第26話『定番スポット』

 お昼ご飯を食べた後は、四鷹駅に直結しているオリオ四鷹店に行く。

 サクラ曰く、色々なお店が入っているオリオは昔からの定番なので、ここにも行きたいと考えていたそうだ。

 火曜日と同じように、俺とサクラはオリオの中をゆっくりと歩く。土曜日の昼過ぎなのもあって、火曜日よりも人が多い。そんな中、


「水着か……」


 水着売り場の前でサクラが立ち止まった。俺達の目の前にあるのはレジャー用の水着ではなく、学校の授業で着るスクール水着だ。

 四鷹高校にはプールがある。なので、6月から9月の終わり頃まで体育で水泳の授業があるのだ。それなりに泳げるし、球技が苦手なのもあり体育の中では結構好きだ。

 体育は男女別で、女子のいない場所で授業をすることも多い。ただ、プールが1つしかないので、水泳は女子の姿が見える中で授業が行なわれる。去年、サクラのスクール水着姿を見て大人っぽくなったと思ったものだ。


「見ていくか?」

「……うん。ちょっとだけ」


 そう言うと、サクラは俺の手を引いて水着売り場に入っていく。今はまだ4月の半ばだし、スクール水着のエリアなので周りにはお客さんはあまりいない。

 中1まで、夏休みになるとサクラと必ずプールや海へ遊びに行っていたので、レジャー用の水着を一緒に見ることはあった。だけど、スクール水着は初めてだ。

 サクラは俺の手を離し、いくつかのスクール水着を手に取って見ている。サクラの側にいるからか、周りにいる店員やお客さんから変な視線は向けられていない。良かった。


「スクール水着にも色々あるよね。色とかデザインとか」

「そうだな」

「去年は紺色のスクール水着を着ていたんだ。買い換えるなら黒がいいかなぁ。去年、黒いスクール水着を着ている青葉ちゃんが綺麗だったから。今持っている水着を着られても、シーズンの近くになったら買おうかなぁ。2着持っていても損はないし」

「何かあったときのために予備に持っておくのはいいかもな」


 ちなみに、紺色のスクール水着姿のサクラははっきり覚えている。可愛かったし、綺麗だった。

 サクラの側にいることの多い小泉さんのスクール水着姿も覚えている。サクラの言う通り、綺麗だったな。スタイルがいいと何人かの男子が興奮していた。


「ちなみに、ダイちゃんはどっちを見てみたい? 紺色と黒色」


 上目遣いで俺を見つめ、少し首を傾げてそう訊くサクラ。こんなにも可愛く訊かれてしまっては、曖昧な返答はできないぞ。ここは正直に答えよう。


「……く、黒がいいな。去年は紺色だったし、黒いスクール水着を着たサクラがどんな感じなのか興味がある」

「……な、なるほど。黒か。黒ですかぁ……」


 俺がはっきりと返答したからか、サクラは頬をほんのりと赤くさせる。


「あと、私の水着姿に興味あるんだね。まあ、去年も水泳の授業のとき、たまに私の方を見ていたもんね」

「まあ……幼馴染だからな。というか、俺が見ていたのを気付いていたのか」

「男子の視線って気付きやすいからね。特にダイちゃんは幼馴染だもん。分かっちゃうって。それに、私もダイちゃんのことをたまに見ていたから。お、幼馴染だからね」


 そう言ってはにかむサクラはとても可愛らしくて、キュンとくる。

 正直なところ、去年の水泳の授業のとき、何度かサクラと目が合った気はしていた。それは気のせいじゃなかったんだな。俺が見ていたことに気付かれた恥ずかしさもあるけど、サクラが俺を見ていたことの嬉しさの方が強い。


「じゃあ、水泳の授業が近くなったら黒いスクール水着を買うね」

「……ああ。楽しみにしているよ」


 夏の楽しみが一つできたな。是非、今年の水泳の授業ではサクラの黒いスクール水着姿を拝みたいものである。

 あと、サクラじゃなくて一紗や和奏姉さんだったら、このタイミングで嬉々として「試着して黒いスクール水着姿を見せてあげようか?」とか言いそうだ。


「ダ、ダイちゃんがどうしても見たいなら……今、試着してみてもいいよ?」


 サクラは顔を一気に赤くさせ、俺にそんなことを訊いてくる。内容が内容なだけに、さっきまで俺に向いていた視線がちらつき始める。


「えっ? ……へっ?」


 サクラがそんなことを訊いてくるとは思わなかったので、気付けば間の抜けた声が漏れてしまっていた。


「だ、だから……楽しみだって言ってくれたから、特別に今見せてもいいかなって。ダイちゃんは幼馴染だし」


 そう言うと、気に入った水着があったのか、サクラは黒いスクール水着を手に取る。サクラは俺のことを見ながらはにかむ。

 ここで見たいと言えば、何分もしないうちにサクラの黒いスクール水着姿を拝める。ただ、試着という名目があるから問題ないとはいえ、プール以外の公共の場所で見るのは何か罪悪感を抱いてしまいそうだ。それに、サクラに着替えの手間もかけてしまうし。


「お、お気持ちは嬉しいけど、それは水泳の授業での楽しみにしてもいいか? そうすれば、そこまでの高校生活を頑張れそうだから」


 断り文句がなかなか思いつかないからそう言ったけど、これは本音だ。ただ、こんなことを言ってしまってさっそく後悔している。サクラに変態だと思われ、引かれてしまいそうだ。

 しかし、サクラはクスクスと笑い、


「そんなに新しいスクール水着姿が楽しみなの? まあ、ダイちゃんがそう言うなら、今日の試着はいいかな。楽しみがあると頑張れる気持ちも分かるし」


 黒いスクール水着をハンガーラックに戻した。引かれずに済んで良かった。ほっと胸を撫で下ろす。


「じゃあ、水着についてはこのくらいにして、他のところを回ろっか」

「そ、そうだな」


 サクラの方から手を繋ぎ、俺達は水着売り場を後にした。

 水泳の授業が始まる時期まではおよそ2ヶ月。未だにサクラと距離があったらとても長いだろうけど、実際にはサクラと仲直りできて一緒に住んでいる。きっと、あっという間に夏になって、プールの授業が始まるのだろう。

 サクラと2人きりでオリオの中を歩くのは3年ぶりだからか、慣れ親しんでいる風景が懐かしく思える。


「ダイちゃんと一緒ならここに来ないとね」


 辿り着いた先にあったのはアニメイク。


「確かに、昔からオリオに寄ると、ほぼ必ずと言っていいほどアニメイクに来ていたな」


 俺もサクラも、小さい頃から漫画やアニメが大好きだったので、ここには数え切れないほどに一緒に来ていた。品揃えも豊富であり、作品によっては特典も付くから。わだかまりのあった期間も俺はたくさん来ていたし、その中で何度かサクラを見かけたこともある。


「さあ、お店に入ろう」

「ああ」


 複数ある入口のうちの漫画コーナーに近い方から、お店の中に入る。

 昼過ぎという時間帯もあってか、アニメイクの中にも多くのお客さんがいる。何か女性に人気の漫画でも発売されたのだろうか。いつもよりも女性の比率が高いように思えた。そんなことを考えていると、


「きゃっ」

「あらあら、驚かせちゃった。ごめんね」


 背後からそんな声が聞こえたので振り返ってみると、そこにはロングスカートにパーカー姿の流川先生の姿が。先生はいつもの優しい笑顔を見せてくれる。


「愛実先生、こんにちは」

「こんにちは、流川先生」

「2人ともこんにちは。手を繋いでいるってことは……デート? 2人ってもう付き合い始めているの?」

「そ、そう見えますよね」


 顔を赤くしながらそう答えるサクラ。繋いでいる手から彼女の強い温もりが伝わってくる。

 休日に2人きりでお出かけしているところを見たら、デートって思う人は多いか。もう、これはデートと言ってもいいかもしれない。もしかしたら、週明けは友達から今日のことを訊かれるかもしれないな。


「えっと、その……今日はひさしぶりにダイちゃんと2人で駅周辺にお出かけしているんです。……ねえ、ダイちゃん。優子さんや羽柴君、杏奈ちゃんにもデートって言われたから、今日のお出かけはデートってことでいいかな?」

「もちろんいいよ。サクラとデートしてます、先生」

「昔は放課後や週末はダイちゃんとよく駅周辺に出かけていて。小さい頃はこうして手を繋いでいたので」

「なるほど。昔のような感じでデートをしているのね。1年生の頃は2人が話しているところをそんなに多く見なかったけど。文香ちゃんは去年よりも明るくなったし。やっぱり仲のいい幼馴染なのね」


 1年生の頃はクールで、小泉さんなどの友人と話すときに、たまに楽しそうな笑顔を浮かべる程度だった。だから、2年生になってからのサクラを見ると、去年よりも明るくなったと思うのだろう。


「これが本来の私達ですね。ざっくり話すと、中2の始め頃に色々とあって、今年の春休みまでダイちゃんとわだかまりがあったんです。高1のときは、少しはダイちゃんと話すようにはなっていたんですけどね。明るく見えるのは、ダイちゃんと仲直りできたからだと思います」

「なるほどね。だから、ひさしぶりなんだ」

「そうです。ダイちゃんと楽しんでいます」

「……ところで、流川先生は今日も歴史関係かBLの小説か漫画を買いに来たんですか?」


 俺がそう問いかけると、流川先生は目を輝かせて、まだ会計を済ませていない書籍の表紙を見せてくる。様々な美しき男性の絵が描かれているな。


「そうよ! 時代を超えたBL歴史アンソロジーコミック! 織田信長×武蔵坊弁慶とか、坂本竜馬×徳川家康とか。色々なカップリングがあってたまんないの!」


 はあっ、はあっ……と興奮した様子で語る流川先生。日本史と世界史の教師であり、BL好きの流川先生にとってはドンピシャな作品なのだろう。

 21世紀、令和という時代になって、自分の生きていない時代の男との絡みを妄想され、漫画で描かれるとは、歴史上にいる数々の偉人達も想像できなかっただろうな。


「愛実先生。読み終わったら、私に貸してくれませんか? 興味あります」


 サクラはBL作品が好きだからな。日本史は好きで、題材によっては大河ドラマも観る。BL作品だから一紗も興味を示しそう。


「もちろん! そのときは速水君も楽しんでね!」

「……まあ、気が向いたら」


 とは答えたけど、おそらく俺は読まないだろう。この前、羽柴と一緒に一紗のBL小説を読んでお腹いっぱいだし。


「じゃあ、私はこの漫画を買って帰るわ。2人ともお出かけを楽しんでね」

「ありがとうございます、愛実先生も漫画楽しんでくださいね」

「また月曜日に」

「ええ」


 流川先生は小さく手を振ってレジの方へ歩いて行った。内容によっては、次の日本史の時間にも熱弁しそうな気がする。

 俺達も漫画やラノベコーナーを廻り、それぞれが欲しい本があったので買うことにした。

 アニメイクの後にした俺達は、これまた定番のゲームコーナーに行く。

 この前、ハチ割れ猫のぬいぐるみを撮ったクレーンゲームの中身が、同じぬいぐるみシリーズの黒猫に変わっていた。なので、昔のようにサクラから100円を受け取り、一発で黒猫のぬいぐるみをゲット。これにはサクラも大喜びしてくれた。

 その後もアパレルショップや音楽ショップに行くなど、オリオでの時間を楽しんだ。


「今日はダイちゃんと一緒に行きたいお店に行けて、美味しいものを堪能できて、ぬいぐるみもゲットできて。凄く楽しいデートだった!」


 オリオを後にしたサクラは満足そうにそう言ってくれた。凄く楽しいデートという言葉に俺も嬉しくなる。


「俺もサクラとデートできて楽しかったよ。あと、知り合いにも会ったな」

「そうだね。駅の方へお出かけすると、帰りはマンションのエントランスまで一緒に歩いて、そこでお別れすることが多かったけど、今は帰りもずっと一緒なんだよね」

「帰ってからも一緒だけどな」

「そうだね。嬉しいな」


 ニッコリとするサクラの可愛い笑顔は、夕陽に照らされてとても綺麗だ。

 好きな人と帰ってからも一緒にいられるのは嬉しいな。好意を抱いてから、こういう時間は名残惜しく思っていた。当時の自分に、サクラと一緒に住むようになって、帰る場所が同じになると教えてあげたいよ。


「これからも2人でお出かけしようね」

「ああ、もちろんさ」


 そのときはまた、こうして手を繋いでサクラと一緒に歩こう。いつもサクラと肌が触れ、温もりを感じられるのは嬉しいから。

 サクラの手を握りながら、彼女が3月まで住んでいたマンションを通り過ぎたとき、今までとは違った生活を過ごしているのだと実感したのであった。



 夜になり、一紗と羽柴、小泉さんから、5人のグループトークに『今日は楽しかったか?』という旨のメッセージが来た。なので、サクラも俺も『デート楽しかった』と返信したのであった。

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