第27話『新人さんいらっしゃい-前編-』

 4月12日、日曜日。

 今日は午前10時からバイトがあるけど、午前6時半に目が覚めた。スッキリと目覚められたのは、昨日サクラとデートしたからかな。昨日のデートは本当に楽しかった。

 今日も朝からよく晴れており、清々しい気分になれる。

 昨日はサクラとデートを楽しんだから、今日のバイトは今まで以上に頑張れそうだ。これからは日曜日だけバイトがあるときは、必ず土曜日にサクラと2人でお出かけしたり遊んだりするといいんじゃないか?


「それにしても、『今日は少し早めに来てほしい』ってどういうことなんだろう?」


 実は昨日の夜、萩原店長から電話がかかってきて、


『すまないけど、明日は少し早めに来てくれるかな。大事な話があるんだ』


 と言われたのだ。大事な話って何だろう? もしかして、萩原店長が異動して別の店長になるとか? もし、異動だとしても、俺が普段よりも早く出勤する必要性は感じられない。

 あと、考えられるのは……俺に何か役職が与えられるとか? バイトリーダーとか。ただ、現在のリーダーは数年以上バイトしている方だし、その方が辞めそうだという話は聞いたことがない。それに、百花さんなどの先輩がたくさんいるから、きっとその話でもないだろう。

 百花さんにも訊いてみると、彼女も俺と同じことを店長に言われたという。どんな内容なのか心当たりはないらしい。


「まあ、それも出勤すれば分かる話か」


 萩原店長のことだ。俺にとって、不利益になる事態になることは避けてくれるだろう。


『文香ちゃん、ちょっと話があるんだけどいいかしら』

『はい、何ですか?』


 廊下から母さんとサクラのそんな会話が聞こえてくる。母さんの声色からして、何か不測の事態が起こったように思える。もしかして、哲也てつやおじさんと美紀さんの身に何かあったのか?

 部屋の扉を開けてサクラの部屋の方を見ると、


「ありがとう、助かるわ」

「気にしないでください。1年の頃から、週末に単発のバイトとか、夏休みや冬休みに短期のバイトをやっていましたから。お金が入るのは嬉しいです」

「ありがとう。じゃあ、9時半を過ぎたら一緒に行こうね」


 母さんがサクラの頭を撫でていた。2人とも笑顔を浮かべているので、まずい事態にはなっていないようだ。


「母さん、サクラ。何かあったのか?」

「パート先のスーパーで、今日のシフトに入る人が何人も来られなくなっちゃって。シフトに入っていない人も、外せない用事がある人が多くて」

「だから、私が助っ人に呼ばれたの。午前10時から午後1時までの3時間。試食コーナー中心のお仕事になるみたい」

「文香ちゃんは料理の腕は確かだし、笑顔が素敵だから適任だと思って」

「母さんの言う通りだな」


 サクラにピッタリな仕事内容だと思う。料理上手だし、接客も……去年、オリオの中にあるお店で期間限定の商品を販売している姿を見たとき、サクラは笑顔でこなしていた。だから、きっと今回も大丈夫だろう。

 バイトの制服姿のサクラを見て、彼女の作ったものを試食してみたかったけど、午前10時から午後1時までだと俺のバイトと丸被り。近いから休憩時間に抜け出してスーパーに行くのも可能だけど、そこまでの度胸はない。


「じゃあ、今日はお互いにバイトか。頑張ろうな、サクラ」

「うん。頑張ろうね、ダイちゃん! 気が向いたら、マスバーガーに行こうかなと思っていたんだけど、バイトをしてからだと疲れて行けないかもしれない。そうなったらごめんね」

「気にしないでいいよ。バイトが終わって、店に行く元気があれば来てくれ。サクラもバイトしていると思うと、今日の仕事を頑張れそうだよ」


 俺がそう言うと、サクラは頬をほんのりと赤くして笑顔を見せる。


「……私も。ダイちゃんが頑張っていると思うと頑張れそう。スーパーの中には優子さんもいるし」

「私が文香ちゃんの面倒を見るから安心してね」


 母さんと一緒なら、急なバイトでも安心だな。サクラも今のような笑顔を見せられれば、お客さんにも好印象を与えられるんじゃないだろうか。

 それにしても、サクラがバイトをすることになるとは。予想してなかったな。俺も予想外のことを店長に言われそうで不安になってきたのであった。




 午前9時40分。

 萩原店長に言われた通り、今日は普段よりも早めに出勤する。スタッフルームに行くと、そこには萩原店長と制服姿の百花さんの姿があった。2人とも微笑んでおり、特に深刻そうな様子は見られない。


「おはようございます、店長、百花さん」

「おはよう、大輝君!」

「大輝君、おはよう。早めに来てくれてありがとう」

「いえいえ、すぐに制服に着替えてきますね」


 俺は男性用のロッカールームに行き、マスバーガーの制服へと着替える。

 さっき、2人は微笑んでいたな。余計に何を言われるのか分からなくなってきた。悩ましそうな様子であれば、こちらも心構えができるんだけど。

 着替え終わり、スタッフルームに戻ると、店長はホットコーヒー、百花さんはホットティーを飲んでゆっくりとしていた。


「着替えてきました。さっそくですけど……俺に話したい大事な話って何ですか? 百花さんにも連絡したそうですが」

「あたしも萩原店長からああいう連絡を受けたのは初めてなので、全然分からないです」

「ははっ、そうかい」


 萩原店長は上品に笑うと、ホットコーヒーを一口飲む。


「モヤモヤさせてしまったならすまなかったね。大輝君と百花君に早めに来てもらったのは他でもない、今日から新しいバイトの子が入ることになったんだよ。その子はバイト自体初めてだそうだ。その子にはフロア担当になってもらう。なので、2人に指導係を頼まれてほしい。メインは大輝君で、サポート的な立場は百花君がいいと私は考えている」

「指導係ですか……」


 大事な話っていうのは、新人のバイトさんの指導係の打診だったのか。最悪、バイトをクビになるかもしれないとも考えていたのでほっとした。


「大輝君はバイトを初めてから1年近く経ちますし、フロアの仕事は1人で難なくこなせていますもんね。指導する方になってもいい頃だと思うけど、大輝君はどう?」

「勉強はともかく、仕事を教えた経験はあまりありませんが……百花さんもサポートについてくださるのであればやれそうです」

「もちろんサポートするよ!」

「うん。2人からいい返事を聞けて良かった。私もサポートしていくから安心してほしい」

「分かりました」


 今日から、バイトで後輩ができるのか。2年生になってから初めて登校する日に、サクラも「後輩ができてもきっと大丈夫だと思う」と言ってくれた。バイトの先輩として頑張るか。


「そういえば、今日からバイトを始める人ってどんな方なんですか? バイトをするのが初めてだと言っていましたが」


 高校1年か大学1年の可能性が高そうかな。同い年か年下ならまだしも、年上だったらちょっとやりにくそうだ。


「もうすぐ来るし、来てからのお楽しみということで。きっと、大輝君と百花君ならすぐに仲良くなれる人だと思うよ」


 そう言ってウインクし、再びホットコーヒーを一口飲む萩原店長。ここでお茶目な部分を発揮しないでくれませんかね。まあ、もう少しで分かるなら訊かないでおくか。

 でも、俺や百花さんならすぐに仲良くなれそうな人って誰なんだ? サクラ……は既に仲直りしているし、そのことは店長も知っている。それに、サクラは母さんのパートするスーパーに助っ人として行っているし。まさか、一紗か? ただ、一紗も俺の友人だと紹介しているしなぁ。

 ――コンコン。

 従業員用の出入り口の方からノック音が聞こえた。


「……来たかな」


 そう呟くと、萩原店長はカップをテーブルに置いて、従業員用出入口に向かう。既に働いている従業員ならノックしないだろうから、おそらく例の新人さんだろう。


「おはようございます!」

「おはよう。時間前にちゃんと来てくれたね」


 ……あれ? この元気で可愛らしい声……今までに何度も聞いたことあるし、つい最近もこの声の持ち主と話したような。昨日あたりに。


「君の指導係になる人と、他にも何人かスタッフルームにいるから、まずはその人達に挨拶しようか」

「はい!」


 ゆっくり振り返ると……そこには店長と私服姿の小鳥遊さんの姿が。小鳥遊さんは俺と目が合うとニッコリ笑ってくれる。確かに、小鳥遊さんとならすぐに仲良くなれそうかな。


「みなさん。お話があります。こちら、今日からうちで働くことになった小鳥遊杏奈さんです。フロア担当になります。ですので、特にフロア担当の方は気にかけてあげてください。……小鳥遊さん、簡単でいいから挨拶をしてくれるかな」

「はい。初めまして、四鷹高校1年の小鳥遊杏奈といいます。バイトは初めてですが頑張ります。これからよろしくお願いします!」


 明るい笑顔でそう自己紹介すると、小鳥遊さんは俺達に向かって頭を下げた。そんな彼女に、スタッフルームにいる従業員達は拍手を送るのであった。

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