第3話 転入
二日後 朝8時
今日から俺は南茨木高校の生徒、2年の蒼神春斗。
ミリネシア王国第三王子などという地位もここでは通用しないし、使わない。
今日から俺は日本人として、高校に通うんだ。
「行ってきまーす」
家には俺しかいないが、行ってきますとおかえりなさいは絶対に言うという親との約束がある。これはミリネシアでも日本でも関係ない。
家を出て数分、家のすぐ近くにある駅に到着。
本当はバイクで登校したかったんだけど、学校の校則では、そもそもバイクの免許を取ることが禁止になっているらしい。
だからと言って、徒歩で通学できる距離でもない。
なので仕方なくモノレールをを使うことにした。
それでもやっぱり
「全然わかんねー」
そもそも、学校の最寄り駅ってどこだっけ?名前的にはこの『南茨木駅』だよな。でもこの『茨木駅』も名前的には近いよな。
まぁいい。わからないときは文明の利器……あれ?
ポッケにスマホが入ってない……!?
おいおい、マズいじゃねーかこの状況。
一回家に取りに帰るか?いやでも次の電車乗り過ごしたらたぶん学校に遅れる。
それじゃあ駅員さんに聞くか?いや、今駅員さんはご老人の相手をしている。あれに割り込んで行くのは俺の精神力では不可能だ。
「げっ……昨日の……」
「……あかねさん?」
なにやら俺に会いたくないようなニュアンスの『げっ』が聞こえた気もするが、それはさておいて。
「ちょうどよかった。実は学校の最寄り駅がどこかわからなかったんだ。教えてくれない?」
「はぁ?電車の乗り方ぐらいわかるだろ。この間はどうやってきたんだよ」
「ああ……この間は」
さすがに校則違反に当たるバイクで来た、とか言ったら先生に密告されるかもしれないよな。仕方ない。今は嘘を吐こう。
「えーっと、自転車で行ったんだ。でもちょっと壊れちゃったから」
本当は自転車持ってないんだけど、自転車も持っておいた方が便利だよな。
今度の休日買いに行くか。あと、電車通学メインにするなら定期券も買っておいた方が便利だよな。
「宇野辺駅って所だよ。さっさと切符買えよ。次の電車乗らないと遅刻するぞ」
「ありがとう」
切符の券売機に硬貨を投入し、支野浜駅行きの切符を購入する。
律儀なのか世話焼きなのか、切符を買う間、あかねさんは俺の事を待っていてくれた。
しかし、俺が切符を買ったのを確認すると、そっぽ向いて改札の方へ行ってしまった。
「やっぱり怒ってるのかな……?」
後で謝るか。怒らしたままなのはやっぱりよくないよな。
改札を出て、階段を上る。
あかねさんは、2番ホームに立っていたので、気の触らないように少し離れた車両の方へ足を運……
「ちょっと。そっち少し混むからこっちの方がいい」
「あ、ありがとう」
あれ?あんまり嫌われてないのか?てっきり俺が怒らせたから完全に嫌われてたと思ってたんだが。
もしかして、これってツンデレってやつか?いや、それはないか。だって俺が見てたアニメの中で『現実にツンデレなんていない』って主人公が言ってたもんな。そのアニメにはツンデレ出てたけど。
しっかし、これから通う高校。名前は南茨木高校なのに、なんで最寄り駅が南茨木駅じゃなくて宇野辺駅なんだ?初見殺しなんだな。この高校は。
しかも、家の近くに2つも駅があるなんて。しかも、どっちも同じ名前だし。違いは普通の電車かモノレールかの違いだ。電車でも行けない事は無いが、そっちだと路線図が複雑でわからない。
その分、モノレールは路線が一本しかないので、行き先の駅さえ分かれば混乱せずに行ける。
『まもなく一番ホームに、門真市行きの電車が参ります。危険ですので白線の内側に立ってお並び下さい』
電車が来た。
モノレールは初めて見たけど、すごいな。こんなコンクリートの柱の上を走るなんて。
開いた扉からぞろぞろと人が降りてくる。
降りる人が全員出てきたので、電車に乗り込む。
さっきたくさんの人が降りたので、車内は空いていた。あかねさんの言っていた通りだな。
しかし、席は満席だった。これくらい日本じゃ空いてるって事だな。
「こっち来て」
またもやあかねさんに誘われる。
「あ、うん」
陣取った場所は入ってきた扉の反対側にある扉である。どうやらモノレールは片方の扉しか開かないらしい。
「本当にこの車両は空いてるんだね」
「まぁな。たまに混むけどたぶん今日は大丈夫だろう」
学校の最寄り駅もわかったし、比較的空いているらしい車両もわかったから、明日からはあかねさんに頼らずに学校に行ける。
「迷惑かけてごめんね」
「いや、いいよ別に」
電車の中でこれ以上話すのは周りに迷惑になるだろうから、あかねさんに動きがあるまで静かに待っておく。
『次は万博記念公園』
窓の外を見てみると、白色の巨大なオブジェが広い公園のような敷地内のど真ん中に立っていた。
「ちょ、あれ何?」
周りに迷惑が掛からない程度の声量で隣にいるあかねさんに尋ねる。
「あ?ああ、あれか。あれは太陽の塔ってやつだ。50年前に建てられたとかなんとか。地方の人間でも知ってると思ってたんだけど、知らないんだな」
まぁ地方の人間じゃなくて外国の人間だからね。日本のアニメが好きで色々な場所は知ってるけど、それはアニメに出てきた聖地と呼ばれる場所だけであって、それ以外の場所は詳しくないからな。
東京都庁とか三峯神社とか日本橋、アキバなどなど。全部関東地方だな。確か日本橋は大阪にもあった気がするけど。今度行ってみるか。大阪の日本橋はオタロードだと聞いたことがある。
電車が万博記念公園に到着する。
すると、あかねさんの予想とは違い、ホームには多くの人が並んでいた。
「あ……今日はツいてないな」
どうやら今日は運の悪い日らしい。
扉が開いて、乗降が始まる。
「くそ……身動きができない」
これが噂に聞く満員電車という奴か。おそろしい。なんという乗車率だ。ゆうに200%を超えている!
「あ、ご、ごめん」
現実を直視したくなかった俺は、気づけばあかねさんの対面に立っていた。何が起こったのかわからねぇと思うだろうが、俺にもわからない。
「い、いいよ。別に」
後ろから、相当な圧力が加わる。頭だけで振り返ってみると、既に満員の電車に無理やり乗り込もうとしてくる人が複数いた。
途中であきらめてくれたらよかったのだが、その人たちは電車の扉の開口部上側に手をかけて、てこの原理で無理やり入ってきた。
そして、そのちょうど対面にいた俺とあかねさんは押しつぶされる形になるのだが
ん?なんだこの柔らかい感触は。俺とあかねさんの間にクッションが挟まっている?
「……ッ!」
なんと、俺とあかねさんの間に挟まっていたのは、あかねさんが保有している双丘だった!
こ、これは……俗にいうラッキースケベという奴なのか!どっかのハーレム系主人公もこんな目にあっていたよな!まさか、現実でこんなラッキーハプニングが起こってしまうなんて!
「ほ、ほんとありがと……じゃなくて!ごめん!」
小さな声で感謝……じゃなくて、謝罪する。
なるべくあかねさんから離れるために、手を電車の壁に置いて力任せに、後方にいる人たちを圧してみる。
失敗した。逆にあかねさんとの距離が近づいてしまった。
「無理に動くな」
「わ、わかった」
結局、高校の最寄り駅である宇野辺駅まで、密着することとなった。
〇
「ふぅ……やっと出れた。本当にごめん」
「いや、別にいいけどよ、お前わざと私に近づいて、その……胸の感触……とか確かめてただろ」
コイツ、絶対にわざとだと思う。だって胸が当たった時の第一声は『ありがとう』だったもん。
もしかして、この前言ってた『可愛い』と合わせて考えると、コイツ、私に惚れてやがる!?
う、嘘だろ!?でも、こんな不良でも『可愛い』とか言うし胸の感触確かめてる事を考慮すると、本当に惚れているっていう事なんじゃないのか?
「ち、違うよ!あれは後ろから押されたから」
「まぁいいや。こっから学校はわかるか?」
「いや、わからん……」
「はぁ、じゃあついて来いよ」
しかし、コイツは本当に何も知らないんだな。どこから転校してきたって言ってたっけ?
肌がちょっと焼けてるから沖縄とかから来たのかな?でも雰囲気的にはもうちょっと南の方な気もするんだけど。
「お前、どこから来たんだっけ?」
「ああ、俺は鹿児島から来たんだ」
「鹿児島かー。それにしては方便とか訛りとかないよな」
「ま、まぁね」
でも、何も知らなかったのに、私が色々教えると一緒に居れる時間が無くなる……いやいや!何考えてるんだ私は!別に会えなくてもいい。こんな奴とは。
〇
学校に到着し、蒼神春斗と別れ、私は自分の教室に向かう。
教室に入るとクラスメイトの視線が一瞬私に集まって、私だと把握した瞬間に目を逸らす。
同じ地域の高校と比べても比較的不良が多いと言われる南茨木高校での私の立ち位置は、不良のトップみたいなもんだ。
もちろん理由もなしに暴力なんてふるったりはしない。ただ、向こうから突っかかってきたら、それに応じるのみ。
でもそんな事を1年の頃からやってたら、いつの間にか3年の不良をぶっ飛ばしていて、いつの間にか私が不良のトップになっていた。
んで、そんな立場になるといよいよ誰も話しかけなくなってきて、学校では完全に一人になっていた。
だから、久しぶりに同い年のヤツ……蒼神と話すのは楽しかった。しかも向こうは可愛いとか言ってくれた。意識するなと言う方が無理があるよなぁ。
「はぁ」
でも、もうあいつとは会えても会話はできないだろうな。いや、待てよ?千里中央駅の改札前で会えたという事はあいつも近所に住んでるんじゃないか?
それならちょっと早めに駅に行って待ち伏せとかなら……
「はい、それじゃあホームルームの前にお知らせがあります」
はぁ……でもそれじゃあ、なんか不審者みたいな感じになっちゃうよな。
「今日からこの学校に転入します。蒼神春斗です。よろしくお願いします」
どうやらそんな心配をする必要はなかったようだ。
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