第28話『メモリーズ-後編-』

 ――ピンポーン。


 4人に写真を送ってから少し経ったとき、インターホンが鳴った。羽柴が昼過ぎにバイトが終わるって言っていたし、彼だろうか。

 モニターを確認しに行くと……予想通り、画面にはジャケット姿の羽柴が映る。


「羽柴か」

『よっ、速水。バイトが終わったから来たぜ』

「お疲れ様。すぐに行くよ」

『おう』

「……羽柴が来たから、俺、出てくるよ」


 俺は部屋を出て、羽柴を出迎えるために玄関へと向かう。その際、サクラ達から「いってらっしゃい」と言われた。

 玄関の扉を開けると、そこには羽柴の姿が。俺と目が合うと、羽柴は微笑みながら右手を軽く挙げて「よっ」と言う。そんな彼は左手にスーパーのレジ袋を持っていた。


「よう、羽柴」

「おう。麻生と小鳥遊はもう来ているんだよな」

「ああ。今は和奏姉さんが持ってきたアルバムを見てる」

「アルバムか。それは面白そうだ。お邪魔します」


 やや大きめの声でそう言うと、羽柴は家の中に入ってきた。

 羽柴がリビングにいる両親に挨拶した後、俺は羽柴を自分の部屋へ連れて行く。すると、サクラ達は羽柴に「こんにちはー」と言う。


「みんなこんにちは。和奏さんは春休みのお花見以来ですね」

「そうだね、羽柴君。今、みんなで大輝とフミちゃんの小さい頃の写真を見ているの」

「おぉ、いいっすね! あっ、近所のスーパーで差し入れのお菓子を買ってきました。マシュマロとかポテチとか。みんなで食べてください」

「ありがとう!」


 羽柴はスーパーの袋から買ってきたお菓子を取り出し、テーブルの上に置いていく。いちごマシュマロにうすしお味のポテチ、チョコクッキーか。


「羽柴、アイスティーを持ってくるよ」

「ありがとう」


 俺は1階の台所に行き、羽柴のためにアイスティーを作る。

 部屋に戻ると、羽柴は杏奈の近くに座って、彼女達と一緒にアルバムを見ている。

 あと、いちごマシュマロとポテチの袋がさっそく開けられているな。


「桜井って小さい頃はショートヘアだったのか。今の小鳥遊よりも髪が短そうだ」

「私、文香さんは小さい頃から今のようなセミロングだと思っていたわ」

「意外ですよね。男の子っぽい雰囲気で写っている写真もありますね」

「小さい頃のフミちゃんはかなり活発な性格だったからね」

「ふふっ。小さい頃は短くさっぱりとするのが好きだったからね。髪を切ってもらった直後は、ダイちゃんの方が長かったくらいだよ」


 杏奈と一紗と知り合ったのはこの春だし、羽柴もサクラと出会ったのは高校入学のとき。だから、髪が短かった頃のサクラの姿を知らないのか。髪を伸ばし始めたのは、3年前の一件があった後からだからなぁ。3人が意外に思うのも無理はない。


「今のサクラはもちろん可愛いけど、髪が短かった時代のサクラも可愛かったな。……はい、羽柴。アイスティーだ」

「サンキュー。……うん、美味い。晴れて温かいから、冷たいのが美味く感じるぜ」


 とても爽やかな笑顔で言ってくれる羽柴。広告のオファーが来るんじゃないか?

 俺は羽柴とサクラの間に座って、みんなとアルバムを見始める。今は……俺とサクラが幼稚園に通っている頃の写真を見ているのか。こもれび公園で一緒にブランコに乗っている写真や、砂遊びをしている写真などが貼られている。


「この写真のサクラは俺よりも髪が短いな。桜の花の髪留めをしていなかったら、可愛い男の子だって勘違いする人はいそうだ」

「髪留めをせずに、ズボンとTシャツ姿で遊んでいたら、一度、男の子だって間違われたことがあったよ」


 実際に間違われたことがあったとは。


「……そういえば、サクラと和奏姉さんと一緒に遊んでいたから、女の子だって間違われたことがあった気がする」

「何度かあったよ、大輝」

「それは納得ね。だって、この写真の大輝君、髪が長めで顔が可愛いから女の子みたいだもの」

「そうですね。大輝先輩、大人しそうな雰囲気ですし」

「小さい頃のダイちゃんはかっこいいと思うこともあったけど、可愛いって思うこともたくさんあったな」

「保育園に写真の速水みたいな感じの女子がいたな。あと、漫画にもこういう感じの可愛い幼女キャラってたまに出てくる」


 こんなにもたくさん可愛いって言われるのはひさしぶりだから、何だか気恥ずかしい。今は「可愛い」よりも「かっこいい」って言われる方が嬉しいな。あと、幼女キャラみたいだって言われたのは人生で初めてだ。


「ダイちゃんが可愛いから、おままごとでは女性の役をやったこともありましたよね」

「あったあった。おままごとをしている写真もあったと思うよ」


 小さい頃は、お互いの家で3人でおままごとをして遊ぶこともあったな。サクラの言う通り、可愛いからって俺がお母さん役や娘役をしたことも。


「……あっ!」


 とーっても嫌な予感がする。だから、思わず声が出てしまった。

 女性の役をするために、和奏姉さんの服を着させられたことが何度もあった。可愛くて似合っているからと、和奏姉さんや母さん、美紀さんにカメラやビデオカメラを向けられた記憶が。アルバムに貼ってある可能性はかなり高い!

 このままここにいたらヤバいぞ。何とかしてここから逃げなければ。


「どうしたの、ダイちゃん。急に大きな声を出して」

「……ゆ、夕食の鍋の下準備をするのを忘れてさ。夕食は俺が作ることになってるから。鍋に入れる具が多くて準備に時間かかるから、俺、キッチンに行ってくるよ。みんなはアルバムを楽しんでくれ」


 もし、俺の女装姿の写真を見られてしまうのなら、俺のいないときに見られる方がまだ傷が浅く済む。


「大輝君がいないと、アルバムを見る魅力が下がってしまうわ」

「つまらないとは言いませんが、大輝先輩からお話を聞きたいです!」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど……しょ、食事は大事だと思うんだ。だから、俺は下ごしらえに行くよ」


 そう言って、俺はゆっくりと立ち上がる。一紗と杏奈には悪いが、俺はここから離れさせてもらうぜ。


「……羽柴君」


 自分が呼ばれたわけじゃないのに、和奏姉さんのその一言にゾクッとした。そのせいで、体を扉の方に向けたけど、一歩を踏み出すことができない。


「何ですか?」

「……君の好きなキャラクター絡みの特典を色々と持ってきたの。もし、大輝をここに留めさせてくれたら、君の欲しいと思った特典を全部あげるわ」

「なるほど」


 和奏姉さん、俺が逃げようとしているって絶対に分かっているだろ。

 それからすぐに背後から右肩をしっかりと掴まれる。ゆっくりと振り返ると、真剣な表情をして俺を見ている羽柴の姿があった。


「速水。お前のどんな写真を見ても、俺は親友として全て受け止めやるし、味方でいる。だから、一緒にアルバムを見ようぜ」

「……言葉はかっこいいけど、姉さんとのやり取りの後だから重みが全然感じられないな」

「……まあ、特典をくれることにはかなりの魅力を感じた」

「正直だな」

「もちろん、今言ったことに嘘はないぞ」


 羽柴はいつもの爽やかな笑みを浮かべながらそう言ってサムズアップ。そうあってほしいものだ。


「私もダイちゃんと一緒にアルバムを見ていきたいな。どんな写真を見ても、絶対にダイちゃんをバカにしたりしないから」

「……本当か?」

「もちろんだよ」

「そうか。……みんなもバカにしないって約束するなら見てもいい」


 そのくらいの条件を付けないと、アルバムを見る気にはなれない。


「約束するわ、大輝君!」

「大輝先輩をバカになんてしませんよ」

「安心しろ、速水」

「お姉ちゃんもバカにしないから」

「……分かった」


 とりあえずはみんな言葉を信じよう。

 俺は元いたクッションに再び腰を下ろす。俺のマグカップに残っているアイスティーをゴクゴク飲む。そのことで、少し気持ちが落ち着いた。

 杏奈がアルバムのページをめくる。どうか、俺の女装姿の写真がないことを祈る。


「きゃあっ! この水色のワンピースを着た黒髪の子、可愛いですね!」

「本当ね、杏奈さん! 大輝君に雰囲気が似ていますけど、親戚の子ですか?」

「大輝だよ、一紗ちゃん。私のワンピースを着させたの。周りの雰囲気からして、おままごとでお母さん役か娘役をしたときじゃないかな」


 おぉ、さっそくビンゴしてしまったか。

 アルバムを恐る恐る見てみると、水色のワンピースを着た俺が写った写真が貼られている。笑顔で写っちゃって。おそらく、サクラや和奏姉さんに可愛いと言われて嬉しくなったのだろう。


「そうなんですか! あぁ、大輝君可愛い!」

「可愛いですよね、一紗先輩」

「……おぉ。知らない人が見たら、速水のことを絶対に女子だと勘違いするくらいに似合ってるな」

「似合っているわよね、羽柴君。……夢の中で女の子になった大輝君が出てきそう」


 一紗はうっとりとした様子でそう言う。一紗だったら、今夜にでもさっそくそういった夢を見そうな気がする。


「ダイちゃん可愛いなぁ。懐かしい。似合っているから、私や和奏ちゃんの服を色々と着させたっけ」

「そうだね。サイズ的に、私の服を着させることが多かったね」


 段々と思い出してきた。2人に可愛いと乗せられて、色々な服を着たっけ。

 ワンピース姿の写真を見られて恥ずかしいけど、みんな似合っていると言ってくれるだけマシか。これならアルバムを見続けられるかな。


「確か、ワンピース姿の大輝は写真だけじゃなくて動画にもあったはず」

「動画にも残していたんかい」

「見たいです、お姉様!」


 一紗は興奮しながら言うと、さっそくテレビの前に移動して正座をする。そんな一紗の横に杏奈がクッションを移動する。写真を見て動画の期待値が上がっているのだろう。俺はサクラと羽柴と一緒に少し後ろの方から観ることに。


「確か、このDVDだったかな」


 和奏姉さんはテレビの電源を入れて、Blu-rayプレイヤーにホームビデオがダビングされたDVDを挿入する。すると、程なくしてテレビには幼き日の俺の姿が映る。その瞬間に一紗と杏奈は「かわいい!」と大盛り上がり。

 俺のワンピース服姿が登場するまで和奏姉さんは早送りしている。そして、


「あっ、ここだ」


 そう言うと、和奏姉さんは早送りを終わらせる。

 画面には写真とは違って、赤色のワンピースを着てオレンジ色のカチューシャをした幼稚園くらいの俺の姿が映っていた。


『お姉ちゃん、似合ってる?』

『似合ってるよ! 可愛いよ!』

「似合っているわ、大輝君!」

「声も可愛いですね! 大輝先輩!」


 まさか、自分に恋する女の子達にまで可愛いと言われるとは、画面に映っている頃の俺には想像もできなかっただろう。


「小さい頃の速水の声は女の子そのものだな」

「幼稚園くらいだからな」

「ダイちゃんの高い声、懐かしいなぁ。そういえば、昔は和奏ちゃんのことをお姉ちゃんって呼んでいたよね」

「小学校を卒業するくらいまではそう呼んでいたな」


 ただ、いつまでもお姉ちゃん呼びをするのは恥ずかしいから、中学に入学したのを機に今のように「姉さん」と呼ぶようにしたのだ。


「いつでも、お姉ちゃんって呼び方を戻してもいいんだよ?」

「姉さん呼びに慣れたし、お姉ちゃん呼びには戻れないな。恥ずかしいし。一時は姉貴って呼ぼうかと思ったほどだ」

「……姉さんがいいや」


 良かった。お姉ちゃんって呼んでとせがまれなくて。


「あら、文香さんが出てきた」

「ですね! 文香先輩も可愛いです!」


 一紗と杏奈のそんな会話が聞こえたので画面を見ると、俺の隣にサクラが立っていた。俺の着ているワンピースと同じデザインで、サクラはピンクのワンピースを着ている。


『えへへっ、ダイちゃんとお揃いのワンピース! かわいい?』

『可愛いよ、フミちゃん』


 画面の中の俺とサクラは笑い合っている。写真でも懐かしさを感じるけど、動きや声があるから動画の方がより強く感じるなぁ。それにしても、小さい頃からサクラは本当に可愛い。これこそ天使と呼ぶに相応しい。


「そういえば、小さい頃はダイちゃんもフミちゃん呼びだったね」

「ああ。サクラを好きだって自覚するまでは。自覚したら、下の名前由来のフミちゃん呼びが恥ずかしくなってさ。それでサクラにしたんだ」

「そうだったんだ」

「サクラって呼ぶのはしっくりとくるし、桜の花が好きだから、今もサクラって呼び続けているんだよ」

「なるほどね」


 サクラは俺の目を見て笑うと、そっと身を寄せてきた。


「呼び方にも歴史やドラマがあるのね」

「幼馴染でもあり、長い間好意を抱いているからこそですね」


 この動画が撮影されてから現在までに色々なことがあったけど、サクラと恋人の関係になれて良かったよ。

 それからしばらくの間はホームビデオやアルバム鑑賞。そして、午前中にプレイしていた懐かしいゲームをみんなで楽しむのであった。

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