タンジール・サウザス往復書簡(2008年)

タンジール・サウザス往復書簡(1)

時下ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。

通商条約更新の時期が、またやって参りました。

つきましては今回はそちらから大使をお送り願いたく、可能でありましたら貴殿のご三男イルス・フォルデス殿を、大使としてタンジールにお招きしたいと考えております。

いかがでしょうか。色よいご返信をお待ちしております。


某月某日。

リューズ・スィノニム・アンフィバロウ(族長印璽)


「なぜイルスを大使に指名なんだ。不気味だ」

 鷹が運んできた薄紙を執務室で読んで、ヘンリックは思わず独語した。

「隊長には無理ですよ、大使なんて」

 たまたま来合わせていた夜警隊(メレドン)のレノンが首を突っ込んできた。イルスを夜警隊(メレドン)の隊長という名目で武者修行させているので、時々誰かに動向を報告させているのだった。

「それ以前の問題だ。きっとなにか思惑があるに違いない」

「あの人、筆まめですよね。暇なんですかね、向こうは」

 そういうレノンは執務室の脇に作られている鷹小屋を見たのだった。送り返す倍は向こうから飛んでくるので、いつのまにか鷹だらけだった。

「リューズか。あいつは口述筆記させているから喋るだけでいいんだ」

「こっちの族長は手で書いてるのに。悪筆をものともせず」

 悪筆言うな。夜警隊(メレドン)は率直なのが取り柄だが、口が悪いのが欠点だった。それに無礼で馴れ馴れしいのも欠点だ。酒癖と女癖も悪い。遅刻も多いし欠勤も多い。欠点だらけじゃねえか。どこかに美点があるのか。

「事情によってはイルスを大使に任命するかもしれない。他の連中に根回ししとけ」

「わかりました。それじゃあ俺はこれで直帰します」

「直帰するな、まだ午前中だ」

 帰ろうとするレノンに指摘すると、ちっと小さな舌打ちの音がした。

「夜かと思いました」

「お前ちゃんと詰め所に寄って行けよ……」

 どうせ女がいるのだろうとヘンリックは思った。そろそろまたそういう時期だし、早いやつは始まっている。

 アルマに入ると仕事にならないやつもいる。まあ、それもご愛敬だが。

 リューズに返事を送って真意を問いたださなければ決断しづらい。しかし、それらしい文面を考えるのが面倒くさかった。

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