第2話 白飾の謎


 教室内が一気にざわつき始める。

 しかし、それは当然の内容と言えるだろう。


『出生について問うことを禁止する』

 その言葉は、ますますこの街の謎を深めることになるからだ。


 達海は思わず近くの席の弥一の方を向く。弥一も自分に視線が向けられていることを察知してこちらを向き、少し緊張感をもった顔でコクリと頷いた。



「それでは氷川さん、自己紹介のほどを、可能な限りでお願いします」


 野沢がそう促すと、転校生である氷川はうんと頷いて一歩前に出た。



「今日からこちらでお世話になる氷川です。...出生以外なら訊かれたら答えますが、ひとつだけ最初に言わせてください」


 何かに起こっているのかというほど、常時鋭い目つきのまま氷川は続ける。



「私は曲がったことが嫌いです。...そういう連中がいるのなら、容赦はしないのでよろしくお願いします」


 さらに教室内がどよめく。

 当たり前だ。こんな最初から飛ばしている自己紹介なんて初めて聞いた。


 これは、自己流の他人との距離の測り方なのか、それとも...。



「はい。それでは氷川さんはせきについてください。空き席の用意は...、あ、藍瀬君の後ろですね。ではそちらに」


 そう促された氷川が俺の席の後ろに向かって歩いてくる。



 ...え、俺?



 思わず達海は後ろを振り向くが、空席がいつの間にか一つ置かれていた。

 しかし仕方のないことではある。これも後ろ列の宿命というやつだろう。



 氷川が後ろの席に着いた音がしたので、達海は軽くあいさつすることにした。


「あの...よろしく」


「ああ。...それと、HR中だ。前を向け」


「ですよね」




 先ほどの自己紹介通り、あまりよろしくない行動にはあたりが強いようだ。これはかなりの堅物だろうと達海は息を呑む。

 忠告に従い、おとなしく達海は前を向くことにした。


 その脳内は、これからどうなるのかと心配する感情で埋め尽くされていた。




---



 昼食時になると、いつもの三人組はなかよく席に座っていた。

 今日は平常より会話が尽きない。


 しかし、その内容は氷川のこと、それひとつだけだった。




「すっごく近寄りがたい雰囲気なんだよなぁ...」


「確かに、ああもきっぱり言える人間はね。ありゃ、自分から近づかないでくださいって言ってるようなものなんじゃないかな。前の席のたーくんからすればどう?」


「あれが他人との距離の測り方なんだろうなとは思う。...けど、悪人ではないし、別に嫌ったりする理由もないと思う」



 確かに、氷川が怖い人物であるかと問われれば、イエスと答えてしまうだろう。

 けれど、それも個性だとしたら、否定する理由はないのだ。


 誰にだって個性はあるのだから。



「それに、なにか思っての行動じゃないかと思う。...こう、自分の中の信念とか、信条とか、そういうのに従って生きてるようにも見えなくもない」


「そだね」


 陽菜は達海の意見に納得したように頷いた。



「とはいえ、今回の話は謎が多いよな。...外からの転校、出生の秘密、これ、調べればこの街の謎について紐解けていくんじゃないか?」



 好奇心をむきだしにして、弥一が目を輝かせる。

 けれど、達海はそんな気分にはならなかった。


 これに至っては、そもそもの問題なのだから。




「気になるのはわかるけど...やめとけよ? この街の夜が危ないのは知ってるだろ?」


「でも、何が起こってるのかは知らない」


「ぐっ...」



 この弥一の発言は、ごもっともすぎる発言だった。

 そもそも、達海自体、この街のことについて何も知らない。


 聞かされ続けた言い伝えをただ従順に守ってるだけなのだ。



「まあ、主に都市伝説の話だな。ちょっと待ってろ...」



 弥一は腕につけている時計のどこかしらのスイッチを押す。すると、そこから光の粒子が散布され、空間に現在視聴しているサイトのページが浮かび上がってきた。


 ...そもそも、この空間投影技術も、白飾の一種の都市伝説みたいなものなのだが。



 達海と陽菜は、映し出されたその画面を改めて覗いてみた。



「ここに記載されてるのが一番わかりやすいやつだな」


「えっと...。白飾都市伝説。何故人が来ない? 何故人がいなくなる? この街の正体は一体何なのか、その真意に迫りたい。って書いてあるね」


 陽菜が読み上げたこの文章に書かれているのが、白飾の2大都市伝説として語り継がれている内容だ。



「大体みんなが言ってる白飾の夜は危ないってのは、この二つ目の都市伝説だな。実際、俺の知人もこれ立証しようとして消えたし」


「え、は? 初耳なんだけど」


「言ってないからそら初耳だろうよ」



 だがそれよりも、達海は、知人がいなくなったことをケラケラと笑い、平然と言ってのける弥一にすら恐怖を覚えた。



「やっぱり、殺害、なのかな?」


「俺はそっち目線で見てる。...だからまあ、夜の白飾が危ないってのは間違いはない。俺も重々気をつけてるよ。けど、一つ目の都市伝説、これは完全に謎」


 弥一は神妙そうな表情を浮かべる。

 達海はそれを見てゴクリと唾を飲み込んだが、期待した答えは帰ってこなかった。



「けど、どれだけあがいても、一般人にはこの真意にたどり着くことすら不可能だけどな。知ってるのはせいぜいこの街60万の人口の中の上層部くらいだろうよ」


「なんだそれ。オチのない話だな」


「確たる証拠がないから仕方がない」


「結局、これまでどおり迂闊に動かずにそっとしておくのが一番だね。無難が一番、たーくんの言葉でしょ?」


「まあな」



 結局、陽菜のこの発言に行き着いて、この話は幕を閉じた。







 その後、達海の食事が一番早く終わった頃、後ろからやる気のない女性の声が達海の名前を呼んだ。




「藍瀬くーん、来れるー?」


 達海の耳を打ったやる気のなさそうな声に達海は立ち上がった。

 それが何かを確認するため、陽菜が達海に声をかける。


「生徒会長だね。お手伝いかな?」


「みたいだけど...。あの人、俺を使いすぎじゃないか...? まあいいや。というわけでごめん、先行く」


「分かったよ」


 

 そして達海はその場に弥一と陽菜を残して声の主のもとまで少し早歩きで向かった。

 その生徒会長と呼ばれる女性は、他数名の生徒会のメンバーと立っていた。これからどこか向かうついでで誘ったんだろうか。




「あれ、手伝ってくれるんだ?」


「まあ、呼ばれたので...。というか、俺の使用率高くないですか? 生徒会メンバーじゃないのに」


「いいじゃない、暇でしょ?」


「そう言われればそうですけど」



 しかしそもそも、達海がいようといまいと率先して何かをやろうとしないのがこの生徒会長、時島ときしま れいなのだ。



「それで? 今日は何するんですか?」


「昼のボランティア清掃♥」


「最悪なの引いてしまった!」



 この学校の生徒会の仕事量自体は、ぐうたらな会長に見合わず多い。

 しかしそれでも、達海はよりもよって短時間重労働のボランティア清掃を引き当ててしまったのだ。



「というわけで、グラウンド行こっか」



 しかし乗った船から降りることはできず、達海は生徒会面々とともにグラウンドへと向かうのだった。



---






 清掃自体が終わったのは、午後の授業開始五分前だった。昼休憩のほとんどが潰されたことになる。


 達海は教室に戻る前に、ほんの少し休憩を、とグラウンド外れのベンチに座っていた。



「やっと終わった...」


「お疲れ様。悪いな、引っ張り出して」


 その声とともに、首の後ろになにやら冷たい感触が伝わってきた。



「冷たっ! ...もっとほかの渡し方はないのかね。獅童くん」


「おごってあげてるんだ。感謝くらいしてくれ」


 そうして生徒会副会長である湯瀬ゆのせ 獅童しどうは達海の隣に座った。


 達海は生徒会の面々とよく仕事をするため、ある程度仲の良い人物を生徒会内に作っている。

 同学年である獅童がまさにそれだった。


「というか獅童、結局あの会長さん、今日も何もしなかったな」


「...もういつものことだ。目をつぶってくれ」


獅童は盛大なため息を吐いた。

 結局会長である零は、傍の方でずっと体育教師の小塚と会話しているだけだった。実質何もやっていないことになる。


 しかし生徒会では常時こんな様子らしく、動きだけで見れば、獅童が会長と呼ばれても仕方がない状態らしい。


 しかしそうは言いつつも、今回の獅童も明らかに苛立ちを見せていた。



「全く時島先輩、あの人ほんと...」


「まあ落ち着け。俺はなんとも思ってないから」



 こうして会長にイライラしている獅童をなだめる役割が達海に定着してきているのが現状だ。




「それより毎回毎回思うんだが...。藍瀬、こんなに生徒会手伝ってくれるなら、生徒会入ればいいじゃないか。なんでこう中途半端に力を貸すんだ?」


「そっちのほうがなんか気が楽でいいんだよ。それに、責任を取る必要性も薄い」


「なかなか理にかなった答えだな。生徒会副会長としてはありがたくないが」



 獅童は苦笑いを浮かべた。



「ま、そうならそれでいいか」


「肩書きなんかどうでもいいんだよ。別に。俺ひとりの力ぐらい。今後いくらでも貸すから」


「それはまた、頼もしい発言だな」


「さ、時間だ。行こうぜ」



 達海は獅童に奢られたお茶缶片手に、教室へと戻った。




---




 帰りのSHRが終わり、いつもどおり帰ろうとしていた放課後。達海を呼び止める声がまた聞こえた。


「達海くん、ちょっとこのあといいかな」


 帰り支度をしていた達海の席の前に、本を抱え、メガネをかけている少女が立った。



「ん、どうした? 千羽」


 そうしてその少女、琴那ことな 千羽ちはねは少し遠慮しがちに答えた。




「その...付き合って欲しいんだけど...」

 








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