第21話『カップルに見えるみたい。』
土曜日の午前中なのもあり、四鷹駅の周辺には世代を問わず多くの人がいる。俺達のように男女2人で歩く人もいれば、家族連れや若い数人のグループ。部活や仕事があるのか、制服姿やスーツ姿の人もいる。
火曜日にみんなで遊んだとき、駅まで2人きりで来たけど、あのときとは違って今は手を繋いでいる。だから、見慣れたこの景色が新鮮に感じた。
「土曜日だから結構人がいるね」
「そうだな。それに、駅の周辺はお店が多いからな。四鷹駅は利用する人が多いし、土曜のこの時間帯だと、これから電車に乗ってどこかへ出かける人もいそうだ」
四鷹駅からは都心方面はもちろんのこと、千葉方面に行ける路線や地下鉄に直結する路線もある。反対方面では山梨の方にも行けるし。
「私達も昔は映画とか遊園地とか、電車に乗って遊びに行ったよね」
「行ったなぁ。……サクラはあれからも観に行っているのか? 中1まで毎年一緒に観たクリスの劇場版シリーズ。和奏姉さんから、サクラと一緒に観に行ったって話は聞いたことあるけど」
中1までは、毎年4月の半ばに公開される国民的推理漫画『名探偵クリス』の劇場版をサクラと一緒に観に行っていた。ゴールデンウィークまでに観に行くのがお決まりだったな。俺達が小さい頃は両家みんなで観に行ったっけ。
サクラとのわだかまりができてしまった中2以降、和奏姉さんと2人で観た年もあれば、友達と一緒に観た年もあった。
「うん、和奏ちゃんや友達と観に行ってるよ。私も好きだし、あの漫画が好きな友達は結構いるから」
「そうなんだ。俺も毎年必ず観に行っているよ。もし、まだ観に行く予定がなかったら、今年は俺と一緒にクリスを観に行かないか? ゴールデンウィークまでには」
小さい頃は一緒に観に行くのが当たり前だったとはいえ、何だか緊張する。もし行けることになったら、4年ぶりになるけど。
すると、サクラは俺の目を見ながらニッコリと笑う。
「いいよ! まだ予定ないし。ゴールデンウィークまでには一緒に観に行こうか」
「……良かった」
「ふふっ。……もし予定が入っていたとしても、ダイちゃんとなら絶対に観に行くけどね」
明るい笑顔を見せながらそう言うサクラ。今の一言に凄くキュンとなり、全身が一気に温かい気持ちで満たされていく。
「友達と観に行くのも楽しくていいんだけど、ダイちゃんや和奏ちゃんと一緒の方がより楽しいというか。小さい頃から一緒に観に行っていたからかな?」
「……俺もサクラと一緒に観るのが一番いいって思ってるよ。小さい頃から観に行っているから、『観た!』って感じがするんだ」
「それ分かる! ダイちゃんや和奏ちゃんと一緒だと『劇場まで観に行った!』『映画を楽しめた!』って感じになるんだよね」
「ははっ、そうか」
嬉しいことを言ってくれるな、サクラは。
思い返すと、映画を見終わるとサクラは興奮気味になることが多い。その後に食事をしたり、映画のパンフレットを観たりしながら作品の感想を語り合うこともある。今度、映画を観に行くときには、映画を観た後のサクラがどんな感じなのか楽しみにしよう。
映画のことを話しながら歩いたこともあり、俺達は四鷹駅の構内を歩き、パールヨタカのある北口に来ていた。駅の近くにあるため、お店が見えている。休日なのもあってか、若い女性のお客さん中心に行列が成されている。
「結構並んでいるね」
「ああ。結構繁盛しているんだな。そういえば、サクラってここには?」
「青葉ちゃんとか友達と一緒に何度か。だから、羽柴君がバイトしている姿も見たことあるよ。友達の中には羽柴君目当てで行く子もいる」
「そうなのか」
羽柴はかなりイケメンだし、接客するときはもちろん常に笑顔。俺も今までに何度も行ったことがあるけど、いつも誰かしら羽柴のことを見ている女性のお客さんがいる。サクラの友達のように、羽柴目当てのお客さんは結構いると思われる。
お店に到着して、俺達は待機列の最後尾に並ぶ。羽柴と何度も行っている漫画やアニメでのイベントの物販で並んだときに比べれば短いな。
「ちょっと待っちゃうね。ごめん」
「このくらいは全然。むしろ、こういう楽しみなことを待つのは好きな方だし」
「……そう言ってくれて良かった」
サクラはほっとした様子。
昔から待つことは苦ではない。それに、今はサクラと一緒だし、こうして手も繋いでいる。だから、こうしてただ立っているだけでも楽しいし幸せなのだ。
素早い接客が展開されているのだろうか。行列の進みは意外と早い。これなら、あまり待たずにタピオカドリンクを買えそうだ。
「彼女さん、メニューをどうぞ!」
女性の店員さんにそう言われ、サクラは「ど、どうもです」ちょっと恥ずかしそうな様子でメニューを受け取った。男女で手を繋いでいたら……カップルに見られるか。ちょっとドキドキしてきたぞ。
また、店員さんの今の一言もあってか、前の方に並んでいる女性のお客さん達にチラチラと見られるように。「仲よさそう」「美男美女だね」という声も聞こえてくる。
「カ、カップルに勘違いされちゃったね。私達って……そう見えるのかな」
「手をしっかりと握っているからな。あとは楽しそうにしているとか」
「それかもね。顔立ちが似てたり、髪の色が同じだったりすれば兄妹に見えるのかもしれないけど。なるほどなるほど。そうですかそうですか」
あははっ、と笑うサクラの顔は赤い。
「と、ところで、ダイちゃんはどのドリンクにする?」
サクラにメニューを見せてもらうことに。その際にサクラと顔を近づくからか、彼女の顔が更に赤くなる。
メニューを見ると紅茶系、コーヒー系、ジュース系、炭酸系とドリンクの種類は豊富だ。
「今まではコーヒー系を飲むことが多かったから、今日は……紅茶にしようかな」
「紅茶はさっぱりしていて美味しいよ。じゃあ、私は今まではミルクティーやジュース系が多かったから、今日はカフェオレにしようかな」
「前に飲んだことあるけど、カフェオレ美味しかったぞ。甘いもの好きのサクラにはオススメかな」
「そうなんだ。飲んだことないから楽しみ」
言葉通りの楽しそうな様子でサクラは言った。俺も紅茶は飲んだことはないので楽しみだな。
「ふふっ、カップルさん、メニューが決まりましたか?」
「は、はい! お返しします」
サクラは先ほどと同じ店員さんにメニューを返した。
それから10分も経たないうちに、お店の中に入る。すると、カウンターには笑顔で接客している羽柴の姿があった。
俺達のことに気付いた羽柴は接客が終わると、一瞬だけ俺達を見て手を振ってくれる。ただ、自分に手を振ってくれたと勘違いしたのか、前に並んでいる2人組の女性が「かっこいいねっ」と楽しそうに話している。
お店に入ってから数分で、俺とサクラは羽柴のところへ。
「いらっしゃいませ。今日は2人でデートか?」
明るい笑顔を浮かべながら羽柴はそう問いかける。
「デートというよりは、ダイちゃんと仲直りできたから、ひさしぶりに2人で駅周辺にお出かけって感じ」
「中1までは一緒に出かけることが多かったからな。あと、ここにはサクラと一緒に来たことがなかったんだ」
「なるほど。うちに来てくれるのは嬉しいな。これからも一緒に来てくれよ。あと、2人きりで出かけたことを麻生が知ったら、あいつ、かなり羨ましがりそうだ」
「昨日の部活帰りに一紗ちゃんに教えたら羨ましがられたよ。一緒にダイちゃんがバイトしているマスバーガーに言ったら、ダイちゃんをお持ち帰り注文してた」
「ははっ、麻生らしいなぁ」
声に出して笑っているからか、周りから女性達の黄色い声が聞こえてくる。親友の俺から見てもかっこいいと思うし、今の彼の笑顔に心を射貫かれた人もいそうだ。
「こっそりと見ていそうだな」
「今日は妹さんに玉子焼きの作り方を教えてもらうそうだ。だから……こっそりと見ていることはないんじゃないかな」
そう言って、周りを見てみると……一紗の姿は見えないな。
「そういえば、昨日の昼飯のときに教えてもらうって言っていたな。……まあ、世間話はこのくらいしておくか。後ろに並んでいるお客さんもいるし。店内で召し上がりますか? それとも、お持ち帰りにしますか?」
「お持ち帰りでいいかな、ダイちゃん」
「うん。外にはベンチもあるし、近くにちょっとした広場もあるし。持ち帰りでお願いします」
「かしこまりました。……カップルみたいなやり取りだ」
ははっ、と羽柴はいつもの爽やかな笑みを浮かべる。並んでいたときにカップルだと間違われたし、今回はあまりドキドキしない。
さっき並んでいるときに決めた通り、俺は紅茶、サクラはカフェオレ。それぞれレギュラーサイズを頼んだ。
バイトを初めてから1年近く経っているからか、ドリンクを用意する羽柴は手慣れた様子だ。
「お待たせしました。紅茶とカフェオレ、それぞれレギュラーサイズになります」
「ありがとう」
「ありがとね、羽柴君。バイト頑張ってね」
「頑張れよ」
「ありがとう。2人もデート……じゃなくて、休日のお出かけを楽しんで。またのご来店をお待ちしています」
サクラと俺は羽柴に手を振り、タピオカドリンクを持ってパールヨタカを後にするのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます