深淵(1)

 墓所には無彩色の闇が広がっていた。

 迷宮のように曲がりくねる通路が、いくつもの部屋を結び、一点の光明もない地下の真の暗闇の中を、蛇のように這い回っている。

 ランプの頼りない光に浮かび上がる漆喰壁は、赤銅色の染料で染められ、その上を隙間無く埋め尽くす壁画が飾っていた。父祖たちがいにしえの昔、この都タンジールへ到達するまでの、苦難の道のりを描いた壁画だ。

 墓所の暗闇の中で、古代の絵師達が技巧の限りを尽くした極彩色の絵画が、部族の歴史を語り続けている。

 それを聞いているのは、骨と、石だ。

 部屋には石造りの台座がずらりと並び、その上には様々な彩りの透明な結晶が安置されていた。竜の涙だった。

 墓所には代々の王族と、部族のために命を捧げた竜の涙の魔法戦士たちが眠っている。台座には骨が。その上には冠が。あるいはその死者を死に至らしめた竜の涙が、静かに置かれ、年々の埃をかぶっている。

 いくつもの通路を経て、ジェレフはまだ真新しい部屋へと踏み込んだ。掲げた灯火に浮かび上がる壁は、赤銅色もまだ鮮やかで、まるで一面に血を塗りたくったかのようだ。壁画の中には、その血の色にふさわしく、激戦をくりひろげる部族の戦士達の姿が描き出されていた。

 絵の中のひとりが、こちらを見つめているような気がして、ジェレフは灯火を掲げなおし、目を細めてみた。

 確かにこちらに顔を向け、鋭い黄金の蛇眼で見つめ返してくる者がいる。その白い顔をしばらく眺めてから、ジェレフはランプを捧げ持っていた手をおろした。

 それは絵ではなかった。

「族長」

 幻に呼びかけるような思いで、ジェレフは呼びかけた。

 族長リューズ・スィノニムが、彼の治世を描いた壁画の前に佇み、自分を待っていた。

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