第35話『玉子焼きと妹』
雨がシトシトと降る中、今週の学校生活が始まる。
月曜日の午前中は、一週間の学校生活の中で最も気持ちが重くなる時間。こういうときに限って、時間の進みが遅く感じることが多い。
席の位置関係もあって、授業中、板書をノートに取るときに自然とサクラの姿が見えるのはいいなぁ。それだけでも授業がやる気になる。たまに、サクラと目が合って微笑みかけてくれるし。それに、今日は昼休みには一紗の作った玉子焼きが待っているから。
あと、1教科だけだけど、今日が初めての授業の教科があったので、いつもよりも時間が過ぎていくのが早かった。
昼休み。
1日の半分が過ぎたと思うと気持ちが軽くなる。特に週初めの日はその傾向が強い。
今日もいつも通りにサクラ、一紗、小泉さん、羽柴と一緒にお昼ご飯を食べることに。女子3人とその周辺の席を動かして、俺はサクラの隣の席に座る。
俺とサクラ、小泉さんはお弁当、羽柴はコンビニのレジ袋からハムサンドとピーナッツクリームパンを机に出す。そして、一紗は、
「さあ、今日はちゃんと玉子焼きを作ってきたわよっ!」
意気揚々とした様子で、ランチバッグからお弁当箱と金曜日よりも大きなタッパーを取り出した。きっと、タッパーの中に玉子焼きが入っているのだろう。
昨日、マスバーガーに来たときに妹さんに教えてもらったと言っていたし、今朝も一紗は上機嫌だった。今回は美味しい玉子焼きができたのだと思われる。
「今日も優子さんにお願いして、玉子焼きは入れてもらわなかったよ」
「それでいいわ。だって、玉子焼きを作るのが楽しくなって、た~くさん作ってしまったのだから。文香さんと大輝君だけじゃなくて、青葉さんと羽柴君もどうぞ」
「ありがとう、一紗!」
「嬉しいな。ご厚意に甘えて俺もいただくよ」
楽しくなると、たくさん作る気持ちも分かる。練習して上手になった過程があったら、なおさら楽しいのだろう。
ハードルがどんどん上がっている気がするけど、一紗は自信にあふれている様子。きっと大丈夫だろう。
一紗はタッパーの蓋を開ける。中には黄色くてふんわりとした玉子焼きがたくさん入っていた。少なくとも10個以上は入っているかな。
「おおっ、美味しそうだな、一紗」
「凄く見た目の綺麗な玉子焼きだね! 一紗ちゃん!」
「金曜日からの一紗の成長を感じるね」
「妹さんの指導で練習して作れるようになったのは聞いているけど、金曜日の炒り卵を知っているからな。失礼は承知だが、麻生が作ったとは思えないくらいだ」
俺も正直、羽柴と同じような想いを抱いている。金曜日の炒り卵を食べているから。それだけ練習して、玉子焼き作りの腕を上げたのだろう。
しかし、一紗は今の羽柴の言葉に不機嫌そうな様子は見せず、むしろ「ふふふっ」と声に出して笑っている。
「4人のうちの誰かにそう言われると思って、玉子焼きを作っているところを妹にタブレットで撮影してもらったの」
そう言うと、一紗はバッグからタブレットを取り出し、俺達4人が画面を見えるように置く。こうして間近で見てみると、タブレットの画面って大きいんだな。一紗はこれを使って、小説の執筆やアニメの視聴をしているだよな。俺も買おうかどうか考えよう。
「妹さんって確か、二乃ちゃんだっけ。前にマスバーガーで一緒にいるときに話してくれたよね。写真を見せてもらったけど、可愛い子だよね」
「そうよ。
「へえ、どんな子なのか楽しみだな!」
小泉さんは興味津々な模様。
一紗の妹さん……二乃ちゃんか。以前、一紗が杏奈と初対面したときに、杏奈は妹に似ていると発言していた。どんな感じなのか楽しみだ。
一紗は動画ファイルらしきアイコンをタップ。すると、すぐに動画がスタートする。画面には制服のワイシャツに黒のエプロン姿の一紗が映る。
『お姉ちゃん、動画スタートしたよ!』
「この声が二乃の声よ」
「可愛い声だね!」
「そうだね、文香。あと、エプロン姿の一紗もかわいい! 料理できますって感じがする」
「漫画にもいるよなぁ、こういう感じの料理が得意なヒロイン」
3人とも、自由に感想を言っているな。
サクラの言う通り、二乃ちゃんの声、結構可愛らしい。一紗とは違ったタイプだ。声だけなら一紗よりも杏奈の妹って感じがする。
「大輝君は……どう? 私のエプロン姿」
「凄く似合ってるよ。こういう姿を見ると温かい雰囲気を感じられる」
「……ありがとう」
ふふっ、と一紗は柔らかな笑みを浮かべる。
『これから、大輝君と文香さんのために玉子焼きを作っていくわ。私が作っていないと疑われるかもしれないから、自分で作ったと示すためにも動画を撮影するわ』
『頑張って、お姉ちゃん!』
そして、二乃ちゃんに撮影される中、一紗は玉子焼きを作っていく。
一紗が作っていることを示すためか、二乃ちゃんは一紗の顔と、料理をしている手元の両方が映るように撮影している。手ブレもしていないし、とても上手だと思う。
二乃ちゃんの教えが良かったのか、それとも一紗が練習を積んだのか、玉子焼きを作る手つきはとても鮮やかだ。一紗は常に落ち着いた笑みを浮かべているので、自分の玉子焼き作りの技術に自信を感じられる。
『さあ、そろそろ玉子を巻くわよ』
『あたしが教えたコツを思い出しながらやってね! 練習の通りに作れば大丈夫だから!』
『ええ。しっかりと撮影していなさい』
俺も玉子を巻くことは何度も失敗したな。できたものが目の前にあっても、思わず息を呑んでしまうな。
動画内の一紗は落ち着いた様子で玉子を巻いていき、黄色くふんわりとした玉子焼きを完成させた。
「凄いね!」
サクラが感動した様子で拍手をしているので、俺もそれにつられて拍手する。小泉さんと羽柴も続く。そのことに一紗は照れくさそうにする。
動画内の一紗は玉子焼きを巻けたことに嬉しそうにしている。玉子焼きフライパンを持って、タブレットの方に向ける。
『練習通り、ちゃんと玉子焼きができました』
『頑張ったね! お姉ちゃん!』
『ええ。最後に私に玉子焼き作りを教えてくれたあなたを紹介したいから、タブレットをお姉ちゃんに渡してくれるかしら?』
『はーい』
動画内の一紗はフライパンをIHに置いて、タブレットの方へと近づいてくる。
そして、数秒ほど、画面が揺れ動く。恐らく、二乃ちゃんが一紗にタブレットを渡しているのだろう。
画面の揺れが収まると、紺色のセーラー服姿の女の子が映る。可愛らしい雰囲気の女の子だ。セミロングの黒髪がよく似合っている。彼女が二乃ちゃんかな。かわいい笑顔を浮かべ、手を振っている。
「一紗。この子が二乃ちゃん?」
「そうよ!」
彼女が二乃ちゃんか。前に一紗が言っていたように、杏奈と雰囲気が似た顔立ちだ。これなら、一紗が杏奈を気に入るのも分かる。
「へえ、さすがは姉妹って感じだな」
羽柴の言うことは分かる。顔立ちの良さや艶やかな黒髪、あと……はっきりと膨らみが分かるほどの胸など、一紗の妹らしい部分はいくつもある。
「あれ? こ、この子が妹の二乃ちゃんなの? 前に一紗ちゃんに見せてもらった写真の子に似ているけど。確か、二乃ちゃんはこの春に中学生になったって言ってなかった?」
「そうよ。この子が中学生になった二乃よ」
「へ、へえ……そうなんだ……」
サクラは目を見開いてタブレットを凝視している。だからか、一紗は動画を一時停止させる。
「こ、これで中1なの? 高1じゃないの? 中1なの?」
「大人っぽい雰囲気だもんね。高1でも通用しそうだよね」
「そうだね。それに、胸も大きそうだし……」
「二乃は小学生のときからどんどん成長してね。確か、Dカップだったじゃないかしら。きっと、将来は私よりも大きくなるでしょうね。今から楽しみだわ」
「そ、そうなんだね。さすがは一紗ちゃんの妹。それにしても、中1でDカップですか。そうですか……」
あははっ……とサクラは力なく笑っている。この反応からして、サクラの胸はDカップよりも小さいと思われる。あと、俺の記憶の限りだと、中1のときは、サクラの胸は僅かに膨らみがある程度だったと思う。
自分の胸を触っているサクラを見て一紗と小泉さんは苦笑い。羽柴はサクラの方は見ず、平然とハムサンドを食べている。
「か、一紗。動画の続きを見せてくれないか?」
「そ、そうね」
一紗は動画の再生ボタンをタップする。すると、動画内の二乃ちゃんは再び手を振ってくる。
『この子が私に玉子焼きを教えてくれた二乃よ』
『一紗お姉ちゃんの妹の二乃です。お姉ちゃんは玉子焼き作りを頑張りました! 速水さんと桜井さん、食べてみてくださいね』
そんな二乃ちゃんのメッセージの直後、動画が終了した。何だか、この玉子焼きのプロモーションビデオみたいだったな。
「以上よ」
「頑張って作ったんだな。玉子焼きがさらに楽しみになったよな、サクラ」
「そ、そうだね。さっそく食べてみようか、ダイちゃん」
「ああ」
「たくさんあるから、小泉さんや羽柴君も食べて」
「うん!」
「ありがとう。……指で失礼」
俺達4人は一紗の作った玉子焼きを一つずつ掴む。
『いただきまーす』
一紗の作った玉子焼きを食べ始める。
口の中に入り、玉子焼きが舌に触れた瞬間、甘味がほんのりと感じられる。咀嚼していくと、玉子と砂糖の絶妙なバランスの甘味が口の中に広がっていく。甘いのが好きなサクラと俺に合わせて甘めに作ってあるのだろうけど、この前のような甘ったるさはない。
「うん、凄く美味しいよ。作ってくれてありがとな、一紗」
「私からもありがとう! 一紗ちゃん、週末に頑張って練習したんだね。凄いよ!」
「本当に美味しいね! 甘さもちょうどいいし」
「ふんわり加減もいいな」
俺だけでなく、サクラ達の口にも合ったようだ。金曜日に炒り卵を食べたからこそ、この週末に一紗が頑張って練習したのがよく分かる。
俺達の感想に安堵したのか、ほっと胸を撫で下ろす。
「良かった。二乃のおかげで上手く作れるようになったけど、みんなに食べてもらうまで実は不安もあったの。……ありがとう、凄く嬉しいわ」
そう言うと、一紗は言葉通りのとっても嬉しそうな笑顔を見せる。
「ねえねえ、一紗。玉子焼きの感想を動画で撮影しようよ。それを二乃ちゃんに見せてあげて」
「いい考えね、青葉さん。大輝君、文香さんどうかしら?」
「俺はいいけど」
「うん、私もいいよ」
それから一紗のタブレットで動画撮影。俺達4人はもう一つずつ食べ、玉子焼きの感想を言った。
「ありがとう。これを二乃に見せたら、きっと喜ぶと思うわ」
そう言うときの一紗の優しい笑顔は、姉らしい温かみのあるものだった。だから、和奏姉さんと重なる部分がある。きっと、二乃ちゃんもこれから成長して、一紗のような素敵な女性になるんだろうなと思う。
「あ、あの……大輝君。玉子焼きを作ってくれたお礼に、私の頬にキスしてくれると嬉しいのだけれど」
「キ、キス!」
あわわっ、とサクラの頬が赤くなっていく。そういえば、一紗が俺に告白したときも、サクラはキスって言葉に今のような反応を示していたな。サクラにとってはかなり刺激的な言葉なのかもしれない。俺もドキドキし始めてきたよ。
一紗はサクラほどではないけど、頬を赤くして美しい笑みを浮かべながら俺を見つめてくる。キスしてほしいのか、口を少しすぼめて「チュチュチュ……」と可愛らしく音を立てている。
「キ、キスはさすがに。恥ずかしいし。この前みたいに頭を撫でるのじゃダメか?」
それに、キスはサクラだけにしかしないと心に決めている。
「まあ、そういう理由なら頭ナデナデでもかまわないわ」
キスの打診を断られたからか、一紗はちょっと不機嫌そうな様子でそう言った。
「私もこの前と同じように一紗ちゃんを抱きしめるね」
サクラはすぐに椅子から立ち上がり、一紗のことを後ろから抱きしめ、頬をスリスリとしている。羨ましい。
俺も一紗の頭を撫でると、一紗の顔から不機嫌そうな表情が一瞬にして消え去り、嬉しそうな笑顔を浮かべる。
それからは、主に土曜日の俺とサクラのデートと、日曜日の杏奈の歓迎会のことを話ながらお昼ご飯を食べるのであった。
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