第27話『メモリーズ-前編-』

「ねえ、杏奈さん。あなたがしたいことってある? 明日はバイトがあるから、杏奈さんのやりたいことをしたいと思っていて。みなさんはどうですか?」


 紅茶やクッキーを楽しみながら談笑し始めてからおよそ10分。一紗が急にそんなことを言い出したのだ。

 明日、サクラと一紗、和奏姉さんは駅周辺で買い物をする予定。だけど、俺と杏奈はマスバーガーでのバイトが入っているため別行動。遊べる時間が少ない分、杏奈のやりたいことをしたいと一紗は考えているのだろう。

 あと、明日バイトがあるという理由なら、俺の希望は訊いてくれないのだろうか。まあ、学校とバイトの先輩として、杏奈の希望を通してあげたいから訊かれなくてもいいけどさ。


「あたしは賛成」

「私も。でも、その理由なら、ダイちゃんの希望は訊かなくていいの?」

「俺はいいよ。それに、杏奈はお客さんでもあるんだから。でも、言ってくれてありがとな」


 サクラの頭を優しく撫でる。すると、サクラは嬉しそうな笑顔を見せてくれて。本当に優しくて可愛い恋人だよ。


「みなさんがそう言うのであれば、お言葉に甘えさせてもらいます。そうですね……先輩方の家にいますし、和奏さんもいますから、アルバムを見たり、思い出話を聞いたりしたいです!」

「それはいい考えね、杏奈さん!」

「そう言われると思って、大輝とフミちゃんの写真を集めたアルバムと、ホームビデオをダビングしたDVDをいくつも持ってきたの!」


 ドヤ顔で言う和奏姉さん。なるほど、アルバムやDVDも持ってきたから、姉さんのバッグが重かったんだな。

 というか、俺の写真がたくさん貼ってあるアルバムを一人暮らしの家に持って行っていたのか。サクラの写真もあると聞くとマイルドな印象を抱くけど、こういうところにも和奏姉さんのブラコンぶりが窺える。


「持ってくるね!」


 そう言うと、和奏姉さんは部屋を一旦出て行った。

 それにしても……アルバムとホームビデオか。さすがにモザイクをかけるべき内容はないと思うけど、どんな写真や映像があるのかが不安だ。様々な場面で、両親や和奏姉さんにレンズを向けられたからなぁ。


「お待たせ!」


 和奏姉さんはアルバム2冊とDVDを5枚持ってきた。あんなにあるのかよ。そして持ってきたのかよ。少ないならまだしも、あそこまで多いと不安増大。


「杏奈ちゃん。アルバムとホームビデオ、どっちが見たい?」

「アルバムがいいですね」

「アルバムね。この赤いアルバムは生まれてから小学校の低学年くらい。青いアルバムはそれ以降だけど、どっちがいい?」

「赤いアルバムの方で」

「分かった」


 幼少期の方か。その頃なら、変な写真があっても多少の恥ずかしさで済む……かな?

 みんなでアルバムが見やすいように、元々サクラの部屋にあるローテーブルの周りに座る。

 アルバムを見たいと希望した杏奈がアルバムの表紙をめくる。すると、そこには赤ちゃんの頃の俺が、赤ちゃんベッドに寝ている写真が貼ってあった。


『可愛いっ!』


 と、俺以外の4人は声を揃えて言う。赤ちゃんの頃の俺が可愛いのか、みんないい笑顔になっている。赤ちゃんまで昔になると、可愛いと言われても恥ずかしさは感じないな。


「赤ちゃんだと、大輝先輩もかっこいいではなく可愛い子ですね」

「そうね。これは天使よ。そう言い表すしかないくらいに可愛いわ!」


 興奮してそう言う一紗。

 ちなみに、ベッドで寝ている写真の隣には、和奏姉さんが赤ちゃんの俺を抱いている写真となっている。


「幼き日の姉弟の微笑ましい光景ですね」

「そうね、杏奈ちゃん。この頃から、お姉様は今の面影がありますね」

「大輝が生まれた直後だから……あたしが3歳になる頃か。とっても可愛いから、風邪を引かない限りは、毎日必ず一度は抱いていたよ」

「それ分かります! 私も妹が生まれたときはよく抱いていました!」

「弟や妹って可愛いわよね!」

「ええ!」


 弟妹がいるからか、和奏姉さんと一紗は気が合っているようだ。そういえば、一紗って妹の二乃にのちゃんのことが凄く好きなんだよな。


「そういえば、あたしが赤ちゃんのとき、兄があたしをよく抱いていたって両親から聞いたことがありますね」

「あのお兄さんだもんね。いや、あの呼ばわりはいけないか」

「別にかまいません。兄はシスコンですから」


 3、4歳以上離れた弟や妹のいる人は、みんな赤ちゃんの頃に抱いたことがあるのかな。


「みんないいなぁ。私は一人っ子だからね……」


 ちょっと寂しげな様子で言うサクラ。


「でも、和奏ちゃんはお姉ちゃんのように思っていますよ!」

「ありがとう。でも、将来は義理だけど姉妹になれるよね」

「……そうですね」


 もちろん、和奏姉さんの今の言葉は何を意味しているのか分かっているので、胸がじんわりと温かくなっていく。


「ただ、親同士が学生時代からの親友なのもあって、赤ちゃんの頃のフミちゃんを抱いたことは何度かあるんだよ。確か、次のページにその写真が貼ってあったはず」

「そうなんですか?」

「見てみましょうか」


 杏奈がページを一枚めくると、そこにはさっきよりも少し大きくなった和奏姉さんが、赤ちゃんの頃のサクラを抱いている写真が貼ってあった。


『かわいいー!』


 今度はサクラ以外の4人が声を揃えてそう言う。顔はもちろんだけど、ピンクのおしゃぶりを咥えているのが何とも可愛くて、愛らしい。

 当の本人のサクラは頬をほんのりと赤くし、照れくさそうにしている。


「赤ちゃんの頃でも、可愛いって言われると照れちゃいますね。あと、和奏ちゃんに抱いてもらっていたんですね。この写真に写る和奏ちゃんは笑っていますし……嬉しい気持ちになります」

「赤ちゃんの頃から、フミちゃんはとても可愛いよ。だから、会うのが毎回楽しみで。近所のマンションに引っ越してくるって知ったときは凄く嬉しかったもん。たくさん遊んだり、お泊まりしたりしたから、いつの間にか本当の妹みたいな感じになってた」

「和奏ちゃん……」


 俺の記憶の限りでは、和奏姉さんは小さい頃からずっとサクラを可愛がっているからな。そんな姉さんをサクラも気に入っていたし。これからもずっと仲のいい関係が続いていくと思う。


「今の話を聞いていると、文香さんがとても羨ましいわ。妹の二乃がいるから、お姉さんもほしいって強く願った時期もあったから。少し年上の女性の親戚はいるけど、正月やお盆、昨日の法事のようなときくらいしか会わないし」

「あたしも兄だけじゃなくて、姉や妹がほしかった頃がありましたね。幼馴染のお姉さんとか、近所に住む少し年上のお姉さんはいませんでしたからね。年の近い女の子の親戚はいますけど、同い年か年下ですし」

「そうなんだ。……両親同士が親友であることに感謝だね」


 俺もそのことには感謝だな。両親同士が親友だからこそ、たくさん遊べて、お泊まり会ができて。哲也おじさんの転勤でサクラの両親が名古屋に引っ越す際も、サクラだけがここに住んで四鷹に残ることができたのだと思う。


「一紗ちゃんと杏奈ちゃんさえ良ければ、あたしを姉みたいに思ってくれていいよ。妹同然のフミちゃんの親友だから。千葉に住んでいるから、いつでも気軽には会えないけどね」

「それでもかまいませんよ、お姉様! さっき、お姉様に後ろから抱きしめられたとき、お姉様のような姉がいたらいいなって思いましたし」

「あのときは幸せそうでしたもんね、一紗先輩。あたしも……和奏さんは理想のお姉さんって感じです」

「そう言ってくれて嬉しいよっ!」


 和奏姉さんは一紗と杏奈の肩に手を回して、嬉しそうに2人の顔にスリスリする。そのことに2人も嬉しそうにしていて。2人とも姉がほしいと願望があったそうだし、高校のOGでもある。2人にとって、姉さんは心強い姉のような存在になるんじゃないだろうか。


「大輝。2人の写っている写真もアルバムに貼りたいから、スマホで写真撮ってくれる?」

「分かった。サクラも一緒に撮るか?」

「それいいね! フミちゃん来て来て!」

「はいっ!」


 そして、俺は自分のスマホでサクラ達4人の写真を撮影する。みんないい笑顔で写ってるな。

 今撮った写真をLIMEで送信すると、みんなとても喜んでいた。もしかしたら、和奏姉さんだけでなく、みんなのアルバムにも貼られるかもしれない。

 俺は……この前のパークランドでのデート写真と一緒にプリントアウトして、アルバムに貼っておこうかな。

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