第26話『一夜明けて』
「うんっ……」
目を開けると、薄暗いけど部屋の様子が見えた。……おかしいな。シャッターを下ろしたはずなのに。
「おはよう、大輝」
「おはよう、文香……えっ?」
文香の声がしたので、彼女の方に向くと……胸元から上しか見えないけど、一糸纏わぬ文香の姿があった。これは夢なのか? それとも本当のことなのか?
「ど、どうして文香は何も着ていないんだ? それに、部屋に日差しが……」
「大輝と一緒に寝たから、暑くて夜中に目を覚ましちゃって。もちろん、大輝と一緒に寝たのが嫌だってわけじゃないよ。起きたときに雨や雷の音が聞こえなかったから、外の様子を確認するためにシャッターを開けたの。雨も止んでいたし、雷も鳴っていなかったからそのままにしたの」
「そうか。シャッターについては分かった。あと、何も着ていないのは……」
「さっき言ったでしょ? 暑かったからだよ」
そう言うと、文香はもじもじし始める。
「それに……大輝だったら、私の体を見られてもいいから。だって、私……大輝のことが好きなんだもん」
顔を真っ赤にして言うと、文香は俺の左頬にキスした。俺に覆い被さるような体勢になり、うっとりとした様子で俺を見つめてくる。
「お花見のとき、私を守るってお母さんに言ってくれたり、看病してくれたり、今回は雷が鳴る中で一緒に寝てくれたり。そんな優しい大輝……ダイちゃんのことが小さい頃から好きだよ。だから、3年前のことについて仲直りして、恋人になろう? それで、私と恋人らしくて気持ちのいいこと……しちゃおう?」
「……サクラ……」
文香は目を閉じて、顔をゆっくりと近づける。
両腕を文香の背中に回し、文香と唇が触れそうになった瞬間、視界が急に白んでいったのであった。
「んっ……」
パッと目を開けると、夢と同じように部屋の中がうっすらと明るくなっていた。天井や部屋の照明が見えている。昨日は寝る前にシャッターを下ろしたんだけどな。もしかして、これも夢なのだろうか。
「おはよう、大輝」
文香の声が聞こえたので、そちらの方を向いてみると、隣で文香が落ち着いた笑みを浮かべながら俺のことを見ていた。そんな彼女は寝間着姿。引っ越してきてから10日近く経つので、成長してからの寝間着姿の文香を見るのにも慣れてきた。ただ、ベッドで横になった状態で見るのは初めてなので、ドキドキする。
口の中を軽く噛んでみると確かな痛みがあった。おそらく、これは現実だろう。ひさしぶりに文香と一緒に寝たから、あのような夢を見てしまったのだと思う。
ただ、目を覚ましたら好きな人が隣にいるのは夢と同じ。そして、それはとても幸せに思える。
「おはよう、文香。よく眠れたか?」
俺がそう問いかけると、文香は「うん」と首肯した。
「大輝のおかげでぐっすり眠れた。15分くらい前に目を覚ましたの」
「そうなのか。ぐっすり眠れたなら良かった。あと、昨日の夜にシャッターを下ろしたはずなんだけど……」
「……実は、夜中に一度目を覚ましてお手洗いに行ったの。そのときは、雨や雷の音が聞こえなかったからシャッターを開けたんだ。あと、ここに泊まりに来たときは、いつもシャッターは上げたままだったから、そうしておいた方がいいのかなって」
「そういうことか」
夜中にそんなことがあったなんて。全然気付かなかったな。もちろん、それは文香が俺を起こさないように気遣ってくれたからだろう。今までの俺の部屋の様子を覚えていてくれたことも含めて嬉しいな。
「目を覚ましたとき、窓から光が入っていると安心するんだ。夜中でも、街灯や月明かりが入るし。台風とか、風の強い日以外は基本的にシャッターを上げているんだよ」
「やっぱり」
「俺のことを考えてシャッターを上げてくれてありがとう。うっすらと明るくなっているから、一瞬『あれ?』って思ったけど。もちろん、昨日の夜にシャッターを下げたのが嫌だってわけじゃないから」
「分かってる。私のことを考えてしてくれたことなんだって。だから……ありがとう」
微笑みながらそう言うと、文香は俺の頭を優しく撫でてくれる。だからなのか、今の文香はとても大人っぽく感じた。
「それにしても、雷が鳴り止んだのに、文香はここに戻ってきてくれたんだな」
「ふぇっ」
可愛らしい声を上げると、文香の顔が見る見るうちに赤くなっていく。俺の頭を撫でる手が止まり、頭から伝わる熱がどんどん強くなる。
「め、目を覚ましたときに、私が隣にいなかったら大輝が不安になるでしょう?」
「……そうだな」
「それに、昨日……私の方から『離れちゃ嫌だ』って言ったのに、自分から離れるのはいけないと思って」
「なるほどね」
「一番の理由は、雷が鳴っている中でも眠れたから、ここで寝れば朝までぐっすりと眠れると思ってね。大輝と一緒だから、あったかくて気持ちがいいし」
よくお泊まりをしていた頃ならともかく、今の文香がそんなことを言ってくれるなんて。嬉しい気持ちになるけれど、正直ちょっとだけ信じられない気持ちもある。
「そう言ってくれると、一緒に寝た甲斐があったよ。文香がぐっすりと眠ることができて良かったよ。俺も文香のおかげで朝までよく眠れたし、いい目覚めになった」
文香がすぐ側で眠っているから、眠るまではドキドキしたけれど、一回眠ったら朝までぐっすりと眠ることができたな。
文香はほっと胸を撫で下ろす。
「……良かった。よく眠れたって言ってくれて。昔は寝相が凄くて、たまに大輝をぎゅっと抱きしめていることがあったじゃない。今は昔ほど悪くないんだけれど、今も起きるとたまに、ベッドにある猫のぬいぐるみを全身でぎゅっと抱きしめていることがあって」
「そうなのか。まあ、俺が寝ようとしたときに、脚まで絡ませてきたくらいで、寝るのには問題なかったな」
「……か、そっか。夜中に起きたとき、脚まで絡ませていたけれど、大輝が寝る前にはもうそんな寝相になっていたんだ」
何か恥ずかしい、と文香ははにかんだ。小さい頃は凄い体勢で寝ていても、「ごめんごめん」と明るい笑顔を浮かべて謝っていたのに。いくら幼馴染でも、女子高生だからこれが普通の反応なのかな。
「大輝、昨日はありがとう。大輝が側にいてくれて心強かった。だから、次からも……夜に雷が鳴ったときは一緒に寝てもいい?」
チラチラと俺を見ながらお願いをする文香。
「もちろんいいよ」
「……ありがとう。まあ、雷は怖いし、昨日の夜みたいな雷雨には二度となってほしくないけど」
「昨日はかなり近くに落ちたもんな」
文香と一緒に眠れるなら、俺はこれからも雷雨を歓迎するけど。まあ、昨日はさすがにビックリしたので、あそこまで酷くなくていいけど。
ただ、いつかは雷とか関係なく、文香と一緒に眠れるようになりたいな。小さい頃なら仲直りすればそうなれるかもしれないけど、高校生の今なら、やっぱり恋人になることだよな。
「また雷が鳴ったときには頼りにするね。昨日は心強かったから」
「……ああ、任せろ」
柔らかな笑みを浮かべながらそう言われると、何だか照れくさい。思わず、夢の中でキスされた左頬を指でポリポリと掻く。すると、
「あうっ」
と文香は可愛らしい声を上げて、頬を真っ赤にする。
「どうしたんだ? 文香」
「……う、ううん。何でもないよ。ところで……今日は大輝ってバイトはあるの?」
「ああ。昼前から夕方まであるよ」
「そ、そうなんだ。じゃあ、今日のバイト頑張って」
「ありがとう。……8時過ぎだけど、もう起きようかな」
「そうだね。じゃあ……一緒に顔を洗ったり、歯磨きしたりしようか」
「ああ」
俺は文香と一緒に部屋を出るのであった。
文香と一緒に寝たことや、側にいてくれてありがとうと文香からお礼を言われたこともあり、今日のバイトはいつも以上に頑張れた。ただ、そんな俺を見ていた萩原店長と百花さんに「いいことがあったんだね」と見抜かれたけど。
しかも、萩原店長はかなり早い段階で見抜かれ、「いいこと」は文香絡みなのだと気付かれた。なので、こっそりと「雷を怖がった文香と一緒に寝た」と教えると、
「おぉ、順調に距離を縮めているじゃないか。いいねぇ。あと、大輝君の話を聞くと、妻と同棲し始めたときのことを思い出すよ」
と、萩原店長は上機嫌に。これからも、店長には文香とのことを定期的に話すことになりそうだと思うのであった。
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