第7羽 激辛好きな鳥はただのカカポ
入り口から村へと入り、村の中を散策する。
とりあえず何か食べたい。この世界に来てから何も食べていないので、流石にお腹がすいた。
「俺、腹減った。なにも飲み食いせずに、どっかの誰かが起きるの一日以上待ったから」
「水すら飲めなかったのか、かわいそうな奴だな。じゃあ、お昼ご飯にするか。何食べたい?」
この野郎…………まあいい。ただでさえ腹が減っているのに、今言い合いにでもなったら余計に腹が減る。
「んー、肉食べたいな。あ、でも魚なんかもいいな、でもガッツリ麺食べたい気もするな……」
「優柔不断な奴だな。シュートに任せたら飯にありつけるきがしないわ。てきとうに歩いて気になった所に入ろうぜ」
呆れたオームがそう提案してきた。
俺の優柔不断は昔からで、子供の頃はよく、ホネホネザウルスを選ぶのに苦労したもんだ。
結局、毎回肉食恐竜を選ぶんだけどな。
ご飯屋を探しつつ、村の様子を見て回る。
村の中はかなり栄えている様子だった。よく見ると俺と同じように動物を連れている人がいる、契約者なのだろうか。トカゲにキツネ、それに何だあれは? 巨大なめくじか?
「うおおー虎だ! 虎連れてる人いるぞ、いいなー、かっこいいなー。どんな能力なんだろう」
「かっこよくなくて悪かったな」
はしゃぐ俺の後ろから、飛べない鳥の憎しみのこもった声が聞こえる。
本音を言うと、俺ももっとかっこいい動物と契約したかった。鷲とか鷹とか。そういう動物と契約したらきっと空を飛べる能力が使えるだろうな。
というか、俺の能力ってオームに応じた能力なんだよな。飛べない鳥に応じた能力って一体なんだ? まさかダンス能力じゃないだろうな…………。
心の中で、絶対にオームの前では口に出せない事を考えていると、オームが俺の頭をくちばしで小突いてきた。
「おい、あそこの角を曲ろう。なんかおいしそうな予感がする。食の神が俺にそう囁いている」
なんだよ食の神って。お前はまず、神と交信する前に空飛べるようになれや。
俺達は、オームが言った方へと向かい、角を曲がった。
しかし、道行く人が減る一方で、ご飯屋が見つかる気配がない。
オームに『戻ろう』とも提案したが、『食の神を信じろ』の一点張り。
戻ることを諦め、さらに奥へと進むが、依然、ご飯屋は見つからない。もはや俺達以外誰も歩いていない。
その食の神、実は邪神なんじゃないか? と疑い始めたところで、やっと道の先にご飯屋の看板らしきものが見えた。
どうやら邪神ではなかったようだ。
オームが早く早くと急かすので、店の前まで走って行き、看板の文字を読む。
『
「他をあたるか」
「だな」
即決で店の前から立ち去ろうとすると。
「ちょっと待ちなーー!」
突然、勢いよく扉が開き店の中から人が出てきた。
「この店の看板を見たのが運の尽き……じゃなくて、これも何かの運! 食べていきな!」
そう言って出てきたのは、縦よりも横の方が太いんじゃないかと思われる体型をしたおばさん。
今このばばあ、運の尽きって言ったよな? 明らかに言い直したよな!?
本能的に危機を感じた俺が、足早に店の前から立ち去ろうとすると、そのおばさんは俺の腕を掴んできた。
逃げようと試みるが、異次元な握力で腕をガッチリと掴まれていて物理的に逃げ出せない。俺の握られている左腕の色がだんだん紫へと変わっていく。
「…………あの、誠に残念な話ではあるのですが…………今ちょうど胃にどデカイポリープができたみたいなので、緊急手術のため、本日はこれで失礼させて」
「いらっしゃい」
無理だ、逃げられない。
結局、半ば強制的に俺達は店に入った。
「お前アホか! なんで普通に店の中入ってんだばかやろー! 確殺って書いてあったぞ、確実に殺す気じゃねーか! 食の神が導いたのはこんな治安の悪い店じゃねーよ!」
「しょーがねえだろうが! 腕掴まれてたんだよ! あんな握力で握られ続けたら腕もげるわ!」
「ガッハッハっハー! 安心しな、ここはちゃんとしたご飯屋さんだよ。ほれ、あの子を見てご覧、いい食いっぷりだろう?」
そう言っておばさんが指差した方を見ると、自分よりも歳の低そうなかわいげな少女が、巨大な皿に入った赤黒い何か豪快に食べていた。あれは一体なんだ……。
俺達の疑問と恐怖に満ちた顔を見たおばさんが、それに答えるように言う。
「あれはうちの看板メニューの『
…………メニューに死の文字が入ってるだと……。店の名前といい、殺す気マンマンじゃねーか……。
「今日はサービスだよ! お代は取らないから席で待ってな!」
終わった。後ろのオームはというと……すでに半分、魂が抜けかけている。
俺は、処刑台に上る気持ちで席へと向かう。
席に座り、自分の十七年の歴史を振り返っていると、すぐに料理が運ばれてきた。
「はいお待ち! 絶死黒ラーメン二つ。熱いから気をつけな!」
…………な、何だこれは……。
目の前の皿に入っているのは赤黒いドロドロとした液状の何かと、かろうじて見える小麦色の麺、それに今にも地獄のスープに沈みそうなチャーシューとメンマ。
今、俺が知っているものでこれに一番近いものはマグマ、あるいは熱した石油といったところだ。
一日なにも食べていない空きっ腹にこれはヤバすぎる。ほんとに胃にポリープできるわ。
…………だが、食べきらないと店から出られないのは確実だろう。あのおばさんがそう簡単に俺達を逃すはずがない。またあの握力で握られたら腕がもげる。
オームはというと……、
「あー、ここが俺の新しい家か、そしてここで朽ちてゆくのかー。そうだ、立派なお墓を作ろう。大きくてきれいな、みんなに見てもらえるような立派なお墓だ。あははっ、あは、あははははっ」
すでに店を出ることを諦め、食べずに死ぬまでこの店で耐久戦をするつもりだ。目がいっちまってる。
食べたら死ぬ。でも、食べないと店から出られないでここで死ぬ。あれ? 詰んでね?
どう考えても生存ルートが見つからない、必ず死を迎えるこの状況。オワタ…………。
……………………いや、こんな所で立ち止まるわけにはいかない、俺にやらなければいけない事がある。
オームがイカれてしまった今、動けるのは俺だけ。俺がやらなくては。
ラーメンごときに俺の帰宅を邪魔されてなるものか! 帰宅部に栄光あれ!
俺は、半ばやけくそに、箸を取り麺を持ち上げた。
が、
「お、重い!」
短期決戦で終わらせようと、力強く箸で麺をつかんだのだが、麺が持ち上がらない。
麺にこれでもかというくらいスープが絡みついているのである。
飲むというより食べるという表現が適切であろうこのスープ。振り払おうとするが、麺と一体化していて、離れない。
なんとかレンゲでスープを削ぎ落とし、麺を持ち上げる。
「…………湯気に色ついてるんですけど……赤褐色なんですけど……………………。これはあれか、二酸化窒素ってやつか? ちょうどこの前の化学の授業で習ったんだよな。水に溶けやすい、毒性の強い気体」
持ち上げた麺から放たれる大量の湯気には、色がついていた。いかにも毒って感じの色。
アウト。完全にアウトです。これは毒です、死にます。
これは食べる食べないの問題じゃない、食える食えないの問題。
そしてこれは食えない部類だ。
無理だ、食べれない。というか食べたくない。だって食べたら死ぬんだもん。
もう俺食べないからね。
言ったからね、食べないって言ったからね!
…………わかってる、わかってはいるのだ。このラーメンを食べきらなければならない事ぐらい。
だが、箸を持つ手がどうしても動かない。食べないための言い訳ばかりが思い浮かぶ。
微動だにすることなく、時間にして七十秒間、俺は持ち上げた麺を見つめ続けた。
…………くそっ、食べる前だというのに汗が止まらない。このままだと干からびそうだ。
…………短期決戦でいくしかないのか。
オームはどうせもうすぐ気絶するだろうから、気絶した後、胃に流し込めばいい。
やけくそだ、やってやらあ!
「いただきまぁぁぁぁす!」
覚悟を決め、俺は勢いよく麺をすすった。
刹那、口の中に今まで経験した事の無いような激痛が走った。口の中を業火で焼かれているようだ。涙と汗がさらに吹き出る。
辛い物を食べた時の火を吹くと言う表現は正しい。俺はそう確信した。
まだ一口目だというのに、俺が激痛で悶え苦しんでいる中、奥の席に座っていた少女が、店の中に響くほどの大声でこう言い放った。
「おばちゃん! 替え玉、唐辛子ましましで!」
替え玉だと!? 化物か! 少なくても人ではない。そもそも、この店は人が来ていい所ではない!
涙と汗が止まらない。こんなのが続いたら命が危険だ。
勢いに任せて二口目、三口目をすする。
い、痛え……舌がちぎれそうだ。というかいっその事、ちぎった方が楽になれるのではないか?
舌をちぎった方が楽になる、という普段の俺なら有り得ない考えが思い浮かび始めた。
液体より個体の近い粘性の強いスープ、色のついた湯気、人間の思考に以上をきたすほどの辛さ。下痢の確定演出ですね。
未来の俺の肛門を案じながら、俺はさらに麺を口に運ぶ。
――――ーその直後、口の中に異変が起き始めた。
だんだんと、辛さの後に辛さではない何かを感じたのだ。
もちろん辛いことには辛いのだが、その後に辛さとは別の何かがある。
後に来るこの感じは一体なんだ? なんだ、何だこれは………………。
――――う、うまい?
そう、うまいのだ。
もしかしたら、あまりの辛さにしたがおかしくなったのかもしれない。だが実際、俺はこのラーメンをうまいと感じているのだ。
食べているうちに、どんどんうまみ味が増してくる。しかも、段々とこの辛さも病みつきになってくる。
勢いを止めずに麺とスープを平らげテーブルに皿を勢いよく置いた俺は、こう言わずにはいられなかった。
「うまい!」
「ですよね! わかりますか? この病みつきになる感じ! やっぱり、このくらいパンチがないと食べた気になりませんよね!」
「……………………ん?」
突然の声に横を見ると、あの奥の席にいた少女が、俺の隣で目を輝かせながらこっちを見ている。いつの間に移動したのだろうか。
「いやー、まさかこんな近くに仲間がいるとは、嬉しい限りですよ。それに辛い者好きに悪い人はいませんからね。あなた、名前は何ていうんですか?」
か、顔が近い! しかもかなりの美形だ。
近くで見ても毛穴を感じさせない肌、大きく澄んだ紫色の瞳、整った眉毛、小高くそびえる鼻、少し小さめの潤った唇、肩甲骨の辺りまで伸びた、目と同じ紫色の滑らかな髪。胸はあまりないが、貧乳派の俺には何の問題もない。どこをとっても美少女でしかない。その美少女が今、俺の目の前で、目を輝かせてこちらを見つめている。
「私、アルカって言います! いやー仲間というのはいいものですね! 一緒に激辛の頂きへ上り詰めましょう!」
だから顔が近い! 味覚はともかく、このアルカと言う少女、外見は美少女であることには間違いはない。そんな子の顔が近くに……。
長年男子校にいた弊害だろうか、自分の顔が赤くなっていくのが分かる。このまま見つめられ続けたら、恥ずかしくて発熱しそうだ。とりあえずこの店から出よう。
至近距離でこちらを見つめ続ける美少女に恥じらいを悟られないように、消え入りそうな小さな声で自分の名を名乗り、気絶しているオームの胃にラーメンを流し込んで、俺は激辛大好き少女アルカとともに店を出た。
「いやー、あの店で私以外のお客さん初めて見ましたよ」
店を出てすぐに、満足そうな顔をして恐ろしい事を口走るアルカ。
初めて見ただと……? なぜ経営出来ているのだ……。
「まあ、大通りから離れた場所にあるし、看板に確殺って書いてあるからね……」
「確かに店の名前はあれですけど、料理は絶品です! あの中毒性は、あの店でしか味わえないですからね」
俺は、確かに謎の中毒性はあったな、と俺は頷く。
「これからどこ行くんです?」
アルカがこちらの顔を覗き込みながら聞いてくる。
そういえば、オームが行きたい所があるとか言ってたな。
「おいオーム、起きろ。どっか行きたい所あるんだろ」
俺は、自分の後頭部でオームに頭突きをして、リュックの中で気絶し続けているオームをたたき起こす。
「……ハッ! ここは…………外か? いつの間に…………あ、あのラーメンはどうなったんだ? あのおばさんを振り切って逃げれるはずがない…………ま、まさかシュート……おれの分まであれを食べてくれたのか…………?」
「え?」
「あ、あんな魔界の食べ物を二皿も…………。くっ……やはり持つべきものは仲間だな……。すまねえ、おれが不甲斐ないばかりに…………ありがとう、感謝してもしきれねえよ…………」
き、気づいてねえーーー。ラッキー。
「ま、まあな。ラーメンの事はもういい、過ぎたことだ。で、どっか行きたい所あるんだろ? 鞄屋だったか?」
相手が勝手にいいように勘違いしてくれてるんだ、わざわざ訂正する必要もないだろう。
オームにこれ以上深くラーメンについて聞かれないよう、俺は、話題を変え話を進める。
「ああ、ユングルの鞄屋って所に行ってくれ」
「ユングルの鞄屋ですか! ちょうど私もそこに用事があるんですよ! やはり激辛好きはどこかで繋がっているのかもしれませんね!」
オームの言葉に、横を歩いていたアルカが声を上げた。
どうやら、アルカもユングルの鞄屋と言う所に用があるらしい。
目的地が一緒だったので、俺達はアルカと一緒に行くことになった。
鞄屋に向かう道中、
「この美少女はだれだ」
アルカに警戒の目を向けながら、耳元でオームが尋ねてきた。
「さっきのラーメン屋にいた子だよ。ほら、俺達が店に入った時、奥の席に先客が一人いたろ、あの子だよ」
「ということは…………敵か。いつ殺る?」
「早まるな落ち着け、敵じゃないよ。味覚は少し…………いや、だいぶ変わってるけど根はきっといい子だよ」
アルカを擁護する俺に、オームが疑いの目を向けてくる。
こいつ……! さっきまで寝てたくせに。あのラーメンちゃんと食わせればよかった。
俺が過去の自分の優しさに憂いていると、今度はアルカが尋ねてきた。
「後ろの鳥さんは……」
「こいつは俺の契約者だ。フクロウオウムとか言う、飛べない鳥。名前はオーム」
「仮の名だがな」
…………かっこいい名前付ける約束ちゃんと覚えてやがる……。
人通り自己紹介を終えたとこで、行く手にユングルの鞄屋が見えてきた。
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