第3話 それぞれの世界


 そうして千羽に連れられて達海が向かったのは、図書室だった。

 依頼は、図書当番が自分ともうひとりいるのだが、片方が30分外せない用事があるらしく、代役を探していたということらしい。


 で、それがなぜ達海なのかというのは聞くまでもない。

 

 千羽が仲のよい人間を探すと言ったら、達海くらいしかいないから、それだけである。



 とはいえ、放課後の図書室にあまり人はいなく、貸出を行う回数も少ない。せいぜい数人、図書室に来て本をその場で読んでいる程度だ。


 そもそも、ここ白飾の文明であれば、空間投影で電子書籍を読むくらい容易い。にも関わらず、紙の媒体が眠っているこの場所で本を読む人がいるのだ。


 これはもう完全に人の好みであるが、古き良き文化が、先に進んだ文明の中で消えてないことは素晴らしいことではないのだろうか。



 それぞれ図書室のカウンターに座り、達海は適当に棚から取り出したオカルト本を、千羽はかばんから取り出した本を読みながら、時間をつぶしていた。



「オカルト、好きなの?」


 ふいに千羽が手を止めて話しかけてきた。


「ん? んー...そういうわけじゃないけど、ほら、白飾は特殊じゃん。夜出歩くことすらままならないからさ、こういう外の世界のオカルト、結構興味あるんだよ」


「へぇー...」


 そんな身の入ってないような声を出して、千羽はぼそりと呟いた。



「私は、こんな世界なんて、どうでもいいんだけどな...」


「ん? どうした?」


「ううん? なんでもない。それより、今日はありがとね」


「気にすんな、ただの暇つぶし。そうやってのーんびり暮らしていくだけで、今は十分なんだからさ。なんでも揃ってるし、不便も無い。おまけに生きるのに苦しさを覚えない街だからさ、ここは」


「確かにそうだね。...けど」


 

 千羽は何かを言いたそうにして、直前で立ち止まって口ごもっていた。

 それがさっきから気になる達海は恐る恐る聞いてみることにした。



「千羽ってさ、何か遠慮してない? 俺に言いたいことがあったりするなら、聞くつもりなんだけど...」


「ごめん、迷惑かけちゃったね。...うん、じゃあ、嫌にならない程度で言わせて貰おうかな」


 千羽は達海の言葉で決心がついたのか、自分の胸中を語りだした。



「なんでも揃うっていいことだよね。足りないものに不便はあるけど、多すぎることに不便さはあまり感じない。...けど、そんな贅沢すぎる生活、私たちだけが送っていいのかな」


「あー...なるほど?」


 どうやら千羽は反論することを躊躇っていたのだと、達海はようやく理解した。

 けれど、これくらいのことを遠慮されていたのかと思うと、少し悲しくなる。


 自分の存在が空気でも構わないが、千羽とは腹を割って話せる間柄だと、そう思っていたからだ。


 

 けれど、それを口に出すまいと、達海はぐっと言葉を飲み込んだ。

 かわりに、さっきの千羽の意見に答える。


「...確かに、自分たちだけが、って思うことはある。それに、よくよく考えたらこの街はおかしいんだ。おいしい話には裏があるってことを考えると、怖いと思うよ。...けど、それを知ったところで、俺みたいな無力な輩は、傍観者となって、空気となって、生きていくしかないんじゃないかな」



 自分が非力なのは分かっている。

 本当は、この街にとんでもなく深い深い闇が隠れているのかもしれない。けれど、自分にそれに太刀打ちできるだけの力がないことは分かっている。



 だから、藍瀬 達海は空気なのだ。

 そうすることしか、できないから。



「そっか、そうだよね」


 それが千羽にどう伝わったかは分からない。千羽はただうんと一度頷いただけだった。



 それから数分、もくもくと本を読んでいるうちに、図書室のドアが開いた。



「すいません! 遅れてしまって...」


 どうやら代役の女子が到着したらしい。


(これで俺はお役ごめんだな)



 達海は椅子から立ち上がり、千羽に声をかけた。


「んじゃ、そういうわけだから帰るわ。仕事、頑張ってな」


「うん、手伝ってくれてありがとう」



 結局一度も貸し出しの業務を行うことは無かったが、感謝されているのならまあよしとしよう。

 達海は、読んでいた本を丁寧にもとあった場所へ返し、図書室を後にした。





---



 現時刻は5時。

 山を下るモノレールの帰りの便はまだいくらでもあるため、達海はのんびりして帰ることにした。


 普段なら帰る際は弥一、もしくは陽菜がいたりするのだが、昨日は自転車の件で、今日は千羽の手伝いとあり、帰り道が一人なのだ。

 別にそれが悪いことではないが、なんだか悲しくなる。



 そんなことを思いつつ、フラフラと歩いていると、気づけばグラウンドに足を運んでいた。

 グラウンドでは、野球部、サッカー部、陸上部等、多数の部活が活動していた。


 ただ、これもまた疑問なところなのだが、白飾の高校は、外の街の高校と大概試合をすることが無いのだ。

 白飾内でのみの大会が関の山と言ったところだ。


 これではまるで、白飾は世界から独立していると言ってくれといっているようなものだ。



 ふと、目の前に見知った顔が通った。達海は慌てて呼び止める。


 

「桐」


「あ、先輩。どうしたんですか? 入部希望?」


 そう言って陸上部であり学年的には達海の後輩の風音かざね きりは走っていた足を止めた。


「ちげーよ、この時期から入部するわけないだろ」


「ですよねー。先輩からすりゃもう二年の秋ですし」


「それもあるけどなぁ...。なあ、外で大会とか出られないの、つまらないとか思ったことは無いか?」


「そうですねー...」



 桐は実際どう思っているのかを考えようとしたが、たいした答えが得られなかったのか、開き直って笑った。



「まあ、いいんじゃないですか? こんなので。一応、ここ白飾内の高校同士で対抗戦とかありますし。それに、陸上はまだマシなほうじゃないですか? あくまで個人競技、成績も出るし、自分の限界も知れる」


「たしかし」


「野球はなんか甲子園? なるものがあるんですよね。でも白飾は出られない。流石にかわいそうですね」


「ついでに言うとプロにも参加できないからな。白飾から外に出るときってどうなるんだろ」


「ひょっとして、記憶を消されたりして...!?」



 桐ははっと口に手を当てる。けれど、その仕草のせいで全然怖さを感じない。


「お前って馬鹿だよな」


「はぁ!? にゃにをおっしゃってますか!」



 桐がそうしてぷんすか怒っている光景を見るのも、また楽しみの一つなのかもしれない。



「ふん、いいですもん。私、先輩より早く走れますし」


「ほう? 相手男でもか?」


「男でもですよ。私の脚力舐めたらいけませんよ?」


「じゃあいい、ちょっと勝負するか」


 桐の担当が長距離か短距離かはいざ知らず、達海はおもむろに上に着ていたブレザーを脱ぎ捨てた。


 なぜか心の底から勝てる気が湧いてきておかしくなりそうだった。



 グラウンドに足で線をかいてそこをスタートラインとし、そこからゴールを決めてそこまでの短距離勝負。



「それじゃいきますよ。位置について...よーい...」



『パァン!』



 どこかからかピストルの音が聞こえた気がしたがそれはどうでもよく、音と同時に達海も桐も全力で走り出した。




 が、結果は火を見るより明らか。


 終わってみれば、達海の惨敗だった。



「はぁ...はぁ...、な、なぜだ?」


「ほら言ったじゃないですか。私の脚力舐めたらいけないって」


 桐は得意げにふふんと鼻を鳴らす。


 そういわれていたのは分かるが、ここまで早いとは思っても見なかった。

 それに、ぜぇはぁ息を切らしている達海と比べ、桐は息遣いも安定していた。


 ここまでの完全敗北は、プライドがズッタズタになる。



「だ、ださすぎるぞ俺...」


「私全力を出してなくてあれですからね。これは相当くるんじゃないですか?」


「...マジで?」


「マジです。最初の数秒は全力でしたけど、差が開いてからは微調整してました」



 いよいよ話にならない。男の面子も、もうそこにはなかった。



「...俺って、そんなに鈍足なの?」


「いや? まあ...普通くらいじゃないですか? 一般男性のデータなら」


「じゃあ、桐が異常ってことじゃねえか...」


「はっきり言ってそうです♪」


 完全勝利の余韻に浸っているのか、桐はそれはそれはもうノリノリだった。

 一芸の無い達海からすれば、それはとんでもないコンプレックスだと言うのに。


「なに? 桐、お前何を目指してるの?」


「完全生命体ですかね?」


「...」


「嘘ですすいません調子乗りました」


「本当は?」



 桐は数秒答えを考えて、数十秒経ってようやく捻出した。


「...先輩は、風より早く走れたらって思ったことはありますか?」


「なんだそれ」


「私の目標はそれなんです。馬鹿げてるかもしれませんが」


 もう何が何だか分からない。

 達海は考えるのをやめた。


「はぁ...もういいや」


「気が済みましたか、藍瀬さん」


 達海がそうして打ちひしがれていると、奥のほうからもう一人陸上部の後輩、白嶺しらね まいが現れた。



「あ、迷惑かけてた?」


「当たり前です。人の部活動妨害...信じられませんよ。ね、桐ちゃん」


「えっと、私は別によかったんだけど...」



 空気が気まずくなったのを察したのか、桐は舞から目を逸らした。


「...コホン」


 舞はそれに一瞬呆気を取られて、すぐさま平常の素っ気無い態度に戻った。


「とにかく、あまり邪魔はしないでください。桐ちゃんはともかく、私が許しませんよ?」


「はいはい、分かっておりますよ。というか、その愛重たすぎない?」


「これくらいが普通です」


「私はちょっと重たいと思うけどな...」


「「...」」



 顔を逸らしながらも、桐はピンポイントで舞の弱点を突いた。



「まあ、そんなわけです。暇人は帰ってください」


「分かりましたよ。ま、どのみちそうするつもりだったし」



 ちょうど帰るきっかけが出来たのは助かった。

 それに上手く乗じて、達海は帰ることにした。



「じゃあな、桐。部活頑張れよ」


「そろそろ今日は終わりですけどねー。はい、また明日」


「できればもう来ないでください」




 若干一名からのあつーい罵声を浴びて、達海は帰路についた。

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