家出王子の学校生活
夜行乙
第1話 出ていってやるよ!
「ふぁぁああ……」
今の時間は……まだ午前9時か。
昨日からアニメを見まくっていたせいで今は寝不足の状態だ。寝たのはちょうど朝日が出始めた頃だったから朝の5時くらいだ。だから実質、俺が寝ていた時間は4時間。
眠い……眠すぎる。
半身ベッドから起こして、時間を確認した俺だが、もう眠気に耐えられる気がしないので再び寝ることにした。
「起きろ!オラッ!」
二度寝をするべくベッドに潜り込んだ俺であったが、それを許さない一人の少女、というか俺の妹。
迷わず俺に手を上げるのを察するに、学校の級友にも似たような暴力をふるっているのだろう。こいつの将来を憂う両親の気持ちは俺にもしっかりと伝わっている。改善案はない。
「テメェ!今何時だと思ってんだよ!もう午前9時だぞ?」
わかっている。さっき時計を見て時間を確認したところだ。
「一国の王子がそんなんでいいのかよ!」
好きで王子になったわけではない。というかそれを言うなら一国の王女がそんな暴力女でいいのかよ。
「うるさいなぁ!もう起きるよ!てか痛いから蹴るな!」
〇
北半球、飛行機で日本から約2時間の位置にある、太平洋に浮かぶミリネシア王国。
古くから日本との交流があったこの国の共通言語は日本語。人口約200万人の立憲君主政国家である。
国土には熱帯雨林が広がり、平均気温は27度、平均湿度は75%越えである。
主な産業は観光と地下資源、レアアースやメタンハイドレートの採掘である。レアアースの世界シェアは9割越えだが全て国内企業が管理している。現在はこのモノカルチャー経済ともいえる状況を打破するために先進技術の開発と特許を国レベルで進めている。
この国の説明は終わるとしよう。次はこの物語の主人公。ラインハルト・ミリネシアについて解説しよう。いま、ちょうど実の妹と喧嘩している青年の事だ。
彼はミリネシア王国の第三王子、ラインハルト・ミリネシアである。年齢17歳、身長172センチ、体重57キロ、視力両目とも1.5。髪は茶髪で短髪。
趣味は日本のアニメ鑑賞、バイク、車などなど。
現代日本文化に興味を持ち、日本に住む事は彼にとって夢のようなものであるらしい。
王位継承権第4位。本人曰く『この国の王?そんなのなりたくないから兄ちゃんに任せる。俺は自由に生きたい』だそうで、権力欲はないに等しい。
月のお小遣いは日本円で10万円。アニメ鑑賞が趣味だからと言ってグッズなどには一切手を付けていなかったラインハルトの貯金は約6―――
「もう俺の説明はそれで充分なんじゃないか!?」
〇
「なんか今日は変な夢見たな……」
きっと妹にでも呪われたのだろう。あいつはなぜか知らないが俺へのヘイトがやたら高い。あいつが小学生くらいの頃はもっと慕っていてくれた気がしたんだが、俺の記憶違いか?
「おう、おはよう。ラインハルト」
ミリネシア城の自分の部屋から出て、ダイニングに向かう途中、後ろから声がした。
振り返ると、自分よりも身長が高く、いかにも頭が良さそうな見た目の実の兄、ヴィルヘルム・ミリネシアがいた。
年齢は20歳。この家の長男で王位継承権第2位。大学では経済学を専攻していて、日本の名門大学に留学経験がある。
うらやましい限りだ。俺も日本に住みたい。
「おはようございます。兄さん」
兄さんは既に正装に着替えている。今日の王宮会議に出席するのだろう。
俺の場合は王位継承権第4位だから、まぁ王になる可能性は低い。だから親も俺の事は自由に育ててくれた。
ただ兄さんの場合は王位継承権第2位。王になる可能性が高いので王宮会議に出席することを親から義務付けられている。
「今日は会議ですか?」
「そうなんだ。面倒くさいったらないよ。まったく」
よかった、俺が三男で。生まれてくるのが3、4年早かったら俺も自由が制限されていただろうな。
「そういえば、今日はお前もすることがあるだろう?」
「……?」
今日なんか用事あったっけ?何も覚えてないけど……学校に友達はいないから遊ぶ約束もないし…………悲しいね。
「今日は護身術と射撃訓練があったんじゃないか?」
「ああ、そういえば」
王位を継ぐ可能性がそこまで高くない俺は、公の仕事、例えばパレードなどがある時は護衛係を任されている。
もちろん兄さんも護身術を身につけているが、襲撃があった際は真っ先に逃げてもらわなければならないので、その間に敵勢力を鎮圧する護衛として俺がカウントされているのだ。
「じゃ、俺はもう行かないとダメだから。お前も頑張れよ」
「はい。兄さんも」
スタスタと会議堂へ小走りする兄さんを見送ってから、俺も射撃場に向かう。
〇
射撃場での具体的な訓練は、PDW(個人防衛火器)の射撃訓練。それと王宮警護官の装備するHOWA5.56(自衛隊の新小銃)の制圧射撃訓練。拳銃での接近戦闘訓練だった。接近戦闘の訓練はエアガンで行った。相手は王宮警護官の教官だった。
「はぁぁぁ……疲れた……」
個人的に射撃訓練は別に疲れない。照準を合わせて的を撃つだけでいいんだからな。でも、近接戦闘訓練は嫌だ。疲れる。
「テメェ、まだいたのか。とっとと出てけよ」
はぁぁぁ、つかれる原因第1位が来た。
妹に構わず、自室に戻―――
「無視すんな!」
「だっ!」
い、痛い。あいつ、容赦なく俺を蹴ってきやがった。
「なんだよお前。俺に構ってほしいのかよ?」
妹がうざい時は煽る。これ常識。
「はぁ!?ふざけんな!誰がかまってほしいなんて言ったんだよ!お前の事なんか見たくねぇよ!」
「じゃあ見るなよ。無視すればいいだろ?バカかよ」
「ぐ……!」
おお、怒ってる怒ってる。怖い怖い。顔がみるみるうちに赤くなっていくぞ。
「早く出てけーーー!」
もう一発、蹴りを食らう。
「ああ、ウザいな!いいよ!出てってやるよ!もうお前にはうんざりなんだよ!」
これを機にこの家から出て日本にでも行こうか。そろそろこいつにも限界なんだ。なんで毎朝コイツに蹴っ飛ばされて起こされなきゃならん。ってかちゃんと早起きできるときもコイツ蹴ってくるし。絶対わざとだろ。
「え」
「父さんに頼み込んだら留学ぐらいさせてくれるだろうしな!」
自分で言うのもなんだが、俺は高校での成績はそこそこ良い。
親には今までわがままを何一つ言って来なかった俺だ。そのくらい許されていいはずだ。
「そ、そんなの許してもらえる訳ないじゃない」
「じゃあ今から確認しに行くか?」
「じょ、上等じゃない!」
〇
「いいぞ、そのくらい」
「よっしゃ!ありがとうございます父さん!」
自分の日本で勉強したい(嘘)という熱い想いをこれでもかと言うほどに伝えたところ、なんと留学の了承を得ることができた。
「そ、そんな……」
「どうだ見たか!これでお前も嫌いな俺と離れ離れになれていいだろう!?」
「死ね!クソ兄貴!」
俺に罵詈雑言を浴びせて妹は執務室から出ていった。
「また喧嘩でもしたのか……」
「一方的にこっちが暴力受けてるだけですけどね。あ、もう一つ留学に関して言いたいことがあるんですけど」
「なんだ」
深呼吸、今からいう事はあまりよくないというかなんというか。バレたらちょっと面倒くさいことになりそうな事だ。
「身分は隠して行きたいんです」
「……なんだって?」
まぁこういう反応をするのもわかる。身分は隠して行く、つまり日本では偽名を使うという事だ。
「なんで身分を隠したい。俺が納得できる理由でも出せたら考えてやってもいいが」
「俺、今の学校では友達が一人もいないんですよ」
もちろん、友達ができないというのは俺が原因な所もあるだろう。しかし、王族っていうだけで特別扱いして、変な奴ばっかり寄ってきてしまうのは、名前のせいだと思う。
「それどころか、権力欲しさや金目当ての奴らばっかり寄ってくる始末なんです」
浅はかな考えかもしれないが、王族であることが隠せれば、学校生活は今よりもっとしやすくなると思っている。金目当てのバカも権力欲バカも寄ってくることはないだろうし。
「だから、この拗れた体制を変えるには留学しかないと思ったんです」
「それが本音か。留学もそうだが、交友関係を作りたい……と?」
「そうです!」
ごめん、確かに交友関係を持ちたいのもそうなんだけど、本当は日本に行ってアニメの聖地巡礼したいだけなんだ!
しかし、ここではその事は黙っておく。そんな事言ったらせっかく取れた了承を取り消されるかもしれないからな。
「わかった!俺が何とかしてやろう!お前の初めてのワガママ!俺がかなえてやる!」
ごめんなさい!そして、ありがとう!
こうして、俺の留学生活が始まる。ありがとう父さん!こんにちは、俺の新しい学生生活!
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