第23羽 寝れない鳥はただのカカポ

 この先に例の装置がある。

 そうとわかった今、一刻も早くさらに奥へ進みたいところではあるが、今日は一度寝ることにした。疲労を溜めて先に進むのは危険だからだ。

 

 洞窟の中は日が差していないので今が昼なのか夜なのかはわからないが、眠いと感じるので今は夜なのだろう。

 ランプに黒い布をかけ、電蓄虫の光が漏れないようにして寝袋の中へ入る。

 しかし、なかなか眠れない。どうしても、例の装置ことを考えてしまう。

 ルーカスは王の目的、過去、止め方と言っていたが一体どれなのだろうか、中にはどんな内容が記されているのだろうか、そんなことばかり考えてしまう。

 だめだ。明日に向けて寝なくては。

 そうだ羊を数えよう。


 『羊が一匹、羊が二匹、羊が三匹、羊が四匹、羊が五匹、羊が…………』



*   *   *



 「シュート起きて。朝ごはん食べて行くよ」


 俺はカシルの声で目を覚ました。

 昨日、俺は結局寝れたのか。羊を八千匹数えたあたりから記憶がない。羊を数えると寝れるというのは本当だったのか。


 どうでもいい雑学を立証したところで、簡単に朝食を済まして出発の用意をする。



 「よし! 行こう!」


 装置を二つの道の方へ向ける。わずかにだが、右の道の方へ向けた時のほうが音の間隔が狭い。

 右の道を進んだ先にはさらに二つの分かれ道があり、その先にもさらに三つの分かれ道があった。

 分かれ道に差し掛かるたびに、装置を使い先に進む。

 アルカは帰る時のためにせっせと入り口からの地図を書いている。

 

 分かれ道、分かれ道、分かれ道、分かれ道……。


 一体いくつの分かれ道を進んだだろうか。疲れてきたので一度休むことにした。


 「この洞窟デカすぎないか? 生きてる間に装置を見つけられる気がしないんだけど」


 休憩中、オームがもう洞窟はうんざりだといった様子で愚痴をこぼす。

 確かに、いくら進んでも分かれ道ばかりで一向に見つけられる気がしない。


「んーー、少しずつだけど音の間隔は狭まってきてるから、近づいてはいると思うんだけどな……」


 だが、装置までの正確な距離まではわからないので、もしかしたら本当に生きているうちに見つけられないなんて事もあるかもな……。

 一応、分かれ道に差し掛かる度に、辺りの壁なんかを調べたりはしているのだが、手がかり的なものはない。依然、手がかりはこの装置だけ。

 どうしようかと考えていたその時、通ってきた道の方から何かが擦れるような音がした。

 全員一斉に音のした方を見る。


 電蓄虫の光が届かない暗闇の中になにかがいる。

 人か? 黒いシルエットがうっすらと見てとれるな。…………でも、人にしてはくびれの位置が変だな…………ん? なんか足多くね? 


 その音は徐々に大きくなっていく。

 近づいてくるに連れてはっきりとしだすシルエットはとても人間とは言えない形をしていた。


 「なんでしょうかあれは? 足の生えた鏡餅に見えるんですが……」


 まさにアルカの言った通りだと言うべきだろう。

 徐々に近づいてくるその物体には複数の足が生えており、形はまんま鏡餅。すごく気持ちが悪い。


 「鏡餅って言うより、うんこじゃね?」

 「…………いや、そんなかわいいもんじゃねえぞ…………」


 うんこならどれだけよかっただろうか。


 視線の先の暗闇から、姿の全貌が明らかになったそれは、カナブンのような形をした巨大な変異体。

 ユレ洞窟に向かう途中で出会った猪の変異体の数倍はある巨大な体に、大きさのせいでくっきりと見える、虫の嫌いな要素を詰め込んだかのような顔に、うっすらと毛の生えた足。

 シティボーイで虫嫌いな俺には辛すぎる。全力でお引き取り願いたいところだ。

 


 「変異体だ! カナブンみたいなやつが一匹こっちに向かってきてる!」

 「いや! 一匹じゃない! 上にもうに二匹いる!」

 

 セルシカに言われ、上を見上げると、天井に同じような変異体がに二匹張り付いている。


 ……さすがに洞窟の中では逃げることも隠れることもできない。絶対に触りたくないけど、やるしかない!

 覚悟を決めて立ち上がる。


 「カシル! セルシカ! 天井の二匹頼めるか。奥の一匹はこっちの三人で何とかする!」

 

 「オッケー!」

 「あんまり無茶しないでよ」


 そう言うと、セルシカが矢を放って天井にいた二匹を同時に撃ち落とし、撃ち落とされた変異体にカシルが爪で攻撃をしかけ始めた。


 なんという手際のよさ。向こうの二人は心配なさそうだ。問題は……こっち。

 俺は、ゴーグルを目に装着し、小刀を手に持って戦闘態勢に入る。


 相手の体はカナブンのような形をしていて、全身が硬い鎧のような物で覆われている。

 とすると攻撃できる箇所は関節部分の鎧がないところ。そこなら俺達の力でもダメージを与えることができるはずだ。


 …………でもそこを攻撃しようにも近づけないんだが?


 横に目をやると、アルカはドアノブを両手で剣のように持ち、オームは羽を広げて変異体の方を真剣な表情でじっと見つめている。

 

 お二人とも真剣なところ悪いんだが、頼り無さすぎるだろ……。

 ドアノブと飛べない翼で威嚇でもしてるつもりか? アルカのドアノブはともかく、オーム。お前の翼はマジでなんの役にも立たんぞ。


 頼り無さすぎる二人から変異体に視線を戻し、改めて作戦を考える。

 

 この三人の中で一番動けるのは俺か。しかたない、少し危険だがこれでいこう。


 「オーム! 俺の体重軽くしろ! 俺が奴の背後に回って足を切り落とす。だからそれまでなんとか奴の気を引いてくれ!」

 「わかった」


 オームが俺に触れ能力を発動する。

 おお、軽くなった。これならジャンプで奴の足の付け根まで跳べそうだ。できれば触りたくないけど。


 

 「おいアルカ! 大声出してあいつの気を引くんだ。その間にシュートが足を切り落とす」

 「わ、わかりました!」


 そう言うと、アルカとオームは口に手を当てて大きく息を吸い込み、

 

 「やーい! カブトムシの劣化版! お前なんて捕まえられても嬉しくないぞーー!」

 「そうだ! お前なんか、我々鳥の餌だ! 大人しく滅ぼされるがいい!」


 大声でカナブンの悪口を言いだした。


 それ悪口な必要あるのか? 変異体に精神攻撃は効かないと思うんだが……。

 

 「臭いんだよーーーー!」

 「へんな液体ばっか出してんじゃねーぞ! キモいんだよこのやろーー!」


 俺の心の中のつっこみをよそに、大声でカナブンの悪口を言いまくるアルカとオーム。

 

 だがおかげで奴は俺に気がついていない。動きも遅いし、これならいけるぞ!


 ゆっくりと、それでいて素早く、決して奴に気配を感じ取られないようにして壁沿いに変異体の後ろ足の真下まで移動する。


 「よし……」


 途中、踏まれそうになったがなんとか変異体の懐に潜り込むことができた。

 上を見下げて足の付け根を観察する。

 

 ……き、キモすぎる…………あまりにもキモすぎる。グロい、グロいんですけど…………。


 近くで見るとより一層きつい絵面だ。

 足全体に細かい毛がびっしりと生えており、無駄にテカテカとした体が、さらにそのキモさを増長させている。あんなのにしがみつくとか絶対嫌なんですけど。

 でも俺がやるって言っちゃったしな。ここまできたらやらざる終えないよな。でも、触りたくねえな。あー、どしよ。


 俺が心の中で葛藤してる間にも、オームとアルカは変異体に悪口を言いつづけている。


 「えーっと…………バカ! バカ! バカ!」

 「うんち! うんこ! くそ! 大便! 下痢!」

 

 だから、悪口である必要ないから! 無理に悪口考えてんじゃねーよ! 語彙力低下して、小学生の喧嘩みたいになってんぞ。

 ……やっぱり俺がやるしかないか。あんなバカどもには任せてられない。やってやらぁ!

 

 覚悟を決め、足の踏ん張りを効かせて変異体の体めがけて勢いよくジャンプする。

 そして足の付け根にしがみつき、持っていた短刀を変異体の足に振りかざす。

 

 「くっそ! 全然切れねえ!」

 

 刃を足の関節刺すことはできたが、刀身が短すぎてなかなか切れない。

 腕の力でごり押そうにも、帰宅部運動不足の俺の力では貧弱すぎる。

 それに加え、小刀を足に刺されているにもかかわらず変異体は大して怯む様子はなく、体にしがみついている俺を振り落とそうと体を揺らしてくる。


 「わわわわわわわわわわわわわ、あああああああああああああ…………イッテ!」


 揺れに耐え、必死に小刀に掴まっていたが耐え切れなくなった俺は、振り落とされてオーム達の足元へと落下した。


 「大丈夫ですか?」


 アルカが心配そうに駆け寄ってくる。

 危ねー、軽量化してなかったら確実に骨折れてたわ。


 「あのー全然ピンピンしてるんですけど……」


 オームの言葉に顔を上げると、多少の傷など気にしないといった様子で変異体が近づいてくる。

 

 ヤバイ、ヤバイ。ヤバイ、ヤバイ。

 見栄はって『一匹はこっちの三人で何とかする』なんて言わなければよかった。もう一匹もお願いしとくべきだった! 

 気合い入れてゴーグルとか付けたけど、なんだよゴーグルって! 視野狭まるだけじゃん!

 ああー、やっぱり戦闘は避けるべきだったんだ。限定共有とかいう変な能力で戦いを挑んだ俺がバカだった。

 しかも小刀て。変異体舐めすぎ。


 頭の中を後悔の念が駆け巡る。しかし、今さら後悔してももう遅い。変異体は確実にじりじりと近づいてくる。

 

 どうしようもなく尻餅をついたまま後ずさりする俺の肩に手が触れた。

 




 「シュートにしてはよく頑張ったんじゃない」


 この声は……。

 顔を上げるとそこには、カシルとセルシカが。

 後ろを振り返ると、すでに倒された二体の変異体の死体が転がっている。

 

 そこからは見事な連携だった。

 カシルが軽い身のこなしで爪を使い、足を切り落とす。そして、切り落とされた断面にセルシカが矢を放ち確実にダメージを与える。

 あっという間に残り一匹を倒してしまった。

 

 「つ、強い……」

 「こんなに強かったんですね……」

 「シュートの頑張りは一体何だったんだ?」



*   *   *


 

 戦い終えた俺たちは拠点を作り、夕飯の準備をした。


 「いやーそれにしても、まさか二人があんなに強いとはな」


 燻製肉を口いっぱいに頬張りながらオームが話す。


 「ほんとですよ! そんなに強いなら言ってくださいよ!」

 「シュートなんか、がんばっても足一本すら切り落とせなかったもんな」


 「うるせー! 俺、今日はけっこう貢献したつもりだぞ! 少なくともカナブンの悪口しか言ってないお前ら二人よりは活躍したわ!」

 

 俺は燻製肉を両手に持ち、俺の事を過小評価する二人に抗議するが、


 「でもシュート、最後の方なんか涙目で尻餅ついてたよね。カシルとセルシカが倒した後、何事もなかったかのように立ち上がってたけど、涙でゴーグル曇ってたじゃん。さっき、みんなにばれないようにこっそり服でゴーグル拭いてたじゃん」

 「べ、別に拭いてなんかねーし! あれはただ、レンズを研磨してただけだから! 研きたくなっただけだから! それに、お前カナブンのキモさわかってないだろ! 近くで見ると毛とかいっぱい生えててめちゃくちゃキモいんだぞ!」


 俺は懸命に言い訳をするが、実際のところ、泣いていたのは事実だ。だって怖かったもん、俺、普通の高校生だもん、特殊能力とかないもん。

 

 「カナブンごときで泣くとは。シュートはまず、虫嫌いを克服するとこから始めなきゃだめだな」

 「つうか、なんでお前はさっきから偉そうなんだよ! お前こそ何にもしてないじゃん! 最後の方なんてうんこの類義語言ってただけじゃん!」

 「おいおいなんだ? あれだけすらすら言葉が出てくるおれの語彙力に嫉妬してんのか? それとも、おれの類い稀なる才能に惚れたのか?」

 「はいはいそうですよ、あなたが一番ですよ、飛べないうんこマスター」

 「おま、今は飛べないのは関係ないだろ!」


 そんな風に言い合う俺とオームを見て、カシルとセルシカが、


 「まあまあ二人とも落ち着いて。確かに、今日のシュートいつもよりちょっとかっこよかったかな」

 「いつもが頼りなさすぎるんだけどね」


 珍しく俺の事を誉めてくる。

 

 お、おお。かっこいい……。素直に褒められると少し照れ臭いな……しかも女子二人から。


 「女子二人に褒められて照れてらあ。ほんと扱いやすい男だな、シュートは」


 なぜか上から目線で俺にそう言って、ひたすら燻製肉をを食べ続けるオーム。

 俺はそいつを華麗に一本背負いした。

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