第四話 絶望を絶ち斬る者達
廃墟の建物から、明かりの消えた夜景と星空を見上げ、冴彦は衛星電話で妹にここ数日の経験を話していた。
『ほえー、前回聞いてからのこの3日間で、またえらい冒険したんだね、兄ちゃん。けど、ただの街路樹が屋久杉ばりに成長して道路が通れないって、やっぱり笑えるねー。四国はもっと凄いよ、巨木の原生林まみれだもん』
「笑えないぞ。通れる道は少ないわ、どこに【樹人】が潜んでるか分からんわ、炎花の人助け依頼があるわで、回り道の連続だ。徒歩移動よりマシだったが、相当時間を浪費した。生物の進化に干渉する細菌とか、勘弁してほしいよ、ほんと。すまんな美雪、もう少し我慢してくれ」
『あはは、6歳児に使われてるんだね、兄ちゃん。けどまあ、急がなくていいよ。信じてるからさ、兄ちゃんは絶対に来てくれるって。……だからさ、助けてあげなよ』
「美雪……お前」
ぎくりと身を固くして、妹に考えを見透かされたのか、と勘繰る冴彦。
『驚かせてごめんね。実は兄ちゃんへ定期連絡する前に、炎花ちゃんと先に話しててさ? 色々と近況を聞いてたの。ほら、その衛星電話、そもそも炎花ちゃんの持ち物でしょ? 神樹さんにも、娘の様子を確認して欲しいって頼まれてたから。それでね、兄ちゃんの今の状況は知ってたりするんだ。炎花ちゃんから話を聞く限り、助けた人の扱いに困ってるんでしょ? 見捨てるか、助けるかで』
冴彦の沈黙を肯定と受け取り、妹の言葉は続いた。
『兄ちゃん、人を見捨てるのはいつでも出来るよ。けど、助けられるのは今だけだよ?』
妹のその一言が、冴彦の心に重く響いた。妹との話を終えて衛星電話を切り、暫し考える。
「馬鹿のくせに核心を突く。……見捨てるのは、最後の最後だ。荒療治でもしてみますか」
屋上へ戻った冴彦は、ビニールプールと携帯用シャワーノズルを活用した、簡易風呂設備でお湯を浴び、さっぱりとした表情で、ポン子から夕食の甘口カレーを受け取った。
「……月夜さん、炎花、ポン子、律子、皆聞いてくれ。妙案を思い付いた」
冴彦の晴れ晴れとした表情から語られた言葉に、傍にいた全員が絶句した。
翌日、晴天の道路を一台の国産電気自動車が疾走していた。
車の屋根には、縄で簀巻きにされ、屋根に固定された頼子がおり、激しく身悶えしている。
しかし、それを無視するかのように車は疾走し、遂に、【樹人】や【樹獣】が群れをなす明石大橋の入り口が見えた。
「さすがにこれだけ揺れると起きるわな。お早う、依崎さん。ようやくまともに寝られたところ申し訳ないが、治療を始める。トラウマの原因を消すんだ。律子に聞いたけど、色々あって生きることに嫌気が差したとか。こんな世界じゃそう思うのも無理はない。でも、それで娘を道連れに死ぬってのは、余りに身勝手だ。だから、貴方に生きる意志を取り戻させるため、荒療治を行う。失敗する可能性もあるが、その場合は依崎さんを投下し、【樹人】共を足止めして、俺達は四国に行く。その状態なら幾ら喚かれても平気だし、縄を切れば投下もすぐだ」
窓から顔を見せる冴彦の表情は、どこまでも晴れやかで、怖い位に目が据わっていた。
「要は、依崎さんがトラウマを乗り越えられるかどうかだ。見捨てるのはいつでも出来るから、最後の最後にする。ただ、死ぬ時は1人で死んでくれ。律子も同意済みだ。彼女は生きてたいらしいからな? ああ、治療に失敗した時、律子は俺達が責任持ってあんたの実家まで連れて行く。心配は無用だ」
「ママ、私はホノちゃんと一緒に、パパのカタキを取る!」
窓から顔を覗かせ、宣言する律子。口にガムテープを貼られ、縄に縛られて身動き出来ない頼子は、涙を流してムームー唸っていたが、無常にも車は【樹人】や【樹獣】の群れに突貫した。
「むむむぅう……あっついのいっけーっ!」
気の抜ける炎花の掛け声とともに、炎花の特殊能力の一つ、
「ああもう、鬱陶しいわね、ワサワサと!」
「数が数だし仕方ねえよっと!」
恐ろしいのは、律子が車のサンルーフから顔を出し、頼子の見ている前で、ポイポイと火炎瓶を投擲して、【樹人】や【樹獣】を燃やしていることだった。
「ええ~い! 燃えちゃえ、燃えちゃえ!」
頼子は娘の行動に唖然とし、視界に映る異常事態に、声無き絶叫を上げていた。
そして、眼前に現れた最たる異形、人型の巨木。【樹巨人】が、車の進路上に立ち塞がる。
頼子の目が恐怖に見開かれるが、出現を見越していたのか、冴彦と月夜が先手を打った。
「「せーの、どっこいしょぉぉーっ!」」
冴彦と月夜が念動力を駆使して、【樹巨人】の足元を急激に隆起させ、【樹巨人】がバランスを崩して、地響きを立てて転倒した。その股の下を潜り抜け、正面から冴彦達は明石大橋に入る。
「とりあえず、第一段階成功ね?」
「ああ。さあ、
「合点承知! 皆さん、しっかり掴まってくださいよー!」
冴彦の言う通り、身を起こした【樹巨人】が全速力で走り出した。
意外に早い速度で、車が追い付かれそうになった、その時である。
律子の生命力溢れる叫びが、涙目の頼子の耳を打った。
「パパのカタキだ! いっけええええーっ!」
最後にとっておいたと思しき色違いの火炎瓶を、律子が全力で投擲した。
【樹巨人】が蔓で払いのけようとした時、火炎瓶が突然浮き上がり、樹巨人の口腔部らしき個所に入る。
冴彦が念動力で誘導したらしい。そして、頼子の目の前で、【樹巨人】の頭部が吹き飛んだ。
「ポン子特製、無線爆炎瓶。私からの電波一つでお手軽起爆です。製法や材料は秘密ということで」
「よくやったポン子、律子! さあ仕上げだ。あんた達母娘の未来、俺達が斬り開いてやる」
車を止めて冴彦が橋に降りる。相当離れた位置にはふらつく【樹巨人】がおり、その遥か後方には、追手の【樹人】や【樹獣】達の群れが見える。
車の屋根に括り付けられた頼子が冴彦の顔を伺うと、透徹した笑みがそこにあった。
「皆が笑える未来のために、今少し無理をする。全力で撃つと、1日1回が限度のとっておきだ……ありがたく喰らえ」
「炎花、私達で時間稼ぐわよ!」
「ツクヨのいうこと聞くのはイヤだけど、お兄ちゃんとリッちゃんのためにがんばる!」
月夜が周囲の電子を集めて、水平に走る雷のように電流を操り、
2人の援護に感謝しつつ、冴彦は迫る【樹人】や【樹獣】、【樹巨人】を見据えて言った。
「全員縦に並べよ、吊り橋の上じゃ面には攻撃出来ねえ技だからな。橋は壊せないから一応加減はするが、安心しろ。細胞の一欠けらも残さず、斬り滅ぼしてやる」
冴彦が口を開いた時から、凄まじい圧力を頼子は感じていた。月夜と炎花は、近くでわくわくと目を輝かせ、律子はポン子に抱き付いて、冴彦の持つ虹色に輝き始めた日本刀を見ている。
「次元も……時空間も……全てを絶ち斬れっ! 必殺、
冴彦が日本刀を振り下ろすと、
「依崎さんが怯えてたモノは、今ここで消した。後は貴方次第だが……まだ死にたいか?」
疲れ切った様子の頼子は、車から降ろされた後も、しばらくの間呆然としていたが、やがて微かに笑みを浮かべた。心の内にある何かが吹っ切れたのか、温かみのある笑顔であった。
「現実に追い詰められ、絶望し、楽になりたいって思うのは、誰にでもあることだ。だから、俺はあんたが死を選ぶことを否定しない。それが救いになる時もあると思うからな。あんたがまだ死にたいって言った時は、本当に見捨てるつもりだったが……その顔を見る限り、絶望は、多少消せたらしいな。生きようとする娘の姿を見て、少しは生きる希望を取り戻せたか?」
冴彦の言葉に、頼子は得意げに自分を見る律子の頭を撫でて、小さく頷きを返した。
「……はい。一生分、叫んだ気がするわ。何かこう……すっきりしました。ありがとう」
「いいさ。それよりさっさと出発しよう。他所に散ってた【樹人】達が来るかもしれないし」
「ねえねえサヒコお兄ちゃん、橋が少し消えてるよー、力の加減間違えた?」
「……炎花、見て見ぬ振りをしよう。人助けの結果だから、多分許される筈。さあ、皆乗った乗った。目的地は淡路島。淡路島が危ない感じなら、そのまますぐに四国へ行くぞ」
冴彦の言葉を聞き、頭を下げる依崎母娘。全員が車に乗り込むと、席順で月夜が告げる。
「頼子さんだっけ、冴彦の横は私の指定席だから座らないでね? 研究対象だから間近で観察する必要があるの。冴彦も納得してるから……そうよね、冴彦?」
「お嬢様、冴彦さんは座った途端に夢の世界です。加減しても、相当消耗したみたいですね?」
「格好つけて無理するからよ……バカ。ポン子、ゆっくり発進させて」
眠る冴彦を自分に寄り掛からせた月夜の指示で、国産電気自動車はまた走り出した。
緑青眼の生存者(ヴァーディグリスアイズ・サヴァイバー) 九語夢彦 @Kugatari-yumehiko
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