第32羽 寂しい鳥はただのカカポ

 「うまい! 焼き鳥にはずれ無し! 焼き鳥以外生きる価値無し!」

 

 いや、焼き鳥って死んでますから。


 エルの屋敷に訪れた日の翌日の朝、朝から焼き鳥を食べる事が出来てテンション上がりまくりのオームが焼き鳥両手に叫んだ。


 俺達はまだエルの屋敷にいた、というかこれから先、しばらく泊まらせてもらうことにした。

 本当は、今日の朝宿へ帰るつもりだったのだが、エルが『風と離れたくない!』と、チオリが『まだお詫びが済んでいません!』と言って俺達を引き留めたのだ。

 エルはともかく、チオリの事に関しては俺にも責任があるので、最初はお断りしたのだが、『それじぁあ私の気が済みません』と言って土下座しようとするチオリを見て、お言葉に甘えさせてもらう事に。

 

 「肉ばっか食べてないで、少しは野菜も食べなさい」

 

 セルシカがまるで母のような口調で、焼き鳥しか食べていないオームの皿に野菜をよそう。

 それを嫌そうな顔で渋々口に運ぶオーム。


 オームが子供過ぎるのか、はたまたセルシカが大人びているのか、一般家庭の日常を見ているようだ。

 セルシカって俺と年一緒だよな? 高二だろ? 料理も出来るし、金銭管理も出来てしっかりしすぎだろ。

 オームとカシルという二大幼稚園児がいるうちのグループにはありがたい人材だ。今後も子守りはセルシカに任せよう。


 「シュート! お前も言ってやれ! 焼き鳥とはなんたるかを!」

 「俺もさすがに朝から焼き鳥は食えねえよ、胃もたれするわ。それにお前、昨日も焼き鳥食べたろ?」

 「なんという事だ! お前はそっち側の人間だったのかシュート! 見損なったぞ!」


 始めて行った焼き鳥屋で、カニバリズムがどうのこうの言ってた奴はどこのどいつかを教えてやりたい。


 「オームは極度の野菜嫌いですからね、この前なんか、セルシカが買い物する時に使うメモ帳から、こっそり野菜の名前全削除してましたからね。ビックリしましたよ、お使い頼まれて、買い物リスト見たら全部お肉なんですもん」


 肉に七味がかかっているのか、七味に肉が乗っているのかわからない物を食べながらアルカが呟く。

 お前もお前で、なんでもかんでも辛くするのをどうにかして欲しいもんだ。


 「そうなのよねえ……。私が料理する時は細かく刻んで他の食材に混ぜたりしてるんだけど、外で食べるとなると全く野菜食べようとしないからね……」


 困ったといった顔をして、頭を悩ませるセルシカ。


 わかった。これはオームが子供っぽ過ぎる上に、セルシカが大人っぽ過ぎるんだ。

 野菜どう食べさせるかで悩む高校二年生なんて聞いたことがない。奇跡的な相性だな。


 うちのグループの完成度に一人で感動していると、バタンッとものすごい勢いで部屋の扉が開いた。


 こんな騒々しい扉の開け方をする奴を俺は一人しか知らない。


 「ごきげんようみなさん、今日の風は柔らかいですね! なんだか母のお腹のなかに戻ったような感じがします。風を感じたくなったらいつでも庭に出るといいですよ、最高の風を感じれますからね!」


 予想通り、やかましさマックスのエルが、いつもの王子様みたいな格好で部屋に入ってきた。横にはチオリもいる。


 「ちょっとお兄ちゃん! ノックぐらいしなさいよ! すみません……まだお食事中だと言ったのですが兄がどうしてもオームさんに会いたいと言うものですから…………」


 オームの元へ直行するエルの代わりに、チオリが申し訳なさそうに頭を下げ謝ってくる。

 

 「エルゥゥゥゥゥ!」

 「風!」


 エルとオームは短く言葉を交わすと、そのままいつも通り肩車をしてどこかに走り去っていった。


 こいつらこのパターンでいなくなるの多すぎないか? そういえば俺、この屋敷来てからまだエルと会話してない気するんだけど。


 走り去っていくアホ二人を見て、また深々と頭を下げるチオリ。


 何ていい子なのだろうか、能力無しになんだか申し訳なくなるんだが。こちらも、うちのオームがすいません。


 「本当にうちの兄がすみません………………お食事が終わりましたら屋敷の中を案内いたしますので私をお呼びください。では」


 そう言って、ゆっくりと音が鳴らないように注意しながらチオリが扉を閉める。

 オームがいなくなった部屋の中、


 「チオリはほんとにいい子ね、あの兄貴一発ぶん殴ってやりたいわ」

 「静止って言う言葉を知らなさそうだよね」

 「チオリの苦労がうかがえますね」

 

 口々にエルを酷評する女子三人。

 やはりエルみたいな男は、女にもモテないようだ。

 そりゃ、男の俺ですらずっと一緒にいたら頭おかしくなりそうな奴だもんな。当たり前といえば当たり前だな。

 俺は、新しく女心を一つ理解し、朝食を食べ終えた。




 食後少し休憩した俺達は、肩車されているだけなのになせか汗だくのオームを庭から回収し、チオリに屋敷の中を案内してもらう事に。

 チオリの部屋へと向かうと、そこにはグラントの姿もあった。

 

 ふむ。ここいらで一度グラントの恋路の作戦を立てておくか。


 「では、行きましょう」


 案内のために先頭を行くチオリの後ろに続こうとするグラントを引き留め、チオリ、アルカ、カシル、セルシカの女子四人の後を男三人で付いて行く。


 グラントは、屋敷の案内を頼まれたと思ったのか、俺とオームに部屋の説明をしだした。


 「ここ部屋は、招いたお客さんと対談を」

 「おいおい、そんなことを聞くために呼び止めたんじゃない。そんな事はどうでもいい。で、チオリとはうまくいってるのか? もし恋路を邪魔してくる奴がいたら俺達に言えよ、そいつ庭に埋めるから」


 「だから! 恋とかそういうのじゃないんですって! 俺はこの屋敷のただの使用人ですから!」


 俺の、恋という言葉反応して必死に否定するグラントだが、やっぱり顔が赤い。図星である。


 「おれ達が屋敷にいる今がチャンスだぞ? チオリのことをもっと深く知るにはうってつけの機会だ。安心しろって、巧みな恋愛スキルでお前を全力サポートしてやるからさ!」

 「なんで勝手に話が進んでるんですか! 別にチオリのことなんて好きじゃないって言ってるじゃないですか! もうこの話はおしまいです!」


 そう言って、前を歩く女子集団に追い付こうと足を早めるグラントの首根っこを掴み、俺とオームはやれやれといった表情で顔を見合わせる

 これだから思春期の男の子ってやつは、素直に好きって言えばいいのに。回りくどいことこの上ないな。

 

 とりあえずグラントがどのくらいチオリの事を知っているのか把握するためにグラント本人に質問をする。


 「そうだな…………まずは定番な物からいくか。チオリの好きな食べ物は?」

 「な、なんで急にそんな事聞くんですか……?」


 警戒心をあらわにし、なかなか質問に答えようとしないグラント。

 

 無駄なことを。どうせ、すこし追い詰めたら素直に答えるに決まってるのに。グラントとはそういう男だからな。


 「え、なに? ただ単に俺が知りたいだけだけど。屋敷に泊めてもらうお礼をしようと思っただけなんですけど。まさか、チオリに恋するグラント君を手助けするために聞いてくれたとか思ってんの? 二人の恋路を応援するために心優しい俺が聞いてくれたとか思ってんの? え、そういうこと? 答えないってことはそう言うことだよね?」

 「ち、ちがっ………………………………りんごです」

 

 グラントは、最初は俺に言い返そうとしたが、この煽りには勝てないと踏んだのだろう、素直に答えてきた。


 「他には?」

 「…………他ですか? そうだな……………………りんごぐらいしか思い付かないですね」

 「好きな食べ物がりんごだけってことはないだろ。 よっしゃ! ちょっくら聞いてくる!」


 「なに普通に聞きに行こうとしてるんですか! 怪しまれるからやめてください!」


 グラントがリュックをつかんでチオリに聞きに行こうとする俺を引き止めてくる。


 「なんで止めるんだ? せっかく、自分じゃ聞きにくいだろうから代わりにおれ達が聞きに行ってやろうとしてるのに」


 オームが後ろを振り返り、赤くなったグラントの顔を見て不思議そうに言う。


 「そんなに急に聞いたらチオリに怪しまれるでしょうが!」


 さらに顔を赤くしてグラントが必死に訴えてくる。

 グラントの奴、その顔でその発言をする事によって、チオリの事好きなことを認めている事に気付いてないのか?


 「だ、大体、僕はエル様の使用人なのであって、チオリの使用人ではありません! 今は一時的に、仕方なくチオリの使用人として働いているだけです!」


 俺達に色々質問され過ぎて恥ずかしさが頂点に達したのだろう、もはや涙目である。

 なんてわかりやすい奴なんだ。言わずとも全部顔に出てるんだが。これじゃあ、もしかしたらチオリも既にグラントの気持ちに気付いてるかもしれないな。


 …………というか、チオリはグラントの事どう思っているのだろうか? 

 一緒に部屋にいる事から、嫌いではない事は推測出来る。

 では好きなのだろうか? さすがにこれは俺達もわからない。

 第一、好きと言っても種類がある。友達としての好きと、恋愛対象としての好きでは大きな差がある。

 やっぱり裏でチオリ本人に聞くのが手っ取り早いかな…………。


 そんな事を考えている俺とオームの表情を見て、グラントが涙目のまま俺の肩を揺さぶって俺を止めようとする。


 「二人とも絶対今、余計な事考えてますよね? 顔見ればわかりますよ、全部顔に出てるんですからね!」


 グラント、頭に超特大ブーメランぶっ刺さってるぞ。お前にだけは言われたくない。


 「意思共有!」


 『おいオーム』

 『ああ、おれはチオリに裏でグラントの事どう思っているのか聞くのが一番手っ取り早いと思ってる』

 『さすがだな、能力を使わずとも意思が通じている。行けるぞ、俺達のチームワークならこの恋路、絶対に成功する!』

 『ああ! おれ達でグラントを式場まで連れて行ってやろうぜ!』


 「だめですよ? 絶対に変な事しないでくださいね? 間違っても本人に聞くとかやめてくださいね! 絶対にですよ! 絶対にやめてくださいね!」


 ひたすらに俺の肩を揺さぶってくるグラント。


 …………絶対に? 絶対? ……………………フッ……。そう言う事か。絶対に成功させてくれって事か。全く、どこまでもツンデレな奴だ。

 仕方ない、こんな素直に慣れない思春期ボーイのためにあるのが『株式会社オームキューピッド』、やるしかない。


 「今変な事考えましたよね? 絶対に今、僕の言葉を変な捉え方しましたよね!? 顔見ればわかるんですからね! ねえ! 聞いてます? ねええええええ!」



 株式会社オームキューピッド・グラント本部、動きます。


 「ちょっとー! 三人共何してんの? 先行くわよー」



*   *   *   

 


 「いっよっしやーーー! 子供誕生の祝い金で全員から三万ゲットじゃああ!」


 「お、お前その歳で子供なんて作ってんじゃねーぞ! 不純だ不純! 第一、シュートなんかが結婚出来るわけないだろ! これは立派な詐欺である、子作り詐欺だ!」


 所持金が残り二万ちょっとしかないオームが、大事そうにお金を右手のギプスの中に隠して詐欺だと訴えてくる。


 俺達が今何をしているのか。

 そう。皆さんご存じ人生ゲームだ。

 なぜ冒険者の俺が人生ゲームをしているのか。それは俺にもよくわからない。

 俺は王証神器を見つけるためだとか、二つの世界を救うためだとか、そんな感じの大義を持ってメラを出発したはずだ。それが今や、快適な部屋で楽しく人生ゲーム。メラにいた頃のやる気に満ちた俺が見たらなんと言うだろうか?


 いや、これはなにも冒険を途中で投げ出しているわけではない、断じて違う。あくまでオームの腕が治るまでのささやかな休憩期間だ。

 大丈夫、俺にはまだ冒険者としての自覚がある。


 「あ、私も子供できました!」


 「またかよ!? お前にもまだ早いわ!」



*   *   *

 


 翌日


 「冒険しよう」


 俺は座っていた椅子から立ち上がり、みんなにそう提案した。

 全員の動きが止まり、視線が俺に向けられる。


 「冒険? 冒険ならもうしてるじゃん」

 

 次のおやつに手を伸ばしながらカシルが言う。


 「そうじゃなくて、今から未開の地に行こうって事。俺は考えたんだ、このグループにおける俺とオームの必要性について。明らかに弱い。まず能力がショボすぎる。そこでだ、この暇な時間を使って自分自身のレベルアップを図ろうというわけだ。名付けて、『この快適な屋敷から抜け出し、未開の地で己を鍛え、あわよくば新しい能力に目覚めちゃおう大作戦』! ってことで未開の地に行こうではないか!」


 拳を高々と掲げてみんなに提案する。


 すると、俺の熱弁にみんなが涙し、拍手が鳴りやまない――――――予定だったんだが……。


 あれ? おかしいぞ。俺の目にはみんなが涙する姿も見えないし、耳には拍手の音も聞こえない。

 なんでみんな『なに言ってんだこいつ?』見たいな顔してんの ? 


 その場にいる全員がポカンとした顔でなにも言わずに俺の事を見つめる。


 …………誰か……何か言ってよ。やる気が空回りしてる奴みたいで恥ずかしいんですけど。


 「シュート」


 俺の名前を呼ぶ声に、うつ向きかけていた顔を上げる。その声の主は…………。


 「オーム…………」


 くっ…………お前だけだよ、俺の言葉を真剣に受け止めてくれるのは。さすが、一番一緒にいる時間が長いだけの事はあるな。たまにムカつく事もあるけど、根はこう言う奴なんだ。

 ほんとに……ほんとにお前って奴は……………………、


 「なんでその役立たずの中に俺も含まれてんの?」


 …………ほんとにお前という奴は期待を裏切らないな。

 オームなんかに期待した俺がバカだった。そろそろ学ばなくては、こいつはいざという時ほど信用してはならないという事を。

 

 「…………あの、そんな感じで……未開の地に行きたいんですけど。誰か一緒に付いて行ってくれる人はいませんか……?」


 俺は、もはや自分の爪先を見つめながら、消え入りそうな声で仲間を募った。


 

 「…………もう、しょうがないわね。食料は持ったの? 無いなら行く前に買って行かなくちゃね」


 椅子から立ち上がりお金の用意をし始めるセルシカ。


 ……え。



 「さすがにシュート一人ってのは不安ですからね。準備はしてあるんですか?」


 クローゼットからいつものローブを取りだし羽織るアルカ。

 

 ……ええ?



 「シュートったらなに泣きそうになってんの。同じグループなんだから行かないわけないでしょ」

 

 お菓子を食べる手を止め、俺に笑いかけてくるカシル。


 …………みんな……!



 「え、みんな行くの?」


 驚いた顔でそう言って、次のお菓子の袋を開けるオーム。

 

 お前は朽ちてしまえ。


 女子三人が続々と立ち上がり、出発の準備をし出す。

 

 ……これが仲間か。よかった、俺こいつらとグループ組んでてよかった! こんな俺のために危険を犯して未開の地へと付いて行ってくれるなんて。

 がんばろう。絶対に成長してここに帰ってこよう。みんなに迷惑をかけないように、頼れるグループの一員になれるように!


 俺は気持ちを新たに、既に準備してあるリュックを背負い、いざ出――――――。


 新たな決意を胸に第一歩を踏み出したのと同時に、部屋の扉が開く。


 「アルカさん、カシルさん、セルシカさん! 前から行こうと言っていた演劇会、今日ですよ! チケットはもう取ってあるので、準備忘れないでくださいね!」


 「「「あ」」」




 俺はそのまま無言でチオリの横を通り、一人で屋敷を出た。



*   *   *



 「おとーさん! もっかい肩車して! さっきのやつもう一回!」 

 「えーまたやるのか? しょーがないな、いくぞ! それっ!」


 

 「もー、ユー君かっこいい!」

 「リンリンだって世界で一番かわいいよ!」



 「うわぁぁぁぁぁん!」

 「転んだぐらいでなくなって。ほら! お兄ちゃんがおんぶしてやるから。 がんばれ!」


 「…………………………………………」



 最愛の娘との買い物を堪能する休日のお父さん。

 お互いの愛を確かめ合い、青春を謳歌する若いカップル。

 転んだ妹を元気付ける、兄弟愛に溢れる優しいお兄ちゃん。 

 誰も付いて来てくれずに、どこへ行けばいいのかもわからず、一人寂しく歩く俺。


 わかってる。チオリは全く悪くない。あいつらも間違ってはいない。先に約束した方を優先する、それが正しい、それが正解だ。


 …………でもこれはいくらなんでもひどすぎるのでは? 不条理だ。俺はこんなにも神に嫌われているのか? 前世で何か悪い事でもしたのだろうか? そうでもなくちゃ納得がいかない。

 せっかく自分を見つめ直して心機一転、強くなろうと行動に移したのに、この有り様。


 道行く人、物、すべてが羨ましく感じる。全員が必要とされ、この世界にいる。

 

 ……どうしよう…………。



 「集会所はあっちだよ」


 悲しみと寂しさと孤独感で泣きそうな俺の前の方から、聞き慣れた溌剌とした声がした。

 うつ向いている俺の視線の先には、動きやすそうな靴を履いた少し白みがかった人間の足。

 この声、このの靴、この肌の色。


 涙をこらえながら顔をあげると、


 「ほら、冒険するんでしょ? 一緒に集会所に行こう。大丈夫、みんなシュートの事がきらいになったわけじゃないよ」


 カシルがいつもの目を細めた笑顔で、自分より身長の高い俺の頭を撫でてくれる。


 「ガジルゥゥゥゥゥゥゥ!」


 突然道の真ん中で泣き出した俺に周りにいた人の視線が集まる。

 でも今はそんな事は気にしない。

 今は優しく頭を撫でてくれるカシルに甘えていたい。


 俺やっぱり、このグループでよかった。

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