第11羽 恋する鳥はただのカカポ

 店に入ってきたのは二人。昨日能力屋で見た女性と、後ろにもう一人別の女性がいる。

 

 「あーー! 昨日のかわいそうな人!」


 能力屋で出会った女性が俺のことを指差して声を上げた。


 「かわいそうな人?」


 後ろの女性がオウム返しに聞き返す。


 「ほらー昨日言った、自分の能力が弱すぎて絶望して、年下の女の子にさんざん慰められた挙げ句風船みたいに運ばれていった人!」


 は、恥ずかしい……。改めて聞くと本当に情けないな、俺。


 恥ずかしくなり目をそらせる俺に、女性は顔を近づけて挨拶をしてくる。


 「また会いましたね」

 「ど、ども……」


 う、美しい! 身長は俺より少し低いぐらいだろうか。すこし白みがかった肌に、大きな茶色の瞳。白と黒の二色の髪の毛。それになんといってもショートヘア! 

 うおおお、後ろの女性も負けず劣らず美しい……身長は俺とあまり変わらない。おそらく、下ろしたらかなり長いであろう黒色の髪を複雑に頭の上で結んである。健康そうな小麦色の肌に、こちらもまた大きな瞳だこと! 二人とも胸はある程度ありそうだ。貧乳派の俺だが、この際そんなことはどうだったいい。


 隣に目をやると、オームも見惚れているようだ。口が半分開いたまま閉じていない。

 

 「二人ともお待たせー、あっ! お客さん?」


 忘れ物を取りに行っていたアルカが、戻ってくるなり二人の女性見て声をかけた。


 この二人は家のドアの修理に来ていたらしく、アルカが大声でお父さんを呼ぶと、店の奥から小柄な男性が出て来た。

 それを見て髪の長い方の女性が、アルカの父親と思われる男性に家のドアの修理をお願いすると。

 

 「ドアの修理ですね、それでしたら今すぐにお家の方に伺いますよ。家のドア程度なら数分で直せますからね。アルカ、すまないが行ってきてくれるか。今、ちょうど手が離せないんだ」

 「えっ、でも私今からやる事が——」

  

 「おいおいなに言ってんだアルカ?」

 

 俺とオームは椅子から立ち上がり、父親の頼みを断ろうとするアルカの前に立ちはだかる。


 「何をそんなに慌てているんだ、俺達にはいくらでも時間があるだろう? そんな用事、別に後でもいいじゃないか。それに目の前に困った人がいるのに見過ごすわけにはいかないだろう? なあ、オーム」

 「いや、私別に慌ててなんか」

 「もちろんだ兄弟。すぐにでもお家へ参りましょう」


 思いは一つ、少しでも長くこの女性たちの側にいたい。


 俺とオームはお互いの目を見て心の中で頷き合う。


 それを見て、アルカはため息をつきながら、工具箱を父親から受け取った。





 店を出るなり俺は二人に話しかけた。


 「俺、シュートって言います。で、こっちが契約相手のオームで、あっちのちっこいのがアルカです」


 片眉をピクリと動かすオームと、ペコリとお辞儀をした後、間髪入れずに俺の太ももにローキックをお見舞いするアルカ。


 そんな俺達の様子を見て上品に口に手を押さえて笑いながら、髪の長い方の女性がこう答えた。


 「皆さん仲がよいのですね。私はセルシカ・ミリエルズ、この子は私の契約相手のカシルです」

 「よろしく!」


 おおっ…………二人共、容姿に合った美しい名前……………………ってえ? 契約って人同士でも出来んの?


 疑問に思った俺は、言葉にしてセルシカさんに尋ねようとするが、口を開きかけたところで思いとどまる。 

 

 …………ドアノブと契約できるのなら、人同士で契約できても不思議ではないな。もしかしたらこの世界の常識なのかもしれない。

 危ない危ない、セルシカさんに常識の欠けた学のない奴だと思われるところだった。

 

 俺は驚きを悟られないよう、笑顔で相づちをうつ。


 「へーじゃあ、ここにいる人全員契約者ですね。お二人も冒険者なんですか?」

 

 質問するアルカに、今度はカシルさんがそうだと答える。

 その流れのまま、お互いの能力について話し始める女子三人。


 なんでよりによって俺の契約相手はこんな飛べない鳥なんだ。俺もこんな美しい人と契約したかった…………。


 俺は、話に花を咲かせながら前を歩く女子三人を眺め、契約相手がオームだという事実に失望せざる終えなかった。


 「出稼ぎ冒険者?」

 「そう。冒険者の人達は多分ほとんどが王証神器を探し求めて未開の地へ行く人だと思うんだけど、私達出稼ぎ冒険者はそうではなくて、生活費を稼ぐために未開の地へ行くの。未開の地にはなかなか手に入りにくい物なんかもあるから、それを売れば結構な値段になるんだよね。ある人なんて、はじめて未開の地へ行ったときにたまたま超お宝を見つけて、そのまま一生を遊んで暮らしたらしいからね」

 「へーそんなお宝が未開の地に…………未開の地に行くってことは、グループは組んでるんですか?」

 「組んでないよ。未開の地に行く時は集会所に行って、その日限りのグループを知らない人たちと組むの。これが結構重要でね、強い人なんかだといいんだけど、変な人と当たっちゃうと大変なんだこれが。この前なんて、契約相手がまち針の人がいてね、出発して五分もしない内に『どっかに針落としちゃった』とか言って、結局まち針を探して一日が終わったなんて事もあったからね」


 セルシカさんとカシルさんはメラを拠点として、この辺りの未開の地に出稼ぎに行き、生活費を稼いでいるそうだ。

 この世界にはそんな暮らし方もあるんだな。

 て事は、未開の地にはそれだけ金になる宝があるという事か。

 ワンチャン、俺でも楽して金持ちになれる可能性が秘められているわけだ。もしそうなったら、俺この世界に移住しちゃおうかな。

 そんな事を考え、とらぬ狸の皮算用、頭の中で自分の理想の豪邸の設計をしていると。

 

 「あれが私達の家です」


 セルシカさんが指差した方を見ると、そこには二人で暮らすには大きすぎる洋風の家があった。

 ドアを見てみると金具の部分が痛んで折れてしまっている。


 「これぐらいなら私でもすぐ直せますね」


 そう言うと、アルカは店から持ってきた工具箱を開き、ドアの修理に取りかかった。

 

 アルカが少し時間がかかると言うので、俺とオームは家の中で待たせてもらうことにした。

 部屋の中には大きな机と椅子が六個もある。ほんとに二人暮らしか? 

 奥の壁に弓と矢も立てかけてある。見た目から察するに、使うのはセルシカさんの方だろう。

 俺はオームと並んで席に座る。

 

 「すみませんこんな物しかないんですけど……」 


 そう言ってセルシカさんはお茶とレンコンを揚げた薄い煎餅のような物を持ってきた。


 「おおおお、レンコン!」

 「おいオーム、がっつくなってみっともない。普段、俺がお前にご飯食わせてないみたいになるだろ」


 全部オームの金なんですけどね。

 

 「フフフ、よかった気に入ってくれて。おかわりはいくらでもあるから好きなだけどうぞ」


 口に煎餅を頬張り過ぎて喉につまり、あわてて水を飲むオームにハンカチを差し出し、優しく微笑むセルシカさん。

 フリルのような物がついた端にセルシカの文字が刺繍されている真っ白なハンカチ。ハンカチにすら人格が出ている。


 セルシカさんは、なんておしとやかなのだろう。微笑み方が清楚で実に美しい。

 女性がこんな風に微笑んだのを見たのは何年ぶりだろうか。

 高校の時はもちろん、中学の時なんか、知能の低い脳が腐りかけた下ネタスピーカー共のゲスイ顔しか見てこなかったからな。

 心が洗われるようだ、俺の記憶の中の猿共が浄化されていく。


 セルシカさんの魅力に浸っていると、俺の向かい側に座ったカシルさんに年齢を尋ねられたので、十七歳と答えると。


 「十七歳、セルシカと一緒だ! 身長が同じ位だからもしかしたらって思ったんだよね。私は、一応十六歳。とはいっても誕生日はセルシカと三ヶ月しか違わないんだけどね」

 

 「すいませーんちょっと来てもらっていいですかーー?」


 玄関からアルカの呼ぶ声が聞こえる。

 

 アルカめ……カシルさんとの会話を邪魔しおって…………。


 「はーい」


 そう答えて、カシルさんは素早く椅子から立ち上がり、玄関の方へと駆け足で向かって行った。


 カシルさんは、溌剌としていて元気がいい。見ているこっちが元気になるな。


 ここでも思い出されるのはやはり、中学の時の、リア充に対して陰湿な嫌がらせをする猿共の姿。

 早いとこ二人にこの猿共を浄化してもらおう。

 そう思いセルシカさんの方を見ると、また俺に笑いかけてくれた。

 

 なんだ? この世界には美女しかいないのか。思い返すと、能力屋の受付のお姉さんもきれいな顔立ちをしていたし、道行く人も美人が多い気がする。

 あ、でも辛辛亭のおばちゃんは美人と呼ぶには横幅がでかすぎるな。やっぱ今の無し。


 カシルさんが帰ってくるまでは、セルシカさんとたわいもない話をした。

 

 しかし、いつになってもカシルさんが帰ってこない。

 ドアの修理を手伝っているのだろうか。それにしても、いくらなんでも遅すぎるのでは?  


 「カシルさん遅いですね。俺ちょっと下見てきましょうか?」


 同い年とはいえ、人間としての格が違いすぎる。


 そう感じた俺が、セルシカさんに敬語で聞くと。

 

 「あら、カシルならもう帰ってきてるわよ」

 「…………え、でもさっきアルカに呼ばれてからまだ帰ってきてないはず…………」


 言葉の意味を理解できず困惑する俺を見て、セルシカさんはなにも言わずに自分の肩を指差した。

 

 見ると、肩の上に毛が生えた何かがいる。

 動物か? イタチに見えるな。


 「あのー、そちらは……」

 「カシルよ」

 「…………はい?」


 ますます意味がわからず、言葉につまる俺。

 次の瞬間、目の前で信じられない光景が広がった。


 「よっと」


 セルシカさんの肩に乗っていた動物が肩から飛び降りる。

 そして、体が床へ到達するよりも早く、体が大きくなったかと思うと――――。


 ――――一瞬でカシルさんになったのだ。

 

 「ジャーン! びっくりした? 私、実はフェレットでしたーー!」


 は?


 「あはははっ、シュートとオームおんなじ顔してるよ。口開けたまま目が点になってる」 

 

 いや、は?


 目の前の急展開に理解が追い付かず硬直する俺とオームに、カシルが自慢げな顔をして説明を続ける。

 

 「私、元々フェレットなんだけど、『擬人化』っていう能力で人の姿になれるんだよね。すごいでしょ! この能力とっても珍しいんだよ! ねえ、びっくりした?」


 

 な、なんだその能力はあああ! 人の心を弄びやがって! フェレットだと!? 俺が恋したのは獣だというのか!?


 俺は、まともに恋などしたことのないピュアなハートを弄ばれガックシと地面に膝をついてうなだれる。

 オームも俺と同じく心に傷を負ったようだ。椅子からずり落ち床に棒立ち状態になっている。

 そんな二人の様子を見て、カシルがしゃがみこんで俺に目線を合わせて顔を除き込んでくる。


 「どうしたの? 何をそんなに悔しがっているの? あ、わかった、私のことセルシカの妹だと思ったんでしょ。残念、歳は近いけど兄弟ではありませんでしたー」

 「…………そ、そうなんですか。擬人化…………いやー羨ましい限りですよ、ええ…………」

 「えへへ。でしょー」


 俺に羨ましがられて、子供みたいに照れるカシル。


 …………そうか、そりゃそうだよな。元々高い知性を持つ人間同士が契約できるはずがないよな。よく考えれば分かったことだ。それにあの『一応十六歳』ってのもそういうことか。フェレットと人間の寿命違うもんな。最初から、俺が勝手に勘違いしてただけなんだ……。

 

 

 「修理終わりました――――ってどうしたんですか二人とも?」


 修理を終え戻ってきたアルカが、ミーアキャットのごとく立ち尽くす俺とオームを見て首をかしげる。

 

 「少し放っておいてくれ……」


 俺の恋が……純粋無垢な俺の恋が、三十分足らずで儚く散っただと……。

 擬人化恐るべし。

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