第10羽 激辛好きな鳥はただのカカポ4

 翌日。

  小屋の隙間から差し込んだ日の光では俺は目は覚を覚ました。


 「んーーん」


 上半身を起こし、軽く伸びをして辺りをを見渡す。

 そしたら見慣れた自分のベッドの上にいる。


 ――——なんて事はなく、昨日と変わらず鳥の巣の上だった。

 立ち上がって体についた藁をかるくはらう。案外、藁というのは寝心地がいいもんだ。

 巣から降りようと片足をあげた途端、体重を支え切れなくなったのか片足がすっぽりとハマってしまった。


 「やべっ」


 オームにバレないよう周りの藁で穴を隠して一件落着! オームは隣で気持ちよさそうに寝ている。

 昨日風呂で洗って干しておいた服を着ながらオームを叩き起し、メラへと出発した。



 メラに到着した俺は、時計を見ながらオームに尋ねた。


 「十時半か、少し早く着きすぎたかな…………そういえば、アルカとはどこで待ち合わせしたんだ?」

 「あっ、その前にあそこの雑貨屋でワックスを買って行ってくれ、一番強力なやつ」

 「ワックス? 鳥がワックス使うなんて聞いたことないぞ。何に使うんだ?」

 「舌に塗る」

 「おい待て。おかしいぞ」


 事情を聞いたところ、どうやら待ち合わせ場所が辛辛亭らしく、それならいっそワックスで自分の味覚を封じてしまおうという事らしい。


 「落ち着け、あれでも一応食い物だ。一口目は確かに地獄だが、慣れればなかなかにうまいぞ」

 「うまいだと!? シュートはあれを食い物として認めるのか? あんなおぞましい食い物あってたまるか

、おれは断じて認めんぞ! あれは食い物ではない、拷問器具だ。絶対に胃袋に入れてなるものか!」


 前回すでにその拷問器具を胃袋に流し込まれている事など知らないオームが、雑貨屋とは反対の方向へ歩いて行く俺に猛抗議してくる。

 

 うるせえ…………耳痛いんですけど。なんて嬉しくない立体音響なんだ。

 

 リュックの構造上、俺とオームの頭が近い事は仕方がないのだが、こうも耳の近くで叫ばれると耳が痛い。


 …………絶対ラーメン食わせよ。

 


 喚き散らかすオームをてきとうにあしらいながら歩き、待ち合わせ場所の辛辛亭に着いた。



 「はいよ!絶死黒ラーメン三つ!」

 「やだやだやだやだやだやだやだやだやだ、無理無理無理無理無理無理無理無理!」

 「いいから一回騙されたと思って食ってみろ、意外といけるから。最初の数口さえ乗り越えれば後は美味しいだけだから」

 「そうですよ。見た目で判断せずに食べてみてください。きっとハマりますよ〜」

 「いやだ! これを食うくらいなら俺はここで死ぬ!」


 俺とアルカがいくら勧めてもオームは一向に食べようとしない。

 しょうがない、最終手段だ。

 俺は自分の皿に入った麺を、勢いよくすする。


 「味覚共有!」

 「いででででででででででででっ、痛い痛い痛い痛い痛い痛い!」


 ラーメンを口にしていないオームが悶え苦しみ始めた。味覚共有成功だ。


 「耐えろ、耐えるんだ! この苦しみの先に新しい世界が広がってるから」

 「シュートもだいぶわかってきたようですね、激辛の奥深さというものが…………えへへっ、でゅふ、うふふふふふ……」


 辛さと激辛仲間が増える喜びで息遣いが荒くなっているアルカが不適な笑みを浮かべる。側から見たら変態にしか見えないに違いない。


 「知りたくねーよそんな世界! 大体、鳥はラーメンなんか食べないんです! そんな物食べたら塩分過多で死んじゃうからね! だからシュート様お願いです、もうやめてください…………」

 

 徐々に敬語になりながら俺にそうお願いし、必死に自分の舌を紙で拭くオーム。

 

 が、その舌を拭く行為、全く意味がない。

 オームが実際に辛さの原因であるラーメンを食べているわけではなく、俺の舌を通して味覚を共有しているので、俺が水でも飲まない限りこの辛さ地獄は永遠に続く。

 その事に気が付いていないオームは、一心に自分の舌を紙で拭き続ける。


 安心しろオーム。もしお前がラーメン食べて死ぬなら、昨日既に死んでるから。


 俺はオームのお願いを無視して、さらに、二口目、三口目と麺をすする。


 「なああああああああああああ! いだい、いだい、いだい! あべべべっべべべべ、ああああああ……あああ、あ、……………………あ?」  


 のたうち回るオームの動きが止まり、目から涙が消えた。


 「な、言っただろ? だんだんおいしくなってくるって」

 「な、なんだこのコクのある感じ。謎の深みが出ているぞ。それにこの後引く辛さ……う、うまい!?」


 そう言って椅子に座り直したオームは、自分の皿をあっという間に空にした。


 「おおお、また仲間が一人増えた。順調だ。このままいけばいずれは……むふふふふ…………」

 

 すでにラーメンを食べ終えたアルカは、狂った目付きでオームの空になった皿を見つめて喜びを噛みしめている。

 

 こいつは一体何をしようとしているんだ……? 手遅れになる前に手を打っておいた方がよさそうだ。


 俺はアルカを病院に連れて行こうと決意し、自分の皿のスープを飲み干した。




 ラーメンを食べ終えた俺達は店を出た。


 「まさか本当にうまいとは…………あれは下痢をしてでも食う価値があるな。でもさすがに二日連続は…………」

 「あの、忘れ物しちゃったので家に寄って行っていいですか?」


 ブツブツと呟くオームの後ろで、自分の鞄の中身を確認していたアルカが申し訳なさそうに俺に尋ねる。

 もちろん俺とオームはそれを快く了承し、俺達はアルカの忘れ物を取りに行くために、アルカの実家へと行くことになった。

 

 辛辛亭からアルカの家まではそう遠くなく、歩き始めてから十五分もしない内に行く手にドア屋さんらしき看板が見えてきた。

 家の前に行き看板を見上げる。

 

 『ギムテスクさんのみんな仲良しワクワクドア屋さん』


 「……なんだここは、お遊戯会でもしてんのか?」

 「馬鹿野郎、おままごとに決まってんだろ」



 アルカが忘れ物を取りに行っている間、俺とオームは店の中の椅子に座って待つことにした。店の中は壁一面ドアで埋め尽くされており、天井にもドアがついていた。


 「すごいな……仲良し要素が全く見当たらん」

 「いやワクワクもねえだろ」


 

 ――――とその時。


 俺とオームが、ギムテスク家のネーミングセンスにつっこみまくる中、店の扉が開き中に人が入ってきた。

 

 二人して店の入り口の方を見ると。

 

 「「あ!」」


 俺と店に入ってきた人がお互いの顔を見て、同時に声を上げる。


 店に入ってきたのは、能力屋で見たショートヘアーの美しい女性だった。

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