第28羽 鑑定する鳥はただのカカポ

 十二時を過ぎ、お昼ご飯を食べようとする人達で賑わうムーブにて。


 「まあこのメンツなら、余裕で勝ちでしょう」

 「おいおい、鳥風情が調子に乗るなよ? 俺という存在がいることわすれんな」


 戦いの火蓋が切られようとしていた。 


 ユレ洞窟からムーブへと帰ってきた俺たちは、宿で一日休んだ後、旅の途中で集めた物を金に変えるため、宝石店に来ていた。

 どうせなら、誰が一番高価な物を集められたか競おうということになり、一番高く売れた人は、今日の夕飯をどこで食べるか決める権利が与えられる。


 今日の夕飯は冒険の第一目標達成のお祝いをするので、用意したお金がハンパない。

 そのお値段なんと二十万ソルド、一人辺り四万ソルドである。

 夕食に一人四万だぞ!? 勝てば四万で好きな物が食べられる。負けるわけにはいかない。


 「フフフフ……大きい村の激辛料理はきっと辛さもダイナミックなんでしょうねぇ。想像しただけでよだれが止まりませんよ」


 少なくとも、隣にいるこの舌のいかれた激辛野郎に勝たせるわけにはいかない。四万払って苦痛を味わうくらいなら俺は死を選ぶ。


 「ではまず一人目の方から」


 最初に鑑定したセルシカの鑑定結果が店主から告げられる。


 「全部で十八万ソルドですね」


 「「十八万!?」」


 店主の口から放たれた予想以上に高額な買い取り価格に、俺とオームが思わず声を上げる。


 「十八万ソルドか……まあまあね。でも、もうちょっといくかなとは思ったんだけどね」


 まあまあだと!? 十八万が? お年玉でも十八万なんて金額もらえないぞ! というか、日本人の初任給ってそんぐらいじゃなかったか!?


 「あれ? セルシカいつもより調子悪いんじゃない? 今日の私は、三十万は超える自信があるね!」

 「結構高そうな物を集めてるなと思ったんですが……意外ですね。自分の金額が不安になってきました……」


 どうやら十八万という金額に驚いているのは俺とオームだけなようだ。カシルに至っては、もはや超えたとまで言っているではないか。

 俺は、瞬時に頭の中で計算する。

 十八万ということは、時給千円のバイトを毎日三時間したとしてとして…………六十日!?

 …………こいつら、学生が二ヶ月かけて汗水垂らして働いて稼ぐ金額をまあまあだと? とんだブルジョア野郎だな。小遣いが月三千円、なおかつバイト禁止だった俺の高校生活の苦しみを味わわせてやりたいもんだ。


 「十八万だと……おれが一日六時間働いて三ヶ月かかるぞ…………。あの過酷な肉体労働で三ヶ月もかかる金額……。休憩なしで毎日六時間働いて稼げる金額……。おれが血尿出しながら働いたあの時間はなんだったんだ…………」


 過去の自分に絶望し、今にも天に召されそうなオームが静かにそう言った。


 今オーム、一日六時間で三ヶ月って言ったか? ということは単純計算で時給三百ちょい。血尿が出るほどの過酷な休憩なしの肉体労働でこの時給。おっと、完全にぼったくられてやがる。


 「オーム、たんぶそれぼった」

 

 俺は、真相をオームに暴露しようとするアルカの口を瞬時に塞ぐ。


 今、オームに真相を告げたら、ほんとにオームが天に召される気がする。オームのためだ、この真相は死ぬまで心の中に封印しておこう。

 

 「次、二人目の方ですね」


 気を取り直して、二番手カシル。こいつは敵ではない。『あ、へんな形の石!』とか言って、道に落ちてた石ころとか拾ってたからな、せいぜい五百ソルドとかだろう。のり弁でも食ってるんだな。

 

 「全部で二百六十万ソルドですね」

 

 「「「「ええええーっ!」」」」

 「グァハァッ!」


 驚きの声をあげる人間四人と、二百六十万という数字に追い討ちをかけられ、瀕死の鳥が一匹。


 はああああ!? 二百六十万? あんな、がらくたコレクションに二百六十万? この店主おかしいんじゃねえのか?


 「イエーイ! 暫定一位!」

 「……に、二百……………………二百六十万……………………さ、三年と七ヶ月と十日……………………」

 

 跳び跳ねて喜んでいるカシルの横で、リュックの中のオームが完全に屍と化した。


 なんという計算スピード。一瞬で詳しい日数までだしやがった。受け止めきれない現実に、脳が覚醒したのか?


 「実は、お金にならないものも多かったですが、一つとても珍しい石がございましてな」


 そう言うと店主は、カシルがへんな形、という理由で拾った石を差し出した。


 「この石はとても珍しい石でして、昔はよく採れたのですが、最近数が減ってあまり見ることがなかった代物でして。いやー、よく見つけましたな」


 こんな小学生みたいな理由で拾った石が二百六十万。運がいいにもほどがあるだろ……。日本全国の、真面目に働いているお父様方が聞いたらその場で泣き崩れるだろうな。

 少なくとも、俺の父親は三日ぐらい寝込むに違いない。


 「さすがにこの金額は超えられないでしょ、一位はもらったかな。今日の夕飯考えとかなくちゃ」


 自分の一位を確信したカシルが今日の夕飯のメニューを考え出す。

 

 しょうがないな、少しの間夢でもみさせてやろう。

 実は今回、俺はカシルの金額をも越える自信がある。

 なんてったって俺は、あのユレ洞窟で見つけためちゃくちゃ固い石を持ってきたからな。しかも大量に。

 カシルの爪でも削るのが精一杯なくらいの固さの石! 安いはずがない。 

 カシルで二百六十万だから、軽く五百万は超えるに違いない。今日の夕飯は何にしようか?

 


 「次、三番目の方ですね」


 勝ったな。さあ、皆の衆! その金額に震えるがいい!


 「全部で五万ソルドですな」


 …………五万? 聞き間違えか? ゼロが二つぐらい足りない気がするんだが。


 「ブワッハハハハハハハハハハハハ! 五万! 暫定最下位じゃねえか!」

 「シュート見る目ないねー」

 「あれだけあって十万いかないってことは、余程がらくたが多かったってことかしら」

 「ある意味すごいですね」


 周りから俺をバカにする声が聞こえる。その中には、いつの間に死の淵から復活したのだろうか、オームの声も聞こえる。

 

 なぜだ、なぜカシルのごみみたいな石より安いんだ? しかもセルシカにすら負けているではないか。

 おかしい、おかしすぎる。さては、この店主素人か? あの石がそんなに安いはずがないだろう?

 あんなに大量に持ってきたのに……運ぶの大変だったのに。 


 「アヒャヒャヒャヒャ! 帰って茹で野菜でも食ってるんだな!」


 オームの野郎、ぼったくられて、ブラック労働させられてた分際でバカにしやがって……。

 くそがっ! 二度とあんな洞窟行くか!


 「あれ? 次、僕の番すかー」

 

 なめた態度でオームが名乗りあげる。


 「四番目の方、全部で四万三千ソルドですな」

 

 「………………」

 「アッハハハハハハハハハ! 四万三千! 俺より安いじゃねえか、最低価格更新おめでとうございまーす!」

 「…………なんで?」


 俺はさっきのやり返しとばかりにさらにオームを嘲笑う。


 「お前には茹で野菜でももったいねえや。自分の金玉でも食ってるんだな!」

 「くそがああああああああああああ!」


 「次、最後の方ですな」


 オームの絶叫の中、淡々とに放たれた店主の言葉に、アルカを除く全員に戦慄が走る。


 ……この金額次第では今日の夕飯が地獄と化す。頼む神よ……。


 「合計で……十六万ソルドちょうどですな」

 「「いーよっしゃああああああああああああ!」」

 「ふー、よかったよかった」

 「わーい! 一位だ!」


 「ちょっと! みんな喜びすぎですよ!」


 これで地獄は免れた。一位にはなれなかったけど、カシルならまともな飯を選んでくれるだろう。

 

 全員分のお金を受け取って店からでる。夕飯の時間にはまだ早いので一度宿に戻ることにした。


 

*   *   *



 「おいおいおい、俺より安かったやつが図に乗るなよ? 敬語使え、敬語」

 「たった七千ソルド高かったからっていい気になってんじゃねえぞ、おい」

 「いいじゃねえか、ならチェスで勝負じゃ!」

 「やってやらあ!」


 「ほんと、よくチェスであれだけ盛り上がれるわね……」

 「二人も仲いいからねー」


 宿に戻った俺たちは、夕飯まで自由な時間を過ごしている。

 俺とオームはチェスで激闘を、女子三人は椅子に座って談笑している。いわゆる女子トークというやつだろうか。


 「シュート、その手は甘いんじゃないか? 宣言しよう、俺はあと五ターン以内にお前を」

 「ねえねえ、夕飯のあと、みんなで大きなお風呂があるとこ行こうよ!」


 カシルの風呂という言葉に、反射的にオームの口の動きがが止まった。


 風呂だと? 今カシル、風呂と言ったな?

 

 俺とオームはそのままの体制でチェスをしている手を止め、聞き耳をたてる。


 「いいんじゃない? たしか宿に向かう途中に貸し切りできる露天風呂があったような気がする」

 「冒険で疲れた体に大浴場ですか。いいですね、行きましょう!」


 「意思共有!」


 『やるしかない。逆にここでやらなければ男ではない』

 『ユレ洞窟での無念を晴らす時がきたみたいだな』

 『あの時の裏切りは俺の優しさに免じて許してやる。今回は裏切るなよ?』

 『もちろんだ兄弟。共に極楽へと参ろうではないか』


 紐を用意しよう。俺が男湯と女湯の架け橋を作ってやる。

 大丈夫、身内同士のただの親睦会を風呂で開くだけだ。法には触れていない。法は俺達を止めることはできない。

 

 俺とオームはゲスイ顔をしてニヤリと笑う。

 


 ちなみに、チェスの勝負には負けた。

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