第12話『お花見-中編-』

 お花見している俺達のところに、制服姿の小泉さんがやってきた。俺達が気付いたからか、小泉さんは爽やかな笑顔になって手を振る。


「青葉ちゃん。部活終わったんだね、お疲れ様」

「ありがとう、文香。いつもより早めに終わったんだ。それで、ここに来てみたら……ちょうど、文香が速水君に玉子焼きを食べさせるところでね。みんなに気付かれないように、ちょっと離れたところからスマホで撮ったの」

「は、恥ずかしいな……」


 まさか、小泉さんにまで写真に撮られていたとは。母さんだけならまだしも。俺も恥ずかしくなってきた。


「ばらまいたりしないから2人とも安心して。速水君、羽柴君、美紀さん、こんにちは。和奏先輩もおひさしぶりです」

「こんにちは、小泉さん。あと、部活お疲れ様」

「お疲れさん、小泉」

「お疲れ様! あと、今日も制服姿が可愛いわね、青葉ちゃん!」

「こんにちは、青葉ちゃん。部活動お疲れ様」

「ありがとうございます!」


 和奏姉さんは去年の夏の帰省中、文香の家へ遊びに行ったときに小泉さんと出会った。帰ってきたとき、「フミちゃんは高校で素敵なお友達ができたんだね!」って姉さんが喜んでいたっけ。

 和奏姉さんと小泉さんは3学年違うため、通っていた時期は重なっていない。ただ、高校のOGなので、小泉さんは姉さんを先輩と呼んでいる。運動系の部活に入っている生徒らしいと思う。


「ええと、美紀さんの隣にいる方は……」

「どうも初めまして~、大輝と和奏の母の優子です~」

「そうなんですね! 初めまして、小泉青葉といいます。文香の親友で、文香と速水君、羽柴君とはクラスメイトです。美紀さんと負けないくらいに若々しくて綺麗ですね」

「ふふっ、嬉しいことを言ってくれるわね~。青葉ちゃんかわいいわ~。ハーフアップの青い髪も素敵ね! よく似合ってるわ~」

「ありがとうございます! ……料理もお菓子も美味しそう。午前中に練習があったのでお腹ペコペコで」


 その言葉を裏付けるかのように、タイミング良く小泉さんのお腹が「ぐうぅ」と鳴る。小泉さんは普段から明るく爽やかな笑顔を見せることが多いけど、さすがにこれには照れ笑い。恥ずかしいな、と呟いている。そんなところが可愛らしい。


「どこに座ろうかな」

「私とお母さんの間に座って、青葉ちゃん」

「分かった」

「それじゃ、みんなちょっとずつ動こうか」


 美紀さんの一声で、俺達は座る場所を少しずつ移動する。小泉さんの隣になる文香と美紀さんは大きめに。そのことで文香との距離が更に近くなり、彼女の甘い匂いを常に感じられるようになった。小泉さん、ありがとう。

 小泉さんは桜の木の近くにエナメルバッグを置いて、真上にある咲き誇る桜をスマホで撮影。文香と美紀さんの間に正座する。春休みになったけど、通っている高校の制服姿で参加する人がいるのっていいなと思う。

 そんなことをしているうちに、近くにある防災無線から、正午を知らせるメロディーが鳴る。


「正午になったわね。じゃあ、てっちゃんに電話を掛けようかしら」

「私も徹君にテレビ電話しようかな~」


 母さんと美紀さんは、それぞれの夫にテレビ電話を掛ける。俺達とは普通に話せると思うけど、父さんと哲也おじさんってテレビ電話を通じて話せるのか?

 電話がかかるまでの間に、小泉さんは文香から紙皿と割り箸を受け取り、重箱に入っているおかずとちらし寿司を一通り取る。


「どれも美味しそう! 文香が作ったのはどれ?」

「ハンバーグとミートボール、玉子焼きだよ」

「そうなんだ。じゃあ、大好物のミートボールから食べようっと!」


 ワクワクした様子で言うと、小泉さんはミートボールを食べる。


「う~ん、ミートボール美味しい! さすがは文香!」

「ありがとう、青葉ちゃん」


 大好物を食べられたからか、小泉さんはとても可愛い笑顔を見せる。文香も嬉しそうだ。

 それにしても、さすがは文香……か。そういえば、昼休みに文香からお弁当のおかずをもらったり、交換したりした場面を何度か見たことがあった。それを羨ましいと思っていた。

 テニス部の練習でお腹が空いているからか、小泉さんは紙皿に取ったおかずやちらし寿司をモグモグ食べている。美味しいと何度も言うから、彼女を見ていると俺もお腹が空いてくるなぁ。


『みんな、お花見を楽しんでいるかな』

『こもれび公園の桜は綺麗だなぁ。……速水の顔も何とか見えるな』

『僕も桜井の顔は見えているよ』


 母さんと美紀さんは、それぞれ自分の夫が映ったスマートフォンの画面をみんなに見せる。俺達の姿が見えたのか、父さんと哲也おじさんは手を振ってくる。


『青髪の女の子は初めましてだね。大輝と和奏の父の速水徹といいます』

『俺は金髪の男子が初対面……だろうか。以前、休日に美紀と出かけているときに話した記憶もあるが』


 そういえば、父さんと小泉さんは今まで会っていないか。哲也おじさんと羽柴も、タピオカドリンク店で一度接客しただけで、実質初対面と言えるだろう。


「奥さんにも同じことを言われました。俺、四鷹駅北口のタピオカドリンク店でバイトしているんです。羽柴拓海といいます。速水の親友で、文香さんとこちらの小泉さんとも1年のときは同じクラスでした」

『あぁ、タピオカドリンク店の。去年の夏頃に行ったなぁ。コーヒー美味しかったです。初めまして、文香の父の桜井哲也と申します』

「青髪のあたしは小泉青葉といいます、初めまして。文香の親友です。よろしくお願いします」

『うん、よろしく。楽しそうにお花見をしているね』

『そうだな、速水。こもれび公園で何度もお花見したな。ただ、こうして画面越しでお花見の様子を見るのもいいもものだ』

『そうだね。オフィスからの窓から桜が見えるから、一緒に花見をしている気分になれる』

『……確かに、速水の言う通りだな』


 俺も社会人になれば、その感覚を味わえるのだろうか。

 母さんの提案で、再び乾杯することになり、未成年の参加者には俺が紙コップにサイダーを注いだ。ちなみに、大人組はカシスオレンジのカクテル。リモート参加している父さんと哲也おじさんは、コーヒーの入ったマグカップを手に持つ。


「では、また私が音頭をとりましょ~! これで、今回の花見に参加する9人全員が集まりました~! 美紀ちゃんと桜井君は東京での思い出を作ってくださ~い! では、かんぱ~い!」

『かんぱーい!』


 俺は自分の持っている紙コップをこの場にいる全員と軽く合わせ、父さんと哲也おじさんへ乾杯と言った後に、サイダーを一気飲みした。


「あぁ、サイダーも美味しい。また炭酸だけど、文香は大丈夫か?」

「それ、あたしも思ったよ、速水君」

「さ、さっきのコーラで炭酸慣らしをしたからね。今度は大丈夫だったよ」


 3年前の一件以降では珍しくドヤ顔を見せる文香。そんな文香の紙コップにはまだ半分ほどのサイダーが残っているけれど、そこはツッコまないでおこう。あと、炭酸慣らしって言葉は初めて聞いたな。肩慣らしのような感じか?

 父さんと哲也おじさんはそれぞれ、これから同僚や部下と昼食を取るとのことで、お花見から離脱した。


「文香。お花見に誘ってくれたことと、美味しいおかずを作ってくれたお礼に、お気に入りのラムネ菓子をあげるよ。いつも持っているんだ。毎日、部活終わりに何粒か食べてるの。期間限定のいちご味だから、サイダーとあんまり味は被らないと思う」

「ありがとう。じゃあ、いただこうかな」


 疲れたときは甘いものが欲したくなるよなぁ。テニス部の練習をする日が多いから、常備しているのだろう。

 小泉さんはブレザーのポケットから、赤色のラムネ瓶型のボトルを取り出す。ボトルからいちご味のラムネを3粒出す。


「は~い、文香。あ~ん」

「あ~ん」


 文香は躊躇いなく口を開けて、小泉さんにいちごラムネを食べさせてもらう。そういえば、学校でお昼ご飯を食べているとき、小泉さんにおかずを食べさせてもらっていることも何度かあったな。


「いちご味も美味しいんだね。ありがとう。今度、コンビニで買おうかな」

「気に入ってくれて良かった」


 小泉さんもいちご味のラムネを食べる。

 普通のラムネ味は何度も食べたことがあるけど、いちご味は食べたことないな。今度、俺も買ってみようかな。

 あと……俺も小泉さんのように、文香に何か食べさせてあげたい。さっき玉子焼きを食べさせてくれたお礼という名目なら、文香も食べてくれそうな気がする。特に同じ玉子焼きなら。……よし、言ってみるか。


「ふ、文香っ!」


 緊張のあまり、ボリュームが大きく、しかも翻った声になってしまった。だからか、文香も体をビクつかせて俺の方を見る。


「ど、どうしたの? 大輝」

「えっと……俺も、さっき玉子焼きを食べさせてくれたお礼に、俺も文香に玉子焼きを食べさせたいなと思って。……ダ、ダメかな?」


 勇気を出し、何とか言うことができた。体、凄く熱くなってる。心臓がバクバクしていることがバレないかどうか心配だ。体が触れていないから大丈夫だとは思うけど。


「……ほぉ」

「やるじゃない、大輝」


 羽柴と和奏姉さんは小さな声でそう言うと、優しい笑みを浮かべながら俺のことを見てくる。勇気を出した行動を褒められると嬉しいな。

 当の本人である文香は恥ずかしそうな様子で、俺のことをチラチラと見てくる。


「そ、そういうことなら……た、食べさせてもらおうかな。まだ玉子焼きは食べていないし」

「……分かった」


 俺は自分の割り箸で重箱にある玉子焼きを一つ掴む。それを文香の方へ持っていくと、彼女は既に目を瞑って口を少し開けていた。ずっと眺めていたいほどに可愛い。


「文香、あーん」

「あ、あ~ん」


 そんな可愛らしい声を出しながら、文香は口を大きく開ける。

 俺は文香に玉子焼きを食べさせる。その際、さっきと同じようにシャッター音が聞こえた。周りを見てみると、美紀さんと小泉さんがこちらにスマホを向けていた。

 文香は俺が食べさせた玉子焼きをモグモグ食べる。文香も玉子焼きは甘い方が好きだ。だからか、咀嚼していく度に表情が柔らかくなっていく。


「……美味しい」

「美味しくできてるよな。あと、文香も甘い玉子焼きが好きだよな」

「うん。……ごめん、さっき嘘ついた」

「えっ?」

「実は作ったときに味見で一口食べたの。でも、大輝が食べさせてくれたから、そのときよりも甘く感じて美味しいよ。だから……ありがとう」


 顔は頬中心に赤いけど、文香は俺に対して優しい笑顔を向けてくれた。そうしてくれることがとても嬉しい。文香の笑顔は本当に可愛くて。俺の心臓の鼓動を今までよりもさらに早く、そして激しくさせていく。ここは屋外で、周りに和奏姉さん達がいるから何とか冷静でいられるけど、もし文香や俺の部屋で2人きりだったらどうなっていたことか。

 あと……もし、3年前のあのことがなければ、この3年の間にこういった笑顔をたくさん見せてくれたのかな。そう思うと、ちょっと切ない気持ちにもなった。

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