第36話『勧誘の嵐と後輩』

 放課後。

 今週は5人とも掃除当番ではない。なので、終礼が終わるとすぐに俺達は教室を後にする。

 活動場所が特別棟にあるサクラと一紗とは、渡り廊下のある3階で別れる。学年も時期も問わずウェルカムな手芸部と文芸部だけど、学校全体での見学や仮入部期間は今週までなので、2人とも新しい部員を入れようと気合いが入っている様子。ちなみに、どちらの部活も1年生が数人ほど仮入部しているそうだ。

 1階の昇降口で、女子テニス部の活動がある小泉さんと別れる。今朝から降っていた雨が止んだので小泉さんはとても嬉しそうだった。ちなみに、小泉さん曰く、女子テニス部は入部届を出したり、仮入部したりする生徒が多いらしい。それもあって、小泉さんは気合いが入っているように見えた。

 空を見上げると、雲の隙間から青空が見えている。


「さてと、これからどうする? 速水って今日はバイトないんだよな?」

「ないよ」

「そうか。俺も今日はバイトないんだ。じゃあ、とりあえず、いつもみたいにアニメイクへ行くか」

「そうだな」


 お互いにバイトのない日の放課後は、とりあえずアニメイクへ行くことが多い。

 土曜日にアニメイクへ行ったばかりだけど、何か面白い漫画やラノベが入荷しているかもしれない。記憶が正しければ、買おうと思っているラノベのコミカライズ本の発売日が今日だったはず。


「俺達と一緒にサッカーやりませんか! 女子ならマネージャーを!」

「声楽部に入って、あたし達と一緒に歌いましょう!」

「料理部に遊びに来てくれたら、あなたの好きなものを作ってあげますよ!」

「オカルト研究会……来ない? 来ないと呪われて、良くないことが起こるかもよ……?」


 放課後になってからあまり時間が経っていないのに、第1教室棟と校門の間には、チラシを持った生徒がたくさんいる。


「うちって都立だけど、色んな部活や同好会があるよなぁ。つーか、オカルト研究会怖ぇ」

「ははっ、そうだな。今週いっぱいは帰るときは勧誘の嵐を突破しないといけないみたいだ」

「そうだな」


 去年は1年生だったから勧誘が凄かったな。勧誘の度に「バイトをしようと思っている」の一点張りで切り抜けたけど。

 去年、この勧誘の波をかわすために回り道をするなどの対策を取った。それでも勧誘されてしまったけど。回り道をしているから、長い時間話しかけられて疲れた。なので、結局は昇降口から校門まで正面突破することにしているのだ。

 今日も覚悟を決め、羽柴と一緒に、校門に向かって一直線。

 チラシを持つほとんどの生徒が俺達に勧誘してくるけど、俺達は「バイトしているから」と言い続けて何とか切り抜けた。勧誘していないのは「女子○○部」だけじゃないかと思うほどに。


「はあっ……何か疲れた。速水、ちょっとだけ休ませてくれ」

「ああ、分かったよ」


 羽柴は疲れた様子で校門にもたれかかる。


「ただでさえ、授業を受けて疲れているのに、どうしてこんなことでさらに疲れなきゃいけないんだか。バイトなら全然いいけど」


 はあ……っ、と長くため息をつく羽柴。たまに、羽柴も俺も女子生徒から腕を引っ張られたからなぁ。


「バイトをしたときとは違った疲れがあるよな。ただ、向こうも部員集めに必死なんだろう」


 部の存続や部費、チームで戦うなら大会参加をするためとか。様々な理由があると思われる。

 あと、サクラも手芸部としてチラシを配ることがあるそう。サクラの話によると、学年問わず入部してくれると嬉しいそうだけど、特に後輩がたくさん入部してくれると、今後も部活が続くと安心できるらしい。

 下校しようとする生徒がいるからか、背後から勧誘の声がたくさん聞こえてくる。そんな中で、


「せーんぱいっ」


 聞き覚えのある可愛らしい声が聞こえると、背中をポンと軽く叩かれた。

 ゆっくりと後ろに振り返ると、そこにはスクールバッグを肩に掛けた杏奈の姿が。俺と目が合うと、杏奈はにっこりと笑う。


「杏奈か。お疲れ様」

「お疲れ様ですっ、大輝先輩。どうしたんですか? こんなところで立ち止まって」

「あの部活や同好会の勧誘の嵐に遭ってさ。羽柴がそれに疲れたから、ここで休憩しているんだ。校門まで来れば勧誘してくる生徒はいないからさ」

「確かに凄い勧誘ですよね。バイトを始めたと言ったので、しつこく勧誘されることはありませんが。バイトってかなり強力なカードですねっ!」


 なぜか俺にウインクをしてくる杏奈。多少のあざとさはあるけど、可愛らしい。

 俺も去年は「バイトしたいと思っている」でも運動部中心に勧誘をはね除ける力があった。きっと、杏奈の「バイトを始めた」という言葉はより強い効果が発揮できると思われる。そう考えると、杏奈の言うようにバイトってかなり強力なカードかも。


「バイトで思い出した。しばらくの間、放課後にバイトをするときは、ここで待ち合わせて一緒にマスバーガーへ行こうか」

「分かりました!」

「あと、何かあって、一緒にいけないかもしれないときは、それが分かった時点でメッセージとかを入れるようにしよう」

「分かりました。あの……再来週なんですけど、掃除当番のときはどうしましょうか?」

「仕事に慣れてくるまでは、どちらかが掃除当番の週は、一緒に遅めのシフトにしようか。いつも掃除当番がある週は、普段よりも30分遅めに入れてるから。俺は確か3週間後だったはず」

「了解でーす」


 うん、素直に返事をしてよろしい。いい後輩に恵まれたな、俺。彼女ならちゃんと面倒を見て、仕事を教えられそうだな。


「そういえば、今日は杏奈は1人で帰るのか? 友達と一緒にいるときも多いけど」

「気になる部活を見学したり、仮入部していたりする子もいますからね。ですから、今日は大輝先輩と会えれば先輩と遊んだり、お店に行ったりしようかなぁと。あと、部活や同好会に入らないんだから、大輝先輩達と仲良くしなさいって友達に言われましたし、友達とは日中たくさん話していますからね」

「なるほど。……いい友達だね」

「はいっ!」


 上級生との繋がりがあると、これからの学校生活も安心して過ごせるよな。

 去年、俺がマスバーガーで働き始めたとき、店員に2学年上の四鷹高校の男子生徒がいた。その人はキッチン担当だったので仕事上は全然関わりがなく、たまに休憩しているときに軽く話す程度だった。実際に連絡したことはほとんどなかったけど、その人の連絡先がスマホにあるだけで、何か安心感があった。


「これからはバイトのある日以外も、放課後は先輩のところに行くかもしれません。昼休みに教室へ遊びに行く日もあるかもしれませんね。部屋の雰囲気とか、窓から見える景色とか興味ありますから」

「そうか。昼休みはまだしも、放課後に会うときは連絡してくれ。教室は違う棟にあるから、連絡しないと会えないかもしれないし」

「はいっ」


 俺達2年生との関わりを増やすのもいいけど、クラスメイトや同い年の友人との交流も疎かにしないよう気を付けてほしいものである。


「ふぅ、だいぶ疲れが取れてきた。おっ、この金髪の女子が、速水のバイト先に入ってきた1年生か」

「はいっ。初めまして、小鳥遊杏奈といいます。1年5組です」

「2年3組の羽柴拓海だ。よろしくな。今日の昼休みにクラスメイトの女子から写真を見せてもらったけど、それよりも前に見たことがある気がするんだよな。バイト先で接客したこともあるだろうけど、高校に入学するより前にも……」

「あたし、羽柴先輩と同じ武蔵南中学校出身なんですよ」


 杏奈がそう説明すると、心当たりがあったのか羽柴ははっとした表情になる。


「思い出した。中2になってから、友達が可愛い金髪女子の後輩がいるって言うようになったんだ。それで、こっそりと撮影した君の写真を見せてくれたっけ。中には告白してフラれた友達もいたけど」

「そうだったんですか。あたしも同じような理由で、羽柴先輩のことは中学時代から知っていました。こっちも、告白してフラれた友達がいましたね。『三次元には興味なし! 申し訳ない!』って断られた子もいました」

「中学時代には既に二次元の沼にどっぷりと嵌まっていたからな。今ももちろん嵌まっているし、女子は二次元の住人に限る。だから安心してくれ、小鳥遊」

「ええ、分かりました。もし、何かあったら、大輝先輩達に連絡すればいいだけのことですけど。あと、あたしも羽柴先輩に何かするつもりはないので安心してくださいね。羽柴先輩はメガネを外した兄のようですし、全く恋愛対象じゃありません」


 その言葉のせいか、杏奈は明るい笑みを浮かべているけど、冷たさを感じた。羽柴も同じようなことを思ったのか、引きつった笑みを見せる。中学時代に人気者だった2人だけど、この2人の仲が進展することはないかもな。

 あと、杏奈のお兄さんはメガネを外すと羽柴と似ているのか。


「これから、先輩方はどこかへ遊びに行く予定ですか?」

「とりあえずアニメイクに行くよ」

「アニメイクですか。オリオの中にありますよね。何度も行ったことがあります」

「そうか。俺も漫画やアニメは大好きだから、羽柴と一緒のときは大抵はそこに行くよ。杏奈も良ければ一緒に来るか? 羽柴はどうだ?」

「俺は別にかまわないぞ」

「では、ご一緒してもいいですか?」

「いいぞ。じゃあ、3人で行くか」


 まさか、杏奈も一緒に行くことになるとは。何度も行ったことがあるならアニメイクを楽しめそうかな。昨日の歓迎会で杏奈はアニメを見たり、漫画や一紗の小説を読んだりすることは分かっているし。

 俺達は校門を出て、四鷹駅方面に向かって歩き始めるのであった。

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