第24羽 裏切る鳥はただのカカポ

 「なあ、シュート」

 「なんだ?」

 「俺たち今、かなり汗かいてるよな」


 洞窟内での変異体との初戦闘を終え、再び、ひたすらに分かれ道を進み続けている道中、ずっと背負われているだけなので体力が有り余っているオームが後ろから話しかけてくる。


 オームの言う通り、洞窟へ入ってからは、風呂になど入れないので濡れたタオルで拭く程度のことしかできない。

 確かに、自分の服の匂いを嗅いでみると少し汗臭い。


 「なのになんであの女子三人衆はちっとも汗臭くないんだ?」


 隊列などとうに崩れ、前を歩く女子三人を見ながらオームが不思議そうに質問をしてくる。

 

 言われてみれば、俺達と同じで風呂には入れていないはずなのに、あの三人はちっとも汗臭くない。

 それどころか、近くにいくといい匂いすらする。この違いは何だ?

 

 「あいつら、いつも寝る前におれたちから見えない場所に行ってなんかしてるよな」

 「うん」

 「俺はそこで何か特別な事をしていると思うんだ」

 「まさか覗く気か? セルシカの好物、親子丼だぞ。ここで食材として生涯を終える気か?」

 「だから覗くことを正当化するんだ。まず最初に真正面から、『体を拭いてあげようか?』と尋ねる。もちろん断られるだろう。だがその後に覗きをすれば、汗をかいてもいい匂いのする理由を知りたかった純粋無垢でピュアな男たち、という演出ができるだろう?」


 こいつは天才か? それなら合法的に女性の裸を拝めるではないか!

 

 俺はオームと無言で見つめ合い、頷き合った。

 


*   *   *



 「あー今日も疲れた!」


 今日の拠点を作り、ご飯を食べ終えたカシルが立ち上がる。

 

 今だ!


 「カシル、汗かいたろう? このグループの中で一番働いてるのはお前だからな、いつもありがとな。ってことで、体拭いてやろうか?」

 「え、いいの? じゃあお願い」


 包み込むような優しい笑顔で、欲望にまみれた提案をする俺に、迷うことなく即答するカシル。


 ………………え、いまなんつった? お願いだと? 聞き間違いか? 俺の耳が正しければ『お願い』って聞こえたんだが。


 「え? 俺とオームが拭くんだよ?」

 「二人がかりで拭いてくれるなんて、贅沢だなー」


 俺の問いに、カシルは何の疑いも持たずに素直に嬉しそうな顔をした。


 

 ……い、いいんですかあああああああああ!

 マジすか! いいんですね? 体隅々まで拭いちゃっていいんですね? 言質は取りましたからね!

 

 予想外の反応に少し戸惑ったが、結果オーライである。この絶好の機会を逃すわけにはいかない。

 オームと二人で、震える手でタオルを濡らし、カシルの背中側に回り、正座をする。

 

 正座する俺達の目の前には、フェレットでなければなの背中が

 感無量である。中学、高校を通して、十秒以上女性を見つめたことのないであろう俺の目が喜んでいる。


 『予想外な展開だったがこれはこれでよし。お互いが了承しているこの状況、まさしく合法の極み』

 『おうよ兄弟、今のおれたちを邪魔するものなど、この世には一つもない。存分に楽しもうぞ!』


 意思共有でオームと興奮を分かち合う。

 くる、くるぞ! ついにこの目で人間の神秘を拝むことができる。大丈夫、言質は取ったんだ。なにも恐れることはない。


 「それじゃよろしく」


 そう言うとカシルは……………………フェレットになった。

 



 …………おい、なんだこれは。なぜ目の前に毛むくじゃらの獣がいるんだ。


 「それにしても二人ともどうしたの、急に体を拭いてくれるなんて。あ、もしかして変異体と戦った時のお礼?」


 ちがあああああああう! これはお礼なんかじゃなくてご褒美っ!

 おかしいでしょ! 普通そこで獣になるか? 俺は人間のメスがいいんだよおおおおお!


 「いやでも、それだと人間状態になった時に汗かいたままじゃん?」


 諦め切れないオームが、何とかカシルを人間状態に戻そうと食い下がる。


 「それは大丈夫。この状態で体をきれいにすれば人間状態のときにも反映されるから」


 フェレットが振り向いてそう答える。

 

 万能能力やめろやああああああ! また擬人化にしてやられた!


 こうして、擬人化に敗北した俺達は、仕方なく、無言でフェレット状態のカシルの服を脱がせ、体を濡れタオルで拭いてやる。


 『おい、思ってたのと違うんだが』

 『擬人化とかいうチート能力を甘く見ていたな……。なんなんだこの状況、男二人がかりでフェレットの体を拭くって。動物園のふれあい広場かここは?』

 『まあ、フェレットとはいえ、これも一応裸といえば裸だからな……』


 オームの言葉に、俺はカシルを抱き上げ、改めてカシルの体をまじまじと見る。

 

 「これは…………裸か?」

 「気持ち悪いんですど」

 

 俺に持ち上げられ、細長い餅のような状態のカシルが冷ややかに言う。

 

 

 …………待てよ……裸ということは。


 カシルはフェレット状態の時も人間状態の時も同じ服を着ている。伸縮性に優れた珍しい素材で作られており、どちらの状態の時もその服は体にフィットしている。

 しかし、その素材の珍しさ故に、どうしても使える布が限られ露出が多くなってしまうそうだ。

 

 ならフェレット状態で服を着ていないカシルが人間に戻ったらどうなるのか?


 考えるよりも先に体が動いていた。

 即座に意思共有でオームに俺の考えを伝え、カシルの着ていた服を隠させて、最速でカシルの体を拭き、優しくこう促す。


 「よし、きれいになったな。それじゃあ、体も拭き終わったことだし、人間状態に戻ったらどうだ?」

 「いやっ……あのでも……服着てないから…………」


 俺の提案に、カシルが顔を赤くして自分の服を探しだす。

 そんなカシルを暖かい目で無言で見守る俺。


 「…………」

 「………………きゃあああああああああああああああ! セルシカ、アルカ ! 助けて! シュートが私の服隠した!」


 フェレット状態のまま、叫びながらセルシカの膝の上に逃げ込むカシル。


 「とうとう強硬手段にでましたね、この変態。いつかやるとは思っていましたが、まさかこんなに早いとは」

 「シュート正座」


 アルカとセルシカがゴキブリを見るかのような目で俺を卑下してくる。

 俺はその場に正座させられた。

 

 「言い訳は?」

 「いや別に隠してたわけでは——」


 シュッ!


 いつの間にか、俺の正座している足のすぐ横に矢が刺さっている。

 恐る恐る顔を上げると、セルシカが次の矢に手をかけるところだった。


 『オーーーム! 助けてくれ! このままだと足を失うことになる! いや、足どころじゃなく、存在そのものを消されるかもしれん! 迅速に救援を求む!』

 

 意思共有でオームに助けを求めるが全く反応がない。

 何してんだあいつは! 仲間の足が消滅の危機に瀕してるというのに、あいつはこんな時でも使い物にならんのか! 


 少しでも動いたら放たれそうな矢のせいで、身動き一つとれない俺は、意思共有で必死にオームに助けを求め続ける。

 すると、急にオームがテントの裏からひょっこりと出てきて、


 「なんか服落ちてたけどこれカシルのじゃないのか? なんであんな所に置いてあったんだ?」


 すっとぼけた顔でセルシカにカシルの服を手渡した。

 

 …………あれおかしいな、俺はオームに隠すように言ったはずなんだが。なんであいつが見つけたみたいな感じになってんだ? なんであいつは我関せずみたいな顔をしてるんだ?

 

 オームから服を受け取ったセルシカはより一層軽蔑した目で俺に矢を向ける。

 そんなセルシカの死角にいるオームが、俺に向かって死にゆく仲間を見るような目をして敬礼してくる。

 

 あいつ裏切ったああああああ! 

 最悪だよあいつ、一瞬で仲間を捨てて強い方につきやがったよ、クズだ、クズだよあいつ!

 なに敬礼してんの? なんで関係ないですよ、みたいな顔してんの? おまえ主犯だろうが!


 『おい、裏切ってんじゃねえぞ! この状況どうにかしろ!』

 『……』

 『おい、聞いてんのか? 俺の足がピンチなんだよ! 間もなくフラミンゴだよ、おまえと同じ鳥になっちやうよ!』

 『…………グッドラック』


 は、腹立つぅぅ、何が『グッドラック』だ、ふざけやがって! たしかにカシルの服を隠そうとしたのは認めるよ。でも、それ俺だけじゃないから、もう一羽いるから。それなのに、なんで俺だけが裁かれなくちゃいけないんだ、意義あり!

 だが、そんな俺の心の叫びがセルシカに届くはずもない。セルシカの矢を持つ手に力が込められる。まずい。

 

 「待って、待って、待って、一回落ち着くんだセルシカ。一羽、善良な市民に紛れ込んだくそ外道がいるから、そいつも主犯だから。俺だけじゃなくてそいつも」

 「さよなら」


 そう言って矢を放ったセルシカの目にはすでに、仲間に対する情という物は無かった。

 

 『証明』

 以上の行動より鳥はクソ、またはクズである。

 Q.E.D。

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