第25話『ラーメン大好きサクラさん』
午前11時45分。
サクラと俺は小鳥遊さんと一緒に猫カフェから出る。サクラと俺は60分コースだけど、小鳥遊さんは30分コースの料金を支払っており、利用時間の終わる時刻が同じ頃だったからだ。
お昼前なので、家を出発したときと比べて暖かい。
「先輩方のおかげで、とても楽しい時間になりました! ありがとうございます!」
「こちらこそありがとう、杏奈ちゃん。また一緒に来ようね」
「はいっ!」
「俺も楽しかったよ。学校のことで相談したいことがあったら、俺やサクラにいつでも連絡してくれ。あと、これからもマスバーガーに来てくれると嬉しいな」
俺がそう言うと、小鳥遊さんは俺の方を向く。小鳥遊さんは俺達のことを見ながら持ち前の明るい笑みを浮かべ、ゆっくりと首肯した。
「ありがとうございます。これからも、マスバーガーには定期的に行きますね! 友達との待ち合わせの時間も近くなってきたので、あたしはこれで失礼します」
「うん、楽しんでね」
「またな」
俺達が手を振ると、小鳥遊さんはニッコリと笑い、こちらに向かって軽く頭を下げる。そして、四鷹駅の方に向かって歩いていった。
「さてと、俺達はこれからどうしようか。もうすぐお昼時だけど」
「いい時間だよね。ダイちゃんはお腹空いた?」
「タピオカティーを飲んだけど、お腹空いてきたな。サクラはどうだ?」
「私も空いてきた。じゃあ、お昼ご飯を食べに行こうか。そのお店がどこかは着くまでのお楽しみね。ヒントは1年くらい前にオープンした北口にあるお店で、ダイちゃんが行ったことがあるかもしれないってことかな」
「おぉ、そうか。どこなのか楽しみにしているよ」
「うんっ!」
俺はサクラに手を引かれる形で歩き始める。
北口にある1年ほど前にオープンしたお店か。それで、俺が行ったこともあるかもしれないのか。ここ何年かで色々なお店がオープンしたからなぁ。
最近行った北口の飲食店で、比較的新しい雰囲気だったのはラーメン屋、そば屋、パスタ専門店、全国チェーンの喫茶店かな。麺類多いな。俺も羽柴も友達も大好きなんだもん。
サクラが行きそうなところだと、パスタ専門店や喫茶店あたりか。いや、パンケーキ店とかもあり得そうだ。サクラは甘いものが大好きだし。
「ふふっ。ダイちゃん、どこなのか考えているね」
「こういうことで予想するのは好きだからな。でも、ここ何年かで駅の近くにオープンしたお店は多いから絞りきれない……」
「そっか。もうすぐに答えが分かるよ」
笑顔でそう言うサクラ。
すぐに答えが分かるなら、もう考えるのは止めておくか。どんなお店に行くのか楽しみにしよう。
「ここだよ、ダイちゃん」
「……おぉ、ここかぁ」
俺達が立ち止まったところにあるのはラーメン屋さん。お店の黒い看板には白い文字で『四鷹豚骨ラーメン』と毛筆のフォントで力強く描かれている。だからか、雄々しい印象を抱かせる。
「ここのラーメン屋さん、ダイちゃんは来たことある?」
「うん。何度か来たことあるよ。羽柴達とはもちろんだけど、バイト帰りに1人で来たこともある。結構美味しいし安いからさ」
「そうだったんだ。良かったぁ」
「まさか、サクラにラーメン屋に連れて来られるとは思わなかった。でも、今までもサクラはラーメンを美味しそうに食べていたか」
「私もラーメンが大好きだからね。このラーメン屋さんが去年の春頃にオープンしていたのは知っていたけど、この佇まいだから友達と一緒には行きづらくて。食べるのが大好きな青葉ちゃんや一紗ちゃんとなら大丈夫そうだけど。1人でも何だか入りづらくてね」
「……確かに、この外観だと女性だけでは入りづらそうだな」
だから、俺と一緒にここに食べに行こうと考えたと。可愛い幼馴染だ。
あと、記憶の限りだと……女性客はあまり多くなかった気がする。女性だけのグループはいなかったと思う。
「よし、じゃあ中に入るか」
「うんっ!」
お店の中に入ると、ほぼ全ての店員さん達がこちらを向いて、
『いらっしゃいませー!』
と大きな声で言ってきた。男性の店員さんが多いから、その声にパワーが感じられる。女性の声があるものの、このデカい声がけも女性が入りづらい一因になっているのかも。
土曜日のお昼前なのもあって、カウンター席もテーブル席も結構埋まっているな。今日も男性客が多く、女性客は家族連れやカップル程度だ。お店の中を見ると、女性の店員さんがこちらにやってくる。
「いらっしゃいませ! 2名様ですか?」
「はい」
「テーブル席とカウンター席がありますが。どちらにしましょうか?」
「私はどっちでもいいよ、ダイちゃん」
「じゃあ、カウンター席でお願いします」
「かしこまりました。2名様入りまーす!」
元気に言うと、店員さんは俺達を端のカウンター席へと案内する。
今は隣が空いているけど、これからどういう客が来るか分からない。なので、端の席にサクラ、その隣に俺が座ることに。俺がメニューを取って、サクラと一緒に見ることに。
「ダイちゃんの言う通り、学生に優しいお値段だね」
「四鷹高校もあるし、北口には百花さんの通う日本芸術大学や、東都科学大学とかがあるからな。ちなみに、学生証を見せると、麺の大盛りかトッピング1つが無料になるんだ。俺はいつも麺大盛りにしてる」
「へえ、そうなんだ! 何かトッピング1つ付けようかな。ちなみに、オススメってどれ?」
「やっぱり、ここは豚骨ラーメンがオススメだな。塩豚骨も醤油豚骨も美味しいぞ」
「看板に描いてあるもんね。豚骨ラーメンが好きだから、私は塩豚骨にするね。トッピングは味付け玉子にしよう」
「俺は醤油豚骨にするよ。じゃあ、店員さんを呼ぶね。すみませーん」
俺は醤油豚骨ラーメンの大盛り、サクラは塩豚骨ラーメンでトッピングに味付け玉子を追加。学生証を見せたので、麺大盛りと味付け玉子は無料となった。
注文し終わると、サクラはショルダーバッグからピンクのヘアゴムを取り出す。
「サクラ、こういうときに髪を結ぶんだ」
「家だと結ばないことが多いけど、外で麺類を食べるときは結ぶこともあるよ。3年前に喧嘩するまでは小鳥遊さんくらいの髪の長さだったから、結ばなかったけどね」
微笑みながらそう言うと、サクラはヘアゴムを咥え、セミロングの髪をポニーテールの形にまとめていく。今の仕草を見るのは初めてなので新鮮だ。昔がショートヘアだったからか、こういうことをするサクラがとても大人っぽく見える。
今までポニーテールにしている姿はあまり見たことがなかったけど、サクラは特に苦戦する様子はなく、スムーズに髪をポニーテールにまとめた。
「はい、ポニーテール完成」
「……似合ってるな。今まで、夏休みとか暑い時期にポニーテールにしていたサクラを何度か見たことあるよ」
「こうしてまとめると、首とかが涼しくなるからね。……ダイちゃんがそう言ってくれるなら、今年も暑くなったらたまにポニーテールにしようかな」
「それがいいよ」
「……もしよければ、ポニーテールの私、スマホで撮る? 似合うって言ってくれたお礼に」
「……遠慮なく」
サクラに壁側の席に座ってもらって良かった。店員さんや周りのお客さんに迷惑がかかりにくいから。それに、サクラだけが写る写真が撮りやすいからな。
俺はスマホでポニーテール姿のサクラの写真を撮る。その際、サクラは笑顔でピースサインしてくれた。今日はサクラの可愛らしい姿をたくさん写真に収められて嬉しいな。
「お待たせしました! 醤油豚骨ラーメンの大盛りと、塩豚骨ラーメンの味付け玉子乗せになります」
さっきの女性の店員さんが、俺達の注文したラーメンを持ってきてくれた。
目の前に醤油豚骨ラーメンが置かれる。とっても美味しそうだ。いい匂いもしてくるし、凄くお腹が空いた。
サクラが自分の注文した塩豚骨ラーメンをスマホで撮っているので、俺もそれに倣うことに。
「うん、いい写真が撮れた。じゃあ、そろそろ食べよっか」
「ああ、そうだな。いただきます」
「いただきます!」
まずはレンゲでスープを一口。……あぁ、豚骨の旨みが口の中に広がっていく。濃さもちょうどいいし俺好みだ。
そして、ラーメンを一口すする。
「うん、美味しい」
「塩豚骨も美味しいよ」
「だろう? サクラの口に合って良かった」
「本当に美味しいよ。今度は青葉ちゃんや一紗ちゃん、羽柴君とも一緒に行きたいな」
「そうだな」
5人でご飯を食べるのは楽しいし。
サクラは笑顔で塩豚骨ラーメンをすする。本当に美味しそうに食べるなぁ。オススメしたから嬉しい気分になる。あと、トッピングで注文した味付け玉子を食べたときは、美味しいのかとても幸せそうな顔になって。その顔もスマホで撮りたいくらいだ。
「……そうだ。サクラさえ良ければ、一口交換するか? 俺の方は麺大盛りだし、サクラが俺の醤油豚骨を一口食べるだけでもいいけど」
小さい頃は、違うメニューを注文すると、大抵はサクラと一口交換する。だから、こういう提案してみる。昔はいつもサクラから「一口交換しよう!」って言ってきたな。
昔からの定番とはいえ、俺から提案されるとは思わなかったのか、サクラの食べる手が止まる。ゆっくりとこちらを向くサクラの目は見開いていた。
「ダイちゃんがそんなことを言ってくるなんて。珍しい。初めてかも」
「いつもサクラか、和奏姉さんがいるときは姉さんが提案していたからな。それで、どうだろう?」
「もちろんいいよ! 一口交換しよっか」
「ああ。交渉成立だな」
俺はサクラとラーメンの丼を入れ替える。なので、俺の目の前にはサクラの食べかけの塩豚骨ラーメンが。一口だけじゃなくて全部食べて、スープも飲んでしまいたいけど……ちゃんと一口だけ食べよう。そう思って、塩豚骨ラーメンを一口食べる。
「……うん、塩豚骨も美味しいな」
「美味しいよね。醤油豚骨も美味しいよ。食べさせてくれてありがとね」
「こちらこそありがとう。それに、昔からこうして一緒に食べるときは、一口交換が定番だからさ。火曜日に遊んだときも一口交換したから、今回もそうしたくて。あとは塩豚骨ラーメンを一口食べて見たかったのもある」
こういうことを話すと、何だか恥ずかしい気持ちになってくる。ここには他の人もいるし。俺の隣の席に座っているおじさんはラーメンを食べているのに夢中だから、今の俺の話は聞こえていなさそうかな。
すると、サクラは手を当て「ふふっ」と楽しそうに笑う。
「そうだったんだ。実は私も同じことを考えてた。昔みたいにダイちゃんと一口交換して、醤油豚骨を一口食べたいなぁって。だから、そろそろ一口交換したいって言おうと思っていたの」
「そうだったのか」
「だから、ダイちゃんから言ってくれて嬉しかったよ。ありがとう」
そう言って俺に向ける明るい笑顔は、凄く可愛くて魅力的で。昔も俺の頼んだ料理を一口あげて、それがサクラの好みに合ったものだと今のような笑顔を見せてくれたっけ。見た目は大人っぽくなったけど、変わらない部分もある。それが嬉しい。
サクラと一口交換したから、個人的には大満足な昼食になった。
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