第27話『お昼ご飯』

 4月3日、金曜日。

 今日も朝からよく晴れて、陽差しがとても温かく感じられる。日曜日に季節外れの雪が降ってからは、ずっと晴れが続いている。なので、日曜日に作った俺の雪だるまや文香の作った猫の雪像が完全に溶けてしまった。天気予報によると、この先も暖かくなる日が多いそうだ。いよいよ春本番かな。


「ねえ、大輝。お昼ご飯は私が作ってもいい?」


 文香がそんなことを訊いてきた。おそらく、午前中から母さんが近所のスーパーへパートをしに行っており、俺はバイトがないからだろう。俺もお昼ご飯について文香に訊こうと思っていた。


「じゃあ、お願いしようかな」

「分かった。一緒に寝てくれたり、看病してくれたりしたお礼も兼ねて、今日のお昼ご飯は私が作りたいと思って」


 昨日、一緒に寝たことはともかく、看病については肩を揉んでくれたのがお礼だと思っているけど。ただ、お礼をしたいと思ってくれることや、何度もお礼をしてくれるのは嬉しい。


「分かった。文香が作るお昼ご飯を楽しみにしているよ」


 俺がそう言うと、文香は柔らかな笑みを浮かべて頷く。


「楽しみしてて。ちなみに、作るのはナポリタンとコンソメスープだよ」

「おっ、ナポリタンは好きだから楽しみだ」

「ふふっ、任せて」


 自信ありげな様子で文香はキッチンへ向かう。文香は料理が得意だし、ナポリタンを含めて彼女の作ったパスタ料理は何度も食べたことがある。美味しかったし、今回も期待しよう。

 火曜日に俺がきつねうどんを作ったとき、文香が料理を作る様子を見ていた。だから、俺も文香が昼食を作っている様子を見るか。

 文香のエプロン姿……後ろ姿もとても可愛い。

 俺がキッチンにいるけど、料理が楽しいのか途中から鼻歌を歌い始めた。今日も低変人さんの曲を歌っているな。この和を感じるメロディーは……3月に公開された『桜吹雪3』か。苗字だけど「桜」が入っているし、文香は結構好きな曲なのだろうか。気になったけど、文香の鼻歌が心地いいので口を挟むことはしなかった。

 文香の鼻歌を楽しんでいると、段々と食欲のそそるいい匂いがしてくる。そして、


「はい。ナポリタンとコンソメスープ完成したよ」

「おおっ、美味そうだ」


 文香がナポリタンとコンソメスープを俺の前に置いてくれる。見ただけでも、とても美味しいだろうと思える。より食欲が湧いてきたぞ。

 文香は自分の分をテーブルに置くと、俺の向かい側の椅子に座る。


「じゃあ、いただきます」

「どうぞ召し上がれ」


 文香は両手で頬杖をついて俺を見てくる。まだ食べずに、俺の感想を聞こうと考えているのだろう。俺もきつねうどんを作ったときはそうだったし。頬杖でつくのも可愛いし、食べられる様子をじっと見られるのってドキドキするな。

 ウインナーやピーマンなどの具材も一緒にフォークで巻き取り、ナポリタンを口の中に入れる。


「……うん、ナポリタン美味しい。さすがは文香だ」

「良かった。大輝、ナポリタンが大好きだから緊張しちゃって」 

「そうだったのか」


 文香はほっと胸を撫で下ろしている。自分が作った料理を誰かに食べてもらうとき、緊張することがあるよな。

 今度はコンソメスープの方を一口飲んでみよう。スープに入っている人参や玉ねぎと一緒に。


「……コンソメスープも美味しいな」

「良かったよ。じゃあ、私もいただきます」


 文香もナポリタンを一口食べる。美味しいのかすぐに柔らかな笑顔に。


「味見したから分かっていたけど、美味しくできてる」

「本当に美味しいよ。……それにしても、文香も大人になったよな。小さい頃はピーマンが大嫌いで、一口食べるのがやっとだったのに」

「今でもそこまで好きじゃないけれど。ただ、ナポリタンやチンジャオロースとかなら、普通に食べられるようになったわ」

「そうか。偉いな、文香」


 今さら言うことでもないのかもしれないけど。

 でも、文香は偉いと言われて嬉しいのか、「ふふっ」と声に出して笑い、ナポリタンを食べる。昔、学校の給食でピーマンがあると、必ずと言っていいほど、「お裾分け」として俺の皿にピーマンを入れてきたっけ。


「……そうだ、言うのを忘れてた。昼過ぎに駅のショッピングセンターの中にあるアニメイクへ、予約していたコミックを引き取りに行くんだ」

「そうなの」

「『俺達、受験に勝ってみせます!』っていうラブコメ漫画で。今日発売の新刊には新作OVAが収録されているBlu-ray同梱の限定版もあってさ。それを引き取る予定なんだ」

「それ、去年はTVアニメをやっていたよね。録画して観たわ」

「おぉ、そうなのか!」


 俺の大好きな作品を観ていたのが分かり、思わず大きな声で反応してしまった。

 あと、その作品のヒロイン達の中には漢字は違うけど、文香と読み方が同じ『文佳』という女の子がいる。もちろん、その子が推しキャラだ。


「その作品は羽柴も好きでさ。アニメイクで一緒に限定版を引き取って、リビングのあの大きなテレビで観る約束をしているんだ。だから、アニメイクだけ行く予定だけど、文香も一緒にどうだ?」

「う~ん、この時期に発売される漫画で特に買いたいのもないし、部屋には積読してある漫画やラノベが何冊もあるから、午後は部屋でゆっくり読もうかなって思ってる」

「そうか。分かった。じゃあ、俺だけで行ってくるよ」


 春休みも終盤だし、まだ読んでいない本を読みたい気持ちはよく分かる。

 文香も一緒だったらより楽しいと思ったけど、今日は予約していた漫画を引き取る予定だけだからな。それに、一緒に住んでいるし、これからはいつでも誘うことができる。そう思うと、誘いを断られてもショックはあまりなかった。

 お昼ご飯を食べ終わり、俺が後片付けをする。文香の作ってくれたお昼ご飯、とっても美味しかったな。お腹も結構満たされたので、これで羽柴と一緒に俺勝のOVAを楽しめそうだ。

 後片付けを終わったときには、羽柴との待ち合わせ時間に近づいていた。なので、俺は待ち合わせ場所のアニメイク四鷹店に向かって出発する。その際、予約レシートを持っていることを確認。

 バイト先のマスバーガーを含め、四鷹駅方面へ向かう際は四鷹こもれび公園を通る。


「さすがに桜も結構散っているな……」


 一週間前にお花見をしたときに比べると、花びらはだいぶ散っていた。この一週間で季節外れの雪が降り、雷雨の日もあったからなぁ。メインの色は花びらの桜色から、葉っぱの緑色に変わっている。

 桃色に彩られた並木道を歩き、四鷹駅へ到着。

 アニメイク四鷹店が入っているショッピングセンター・オリオ四鷹店は北口側にある。駅の構内を通って、オリオ四鷹店に入った。

 ――プルルッ。

 スマホが鳴る。確認してみると、LIMEに羽柴からメッセージが届いていると通知が。


『アニメイクに着いたぜ。待ってるからな。予約レシートは持ってるか? 忘れても、俺の買ったBlu-rayを一緒に観てかまわないけどさ』


 というメッセージが届いていた。一足先に着いたのか。


『俺もオリオ四鷹店に入った。だから、もうすぐで着く。レシートは持ってるよ』


 と返信しておいた。

 エスカレーターでアニメイクのある3階へ。春休みだからか、平日の昼過ぎだけど人がそれなりにいるな。俺と同年代の学生らしき人もいて。

 アニメイクに向かって歩くと……あっ、入口を入ったところにいる羽柴の姿を見つけた。金髪だから見つけやすいなぁ。あと、今日も黒いジャケットを着ている。そんな羽柴がかっこいいのか、周りにいる女性客のほとんどが彼を見ているぞ。


「おっ、速水!」

「おう、羽柴」


 爽やかな笑顔を浮かべながら、羽柴は手を振ってくるので、そんな彼を見習って小さく手を振った。お店に到着すると、周りから黄色い声が聞こえてくる。どうしてそうなるのかは……気にしないでおこう。

 そういえば、今日みたいに休日に羽柴と2人でここに来たとき、1年の担任の流川先生と何度か会ったことがあるな。先生は歴史絡みの作品やBL作品が大好きなのだ。

 ちなみに、今日は先生の姿は見えない。金曜日だし、来週の月曜日から新年度の日程が始まるので、その準備があるのかな。あと、この春休み中に、先生からLIMEで文香の生活ぶりについて訊かれたっけ。


「速水1人で来たのか。てっきり、桜井と一緒なのかと」

「昼ご飯を食べてるときに誘ったんだけど、読んでいない漫画やラノベが何冊もあるから、午後はゆっくりと部屋で読みたいそうだ。あと、俺勝はアニメを観たことがあるんだって」

「そうなのか。春休みももうすぐ終わるし、ゆっくり読みたいんだろうな。同梱してあるBlu-rayはいつでも観られるんだから、いずれ誘えばいいんじゃないか?」

「……そうだな」


 そのときは、どちらかの部屋のテレビでゆっくりと観たいな。


「それにしても、昼飯食ってるときに誘ったっていうのが、一緒に住んでいる感じが伝わってくるなぁ。その昼飯は誰が作ったんだ?」

「文香だよ。母さんは夕方までパートがあるし。実は月曜日に風邪引いたから看病をしてさ。そのお礼にナポリタンとコンソメスープを作ってくれた」


 さすがに、羽柴相手でも、一昨日の夜に雷を怖がる文香と一緒に寝たことは言えない。

 好きな人にお昼ご飯を作ってもらったことを話したからか、羽柴はニヤリと笑みを浮かべ、うんうんと頷く。


「良かったじゃないか、作ってもらえて。美味かったか?」

「ああ。凄く美味しかった。さすがは料理上手の文香だと思った。文香のおかげでBlu-rayを楽しめるって確信したよ」

「ははっ、相当美味しかったんだな。ここに同梱版が平積みされているから、予約の引き取りもできるだろう。さっそくレジに行って引き取るか? それとも、軽く店内を回ってみるか?」

「読んでいるラノベの新刊が今週発売だったと思うから、それだけ確認したい」

「了解」


 俺は羽柴と一緒にラノベの新刊コーナーに向かう。

 記憶通り、目当てのラブコメラノベの新刊が平積みされていた。俺は1冊手に取る。面白いのかと羽柴に訊かれたので、帰ったら第1巻を貸すことにした。

 レジに行き、俺と羽柴は予約していた俺勝の新刊のBlu-ray同梱版を受け取ることができた。お店を出たとき、嬉しそうな羽柴と右手でハイタッチするのであった。

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