第26話『ごあいさつ』

 小泉さんを見送った俺達は、帰りに近所のスーパーで夕飯の鶏塩鍋の材料を購入。鶏塩鍋に決めたのは、大勢で楽しく食べられ、5月になっても夜はまだまだ肌寒いから。

 一紗と杏奈が泊まりに来るため、今日の夕食は7人で食べる予定だ。それに加えて、一紗はかなりの大食い。そのため、結構な量の材料を買った。それでも、タイムセールのおかげで両親から受け取っていたお金で足りた。

 家に帰ってからは、俺の部屋で小さい頃から3人でたくさん遊んできた対戦テレビゲームをする。このゲーム、昔はサクラも和奏姉さんも強かったな。

 ひさしぶりにプレイしたけど、すぐに感覚を取り戻して、サクラとも和奏姉さんともいい感じに戦えた。2人ともとても楽しそうにしていて。

 ゲームに熱中したこともあって、正午過ぎのお昼ご飯まではあっという間だった。ちなみに、お昼ご飯は冷たいざるうどん。

 お昼ご飯を食べてからは、今度はカーレースゲームをプレイ。

 このゲーム……昔は俺と和奏姉さんが強かった。ただ、サクラは中学生まで定期的に家族でプレイしていたそうで、今日はサクラがほとんど1着でゴールしていた。


 ――ピンポーン。


 午後2時ちょっと前。

 インターホンが鳴った。一紗と杏奈が来たかな?

 扉の近くにあるモニターで来客を確認すると、画面にワンピース姿の一紗とパンツルックの杏奈の姿が映った。俺が「はい」と言うと、一紗は笑顔で手を振り、杏奈は軽く頭を下げる。


『こんにちは! 杏奈さんと一緒に泊まりに来たわ!』

『どうもです』

「一紗と杏奈、待っていたよ。すぐに行く」


 モニターの表示を消し、俺は部屋の扉を開ける。


「一紗と杏奈だ。一緒に出迎えるか?」

「もちろんだよ、ダイちゃん!」

「お姉ちゃんも行く」


 俺はサクラと和奏姉さんと一緒に部屋を出て、玄関へ向かう。インターホンが鳴ったこともあり、リビングから父さんと母さんが姿を現していた。

 俺が玄関を開けると、そこには大きなバッグを持った一紗と杏奈の姿が。


「一紗、杏奈、いらっしゃい」

「この日をずっと楽しみにしていたわ」

「あたしも楽しみにしていました。今日はお世話になります。お邪魔します」

「お邪魔します」


 速水家全員とサクラが総出でお出迎えしているからか、一紗と杏奈は軽く頭を下げて家の中に入った。荷物を持って大変だったと思うので、2人には玄関に荷物を置かせた。


「いらっしゃい、一紗ちゃん、杏奈ちゃん」

「2人ともいらっしゃい。一紗ちゃんとはこれが初対面だね」

「そうですね。初めまして、大輝君と文香さんのクラスメイトで友人の麻生一紗といいます」

「初めまして、大輝の姉の速水和奏です。関東女子大学に通う2年生です。よろしくね、一紗ちゃん」

「よろしくお願いします、お姉様。……ところで、そちらの眼鏡をかけた殿方は……もしかして、大輝君のお父様でいらっしゃるのでありますのでしょうか?」


 丁寧すぎておかしい敬語でそう言う一紗。そのことに当の本人の父さんは、隣に立っている母さんと一緒にクスクス笑う。


「そうだよ、麻生さん。隣にいるのが後輩の小鳥遊杏奈さんだね。文香ちゃんから、スマホで撮った2人の写真を見せてもらっていたよ」


 父さんはそう言うと一紗と杏奈の近くまでやってくる。


「初めまして。大輝の父親の速水徹といいます」

「初めまして、お父様! 私、麻生一紗と申します!」

「小鳥遊杏奈といいます、初めまして。先輩方とは学校でお世話になっていて、特に大輝先輩にはバイトで色々と教えてもらっています」

「息子と文香ちゃんがお世話になっています。……ところで、小鳥遊さん。後輩から見て大輝はどうかな?」


 父親から後輩にバイトのことを訊かれるのって結構緊張するな。


「とてもいい先輩だと思っています。大輝先輩の教え方が上手なので仕事も分かりやすいですし。まだ1ヶ月も経っていないので、カウンターで接客するときに大輝先輩が側にいると心強いです」


 杏奈は彼女らしい明るい笑顔でそう言ってくれた。きっと、俺に忖度することなく、本音で言ってくれたのだと思う。

 父さんはいつもの落ち着いた笑みを浮かべて、ほっと胸を撫で下ろす。


「それなら良かった。以前、僕も大輝がバイトする様子を見たことがあるけど、大輝はしっかりと仕事をしているように見えた。だから、遠慮なく大輝を頼ってください。きっと、小鳥遊さんの力になってあげられると思います」

「分かりました! 大輝先輩、これからもよろしくお願いしますね!」

「うん、よろしくね」


 今の杏奈と父さんのやり取りを見ると、ちょっと胸に来るものがあるな。2人の信頼を裏切らないように、これからもバイトを頑張っていこう。


「何だか、お父様を見ていると、将来の大輝君を見ているような感じですね」

「あたしも同じことを思いました。メガネをかけていますが、大人になって、より落ち着いたらこういう感じになるのかなと」

「親戚や近所の人からは、俺と父さんは似ているって言われることは結構あるよな」

「言われるねぇ」


 だから、俺も大人になったら、父さんのような雰囲気になるのかなと思ったことは何度もある。


「ということは、若い頃のお父様って大輝君に似ていたのでしょうか、お母様!」

「高校入学の頃に出会ったけど、眼鏡を外した姿は大輝と重なるわね」

「そうなんですね!」


 一紗は目を輝かせて父さんのことを見つめている。父さんを参考に、将来の俺の姿を妄想しているのだろうか。


「まさか、子供世代の女性に見つめられる日が来るとはね」

「お父さんは今もかっこいいもの。でも、浮気をしたらダメよ」

「そこは安心してくれ。僕にとって、母さん以上に魅力的な人はいないよ」

「お父さん……」


 今の父さんの言葉にときめいたのか、母さんはうっとりとした表情で父さんを見つめ、父さんの腕をぎゅっと抱きしめた。そんな母さんに、父さんは優しく微笑みかける。


「小鳥遊さんに麻生さん。今日はうちでゆっくりとして、泊まっていくといい」

「ありがとうございます、お父様」

「今日はお世話になります」


 一紗と杏奈がそう言うと、父さんと母さんは軽く頭を下げてリビングへと戻っていった。


「一紗ちゃんも杏奈ちゃんも、晴れている中で歩いてきたから暑かったでしょう。私、みんなの分の冷たい紅茶を用意するね」

「ありがとう、文香さん」

「ありがとうございます、文香先輩」

「うん。今まで私達はダイちゃんの部屋にいたから、そっちに持っていくね」

「分かった。じゃあ、俺が2人の荷物を運ぶよ。これは……サクラの部屋に置いた方がいいかな。サクラ、それでもいいか?」

「いいよ。あと、2人が来たし、これから羽柴君も来るから、私の部屋からテーブルとクッションを持って行ってくれる?」

「了解。じゃあ、和奏姉さんは2人と一緒に俺の部屋に行ってくれるか?」

「分かった」


 俺は一紗と杏奈の荷物を持って、サクラの部屋へと運んでいく。和奏姉さんのバッグや小泉さんのボストンバッグよりは軽いので、2人分持ってもそんなにキツくはない。

 サクラの部屋の端に2人の荷物を置き、彼女の指示通りにテーブルとクッションを俺の部屋へと持っていく。

 俺の部屋にあるテーブルとサクラの部屋にあるテーブルをくっつけ、それを囲むようにしてクッションを置いていく。テーブルの高さがちょっと違うけど、そこはご愛嬌で。

 和奏姉さん、一紗、杏奈はベッド側に3人並んで座る。和奏姉さんが一紗と杏奈に挟まれる形だ。そんな3人と向かい合うようにして俺は座った。


「お待たせ。アイスティーを持ってきたよ。あと、クッキーも」

「ありがとう、文香さん」

「ありがとうございます、文香先輩」


 サクラはそれぞれの人の前にアイスティーの入ったマグカップを置く。その置き方から、サクラは俺の隣にあるクッションに座るのだと分かった。

 晴れている中歩いてきて暑くなっていたのか、一紗と杏奈はマグカップを置かれるとすぐに「いただきます」と言って、アイスティーをゴクゴクと飲んだ。

 俺の部屋にあるテーブルにクッキーを置き、トレーを勉強机に置くと、サクラは俺の隣に腰を下ろした。


「美味しいわ」

「美味しいですよね。冷たいものが美味しくなる季節になりましたね」

「2人にそう言ってもらえて良かったよ」


 俺もアイスティーを一口飲むと……いつものアイスティーと変わらないはずなのに、凄く美味しく感じる。あと、杏奈の言う通り、冷たいものが美味しいと思える季節になってきたな。


「一紗ちゃん。連絡先を交換しよう?」

「はいっ」


 一紗はワンピースのポケットからスマホを取り出し、和奏姉さんと連絡先を交換する。


「ありがとう。杏奈ちゃんにも言ったけど、いつでも連絡していいからね。文系クラスOGだし、勉強のこととかでもいいから」

「ありがとうございます!」

「テレビ電話で初めて見たときから思っていたけど、一紗ちゃんって本当に綺麗な子だよね」

「そ、そうですか?」

「うん! 顔立ちはもちろんだけど、瞳も長い黒髪も凄く綺麗だよ。うちの大学にも一紗ちゃんレベルの人はそうそういないよ」

「お姉様……キュン」


 一紗は頬をほんのりと赤くして、うっとりとした様子で和奏姉さんのことを見つめている。あと、今の姉さんの言葉にキュンとなったのだろうか。あと、キュンって実際に口にする人は初めて見たな。


「お姉様だってとても綺麗な方ですよ。大輝君のお姉様だけあって、凜々しい雰囲気も感じられますし」

「ありがとう、一紗ちゃん」


 和奏姉さんは爽やかな笑顔で一紗の頭を撫でる。そのことで一紗は「お姉様ぁ」といつになく甘い声で呟いている。姉さんのことを気に入ったのだろう。もしかしたら、恋愛的な感情を抱いているかも?


「さすがは姉弟。本当に素敵だわ……」

「それはあたしも同感ですね」

「速水姉弟に挟まれたい……」

「……そこまでは考えませんでしたね。一紗先輩らしいです。でも、大輝先輩は文香先輩の彼氏ですから叶いそうにないですね」

「じゃあ、その代わりにあたしが一紗ちゃんをぎゅっと抱きしめてあげよう」


 そう言うと、和奏姉さんは立ち上がって、後ろから一紗をぎゅっと抱きしめた。その瞬間、一紗は「あぁっ……」と甘い声を漏らす。


「いい抱き心地だね。あと、甘くていい匂いがする」

「お姉様もいい匂いです……」


 えへへっ、と一紗は柔和な笑顔になる。普段は大人っぽい雰囲気だけど、今日はいつになく子供っぽい。そんな一紗がとても可愛く思えるのであった。

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