第13話『お花見-後編-』
文香と玉子焼きを食べさせ合うというドキドキな体験をした後は、お弁当やお菓子を食べたり、ジュースやお茶を飲んだりして、のんびりとした時間を過ごしていく。
「そういえば、文香。速水君の家での生活はどう?」
「えっ? い、いい感じかな。今までたくさん遊びに行っていたし、お泊まり会を何度もしたことあるから、もう順応できてる」
「そっか。それなら良かった。……ところで、速水君と同じ家に住んでいて、部屋も隣同士なんだから……何かドキドキすることはなかったの?」
「それは俺も興味があるな」
「お姉ちゃんも知りた~い!」
小泉さんと和奏姉さんは特に興味津々な様子で俺達を見てくる。逃がさないためか、姉さんは俺の右腕をしっかりと抱きしめる。
文香は分からないけど、俺は文香と一緒に暮らし始めること自体にドキドキしているからな。
文香は照れくさそうな様子で俺をチラチラと見て、
「へ、変なことは特にないよ。ただ、大輝の部屋に行って、漫画やラノベを借りに行ったときはちょっとドキドキしたかな。そのときはお風呂に入った後で寝間着姿だったから。だ、大輝はどう?」
「俺も……寝間着姿の文香を見るとドキドキする。ここ何年かはお泊まりをしなかったからな」
あと、文香が漫画やラノベを借りに俺の部屋に入ってきたときは、俺は結構ドキドキした。寝間着姿の文香が自分の部屋にいることと、文香からいい匂いがしたことで。
「文香も速水君も可愛いエピソードを話すね」
「ほのぼのするよな」
「2人の言う通りね。あたしはてっきり、フミちゃんが着替えているときに大輝が部屋を間違えて扉を開けちゃったとか、部屋で2人きりでいるときに大輝が足を滑らせてベッドにフミちゃんを押し倒しちゃったとか言うのかと」
「さ、さすがにそんなことはありませんよ!」
「文香の言う通りだよ、姉さん」
というか、和奏姉さんの言ったことは単なるラッキースケベじゃないか。もし、そんなことがあったらドキドキしちゃうだろうけど。
「あぁ、肩が凝ってきた~。大輝。肩を揉んでくれる~?」
「分かったよ、母さん」
俺は母さんの後ろまで行き、母さんの肩を揉み始める。お酒を呑んでいるからなのか、普段よりも体が熱いな。
母さんは肩が凝りやすい体質なので、昔から定期的に家族に肩を揉んでもらっている。昔は父さんにしてもらうことが多かったけど、数年ほど前から和奏姉さんや俺が揉むことが多くなった。
「あぁ、気持ちいいわぁ~」
「それは良かった」
「昔からお父さんの肩揉みが一番気持ちいいけど、力がついてきたからか最近は大輝の肩揉みも同じくらいに気持ち良くなったわぁ~。大輝も成長したんだなって思うわぁ~。もちろん、和奏の肩揉みも気持ちいいわよぉ~」
「お母さんにした肩揉み技術が、今は大学の友達にする肩揉みに活かされてるよ」
「ふふっ、肩揉みで子供の成長を感じるなんて優子らしい。速水君と付き合うまでは、あたしが肩揉みしていたんだよ。優子、昔から胸が大きかったから」
「……そ、そうなんですね」
「あと、大輝君は若い頃の速水君と雰囲気が似ているから、今の光景を見ると高校時代を思い出すわぁ。付き合い始めてから、優子は速水君に学校でたまに肩を揉んでもらっていたのよ」
「その話は両親から聞いたことがありますね」
特に朝礼が始まる前と昼休み、体育の授業の直後には肩を揉んでもらっていたらしい。マッサージをしてもらわないと、肩凝りのせいで授業に集中できなかったときもあったそうだ。
「美紀さんは学生時代に肩が凝って、母に揉んでもらったことはあったんですか?」
「体育でたくさん体を動かした後や、試験勉強をした後に揉んでもらったくらいだね。中学生くらいから胸が大きくなり始めたけど、体質なのか肩凝りはあまりなかったな。歳を重ねたからか、今はちょっと肩凝りしやすくなったけど、そういうときはてっちゃんに肩を揉んでもらってる。スキンシップを兼ねて」
「そうなんですね」
そういえば、和奏姉さんもあまり肩が凝らないな。中学高校と部活でバドミントンをやっていたからかな。疲れを取るために、何度かマッサージをしたことがある程度だ。
文香も3年前の一件の前まで、肩が凝ったからマッサージしてほしいと言われたことはなかったな。あれ以降も、肩が凝っているような雰囲気を見たことは一度もない。
「速水君でいう優子のような人が、いつか大輝君にもできるのかしらね。その人は肩が凝らない体質かもしれないけど」
「……ど、どうでしょうかね」
とは言うけど、文香という想い人はいる。
すると、美紀さんは俺に向かってにっこりと笑いかける。
「名古屋に引っ越す前に、母親として娘の文香をオススメしたいわぁ」
「お、お母さんっ!」
真っ赤な文香の顔を見た瞬間、母さんの肩を揉む手が止まる。
「大人になったら、あたしみたいになる可能性は大だし。30年経ってもこんな感じなんだよぉ?」
美紀さんはゆっくりと立ち上がり、背後から俺のことをぎゅっと抱きしめてくる。母さんと同様に体がかなり熱くて。あと、背中に心地いい柔らかさが。
オススメする理由が美紀さん絡みだからか、文香は依然として顔は赤いけれど、苦笑いを浮かべている。
「胸もEカップのあたしぐらいか、あたし以上に大きくなるかもよ?」
そんな風に耳打ちをしてきた。背中に豊満な胸を当てられて、胸のことを話されるとさすがにドキドキするけど、酒臭くてすぐに薄れてゆく。あと、Eカップの胸ってこんな感じの柔らかさなのか。服や下着越しだけど。
ただ、3年前の一件があって以降、文香の胸は大きくなっている。将来的には美紀さんと同じか、それよりも大きくなる可能性はあるだろう。
それにしても、美紀さん……酔っ払っているとはいえ、みんなの前でとんでもないことを言ってくれるな。ただ、ここで何も返事をしなければ、美紀さんだけじゃなく、文香にも悪いだろう。
「……文香とは幼稚園からの付き合いです。だから……可能性はゼロじゃないです」
「ダイ、ちゃん……」
「あと、明日から文香だけが東京に残ります。でも、前に約束したように、文香のことは一緒に住む幼馴染の俺が守って、支えていきます。文香にあの日のような思いをさせないよう気を付けます。そうしていきたいと思える大切な存在で。ですから、安心して哲也おじさんと名古屋に引っ越してください」
それが、今の俺に言える精一杯の気持ちと覚悟だった。そんな自分に情けなさを感じる。
ゆっくりと文香の方を見ると、文香はさっきよりも顔の赤みが強くなっていた。俺と目が合うと、恥ずかしいのか小泉さんの胸の中に顔を埋めてしまう。そんな文香の頭を、小泉さんは微笑みながら撫でていた。
今はお互いの家族だけじゃなく、小泉さんや羽柴もいる。言い過ぎてしまっただろうか。そう思って周りを見ると、小泉さんも和奏姉さんも羽柴も俺に対して笑みを送ってくれた。姉さんは右手でサムズアップするほど。
「……ますますオススメしたくなったわ、大輝君」
耳元でそう囁かれたので、ゆっくり振り返ると、そこには優しい笑みを浮かべた美紀さんがいた。
「娘と離れるのは初めてだから、どうしても不安になる。でも、今の大輝君の言葉のおかげで、その不安はとても小さくなったよ。過去に色々とあったけど、あたしはあなたを信頼してる。てっちゃんも同じ気持ちだと思うよ。文香のことをよろしくね」
「……はい」
俺がそう返事をすると、美紀さんはにっこりと笑って頭をポンポンと叩いた。自分の座っていた場所に戻り、今もなお小泉さんの胸に顔を埋める文香の頭を撫でた。
「それに、優子や速水君っていう大人もいるし、青葉ちゃんや羽柴君、千葉に住んでいるけど和奏ちゃんだっているんだもんね。それ以外にも文香には友達がいるし。文香の周りにはたくさんの人がいるって改めて分かったわ。引っ越す前にお花見ができて良かった」
そう言う美紀さんの顔には寂しげな表情が浮かび、両眼には涙が浮かぶ。不安は小さくなっても、文香と離れる寂しさは紛らわすことはできないのかも。
「美紀ちゃんったら、目に涙を浮かべて。明日で文香ちゃんと今生の別れになるみたいな感じね」
「さっきも言ったけど、文香と離れて暮らすのは初めてだから。もちろん、四鷹に残りたいって言った文香が悪いって言っているわけじゃないからね」
「もちろん分かってるよ。私もお母さんとお父さんと離れるのはちょっと寂しい。あと、ここに残ることを許してくれたお母さんとお父さんには感謝してるよ。ありがとう」
「……いえいえ」
「……ううっ」
文香や美紀さんではなく、なぜか小泉さんがポロポロと涙を流している。
「ど、どうして青葉ちゃんが泣くの?」
「離れることになっても、親子の繋がりは変わらないんだなって思ってさ。明日は部活があって、文香の御両親を見送ることができないし、今日こうやって感動のシーンを間近で見られて良かった……」
「あたしも2人を見ていたら、1年前に千葉へ引っ越したときのことを思い出したよ。ちょっと胸にきた」
和奏姉さんは右手で両目を拭った。
そういえば、去年、千葉へ引っ越すとき……和奏姉さんは寂しそうにしていたな。引っ越す前日は俺と一緒にお風呂に入って、俺のベッドで一緒に寝たっけ。今思うと、あのとき寂しそうにしていたのは、俺と離れるのが一番の理由なのかなと思った。
「優子! お酒が残っているんだし、まだまだ呑むわよ! 引っ越しちゃったら、優子としばらく呑めなくなるんだから!」
「これ以上呑んで大丈夫? さすがの美紀ちゃんでも、明日の引っ越しに影響出るんじゃない? それに、今の時代はパソコンでビデオ通話しながらリモートで呑めるわよ」
「それもいいけど、親友とは少しでも長く対面で呑みたいの! それに、ぐっすりと眠る予定だから大丈夫!」
「……しょうがないわね」
「やった! 和奏ちゃんも呑んでみる? 今年20歳になるんだから、もう20歳になったようなものでしょ。甘いカクテルも残ってるよ」
「えっ?」
自分が呑みに誘われるとは思わなかったのか、和奏姉さんは体をビクッと震わせ、見開いた目で美紀さんのことを見る。
というか、今年20歳になるから、もう20歳になったようなものって。美紀さんの中では、和奏姉さんはもう20歳扱いしていいと思っているのだろうか。
「じ、実際に20歳になったときのお楽しみにしておきます。酔ったらどうなるか分かりませんし。それに犯罪ですし」
「もう、美紀ちゃんったら。親友の娘に違法行為させようとしないでね。美紀ちゃんも罪に問われるかもしれないし」
「……はぁい」
ちょっと不満そうに返事する美紀さん。親友の娘である和奏姉さんのことは生まれた頃から知っているし、一緒にお酒を呑むのが一つの楽しみなのかもな。きっと、俺とも。
感傷的な空気になったけど、それからもお花見の時間は流れていく。
ちなみに、クーラーボックスに入っていたお酒は全て、母さんと美紀さんの体の中に入っていったのであった。
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