第7話 未知なる世界(ゾーン)


 一日休んだおかげで、達海は翌日の学校にしっかりと参加できていた。

 しかし、流石に一日休んだつけが回ってきたのか、達海の机は朝から二人に囲まれていた。



「どうしてこうなってんの...?」


「お前が昨日休んだのが悪い」


「たーくん、体調大丈夫?」


「ん、まあな。昨日サボろうと思って熱出したんだから、笑える話だよな」



 まあ、今思えば熱を出したのも無理は無いんじゃないだろうかと達海は内心思っていた。


 そもそも、殺人の現場を見ておいて、軽度のショック状態にすらなっていない自分に違和感を覚えるほかなかった。

 こんな普通に生活を送れていることが、たまらなく怖く感じるほど。

 


「それより...」


「ん?」



 話題を切り出そうとした弥一が珍しく言葉に詰まっていた。弥一がこういう状態になるのは珍しい。



「どうしたよ?」


「ちょっとね、たーくん、一部で噂人になってるんだよ」


「噂人?」



 達海がそう尋ねると、こっそり弥一が耳打ちしてくれた。



「お前、一昨日夜の白飾歩いたんだってな。何かなかったのか?」


「...。それ、どこ情報?」


「出所は分かってない。...結局、本当に歩いてたのか?」



 真面目そうに心配してくれている弥一に、達海はふざけて答えることは出来なかった。

 かといって、まともな返答が思いつかない。


 何とかひねり出した答えを、達海は口にした。



「...そうだな。弥一。悪いがこの話は後で良いか?」


「いいけど...、ちゃんと答えてくれるんだろうな?」


「分かってる。...だから、お願い」



 できればあまり多い人間に聞かれたくないのだ。

 もし、これをさらけ出すことが出来る人間がいるとすれば、それは弥一と陽菜くらいだろうから。



「分かった。陽菜ちゃんも、それでいいか?」


「別に私はいいんだけどね。話してくれるんだったら、ありがたいくらい」



 陽菜もうんと頷く。

 そうしているうちに、教室前方のドアが開いた。



「はーい、それじゃHR始めますよー」


 野沢の気の抜けた声で、弥一と陽菜は席に戻る。

 そうして、何気ない一日が始まりを告げた。



---




 結局達海は、その日の午前の授業内容は全く頭に入ってこなかった。

 能力のこと、組織のこと、これからのことを考えるあまり、脳内回路がショートしていた。

 流石に、昨日一日では割り切ることは出来なかったということだ。


 その上に、弥一と陽菜にどう伝えるかというミッションが達海に与えられたのだ。

 どこから考えればいいか、分からない状態に、達海は瀕していた。



 結局、達海は弥一と陽菜に伝えるのを、昼のいつもの時間に決めた。

 そうして、今は食堂に三人で集まっている。


 このタイミングで集まることが、一番ローリスクだった。

 普段から集まっている三人が、普段の時間で集まっている。

 ヒソヒソ話をするには、まさに絶好の機会なのだ。



「...よし、話すぞ」


「力入れなくて良いからね? あと、嫌ならいいんだよ?」


「いや、どのみちちゃんと伝える必要があったんだ遅かれ早かれ。だから...ちゃんと言う」


 このとき、達海は弥一と陽菜に絶大の信頼を寄せていた。

 この二人になら、そう思って言葉を紡いだ。



「...一昨日、夜の白飾を歩いたのは、本当の話だ。といっても、深夜じゃない。夜営業の飲食店がまだ空いてるくらいの時間だけど」


「...ほう、それで?」


「それでまあ...」



(さて、どう言おうか...)


(笑い話にできるといいのだけど...)



「それで、どうしたんだ?」


「...結論から言うと、この街の都市伝説について触れた」


「...!」


 

 案の定、弥一の目は鋭さを増した。しかもそれは弥一だけではなく、陽菜まで。

 話し出したことを少し後悔しつつ、達海は続けた。



「はっきりそれがそうとはいえないけど...、あれは非日常にふさわしいものだった」


「...なるほど」



 弥一は肩の力を抜いて、椅子に深く腰掛けて腕を組んだ。



「...達海、はっきり忠告しとく。お前、当分夜は出歩かないほうがいい」


「...分かってる」


「分かってても俺は言う。出歩くな。じゃないと、お前の身体が危ない」




 いつになく真剣な弥一に、達海は完全に気圧されていた。

 それほどなまでに、今の雰囲気は殺伐としていた。


 それに加え、陽菜も少し弱弱しく声添えした。



「うん、私からも言っておく。...当分は、気をつけて」


「ああ」



 この間手にしたメモを調査され、自分の身分がばれてしまえば、命を狙われても不思議じゃない状況となる。

 一昨日みたいな、...それ以上の能力使いが達海の前に現れるかもしれない。



 今出来ることといえば、それらに出くわさないように過ごすことくらいだろう。



(というより...)


(本当は、弥一は都市伝説の正体を知っていた...のか?)



 ふと、達海の脳内に、自分の親友を疑う思考が浮かんだ。

 それに嫌悪を感じ、達海は首をぶんぶんと横に振った。



(自分の親友を疑うのか? 俺はそんなに偉い人間だったか?)


(...けれど、仮にそうだとしても...)



 もし、弥一が都市伝説を、この街の闇を知る人間だったとしても。



(俺は信じる)



 弥一は弥一だ。藍瀬 達海の親友なのだ。

 だから、最後まで信じ抜こう。



「達海?」


「ああ、悪い。ちょっと考え事をしていた」


「まあいい。...話してくれてありがとな」


「いや、こちらこそだ。...誰かに伝えて楽になることのほうが多いからな」


「ま、行き詰ったら頼ってくれよ。親友なんだからさ」



 弥一は先ほどまでの重たい空気を切り裂くように朗らかに笑った。つられて達海も陽菜も笑った。




(そうだ。...俺には、こいつらがいる)


 それだけで、達海は十分だった。





---



 食後の五限目は体育だった。

 男女で場所が分かれており、男子はグラウンドで持久走。

 達海は弥一とともにグラウンドを走っていた。



「そういえば...俺ってさ、短距離遅いほう?」


「どしたんだよ、急にそんなこと」



 弥一に話しかけながら、達海はゆったりグラウンドを走る。


「こないださ、一年のさ、風音とさ、勝負したんだけどさ、ボロ負けだったんだよ」


「あー...あいつ? それは判断にならねえぞ」


「はぁ、やっぱり?」


「そりゃだって、あいつ、外で対外試合できりゃ、間違いなく世界レベルだし」



 弥一の評価をもってしても、やはり桐の能力は高かった。

 そんな風にちんたら走っていると、遠くから体育教師の小塚 一誠の野太い怒鳴り声が聞こえた。



「こらぁ! 新妻ぁ! 藍瀬ぇ! そんなちんたら走ってると追走かますぞオラァ!」


(おうおう威勢のいい怒鳴り声なこった)



 達海は、完全に小塚の怒鳴り声に慣れていた。

 そもそも、なぜか体育の授業毎に、小塚は弥一と達海の二人組を叱り飛ばしているのだ。



「というか、どうしてあの人、毎回、俺らを怒るわけ?」


「知らんよ。とにかく、真面目に走るぞ」



 怒られたからには、本気を出すしかなかった。

 それを分かっているようで、弥一は走るペースを徐々に上げた。


 遠く離れる弥一の背中を見て、達海は自分もとペースを上げようとする。


 けれど、その直前で達海は一度思考を止めた。



(...能力、か)


(俺の自己分析が正しければ...、俺の能力は自分に存在する体重を、自分のタイミングで任意に動かせる、操れる能力)


(ならば、走るときの体重移動をちょっと意識すれば...)



 気づけば、達海の身体は能力を介して動いていた。


 かかとからつま先へ。そして今度は逆の足。

 重心は常に前に。

 足の回転は常に速く。


 重力を、無視するように。




 気がつけば、身体が空に浮いてるように錯覚するくらい、軽く感じていた。

 力を増しても、全く身体が痛みを感じない。




(何も...聞こえない...?)


 音が聞こえない。これはゾーンという奴だろうか。



「...い。おーい。おい! 藍瀬! お前どこまで走ってるんだ!」


「...へ?」


 気がつけば、達海以外の全ての生徒がゴールし、休憩していた。

 けれど、いつ終わったのか、その記憶が達海にはなかった。



「...すいません。全く何も見えてなかったというか...」


「分かってる。俺が注意して以降、お前の走りは異常だったからな。どうした?」


「集中力が切れなかったというか...走っているうちにどんどん思考回路が単純になったって言うか...」


「なるほど、あれだな。それはゾーンというやつだな」



 小塚は珍しく怒ることなく、太い腕を組んでうんうんと頷いた。


「まあ、普段からそこまで注意して授業受けてくれればありがたいんだがな!」


「あ、すいません、それは無理っす」


「吹っ飛ばすぞ!」


 やっぱり怒鳴られた。





「全く...。たるんどる」


「高校生なんてそんなもんじゃないんですか? ...そうだ、俺ってどれくらい走り過ぎてたんですか?」


「ん? ...そうだな...。ビリ欠の部分から本気を出して、上位8番目くらいで終わったのに、そこから2周走ってたな」


「...まじですか?」


 自分の記憶に全くないところでの行動に、達海は明らかに戸惑っていた。

 

(...これも、能力のせいか?)



 そう考えると、ますます恐ろしくなってきた。

 背中に悪寒が走る。達海は、それをなんとか小塚に気づかれないように動いた。




「どうだ。ゾーンに入った感想は?」


「...なんか、怖いっす...。自分が自分じゃないというか...」


「そうかそうか。ならよし」


「へ?」


「ゾーンに入ってしまうと自分に才能を感じてうぬぼれてしまう奴がいるからな。俺はこの学校でそういう奴を何人か見てきた。...それに恐怖を覚えてるなら、大丈夫だ


「は、はぁ...」


「さあ、与太話は終わり! 体育委員! 整列させろ!」



 小塚はそれっきり通常の業務に戻り、達海も列の中の自分の居場所に戻った。



 しかし、能力のことについてますます謎が深まったのは、言うまでも無いことだった。





---


~Side G~




「時島、あいつ、警戒したほうがいいぞ」


「やはりそこまでなのね...。一誠、あなたの能力で、彼の思考は読み取れたのかしら?」


「まあな...。けど、あいつはまだ『どっち』にも染まってねえ」


「そう...。なら、引き続き監視かしら」


「おう、そうするか」




 シリアスな話が似合わない一誠は、話が終わった瞬間ガハハと笑った。

 そして、自分に与えられた部屋から、家へと帰る達海を見送りながら呟いた。



「お前はもう、戻れねえなぁ」




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