第2話 出会い



 5月9日。午前10時。関西国際空港。


「はい、次の方ー」


 日本に入るための入国審査には多くの人が端から端まで均等に並んでいる。


 入国するために自分もその列に並ぶ……と思わせて、並ばない。自分の場合はVIPルートから出る。申請は後で代理人がやるという事になっている。


「ついた……ついに……」


 未だに日本に到着したと実感ができない。しかし、気候が全然違う事はわかる。ミリネシアは赤道直下で年中暑いからな。5月の日本はなんて過ごしやすいのだろうか。


 しかし、こうしてはいられない。まずは親が用意してくれたこっちでの拠点、マイハウスに行かなくては!


 関西国際空港から出て、豊中市という場所に用意したのだという家に向かうため、電車の路線図を見る。


「……は?」


 なんだこの複雑な路線図は。まるで子どもが適当に線を引いてできた抽象画じゃないか。


 しかし、諦めるのはまだ早い。このご時世には文明の利器、スマートフォンがあるじゃないか!地図アプリを使えば一発でわかるってもんよ。


 スマートフォンの地図アプリで自宅の住所を検索し、ここからの行き方を表示させる。


 検索した住所までの電車の乗り換えや所要時間が表になって出てきた。


「……タクシーでいくか」


 結局、電車は諦めてタクシーで行くことにした。


 〇


「2万2千円になります」


「2万ですか……」


 高いな……ミリネシアじゃタクシーはもっと良心的な値段だ。この距離なら6千円くらいで行けるんじゃないか?……それはないか。


 住所を見ると、なんとその家は千里駅の真上にあるらしいのだ。


「まさかとは思うが……」


 この高層マンション?ヤバくないかこれ?


 住所と照らし合わせてわかった場所、つまり、これから俺が生活する住居は目の前にそびえる高層マンションだった。


 既にカギは親から受け取っている。もし、このカギがこのマンションのものであるならば、今目の前にあるセキュリティゲートが開くはずだ。


 恐る恐る、セキュリティゲート前にある操作盤のセンサーにカギをかざす。


「開いちゃったよ……」


 飛行機の中で読んでおけと言われた手紙の存在を思い出して、カバンから取り出して、封を開けて読むと、このマンションの一部屋は兄さんが留学中に使っていた部屋だと判明した。部屋番号は1702という事で17階にある事がわかった。


 なので、エレベーターに乗って17階へ。


 17階に着くと、廊下があり、扉は二個しかない。これの意味するところは17階には部屋が二個しかないという事になる。


 外観からして、相当中の部屋は広いだろう。想像がまったく付かない。


「お邪魔しまーす……」


 部屋に誰が居る訳でもないのに、つい言ってしまった。


 中に入ると、廊下が真っすぐ続いていて、突き当りの部屋は広いのでリビングだと想像がつく。それ以外の扉は6つ。トイレとお風呂が別々として考えると4LDKという事になる。


 さっそく一番手前の部屋に入って、持ってきたスーツケースやカバンを置く。


 そういえばもう一つ重要な事が書いてあったな。確か『生活費として小遣いとは別に月に23万振り込んでおく』だったか。そんな大金を振り込む必要はあまり感じないが、ありがたく受け取っておこう。


 ちなみに、留学先の学校はもう決まっている。私立南茨木高校という私立高校だ。まだ見学などは何もしていないので、明日にでも学校を訪れるつもりだ。


 今日の目的は移動手段の確保だ。


 今日日本に来てわかった事と言えば、路線図が複雑すぎてわからないという事だ。だから電車に頼らず自由に移動できる手段が欲しい。


 と、思っていたがしかし、どうやら移動手段を確保する手間が省けたようだ。


 どういう事かと言うと、手紙二枚目に『そっちで使えるバイクを用意しておいた』という記述があったからだ。


 せっかくだし、今から学校見に行こうかな。本当は明日にするつもりだったけど、今日はもうすることないし。


 高校に見学したい旨を電話で伝え、父が用意してくれたというバイクで高校に行くために、マンションにある地下駐車場までエレベーターで降りる。


「さぁて……俺のバイクは…………!?」


 こ、これは……俺がミリネシアで入手できないと嘆いていた程大好きなバイク、ホンダGB400TT.MARKⅡ(カウルなし)じゃないか!!!


 希少な車両だけど、お手ごろな値段の、ホンダGB4(以下略


「っっっーーーーしゃあぁぁぁあ!」


 テンション上がるぜ!


 〇


 午後1時半。


 バイクを走らせて約30分。


 茨木のイ〇ンモールという大型商業施設が高校の近くにあったので、そこにバイクを止める。


 止めるだけってのはなんか悪い気もするから、高校見終わったら何か買うか。見学が終わるころにはおやつ時だろうしな。


イ〇ンモールから歩いて5分。目的の高校に到着した。


 外観は、まぁ普通の高校と言った感じで、特筆するような点は見当たらない。校門までの坂はかなりきつそうだな。


 校門から敷地内に入って、職員玄関に行く。


 今日は土曜日だからか、校内に人気はない。運動部などは外のグラウンドや体育館で練習をしている。さっき体育館の横を通った時はキュッキュ聞こえてきたからな。グラウンドからは掛け声が聞こえる。


「お、君は……もしかして、転校生の?」


 運動部の様子を見ていたところ、後ろから声をかけられた。


 振り返ってみると、一人の中年男性が立っていた。


 ジャージを着た中肉中背かと思いきや、まくった袖からご立派な筋肉はこんにちはしてる。見るからに体育教師もしくは運動部の顧問といった感じだ。生徒指導にもいそうだな。


「はい。明後日からこの学校に転入する蒼神春斗です」


 父さんの計らいで、留学ではなく転入という事にしてもらい、更に偽名を使わせていただいている。


「それなら、すぐそこにある職員室に行って。田島先生っていう方が案内してくれると思うから」


「わかりました」


 一礼して、職員室に向かう。先生は先生で体育館の方へ小走りで向かっていった。


 職員室に入る前に、外に貼ってあった職員座席表を見て田島先生が座っている場所を確認する。


 職員室の扉をノックして、職員室内に入る。


「失礼します。新しく転入する蒼神春斗です。田島先生はいらっしゃいますか」


 田島先生の座席は、このドアから見て一番奥にあったのでここから先生がいるか確認できなかったが、「はーい」という返事は帰ってきた。


「ちょっと待っててね」


 何か仕事をしているのかわからないが、少し焦っているような声音だった。


「いやぁ、すまないすまない」


 しかし、田島先生は仕事がひと段落付いたのか、少し笑いながらそんな事を言って顔を出した。


「おお、君がこの時期に転校してきた蒼神春斗君か。すまないね、実は今すぐ終わらせないといけない仕事があってね」


 どうやら仕事はひと段落ついていなかったらしい。


「ああ、それなら自由に校内を見回ってくるので、先生はお仕事頑張ってください」


 わざわざ校内の案内で仕事を圧すのも悪いだろう。それに校内探索は一人の方が楽しそうだ。


「本当にすまないね。基本入っちゃダメな教室はカギ掛かってるから、それ以外なら自由に見て来ていいよ。あと仕事3時くらいに終わりそうだから、3時になったらまた職員室来てくれる?」


「わかりました、それじゃあ失礼しました」


 最後に一礼して、職員室を後にする。


 さて、それじゃ探索開始するか。


 〇


 さて、体育倉庫の裏に来たわけだが……


「……」


「……」


 隠れてタバコを吸っているねぇちゃんを見つけてしまった。ここの制服を着てるから未成年であろう。


 容姿は至ってどこにもいそうな可愛らしい女子高生だ。ただ髪の毛を金髪に染めている。


 あれ?日本って高校生から喫煙いいんだっけ?いやいや、そんなはずない。日本でも18?20?歳にならないとタバコは法律で禁止されてるはずだ。


「なんだテメェ。なんか文句でもあんのかよ」


 女子高生がタバコを吸っているという事実を、まじまじと見つめていると、当の本人からお声かけをもらってしまった。


「いや、タバコって未成年オッケーだったっけ?と思ってさ」


 もしかして、留年してるから未成年じゃなくてタバコ吸ってもオッケーという抜け道があるのかも?いやないか。見た感じどう見ても未成年だもんな。


「……そういえばテメェ見ない顔だな」


「明後日から2年で転入する蒼神春斗です。君は?」


「そうかそうか、だからこんな馴れ馴れしく絡んでくるんだな」


 ん?なんか怖いなこの人。今更だけど、よくよく見たらこっちに眼飛ばして来てるし、いつでも殴れる姿勢をとってやがる……!?


「私は2年4組の栖原あかねだ」


「いや未成年やん」


 つい関西弁が出てしまった。


「ああっ?つうかテメェ、あたしの事怖くねぇのかよ」


「うーん……怖いっちゃ怖いけど……まだ可愛らしいよね」


 俺の妹に比べれば。


「か、可愛い……!?ぬ、抜かしたことい、いい、言ってんじゃにぇえよ!」


「いやいや、本心から言ってるよ。相当可愛いよ」


 妹と比べて。


「お、おお、お前、お、おかしいんじゃないか!?あ、あたしは、その……不良なんだぞ!」


「それでもだよ」


 妹なんて不良も半グレもチンピラも腰抜かして逃げるような奴なんだ。こっちの不良の方があたり弱いし、妹がライオンだとしたらこの栖原あかねさんなんて子猫ちゃんだ。


「そ、そうかよ……!」


 栖原あかねさんは、少し怒ったように顔を赤くして走って行ってしまった。煽られたって感じてしまったのなら申し訳ないな。


 あかねさんが走っていった跡にタバコが落ちていた。


 これ、バレたらあかねさん停学食らうだろうし、これは俺が片付けておこう。あかねさんを怒らせてしまった罪滅ぼしということで。

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