第8羽 激辛好きな鳥はただのカカポ2

 「着きました! ここユングルの鞄屋です」


 アルカの案内のおかげで、俺達は無事に鞄屋に到着することができた。ユングルの鞄屋の見た目は、昔ながらの鞄屋といった感じだ。

 店の中には所狭しと鞄が並べられている。


 店の中に入り、アルカが大声で店の人を呼ぶと、奥から優しい顔が印象的なユングルさんが出てきた。

 

 

「おお、アルカちゃんじゃないか、頼まれていたものは出来上がっているよ。取ってくるからちょっと待っとってくれ」


 そう言ってユングルさんはまた店の奥へと戻っていった。

 アルカが言うには、ユングルさんは超一流鞄職人で、なんでも、若い頃は王族に仕えていたらしい。

 この店の鞄はすべてオーダーメイドらしく、一人一人に合った鞄を、ユングルさんがすべて一人で手作りしているそうだ。

 言われてみれば、この店にある大量の鞄はどれ一つとして同じものがない。


 俺が店の中を見渡し、鞄の出来映えに感嘆していると、両手でなにかを持ったユングルさんが店の奥から出てくる。

 そして、アルカにその掌サイズの何かの入れ物を手渡した。


 「おまたせ。どうだい、立派なもんだろう? 気に入らないところがあったら言っとくれよ、すぐに調整するからの」

 「どれどれ…………おおー! 完璧です! さすがユングルさんですね!」


 受け取った商品をいじくり回して嬉しそうにするアルカと、そんなアルカを見て優しく微笑むユングルさん。

 こうしてアルカとユングルさんのやり取りを見ると、まるで仲の良いおじいちゃんと孫のようだ。

 そんな二人の仲睦まじい様子に和んでいると、ユングルさんがこちらに声をかけてきた。


 「そちらのお客様は鞄作成の依頼かい?」

 「その通り!」


 俺の後ろでオームが返事をした。

 リュックごとオームを下ろすと、オームは今まで自分が入っていたリュックを持ってユングルさんに近づいて行き、椅子によじ登って新しいリュックの注文をし始めた。

 今のままだと前が見えないから、どっちかの肩から頭を出して前が見えるようにしたいだとか、ここにポケットをつけて欲しいだとか、いろいろ注文している。これは長くなりそうだ。

 

 どこかで休憩しながら待っていようと思い、アルカにどこか休憩できる場所を尋ねると、いい場所を知っていると言うので一緒にそこへ行く事にした。


 店を出た俺はふと思った。


 「オームの奴、あんなに細かく注文して大丈夫なのか? 値段が大変な事になりそうなんだが……」

 「心配要りませんよ、ユングルの鞄屋の値段は一律ですからね。どれだけ細かく注文しても値段は変わりません」

 

 なんて良心的な店なんだ! 『お、値段以上』とはまさにこの事。


 アルカと二人でそんな事を話ながら、少し歩いたところでアルカのお勧めするカフェについた。店の中は涼しくて快適だ。

 

 「唐辛子スムージーを一つ」


 アルカが笑顔で、俺の頭の中の辞書には無い飲み物を注文する。


 唐辛子スムージだと……聞いたことないぞそんな胃に穴空きそうなスムージー。食べ物だけでは飽きたらず、飲み物にすら辛さを求めるとは。この子は一体何を食べて生きてきたのだろうか……。

 

 アルカのご飯事情に若干の恐怖を抱きつつ、俺は手元のメニューを見る、


 おお! アセロラジュースがあるではないか! 星三つ贈呈。

 


 「ところでシュートさんとオームさんは何歳なんですか?」


 アセロラジュースを堪能している俺にアルカが質問をしてきた。


 「シュートでいいよ。俺は十七歳。オームは…………知らんな、というか、あいつ鳥だからあんま年齢当てにならないと思うぞ」

 「…………なるほど。十七歳ってことは、私より二つ年上ですね」


 ということはアルカは十五歳、日本で言うと中学三年生ぐらいか。十分守備範囲内である。

 …………だが中三にしてはだいぶ幼く見えるな、童顔だからか? いやまあ、確かに胸は…………。


 「シュートも『王証神器おうしょうしんき』を探してるんですか?」

 

 急にアルカがテーブルに体をズイと乗り出し、顔を近づけてキラキラとした目で聞いてくる。


 「ああっ…………」

 

 エロい事を考えている時にいきなり女子の顔が近づいてきたので、動揺して服にジュースをこぼしてしまった。


 服に染み込んだジュースを布巾で拭きながら俺は思った。


 何ヵ月ぶりの女子との会話だろうか。

 俺の記憶が正しければ、最後に女子と会話したのは去年の十二月。外出時に立ち寄ったコンビニでおにぎりを買った時に、店員さんと交わしたレジ袋有無の会話。

 そんなコンビニの女性店員との会話を記憶しているような男が、今やこんな美形な女子と二人きりでカフェにいるなんて。元いた世界では絶対に経験できなかっただろう。

 オームのせいで変な事に巻き込まれたと思っていたが、案外悪くないな。むしろこっちの世界の方が居心地が良いまである。

 ああ、異世界万歳。


 「あれ? 違いました?」

 

 なにも反応を示さない俺を見てカシルが首を傾げる。


 「その王証神器ってなんだ?」

 「王証神器を知らないんですか!?」

 

 俺の反応に、アルカがさらにテーブルに体を乗り出し、驚きの声を上げる。


 そりゃこの世界来たばっかですから。

 

 アルカの説明によると王証神器とは、ジェーブジェスのどこかにある大きさも形もわかっていない三つの神器で、三つ全てを集めると王になることができるらしい。ずっと昔からの約束事で、もし王証神器全てを見つけたものが現れた場合は、その者にジェーブジェスで最高の位の『王帝』が現王から与えられるそうだ。

 なるほど、それでみんなその王証神器とやらを探していると。


 ジェーブジェスは、土地の多くをまだ開発されていない未開の地が占めている。冒険者はそこで王証神器を探すのだ。

 未開の地に行くには五人以上のグループを作る必要があり、そうでないと国に未開の地に行くことを許可されない。危険だからである。

 一般の人が村と村の間を移動するときは、国が管理している安全な道を通っていくのだが、王証神器を見つける事を目的としている冒険者達は、そんな道は使わずに、あえて危険な道を行く。

 だから冒険者は皆、五人以上のグループを作り、その仲間達とともに、王証神器を見つけるべく、危険な未開の地を冒険するのである。

 ちなみに契約している物があるのなら、その契約相手も一人としてカウントされる。


 「私も一応契約してるんですけど、それでもまだ、あと三人足りないんですよね……」


 そう言ってアルカは、ユングルの鞄屋で買った入れ物から、なにかを取り出した。


 「私の契約したドアノブです」


 ……ん? ドアノブ? 聞き間違いか。


 「ドアノブ?」

 「ドアノブです」 


 んな!? なぜドアノブ……もうちょっと良いのあっただろ……。


 ドアノブと契約、というパワーワードに、俺は動揺しながらアルカに尋ねる。

 

 「な、何でドアノブ?」

 「実家がドア屋なんです」


 アルカ、終始真顔で即答である。

 

 なるほどね—――—とはならんな。

 まず、動物でなくても契約できること自体初耳だ。物と契約なんてどうやるのだろうか?


 俺は、新しく知ったこの世界の常識に驚きつつも、自分の契約相手がドアノブだったら、なんて事を考える。

 

 契約相手がドアノブ…………絶対に嫌だ。

 もし、契約相手はなにかと尋ねられたら『ドアノブです』って言うんだろ? 頭おかしいやつだと思われるだろ。

 それにもし発現した能力が、俺の限定共有みたいな能力だったら最悪なんてどころの騒ぎではない。

 味覚も嗅覚もないドアノブと共有できることなんて、精々痛覚ぐらいだろう。

 そうなったら、契約で得た物は、誤って地面に落とそうものなら、その落下ダメージが自分にくるただの弱点マシーンという事になる。

 まさしく、ハイリスクノーリターンの具現化だな。

 …………まあアルカが満足しているのなら、それで良いのだろう。


 俺が能力についてと尋ねると、アルカが能力を見せてくれると言うので、会計を済ませ二人でカフェを出た。

 

 外に出るなりアルカは、キョロキョロと辺りを見渡し、なにかを探すような素振りを見せた。

 

 探し物? ドアノブは手元にあるのだからそれを使えばいいのでは? 

 

 …………待てよ、ドアノブだろ。ドアノブって単体だと使い物にならないよな。

 …………まさか、ドアが必要なのか? 使いずら! 


 冒険なんて、大半の時間を家のない未開の地で過ごすに違いない。

 もちろん未開の地に家などあるはずがなく、必然的にドアもない。ただの鉄の塊じゃねえか。

 もしそうなのだとしたら、弱点マシーンよりはマシだがうちのオームにひけを取らない無能さである。

 いや、まだ飛べない鳥の方が需要があるな、非常食として。


 俺は勝手にそんな事を考え、なにかを探し続けているアルカに同情と哀れみの目を向ける。

 

 しかし、俺のそんな予想は外れたようだった。


 しばらく辺りをうろついた後、アルカはドアなどないなんの変鉄もないカフェの壁に、持っているドアノブを押し当てた。

 するとそのドアノブは、壁に固定されているかのようにぴったりとくっついた。

 そのドアノブは、アルカが手を放し壁から離れても落ちることはなく、すでに壁と一体化している。


 「開くことを許可する!」


 突然のアルカの声。

 その声と同時に、アルカがドアノブに手を掛け、ゆっくりと回すと、


 「はっ!?」


 開いたのである。あたかも元からそこにドアがあったかのように、壁にドアが出現したのだ。そして、アルカはその開いたドアの中へと入っていった。

 俺も慌てて付いて行き、中へ入ると、そこは先程までいたカフェの中だった。


 「私の能力はドアノブを付けることで、どこにでもドアを作ることができる能力です。分厚い壁だと出来ないんですけどね」


 急に壁から入店したせいで、店の中の人の注目を一身に受けながら、アルカが誇らしげに説明をする。


 なんて便利な能力なんだ! どこにでも好きな場所にドアを作る事ができる能力、つまりどこでも〇ア劣化版。

 そんな能力、使い方によっては天下取れるのでは? 少なくとも人生勝ち組だ。

 ……う、羨ましすぎる…………ウハウハじゃないか! あんなことやこんなこと……妄想が止まらねぇ。


 「シュート、その気持ち悪いにやけ顔をやめてください。不快です」

 「妄想ぐらい好きにさせろよ! そんな男の夢が詰まった能力があるなんて聞いたら、妄想しなきゃ失礼ってもんだ。それにお前もちょっとくらいいやらしい事に使った事あるんだろ? 正直に言えって」

 「な、なに勝手に私がいやらしい事をしたなんて決めつけているんですか! 私はそんないやらしい事には使ったことありません! も、もちろん今後も使う予定はありませんからね!」


 顔を赤くしてきっぱりとそう言い切るアルカ。


 くそっ、ドアノブでさえこんな便利な能力なのに、オームの野郎ときたら……。

 これで俺の能力も弱かったら速攻契約破棄してやる。

 

 俺は、もし契約破棄したら次は俺もドアノブと契約しよう、と心に決める。

 すると、

 

 「ゴ、ゴホン…………そ、それは置いといて、一つ提案があります。私とグループを組みませんか? 辛辛亭で出会ったのも何かの縁、一緒にグループを組んで未開の地を冒険してみませんか? もちろん目的は王証神器です」


 突然のアルカからのお誘い。

 

 未開の地を冒険…………なるほど、悪くない。ちょうど俺も探し物をしているのだし、その探し物が未開の地にないとは言い切れない。

 それに、オスの人間一人と鳥一羽で探し物なんて華がないからな。


 別に、この国の王になりたいわけではないけど、俺達の探し物のついでに……あれ? 俺、何探してるんだっけ? まあいいか。


 「その話乗った! ちょうど俺も探し物してるからな」

 「じゃあ、とりあえずグループ結成ですね。残り一人はまた後で勧誘しにいきましょう!」

 

 こうして、オームにろくに相談もせず、勝手にグループを結成。

 よしよし…………これでもしかしたら、アルカがあのドアノブを手放した隙にムフフなことが出来るかも知れん。なんなら、今すぐにでも飛び付いて、ドアノブを奪って銭湯に駆け込みたいところだ。


 「あ、一応言っておきますけど、このドアノブ私以外の人は使えませんから。シュートが使ってもただのドアノブですよ」


 チッ……。

  

 ゲスイ考えが顔に出ていたようだ。いとも簡単に俺の戦略を見透かされた。



 その後、俺の能力についての話になったのだが、その実、俺はまだ自分の能力を把握していない。

 その事をアルカに言うと、


 「じゃあ、オームの用事が終わったら、能力屋に行きましょう。シュートは初めてなので、能力の説明とかで少し時間がかかるかもしれませんね」

 

 能力屋? おそらくオームがメラに行けばわかる、と言っていたやつか。


 オームの用事が終わったら能力屋に行くことにした。


 ついに、ついに俺の隠された能力が明らかになる!

 契約相手がオームとはいえワクワクする。いったいどんな能力なのだろうか。


 俺は期待を胸に、新しい仲間アルカとともに、再びユングルの鞄屋へと向かった。

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