第30羽 怖がる鳥はただのカカポ

 「シュートさーん、いつまで寝ている気ですかー? もうそろそろお昼ですよー」


 ま、眩しい……。

 薄く目を開けると、俺を真上から見下ろしているカシルの顔が目の前に。俺の顔をじっと見つめている。


 「みんな出掛けちゃって暇なんだけど」

 「…………」

 「とうっ!」

 「がはっ……!」

 

 起きようとしない俺に痺れを切らしたカシルが俺の体に覆い被さるように飛び乗ってきた。


 「起きる……起きるから……」

 「ほんと!? 一緒に出掛ける?」

 「出掛ける……出掛けるからそこをどくんだ…………く、苦しい…………」

 「わーい! じゃあ用意してくるね!」

 

 バタン! という扉がしまる音の後にカシルの軽やかな足音が聞こえる。

 相変わらず元気な奴だ。


 「頭いてぇ…………」

 

 こめかみの辺りをおさえながらベッドから上半身を起こす。

 昨日の夜、女子部屋と隣の部屋をかけて、オームと地獄のチェス五〇本勝負をしたから寝不足だ。

 結果は二七対二三で俺の勝ち。見事カシルの隣の部屋を勝ち取った。

 

 ベッドから降りて部屋にある小さな丸い机の上をみるとメモらしきものが。


 『今日も勝負するぞ。俺が勝ったら部屋チェンジな』


 オームの汚い字で書かれている。

 あいつは自分が勝てるまで毎晩やる気か? 絶対に嫌だ。


 扉を開け、重い足取りでリビングに行くと、カシル以外誰もいない。


 「他のみんなは?」

 「セルシカは買い物に、アルカはオームを病院に連れていったよ」


 そういえば今日、オームが病院行く日だったな。俺が起きないから代わりにアルカが連れていってくれたのだろう。後でジュースでもおごってやるか。


 「ほら、シュートも早く準備して!」

 「はいはい」

 

 すでに準備を終え、椅子に座って足をばたつかせているアルカに催促され、準備をして宿を出た。



*   *   *



 「とりあえず、武器屋さんに行こう!」


  宿を出た俺達は、カシルが武器屋さんに行きたいと言うので村の中心部に向かって歩きだした。


 「カシルは武器なんかなくても戦えるだろ」

 「ゴーグル買うの! ユレ洞窟でシュートがつけてるの見てかっこいいなーと思ったから」


 戦いの途中で、なんの役にもたたないゴーグルをつけている自分にツッコミをいれたことは言わないでおこう。


 「シュートはどこで買ったの?」

 「メラのラブマウンテンセレクトショップって所」

 「それ登山グッズ売ってるところじゃないの……」

 「頑丈ならなんでもいいんだよ」


 ゴーグルを指で弾いて見せながら、カシルの質問に答える。


 ちなみにオームの水筒もその店で買った。

 店の人から見たらきっと、俺達はただの登山家にしか見えなかっただろうな。


 そんなことを話しているうちに村の中心部に出た。

 目に入った武器屋に入って店内を軽く見て回る。

 

 いろんな武器があるな。剣に鎌、ハンマーなんかもある。

 おっ、手裏剣みたいなのもあるな、って高! 1個五千ソルド!? 忍者って五千円投げて戦ってたのか……。金持ちかよ。


 忍者の意外な金銭事情が分かったところで、奥の方にゴーグルを試着しているカシルの姿が目に入ったので近づいて声をかけると。


 「ゴーグルとか、たいして使い道無さそうだし別に要らないや」


 試着していたゴーグルを棚に戻しカシルがきっぱりと言い張る。


 たぶん悪気はないのだろう、でもそれゴーグルつけてる俺の前で言うか普通?

 でも今のところ、ゴーグルがくその役にも立っていないことは事実だ。賢明な判断だと思う。


 その後も、いろんな武器を見てまわったが、特に何も買うことなく俺達は店を出た。

 お腹が空いていたので近くのハンバーガー屋さんで少し早めのお昼ご飯を食べた。久しぶりのハンバーガーは最高にうまかった、しかも安い。世界が変わってもやっぱりハンバーガーはファーストフードの頂点だな。


 お昼ご飯を食べた後はてきとうに付近を散歩した。

 さすが三大主村、村の中心部にはいろんな店が立ち並んでいる。大抵の物なら揃えられそうだ。

 

 日が落ち始めたので宿へと変える事に。

 宿へと帰る道中。


 『オリジナルストラップ作れます 名前 デザイン好きなものを掘れます』


 ストラップ屋さんの看板が目に入った。

 …………ストラップか。そうだ!


 「なあ、これオームに買っていかない? そうすればもし迷子になったとき、落とし物みたいな感じで届けられそうじゃない」

 「ペットじゃないんだから……でもいいんじゃない。喜ぶと思うよ」


 「じゃあ買ってくるから店の前で待っててくれ」


 俺はカシルにそう言い一人で店の中へと入る。

 

 

 数分後。


 「お待たせ、我ながら良いものが出来たぜい。はいこれ、カシルの分」


 そう言って俺はカシルに銀色の小さなストラップを手渡す。

 

 ユレ洞窟ではかなりお世話になったからな、少しぐらい感謝の気持ちを伝えておこうと思って。

 ストラップにはカシルという文字と、フェレットのイラストを掘ってもらった。もちろんオームの分も。


 「え、いいの……!」


 カシルはそれを両手で受け取った。 

 余程嬉しかったのだろう、受け取ったストラップをじっと見つめてその場から動かない。心なしか、顔も少し赤い。

 俺はストラップを見つめ続けるカシルに声をかける。 


 「ほら、帰るぞ」

 「……うん、ありがとう」


 先を歩く俺に、ストラップを見つめたままついてくるカシル。

 まるで、初めておもちゃを買ってもらった子供みたいだ。

 そんなに喜んでくれるのなら俺も作ったかいがあるってもんだ。よかった、よかった。


 

*   *   *


 

 「俺もカシルと同じのがよかった!」


 宿に着き、先に帰っていたオームにストラップを渡すなりオームが文句を言ってきた。


 「表にオームの名前、裏に鳥のイラスト、別にカシルのやつと変わんないぞ」

 「その鳥のイラストが問題なんだよ! これどう見ても加工済みの鳥だろ! 鳥の丸焼きじゃんこんなの!」

 「おかしいな、店では北京ダックのイラストを頼んだつもりだったんだが……」

 「お前喧嘩売ってんのか!?」


 言い合いをする俺とオームをよそに、買ってきた物の整理をしていたセルシカが、カシルの鞄についたストラップに気づいた。


 「カシルも買ったの?」

 「うん! シュートが買ってくれたんだ」

 「へー、よかったじゃない、似合ってるわよ」


 頬を赤くして、嬉しそうに照れるカシル。

 

 

 「…………楽しそうで何よりですね」


 突然、お風呂場の扉の方から不満そうな声がした。

 見ると、お風呂から上がったアルカが、恨めしそうにこちらを見ている。

 なんで不機嫌なのかはわからないが、俺は、なるべく優しい声でアルカに訪ねる。


 「どうかしたのか?」

 「どうもこうもありませんよ! シュートの代わりに私がオームを病院につれていったら、リュックの中で爆睡したオームが肩によだれを垂らしてベトベトになるし、帰り道では、鶏肉を歩き売りしている人と勘違いされて変な男の人に話しかけられて、よくわからないからお断りしたら、ものすごい形相で追いかけられるし! 散々ですよ! もう!」


 アルカのさほど大きくない口から、ものすごい量の今日に対する不満がぶちまけられる。

 不満を言い終えたアルカは、腕を組んでプイッとそっぽを向いてしまった。


 アルカ以外の四人で顔を見合わせ、優しくアルカをなだめる。


 「まあまあ、今日のお礼に明日ジュース奢ってやるからさ」

 「…………」

 「明日かわいく髪結んであげるから、一緒にお出掛けしよ? おいしいハンバーガ屋さん知ってるからそこでお昼ご飯食べよう」

 「…………」

 「それにほら、今日の夕飯はアルカの大好物のハンバーグよ」

 「………………お腹すきました」


 ほっぺを膨らませたまま、小さな声で呟く。

 

 あ、意外とちょろい。

 決まり手は、セルシカのハンバーグだな。



 セルシカお手製のハンバーグを食べ、オームと一緒に風呂に入り、歯を磨いて、寝る用意をしていると。


 「シュート! 第二回地獄のチェス五十ぽ…………」


 しつこくチェスの勝負を仕掛けてくるオームをタオルケットで包み、オームの部屋にぶちこんでから、自分の部屋のベッドに横になる。

 すると。


 『ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン』

 「…………」

 『ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン』

 「……チッ」


 オームの部屋の方から壁を叩く音が聞こえる。

 

 オームのやろう、チェスの勝負をしてくれない腹いせに、しょーもない嫌がらせをしてきやがった。

 いいじゃねえか、徹底的に対抗してやる。メダルゲームで鍛えた俺の連打力なめんなよ。

 

 『ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン』

 『ゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴン…………!』


 相手の二倍はあろうかというスピードでオームの部屋の方の壁を連打する。


 『ゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴン…………!』

 


*   *   *



 翌日。


 「あー、壁叩きすぎて指痛いわ」


 右手の人差し指をさすりながらリビングへ行くと。

 カシルに髪を結んでもらっているアルカと…………ソファーの上でぐったりとしているオームの姿が。


 「……こいつは一体どうしたんだ?」

 

 目の下に巨大なクマのできたオームを指差して、近くにいたセルシカに訪ねる。


 「なんか昨日の夜、怖くて眠れなかったそうよ、なにかが壁を叩く音が聞こえたとかなんとか言ってたけど。それにしても、壁の音が怖くて寝れないって…………小学生じゃないんだから」


 セルシカがやれやれといった様子で首を降る。


 

 

 ……………………オームごめん。

 …………今日はなるべくリュックを揺らさないように静かに歩こう。

 

 この日一日、俺はオームにめちゃくちゃ優しく接した。

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