第28話『おなまえ』

 アニメイクを後にした俺は羽柴と一緒に帰路に就く。

 途中のところにあるスーパーで、俺はボトル缶のブラックコーヒーとこの前小泉さんが持っていたいちご味のラムネ菓子、羽柴はタピオカミルクティーを買うことに。

 タピオカドリンク店でバイトをしているのに、スーパーでタピオカミルクティーを買うのを不思議に思ったので、羽柴に訊いてみる。すると、


「たまに、スーパーやコンビニで売ってるタピオカドリンクを飲みたくなるんだよなぁ」


 と、羽柴は笑顔で答えてくれた。

 あと、母さんがパートをしているので店内を廻ると、精肉コーナーでウインナーの試食担当をしていた。さすがは母さんと言うべきか、試食で提供しているウインナーの袋がお客さんの買い物カゴにどんどん入っていく。母さん曰く、パート仲間や常連のお客さんから「試食の女神」と呼ばれているらしい。

 お客さんがいなくなったタイミングで行くと、母さんは焼いたウインナーを俺達に渡してきた。


「美味いっすね!」

「美味しいな」

「ふふっ、ありがとう。このウインナー美味しいから、いつか買ってみてね」

「分かりました」

「母さん、パート頑張って」

「頑張ってください。これから、速水の家で今日買ったBlu-rayを一緒に観ます」

「そうなの。ゆっくりしていってね」


 俺と羽柴が離れると、俺達の会話で笑顔を見せていたからか、すぐに多くのお客さんが母さんのところにやってきていた。さすがは試食の女神。

 レジで会計を済ませ、俺達はスーパーを後にする。

 それからはどこにも立ち寄らず、まっすぐ帰宅した。


「ただいま」

「お邪魔します」


 家の中に入ると、玄関が開く音や俺達の声に気付いたのか、階段から文香が姿を現した。


「大輝、おかえり。羽柴君、こんにちは。予約していたものは受け取れた?」

「ああ、ちゃんと速水も俺も引き取れたぞ」

「予定通り、俺達はリビングでBlu-ray観たりしているから」

「分かった。私は部屋で漫画読んでいるから。羽柴君、ごゆっくり」


 俺達に小さく手を振り、文香は再び2階へ上がっていった。


「桜井、ここでの生活に慣れてきた感じがするな」

「ああ。引っ越してきてから10日くらい経ったからな。それに、小学生時代は特にたくさん遊んだり、泊まりに来たりしていたし」


 文香がここに住み始めてから色々なことがあった。だから、引っ越してきてから10日くらいしか経っていないことにちょっと不思議な気持ちになる。

 俺と羽柴はリビングに入り、向かい合う形でソファーに座る。

 俺の買ってきた俺勝の同梱版を開封。Blu-rayパッケージに描かれているウエディングドレス姿のヒロイン達が可愛らしい。


真夏まなつ先生可愛いなぁ!」


 羽柴はニッコリと笑みを浮かべながらそう言う。日本史教師の真夏先生が彼の推しキャラだもんなぁ。

 OVAを観ようとテレビの電源を入れると、武蔵原市で起きた連続窃盗事件のニュースが映し出された。


「また武蔵原で窃盗が起きたんだね。今回は大学生の持っていたエコバッグか……」

「俺の家の方には大学がいくつもあるからなぁ。……盗まれたバッグには、タブレットや講義で使う教科書が入っていたのか。これは災難だな」

「そうだね」


 そういえば、昨日のバイトの休憩中、萩原店長や百花さんに「武蔵原の方だけど、窃盗が起きているから気を付けた方がいい」って注意されたな。百花さんや彼女の友達は、幸いにも窃盗には遭っていないとのこと。

 犯人は今も逃走中。パーカーを被っていたので、顔や年齢ははっきりしないそうだ。ただ、背は175cmくらいあって、脚も速いので若い男性ではないかといわれている。俺も気を付けないと。俺は走るのが得意なので、盗まれても犯人に追いつくかもしれないが。

 気を取り直して、Blu-rayプレイヤーにOVAが収録されたディスクを挿入。

 俺はスーパーで買った缶コーヒーや飲んだり、いちご味のラムネを食べたりしながらOVAを観ていく。

 内容は原作では人気がありながらも、TVアニメ化されていなかったエピソード。主人公はヒロイン達のいる前で、以前バイトした店長から、近日オープンする結婚式場のパンフレットを渡される。それをきっかけに、ヒロイン達が主人公と同棲生活や新婚生活、結婚式について妄想する様子が描かれている。俺も原作漫画で初めて読んだときから、このエピソードが大好きだ。

 ウエディングドレス姿のヒロイン達はもちろんのこと、妄想の中で主人公とイチャイチャする様子がとても可愛らしかった。満足の30分だった。


「最高だったな! 速水!」

「そうだな! 原作で読んだとき、このエピソードは五本指に入るくらいに好きだから、アニメで観られて感激した! 動きがあって、声や音楽がついているって凄いな!」


 俺が右手を出すと、すかさず速水は右手でハイタッチ。そして、その流れで速水と固く握手を交わした。お互いに好きなアニメを一緒に観た後はこうすることが多い。


「途中から見入って、コーヒーもラムネもあんまり口に入れなかった」

「俺は逆で、ずっとカップを持っていたから、終わったときにはタピオカミルクティーがなくなってたわ」

「ははっ、そっか」

「……ところで、5人のヒロイン達のウエディングドレス姿は可愛かったけど、速水なら誰と結婚したい? 俺は真夏先生がより好きになって、一番結婚したいと思っているけどな! でも、はるかちゃんもなかなかいいなって思ってる」

「なんだ? 羽柴は推しをはるかに変えるのか? 俺は文佳一筋なのは変わらないな。俺は文佳と結婚したい!」

「ほえっ?」


 羽柴にしては物凄く可愛い声が聞こえてきたんだけど。しかも、羽柴のいる正面じゃなくて、キッチンのある方から。

 キッチンの方を向くと、キッチンには顔を真っ赤にして俺を見ている文香の姿があった。そんな彼女はマグカップを持っている。


「えっと、その……わ、私と結婚したいってどういうこと? 1階に降りてきたときに、私一筋って言葉も聞こえた気がしたんだけど」

「……あー」


 なるほど、状況を理解した。羽柴も理解したのか、右手で口を添えながら笑みを浮かべている。


「速水、俺から説明するか?」

「……いや、俺が説明するよ」


 俺がやらなきゃいけないと思う。

 さっき、俺は俺勝のヒロイン・文佳について、一筋であり、結婚したいと言った。

 ただ、文佳の読みは「ふみか」。

 なので、文香にとっては「自分一筋で、自分と結婚したい」と俺が言ったと勘違いしているんだ。まあ、三次元の人に限れば、俺は文香一筋で文香と結婚したいと思っているけれどさ。二次元を含めても文香が一番好きだし、結婚したい。

 俺と文香以外には羽柴しかいないし、告白しようかと頭によぎったけど、そこまでの勇気は出なかった。それに、3年前に比べればマシな関係になっているけど、かつてのような仲には戻っていないし。

 しかし、俺の反応や説明次第では、再びかなりの距離が生じてしまうかもしれない。慎重に話さなければ。


「えっと、文香。『ふみか』が一筋とか、結婚したいって確かに言った。ただ、その……アニメを観ている文香が覚えているかどうか分からないけれど、今、俺が言ったのはこの俺勝のヒロインの『文佳』ってキャラクターについてなんだ。そのキャラクターを推していて。だから、その……勘違いさせてごめんなさい」


 俺は文香に向かって頭を下げた。

 これで、さっき言った言葉が『文佳』というキャラクターに向けたものだと分かってくれただろうか。


「そ、そんな頭を下げるほどのことじゃないって。顔上げて」


 文香がそう言ってくれるので、俺はゆっくりと顔を上げる。すると、目の前にははにかんで俺を見る文香の姿があった。怒ってはいない……かな。


「私こそ勘違いしちゃってごめん。名前が同じだから、つい私のことじゃないかと思っちゃって。1階に降りてきたときに『ふみか』って大輝が言ったのが聞こえたから」

「俺もOVAを観た直後じゃなかったら、桜井のことかなって思っていただろうな」

「同じ読み方だと勘違いしちゃうよな」


 もし、俺勝のOVAを観ていなかったら、どんなことになっていただろうか。

 文佳は同梱版の箱を手に取る。


「文佳ちゃんがウエディングドレスを着てる。テレビにも絵柄は違うけど、ウエディングドレスの文佳ちゃんが映っているし。これなら、大輝が文佳ちゃんと結婚したいって大声で言うのも納得ね」

「そう言われると、何か恥ずかしい気分になってくる」

「ふふっ。私もアニメを観ていたときは、同じ名前だから文佳ちゃんは気になっていたよ。あとは、かすみ先輩も好きかな」

「おおっ、桜井はかすみ先輩推しか」

「文佳ちゃんほどじゃないけどね。ただ、大輝がこんなにも文佳ちゃん推しなのは知らなかったわ。……わ、私と同じ名前なのも、推す理由やきっかけだったりするの?」


 さっきほどではないけど、文佳は顔を赤くしてチラチラと俺を見てくる。そんな彼女を見ていると、文香は次元を問わず一番好きだと改めて思う。


「幼馴染と同じ読み方だから、文佳を気になるきっかけにはなったよ。もちろん、苦手な科目を頑張って勉強する姿勢とか、美人なところも気に入って彼女が推しになったんだ」

「……そうなんだ。そうなんだね」


 えへへっ、と文香は可愛く笑った。その姿に凄くキュンときて。羽柴がいるから何とか冷静でいられるけど、2人きりだったらどうなっていたことか。


「わ、私も観てみたいな。TVアニメを観ていたし、ウエディングドレス姿のヒロイン達を見たら興味が出てきた」

「おっ、いいじゃないか。俺ももう一回、真夏先生のウエディングドレス姿を観たいぜ。速水はどうだ?」

「好きなエピソードだし、俺もこの大画面でもう一度観たいと思ってた。じゃあ、今度は文香と3人で観るか」

「ありがとう、大輝、羽柴君」


 文香はキッチンでホットティーを作ると、俺の隣に座った。初めて観るので俺よりもテレビに近い方に。

 今度は文香と3人でOVAを観始める。

 文香がOVAに集中しているのをいいことに、俺は何度も文香を見るのであった。

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