第一章 変わり出す日常 (共)
第6話 芽生えた能力(ちから)
翌朝になっても、達海が感じている変な気分は治ることは無かった。
むしろ、昨日の晩よりも、明らかに体調が悪かった。
昨日、休むと弥一や陽菜に連絡をしておいてそのまま寝たため、二人から何かコンタクトの一つや二つあるんじゃないかと、達海は自分の携帯端末の履歴をチェックした。
履歴の中には、着信待ちの電話が6件ほどあった。その全ては弥一からのようだ。
幸い、まだ学校の始まっている時間じゃない、と、達海は弥一に電話をかけた。
「もしもし、俺だけど」
『おーう達海ぃ、なんで休んでんだ? サボりか? サボりなのか??』
「悪い。サボろうと思ったら本当に体調崩した。というわけで今日は休む」
電話しながら体温計で熱を測ってみるが、本当に37.8度ほどあったのだから仕方がない。
『...分かった。陽菜ちゃんには伝えてんの?』
「サボりの段階で。詳細は弥一、伝えといてほしい」
『いいように使ってくれるんだな。まあいい。しっかり休んで明日には来いよ?』
「了解」
そう言って弥一は通信を切った。
休みを確定できたので、達海はもう一度ベッドに横になった。
「さてと...」
ベッドから天井を見上げて、昨日のことを思い出す。
さも当たり前のように繰り広げられていた戦闘、殺人行為。そして、自分もそれに足を踏み入れてしまった。
そして何より、謎の少女の謎の言葉。
「世界は滅びるよ。あなたは、どうするの?」
世界が滅びる。
もしそれが本当なら、見過ごすことはできない事態だ。
とはいえ、それがいつなのか、というのが分からない以上、その言葉は信じるには弱すぎる言葉だった。
第一、何を持って滅びるのか分からない。
それは、白飾の闇に関わってるのだろうか?
それに、昨日のおかしな能力についても、分からないままだ。
何一つ、答えが出てこない。
「...あ、そういえば」
達海は、昨日男性から回収した紙のことを思い出した。
(結局、昨日回収したのは良いとして、一回も目を通してなかったな...)
何かヒントになることが書いてあればと、達海は昨日着ていたズボンのポケットを漁った。
バサバサとズボンを揺らすと、昨日の紙が出てきた。
それを拾い上げて、達海は改めて内容を確認してみる。
しかし、メモほどのサイズの紙には、せいぜいサイトURL、パスワードしか書いていなかった。
もしこれが重要機密に関わる資料であるならば、もう少し厳重に保管されている可能性が高い。
きっとこれは、せいぜい会社のサイトログイン用のパスワードか何かだろう。
そう期待薄な状態で、サイトURLを空間投影された画面に打ち込む。
すると、背面が黒一色のログイン画面に辿り着いた。
(ここまでは普通だな...。パスワードを入れて、どこに飛ぶか)
半信半疑のまま、達海はパスワードを打つ。
そして、少しのロード画面の後、ログイン成功後の画面に辿り着いた。
「これは...」
そこは、綺麗なつくりのサイトだった。
お店や、大企業のHPをイメージすれば分かりやすいだろう。
そして、ページの左上に書いてある名前に、俺は目を留めた。
『ガルディア』
(そういえば昨日、男の話の中で似たような言葉が出てきていたよな...。同一のものかな?)
ちょっと湧いた好奇心に従い、達海はサイト内の一覧を見てみる。昨日の男のパスワードでログインしているはずなので、きっと不正アクセス判定にはならないだろう。
まず、達海は団体理念というページに飛んでみた。それで何をしているグループか分かるだろうと。
その他、あちこちとサイト内を移動してみる。
しかし、このサイトの内容は、達海にとっては想像の斜め上を行くほど難しい話だった。
ただ、明らかに難しい文章を並べただけのページもあった。まったく内容にまとまりがなく、ダミーサイトといわれてもおかしくないくらいには、話にまとまりが無かった。
そんなサイトの中で、かろうじて分かったことを、達海は手元に用意したノートにまとめる。
まず、ガルディアという組織が何者なのか。
ガルディアは、簡単に言えば、防衛軍みたいなものという結論に至った。何度か文章に出てくる、『ソティラス』という組織がどうやら敵対勢力とみて間違いないみたいだ。
さて、先程、ガルディアの事を防衛軍と言った。なら、何を守っているのか。
そこに、この街の闇に繋がる部分があった。
『コア』
そう呼ばれるものが、白飾に眠っているらしい。
このコアというものを守るために、ガルディアという組織が動いている。ソティラスは、その逆だ。
しかし、そのコアというものがどういったものなのか、なぜ守る必要があるのか、なぜ攻める必要があるのか、という結論までには至れなかった。
ちょうど、そのタイミングで張り詰めていた達海の緊張の糸が切れた。集中力がブツっと切れる。
それと同時にたまっていた疲れがどっと達海に流れ込み、達海は全ての作業から手を引いた。
「ふぅ...」
身体から一気に力が抜け、無気力な状態で達海は天を仰ぐ。
...一つ、大きな謎が解けたのはよかった。
しかし、達海はもう一つ大事な問題を抱えていた。
それは、達海自身が所持している能力のこと。
昨日体験した、未曾有の出来事について。
昨日達海が繰り出した攻撃は、明らかに異常と呼べるものだった。
殴ろうと踏みこんだ際に力を入れた右足側のコンクリートの地面が破壊されたこと。
それが偶然出ないことを立証しようと、もう一度力を入れて踏みこんだところ、同じように地面がえぐれたこと。
つまり、おそらくこれは、任意で能力のようなものを発生させた、という事になる。
(さし当たるところ、重力操作の能力ってところか...)
その発動範囲を知りたいと思い、達海はキッチン付近にあった林檎を力を込めて握ってみた。
すると、その林檎は一瞬で破裂した。爆発と言っても過言ではないレベルだ。
「...握力でも同じようなことが起きるのか」
ということは、身体全体、同じような増強が出来るのだろう。達海自身に力を込めたいという意思があれば。
しかし、そんな力を持ったところで、大して意味は無いのだが。かえって邪魔なだけかもしれない。
この能力については、当分触れないでおこう。
「さてと...」
達海は目の前の惨状に目を向け直した。
「...片付け面倒くさいな」
もう少し別物でやれば良かったと後悔しつつ、達海はあちこちに飛び散った林檎の欠片を回収し、ミキサーにかけた。
そのままグイッとその果汁を飲み干す。
...意外と甘かった。
---
時はすぎて、夕方になった。
結局、その日は、それ以上何かをする気になれなかった。
達海は、現状を冷静に考えて、自分の身に起こったことをまとめることで精一杯だった。
何もやる気がないと入ったもの、達海はのそりと立ち上がる。
達海は、頭がパンクしたせいか、はたまたずっと家にいたせいか、完全に気が滅入っていた。
それに、自分が学校に行ってないことを伝えてないまま親と再会するのはどこか癪だと感じ、達海はフラリと外に出てみた。
昨日の今日で何か起こるのではと内心思ってはいるものの、日はまだ暮れておらず、危ないと言うにはいささか要素が弱かった。
達海は、そんな自分の思考と直感を信じて、家のドアを開ける。
手に入れたメモもついでに持っていき、適当に家から離れた辺りで道端にポイっと投げ捨てた。
数分落ち着きがなくグルグルしていると、昨日獅童と寄った公園に辿り着いた。
達海は昨日と同じようにベンチに座って、ぼーっと夕焼け空を眺める。
すると、遠くの方から達海の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「おい。藍瀬じゃないか。お前、熱出して休んでたんだろ? なんで外ほっつき歩いてるんだ」
声の主は獅童だった。手になにやら書類を持ってるあたり、今日も白飾祭の準備で動き回ってるのだろう。
「熱が下がったから、軽く運動を、と思ったんだよ。なんかじっと家で篭ってるの、嫌なんだよな」
「そうか...。でも、休む時くらい休め。じゃないとこういうのは長引くからな」
「分かってるよ。...それより、今日も仕事か? 悪いな、手伝ってやれなくて」
達海が申し訳なさそうにそう言うと、何故か獅童は答えにくそうな素振りを一瞬見せた。
「...ん、まあいい。今日のは1人で出来る仕事だ。それに、時島先輩も今日は外部から人を呼んでいなかったしな」
「そうか。それならいいんだ」
「というか藍瀬、お前、昨日ちゃんと帰れたのか?」
「...え?」
一瞬、何を聞かれたのか達海は理解できなかった。
ようやく理解が追いついてくると、今度は返答に困った。
(まさか、昨日のこと見られていたんだろうか)
(それひょっとして、獅童も組織の人間だったりとか...)
(それならどうする? 名前を出して聞いてみるのか?)
(なんせよ、軽率な判断はダメだ!)
そうして達海は1人で頭を悩ませていると、獅童は軽く笑いながら答えた。
「いやぁ、藍瀬。お前、夜遅くなることを気にしてたんだろう? そんな中でビビらず帰ることが出来たのかなとな」
「んなわけねーだろ! みくびんな!」
色々と思い詰めていた達海は、獅童の軽口にムキになってしまった。
けれど、それらの心配事がただの杞憂だったのだと思うと、心の底から安心できた。
「そうかそうか。それならいい。...ま。もう秋だ。これからどんどん冷えてくるし、体調も崩しやすくなるだろう。しっかり休めよ?」
「余計なお世話だバカヤロー...」
そうは言いつつも、獅童と話が出来て、達海の少しばかり荒んだ心も安定していた。
変な出来事に遭遇して、明日からの自分の生活が壊れてしまうんじゃないかと悩んでいた達海にとって、それはありがたいことだった。
誰かと話せなければ、学校でどんな顔をしていいのかわからなくなってたかもしれない。
だからこそ、達海は獅童に心の底から感謝して、立ち上がってベンチを離れた。
「そんじゃ、病人は帰りますわ」
「おう。明日は来るんだよな?」
「多分治ってるからな。明日はちゃんと学校行くよ。じゃあな」
達海は手を挙げ、ヒラヒラと降って獅童と別れた。振り向けば見える先の、獅童が何をしてるかも知らずに。
---
~Side G~
「...先輩、どうしますか?」
「経過観察ね。...自分のことを過信して、むやみに力を振り回さない限りは、手は打たずにおきましょう」
「他に先に行動される可能性は?」
「可能性がないことはないわね。...とりあえず、彼の身辺、怪しいところには目をつけておいて」
「了解です」
そうとだけ話して、獅童は電話を切った。
そして、夜が始まる。
白飾の夜が。
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