校の行事は軒並み春に済ませるから、この時期はどうしても何もない時期になるんだよ」
「それはそうだけど...。あ、そうだ、達海、お前生徒会手伝ってるんだよな?」
「そうだけど?」
「今年、白飾祭の運営担当白学なんだっけ?」
白飾祭というのは、この街一番の大きな祭りだ。
「白飾内の高校が合同で運営するんだけどな。それでも今年はメインは白学だな」
「何か忙しくなったりしないわけ?」
「ないだろうなぁ...。おそらく生徒会内で上手に回すだろうし、一般生徒には何もないと思う。...そだ、弥一、白飾祭一緒に回らねえか? 陽菜も誘ってさ」
「当然」
達海の呼びかけに対して、弥一はさも当たり前のように答えた。
おそらく、聞くに値しないほど、当たり前の話なのだろう。
「三人そろって何かする」、ということは。
そんな話をしていると、達海はあることを思い出した。
「ところで、白飾祭の夜は安全、ってよく聞くよな。つまり、能力者が暴れることもないのか?」
「...達海、その話は外でするな」
弥一は鋭い目つきを達海に向ける。達海は自分の発言があまりにも軽率だったと反省しながら、周りを確認した。
幸い、同じ車両に他の人は乗っていなかった。
おそらく聞かれてないであろうことにホッとして、弥一に謝罪をする。
「悪い。不注意だった」
「...まあ、この車両に他の人が乗っていないからまだいいけど。...それでも、聴力を生かして盗み聞きをすることができる能力者だってこの世にはいるんだぞ?」
「そうなのか?」
「ああ。確か【神音】といったかな、そういった感じの能力だ」
達海より先にノラの能力者になった分、弥一のほうがそういった知識を多く持っていた。
ならばこの際聞いておこうと、達海は話をつづけた。
「そういう人に、会ったことあるのか?」
「ん? いや、これはあくまで噂を聞いただけだな」
そう言ったものの、弥一はさらに続けた。
「けどそもそも、この街の裏社会に能力の種類やランク付けを大まかに規定した本があるんだ。それを一度ほど読んだことがある。そこで知ったな」
「なるほど...。...待て、そういうことなら、自分と同じ能力を持っている別の誰かがいる可能性もあるのか?」
一人一人違う能力なら、いったい誰がそれをチェックして、記すのだろうか。
おそらく、それは不可能に近い。
なら、いくらか同じ能力を持った人間がいて、そのありふれたいくらかを記しているのではないだろうか。
そんな達海の考察を弥一は肯定した。
「というか、それがほとんどだな。...例えば俺の獣化。獣化という能力自体は結構ありふれたものなんだ。問題はそこから何になるか。例えば俺なら虎だし、鳥になる人間も入れば狼になる人間もいる。全身獣化できる人間もいるが、部分でしか獣化できない人間もいる。そういう違いがあるんだな」
「なるほど...」
「その本に記されていたのは、この本の【獣化】という部分だけ。そこからの内訳はさほど書かれちゃない」
「...んじゃあ、俺の能力に関する話も書いてあったのか?」
弥一は腕を組んでうーんと頭を捻り、思い出していた。
やがて思い出したのか顔を上げる。
「あったな。確か【重力操作】だろ? あれはマイナーからメジャーな間だから、ギリギリ書いてあるくらいだな」
「マイナーな部分はやっぱりないのか?」
「唯一無二の能力はそう書かれはしないだろうな。ただ、そういった能力は大体S型が殆どだ」
「S型...ってことは、最強クラスの能力か?」
「すべてがすべて攻撃系の能力ではないと思うけどな。...うちの白学にも、S型は数人いるぞ」
「...マジで?」
そう言った弥一の瞳が笑っていなかったのを見て、達海はそれが本当なんだと察した。
「...なるほど。まあ、十分に気を付ける」
「ああ、そうしてくれ。ただ、最近のお前はよくやってるよ。前みたいに不器用に能力が発生することもなくなってきてるからな。だいぶコントロールができるようになったんだろう」
「まあ、そうなるけど...。そうだ、弥一が能力者になりたての頃はどうだったんだ?」
そういわれて弥一はこぶしを握った。
「獣化は本当に自分の意志次第だからな。無意識になるなんてことはなかったんだ。自分が「獣化したい!」って思ったときのみ発動する感じ。だからまあ、苦労はしなかったな」
「いいなぁ...」
少し羨望混じりに達海がそういうと、弥一は苦い顔を浮かべた。
「とはいえ、俺自体この能力をそんなに使いたくないんだよ。別に虎がかっこいいと思ってるわけでもないし、だれかと戦いたいわけじゃないし」
その驕らない姿勢に、達海は一種のカッコよさを覚えていた。
そんな中で達海にはもう一つ気になることがあった。
「...組織からの勧誘とかなかったのか?」
弥一は割と古参の能力者だ。
であれば、自身にコンタクトの一つや二つあってもおかしくないだろうと、達海はそう考えていた。
弥一は一瞬答えるのをためらって、けれどちゃんと口にした。
「あったよ」
「マジで?」
「ああ。...けど、断った。そっとしておいてくれって」
「それって許されるのか?」
「許されないだろうな。そこから付け狙われて命を狙われるか、しつこく勧誘されるかどっちかだろうな。...けど、俺の場合それがなぜかない」
「なぜ?」
「知らんよ」
あきらめたように弥一がふっと笑う。
その時、まもなく停車のアナウンスが鳴った。
「さ、そろそろこの話も終わり。最後に何か聞きたいことはあるか?」
弥一のその質問に、達海は一瞬何を聞こうか迷った。
けれど、迷っていた脳とは別に、反射で勝手に口走っていた。
「今年の白飾祭は...安全なのか?」
「今まで安全だったんだ。信じようぜ」
どっちとも明言せず弥一は答える。
それが終わったと同時に達海らが座っている席の前方のドアが開いた。
---
数日前の襲撃以降、できるだけ一人でいる時間を減らそうと、帰れるうちは二人で帰るようになっていた。
今日もまた、その一日である。
達海と弥一は、達海の家を目指し歩いていた。
「そういや、もう週末なんだな」
「あー、今日金曜か。早いよなぁ色々と。年を取るにつれて一日が早く感じるっていうけど、まさにそれだよな」
子供のころから、明日を望めば望むほど時間がたつのが遅く感じるとは言われてきたが、そもそもこの年齢になってはどちらにせよ時が過ぎるのを早く感じるようになってきた。
何気ない毎日を送って、何気ない休日を過ごして、何気なく年を取る。
...それは、どんなに幸せなことだろうか。
少なくとも、それに慣れてしまった人間には分からないことである。
「なぁ達海、今週末何か予定あるか?」
「ないけど...。どったの?」
「いや、久しぶりに遊ばないかって話」
「いいんだけど...。一週間くらい前に金欠って言ったの、あんまり変わってないぞ?」
「いいのいいの。ウインドウショッピングってもんもあるでしょ、この世には」
「それって高校男子がするものなんですかね...」
達海は、特に何かを欲しがることはなかった。
いいな、なんて思うものはそれこそあるが、それが喉から手が出るほど欲しいものかと聞かれれば、答えは決まってNoだった。
だからまあ、結論はというと...
「まあ、そんくらいなら、付き合ってもいいか。見るだけなら金はかからないしな」
「じゃ、決まりだな。日曜でいいか?」
「了解。...場所は、あそこか? 街のはずれの方のリオン?」
リオンとは、白飾の街に存在する大型ショッピングモールである。衣服、貴金属、娯楽、生活用品、基本何でも揃っている有能な建物だ。郊外にあるため、歩いていけばとんでもない時間がかかるものの、電化された白飾のシステムでは、街の中心部からモノレール一本で10分でたどり着けるのである。
「まあ、うちの街には古き良き商店街みたいなのがないからね。あそこしかないでしょう」
「分かった。時間は明日にでも適当に送っててくれるか?」
「はいよ。...あ、俺ちょっとコンビニ寄るわ」
「外で待っとく」
ふと立ち止まったところにあったコンビニの中に、弥一はそそくさと入っていく。
その出入り口の部分で達海は一人壁にもたれかかって待つことにした。
「...おい、お前」
達海は声が聞こえた方向を向く。そこには自分と同年代ほどの見た目で、フード付きのパーカーを着た人間がたっていた。
達海はその男性をじっと見つめる。そうするうちに男性はもう一度尖りの入った声を発した。
「...お前だ、お前」
「...俺すか?」
達海は自分に指をさして判断を仰ぐ。その男は小さく「お前だ」とだけ返事をした。
「俺に何かようですか? 見たところ初対面だと思うんですけど...」
「...」
男は何も発さなかった。それを不思議に思った達海はさらに声をかける。
「どうしたんですか?」
「お前...匂うな」
「はい?」
「お前は...能力を」
「...!!」
「あったあったぜスイカバー♪」
能力という、自分にとって不穏なフレーズが聞こえ、達海が背筋を伸ばした瞬間、コンビニの中から弥一が鼻歌混じりに出てきた。
「あれ、どったの? 達海。知り合い?」
「いや...」
「...ちっ」
男は弥一が出てきたことにより気まずくなったのか、軽く舌打ちをして元の路地裏のほうへと戻っていった。
「...ふぅ」
達海が一息つくと、腕になにか感触を感じた。よくよく見ると、弥一が達海の腕を握っていた。
「達海、ちょいと急いでここを離れるぞ」
その険しい表情から、先ほどの相手が危険だったのかもしれないと達海は察した。
「...やっぱり?」
達海が恐る恐る尋ねると、弥一はこれまで達海が見てきた中で一番厳しい表情で答えた。
「ああ、あいつは...相当危険な奴だ」
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