第20話『待ち合わせ』
4月11日、土曜日。
高校2年生の学校生活が始まってから初めての週末。
昨日のバイトの帰りにサクラと話したけど、この1週間は濃い日々だった。なので、ひさしぶりに土曜日を迎えたような気がする。今は高校生でサクラと同じクラスだからこれでもいいけど。大人になったら、早く土曜日になれと思うのだろう。社会人になってからは特に。毎週土日はしっかりと休める職に就こう。それは難しいのかもしれないけど。
今日の天気は晴れ時々曇り。雨が降る心配もないので、お出かけをするにはいい天気だな。楽しい一日にしたい。
午前9時55分。
俺は待ち合わせ場所であるサクラの部屋の前にいる。自分の部屋を出てから、徒歩で数秒もかからない。
ちなみに、サクラとはここで午前10時に会うことになっている。昨日、夕食を食べた後にサクラから、
「せっかく場所を決めたんだから、時間も決めない? 私の部屋の前で会うから、きっちり決めなくてもいいかもしれないけど。ただ、決めた方がより待ち合わせしている感じがするから」
と提案されたからだ。
自宅の中で待ち合わせをするのは初めてだから、何だか不思議な感覚だな。
ただ、小学生の頃、サクラの部屋の前で待ったことはある。サクラが以前住んでいたマンションのエントランスで待ち合わせをしたとき、時間が過ぎても全然来なかったので、彼女の家に行ったのだ。ちなみに、そうなった理由はサクラが寝坊し、着る服に迷ったから。
逆にサクラが俺の部屋の前で待っていたことはない。ただ、和奏姉さんと3人で遊びに行くとき、姉さんが着る服を迷ったり、財布を探したりしていたので、サクラと一緒にここで待っていたことは何度かある。
「お待たせ、ダイちゃん」
扉が開くと、部屋の中から淡いベージュ色のワンピース姿のサクラが出てきた。シルバーのネックレスがキラリと光り、大人な雰囲気が感じられる。襟付きなので、一紗がこの前着てきたワンピースとはちょっと雰囲気が違う。火曜日とは違って、今日は赤いショルダーバッグを肩に掛けている。
「そのワンピース似合ってるな、サクラ」
素直に服装の感想を言うと、サクラは嬉しそうな笑顔になる。
「ありがとう、ダイちゃん。今日もダイちゃんはジャケット姿がかっこいいね」
「ありがとう」
「……ちなみに、待った?」
「ううん、全然。今は待ち合わせの午前10時ピッタリだし、気にしなくていいよ。俺はついさっきここに来たから。数分くらい前かな」
「……そうだね。知ってた」
あははっ、とサクラは楽しげに笑う。サクラにつられて俺も笑う。
「住んでいる家の中でこういう話をするの、おかしくて楽しいね」
「シュールな感じがしていいよな」
「……でも、これからはこれが普通になるんだよね。家の中か、外でも門の前で待ち合わせして一緒にお出かけするのが」
頬をほんのりと赤くしてそう言うサクラが可愛くて、キュンとなる。そして、「これが普通になる」という言葉にほっこりとした気持ちにさせられる。サクラと目が合って笑顔を向けられると、その気持ちに嬉しさが混ざっていく。
「じゃあ……行こうか、サクラ」
「うんっ!」
サクラと俺はゆっくりと歩き出し、1階へ降りていく。リビングを覗くと、両親がコーヒーを飲みながらのんびりしていた。
「じゃあ、サクラと一緒に出かけてくるよ」
「夕飯までには帰ってきますね」
「ああ。車とか窃盗犯には気を付けて」
ちょうど1週間前に連続窃盗犯の被害に遭ったからか、父さんは穏やかな口調でそんなことを言ってくる。あの事件からまだ1週間しか経っていないんだな。
「2人とも楽しんでくるんだよ」
「デートをね!」
うふふっ、と母さんは楽しそうに笑う。いい夫婦コンビネーションである。そのことで、サクラはさっきよりも頬の赤みが強くなる。そういえば、最初に出かけることを伝えたときも、母さんは「そうなの~」と、とっても楽しそうにしていたっけ。
「サクラと2人きりで出かけるのはひさしぶりだし、楽しんでくるよ」
「た、楽しんできますね! 優子さんと徹さんも夫婦水入らずの時間を楽しんでください!」
「ありがとう、文香ちゃん。徹君、せっかくだから今日はお家デートしましょうか。新婚時代に2人でよく観た『
「おぉ、いいね。一緒に観ようか。ただ、全26話だから、明日にかけて全話観ていくのがちょうど良さそうだね」
「それがいいわね。夜に寝室でベッドで寝ながら観るのもいいかも!」
いつになく、キャッキャとはしゃいでいる母さん。
うちの両親はアニメ好き。特に父さんは、幼少期から20代くらいまでにハマったアニメのDVD-BOXやBlu-ray-BOXを買うほど。両親らしいお家デートだと思う。これから観ようとしている『夜桜大戦』を含めて、何度も父さんにDVDやBlu-rayを借りたな。一緒に観たこともあった。
「2人きりなんだし、お昼ご飯は徹君の好きなものを作ってあげるわ」
「ありがとう、優子。そうだな……お昼ご飯は大好物のきつねうどんがいいな」
「うんっ!」
早くも2人の世界ができつつあるな。
「凄くラブラブだね、優子さんと徹さん」
「そうだな。2人はお家デートするそうだし、俺達はそろそろ行こうか」
「そうしようか。では、行ってきますね」
「行ってきます」
『いってらっしゃい』
笑顔も声も揃えてくるとは。うちの両親は息ピッタリの夫婦である。俺もサクラとこれから何十年経っても笑い合っていたいものだ。
サクラと一緒に外に出ると、とても心地よく感じた。穏やかに吹く風が涼しくて気持ちいいからだろうか。それとも、家の中……特にリビングが暑かったからだろうか。
「じゃあ、とりあえずは駅の方に向かって歩くか」
「そうだね。ただ、その前に……」
サクラは俺に右手を差し出してくる。
「ひさしぶりに2人きりで駅の方へお出かけするんだし、今日は休日で駅の周りは人がたくさんいるかもしれないから、はぐれないように……手を繋ごう? できれば、歩いているときは基本的に手を繋ぎたいな」
可愛らしい声でそう言うと、上目遣いで俺のことを見てくる。それだけでも可愛いのに、ちょっと首を傾げる仕草がさらに可愛い。
サクラのことが好きだし、高校生になると手を繋ごうと言うのは勇気が要る。だから、向こうから言ってくれるのは嬉しいし有り難い。
そういえば、先週末のお散歩のときもサクラが手を繋ごうって言ってくれたよな。俺と仲直りしたからなのかな。それとも、俺のことが……?
「ダイちゃん?」
「……ああ、ごめん。手を繋ごうって言われたから、昔のことやこの前のお散歩のことを思い出してた」
「ふふっ、そうだったんだ」
「今日はずっと手を繋ごっか」
「ありがとう」
俺はそっとサクラの右手を掴み、駅の方に向かって一緒に歩き始める。
俺達のことを誰か友達や知り合いに会ったら……お出かけ中って言えばいいか。中学までの俺達しか知らない人と会っても、先日仲直りしたと言えば納得してくれるだろう。サクラの御両親の都合だとはいえ、一緒に住み始めたと言ったらかなり驚かれそうだ。
「今日は晴れて良かったよね。雨が降る心配もないし、絶好のお出かけ日和だね」
「そうだな。陽差しの温もりも、風の涼しさも気持ちいいし」
「確かに。じゃあ、今日は絶好中の絶好かもっ!」
温かさも涼しさも気持ち良く感じられる今の時期は、お出かけするにはいいもんな。絶好中の絶好と言うのも納得だ。
「ところで、ダイちゃんは私と行きたいお店とかある? 私はいくつか候補はあるんだけれど」
「2人きりで行くのはひさしぶりだからなぁ。ここには絶対に行きたいと思っているのは今のところ1つだけだ」
「そうなんだ。どこ?」
「パールヨタカ。羽柴がバイトを初めてから、何度か行ったことはあるけど、サクラとは行ったことがないからさ。確か、オープンしたのは中2の夏だったし。サクラは甘いもの好きだからどうかなと思って」
「候補の1つに入ってるよ! じゃあ、パールヨタカに行こう!」
「うん」
最初の行き先が決まったからか、俺の手を握る力が強くなる。
今日、羽柴はバイトしているかな。今日遊ぼうと誘われなかったし、シフトが入っている可能性は高そうだ。
あと、羽柴に今日はサクラと2人きりで出かけることを言わなかったな。もし、お店で会えたら、彼がどんな反応をするか楽しみだ。
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