第21羽 風を感じる鳥はただのカカポ
風を感じるか。
目の前の男は俺にそう言った。
落ち着け。この男は敵か? 味方か? あの変異体の首を切り落としたのはこの男だろうか? でも、服に返り血が全く付いていないぞ。
瞬時にこの男を分析する。
…………敵か味方かわからないうちは話を合わせたほうが得策だな。
「は、はい! 感じます!」
「どんな風を感じるんだい?」
感じると答えた俺に、男が顔を近づけて訪ねてくる。
どんな風!? 知らねーよ! ここはとりあえずてきとうに……。
「お、大空を舞っているような、それでいてどこか儚い感じの……」
「素晴らしい! そうか! やはり君も感じるかね!」
な、何とかなったー! オームの姿が目に入ったから何となく鳥っぽいこと言っただけだったんだが。
俺の言葉に満足したのか男は俺に笑いかけると、くるりと体を反転させてビビりまくりのオームに近づき、抱き上げてこう言い放った。
「あなたです! あなたが風を生み出しているんです! あなたこそが風なんだ!」
「…………え?」
一瞬の静寂の後、オームが腑抜けた声を上げる。
変人だ! 絶対変人だこの人! 何だよ風って、わけわかんねーよ! そいつただの飛べない鳥だから!
オームも、目の前の変人にどう対処していいか分からずにフリーズしている。
まだこの男の素性は分かっていない。オームにも、てきとうに話を合わせるように伝えなくては。
「意思共有!」
『おいオーム、敵か味方かわからないから、ここはてきとうに話し合わせろ』
『わ、わかった』
そして、オームは変人に持ち上げられたまま翼を広げると。
「そうです。私自身が風なのです」
「やはりそうでしたか……。よかった、私の目に狂いはなかった。風を感じたんです! ああ……やっとお目にかかることができました」
「もちろんです。私が風なんですから。風とは心なのです。心とは風なのです。よくぞ私の事を見つけてくださいましたね。あなたに敬意を表します」
恐らくてきとうに言ったであろうオームの言葉に安堵する変人。
おいおい、ちょっとやりすぎじゃないか? なんか教祖様みたいになってるぞ。
『ちょっとやりすぎだぞ。それぐらいにしとけ、後戻りできなくなるぞ!』
『じゃあ、この状況どうにかしてくれよ! こいつ、俺がてきとうに言った言葉に勝手に安心してんだけど!』
『自分でどうにかしろ! お前が言ったんだろ、お前が責任取れ!』
オームは一瞬、俺に怒りの表情を向けたかとおもうと、変人の方に向き直り。
「では、まず私を降ろしなさい」
「は、はい、失礼致しました」
「うむ。で、そちは何者だ?」
「はっ、私はムーブ村の村長、エル・リルレガードと申します」
ム、ムーブ村の村長だと!? 今、オームの前で膝をついて頭を垂れているこの変人が? そんなバカな。
オームもアルカも目が点になっている。
「その話は真か」
「はい、もちろんでございます」
「ではエルよ、そちの能力を申してみよ」
「はっ、私の能力は『移動』でございます。触れたものを一定範囲内で自由自在に動かすことができる能力でございます」
ん? 一定範囲内? それだと浮舟は動かせないんじゃないか? こいつ嘘をついているのか。
オームも俺と同じ考えのようだ。続けて男に質問をする。
「では、浮舟はどのように動かしているのだ? 距離制限があっては浮舟はは動かせないのではないか?」
「はっ、私の能力は、臨機応変に動かすのには距離制限がございますが、物に同じことを繰り返すように命じるのであれば距離制限はございません。浮舟はそれを利用しております」
つっよ! この話がもし本当だとしたら化け物だぞこいつ。
「なるほど、理解しました。とりあえず休憩にいたしましょう。拠点に戻りますよ、肩車しなさい。風と共に参るのです」
「はっ、仰せのままに」
オームに命令されるがままに、エルはオームを肩車し拠点の方へ歩き出した。
オームの野郎、ちょっと気分良くなってねえか? 何だよ『いたしましょう』って。いつもそんな口調じゃねえだろ。
アルカと無言で顔を見合わせる。
そうこうしている間に、エルとオームは拠点に向けどんどん歩いて行く。
俺とアルカもあわてて後を追いかけた。
拠点に戻ると、すでにセルシカとアルカが戻っていた。
「三人ともどこ行ってたの? 見回りから帰ってきたら急にいなくなってるからびっくりしたんだから……ん? その人は?」
「これには色々ありまして……」
事の顛末を二人にはなすと、二人は俺達がエルにムーブ村の村長だと明かされた時と同じ顔をした。
「で、その自称ムーブ村の村長さんがなぜここに?」
困惑を隠し切れないセルシカがエルに尋ねた。
「風に導かれたのです」
「風っていうのは……」
「風は風でございます。風とは心であり、心とは風なのです。風を信じるからこそ心が生まれ、心があるからこそ風が生まれるのです。つまり、すべては風に通じているのです。私は風を信じていたからこそ今まで生きてこれたと考えます。風の教え無き者に光はございません。風を信じるものには闇などございません。風とはそういう物なのです。風こそがこの世の心理であり、この世のすべてなのです。そして私は今日、ついに風を見つけることに成功したのです。長年探し求めたかいがありました。こうして直に風と対面することが出来る日が来るとは、夢にも思っていませんでした。風が私を導いてくれたに違いありません。その証拠に風自身も私が風を見つけたことに敬意を表してくださいました。こんな光栄なことはありません。私はこの日の事を一生忘れないでしょう。そもそも、私が風に…………」
「…………」
エルとの会話を諦めたらしいセルシカが近くに寄ってきて小声で話しかけくる。
「なんかあの人、話が通じなくてイラっとするんだけど」
「同感だ」
「おいセルシカ! エルは自称なんかじゃなく、正真正銘本物の村長だ!」
セルシカを指差し、発言の訂正を求めるオーム。
お前はなんでエルの肩を持ってんだよ! こっち側だろ普通! 絶対気分良くなっていやがるな。後でしばく。
「まあまあ、夕飯はもうお済みですか? お済みでないのならすぐに食べて、今日はもう寝ましょう」
「ちょっと! なんであいつが仕切ってんのよ! まさかここで一緒に一晩過ごす気!?」
「知らねーよ!」
いつの間にか話を終え、この場を仕切りだしたエルに苛立ちを抑え切れていないてセルシカがまたも俺に文句を言ってくる。
確かに、この風男は俺も生理的に受け付けない。でも、もし本当に村長なのだとしたら敵に回すのは得策ではないだろう。幸いオームのことを気に入っているようだし、うまくいけば楽にユレ洞窟にたどり着けるかもしれない。
調子に乗るオームと苛立ちを隠しきれていないセルシカのせいで微妙な雰囲気の中夕飯を済ませ、俺達は眠りについた。
* * *
「おはようございます皆さん! 今日の風も素晴らしいですね! やはり風は間違っていませんでした。みなさんも風になろうではありませんか!」
俺は、昨日と全く同じテンションのエルの声で目が覚めた
前言撤回。はやくどっか行ってくんねーかなこいつ。
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