第3話『引っ越し作業』

 午前10時半過ぎ。

 予定通りの時刻に、文香の引っ越し作業が始まった。

 文香のみの引っ越しで、文香の住むマンションから家までは徒歩数分もかからない。それでも、俺の両親と文香の御両親は仕事やパートを休んでいる。

 ベッドや勉強机、タンス、本棚、テレビなどといった大きな家具や家電を、引っ越し業者のお兄さん2人に運んでもらう。文香が予め配置を決めていたり、お兄さん達がマッチョで力持ちだったりしたため作業はスムーズに進んでいく。

 あと、お兄さん達も基本的に笑顔で運び、たまに「行くぞー!」とか「イッチニー! イッチニー!」などと掛け声を言うので、見ていてとても気持ちがいい。

 家具が大きいから、文香の想定通りには置けない……などといった問題も起きなかった。そのことに文香はもちろんのこと、俺も安心した。

 その後、衣服や本など文香の私物が入ったダンボールを搬入する。それらを全て文香の部屋のある2階に運んでもらった。お兄さん達は汗を多少掻いていたものの、疲れている様子は全く見せなかった。むしろ、荷物を運ぶことで身体を動かしたのが気持ち良さそうに見えて。

 引っ越し業者のお兄さん達が頼もしかったこともあり、正午過ぎには全て搬入作業が終わった。


「搬送作業が終了しましたっ!」

「あ、ありがとうございました。お世話になりました」


 引っ越し業者のお兄さんの声がかなり大きいからか、文香は苦笑いしながらお礼を言った。


「では、こちらの作業完了の書類に確認のサインをお願いしますっ!」

「それは保護者の私がしましょう」


 哲也おじさんは作業完了の確認書類にサインする。


「はいっ! ありがとうございますっ!」

「とても近いところへの引っ越しですが、お嬢さんの新生活がいいものとなりますようにッ! 応援していますッ! では、失礼しますッ!」

「失礼しますっ! ご利用ありがとうございましたっ!」

「ありがとうございました」


 哲也おじさんがお礼を言って頭を下げたので、文香や俺達もおじさんに倣って引っ越し業者のお兄さん達に頭を下げた。


「さてと、いい時間だし、あたしがお昼ご飯を作るわ。てっちゃん、手伝ってくれる?」

「分かった、美紀」

「お昼ご飯ができるまで、私は荷解きとかをしていくよ」

「文香。何か俺にしてほしいことがあったら遠慮なく言ってくれ」

「分かった。じゃあ、大輝にいくつかお願いしようかな」

「ああ、任せろ」


 文香に頼ってもらえて嬉しいな。やる気が漲ってくる。

 ふふっ、と笑い声が聞こえたので周りを見てみる。すると、母さんと美紀さんがニヤニヤしながら俺達のことを見ていた。何か恥ずかしい。

 ちなみに、俺が文香を好きなのはうちの両親は知っている。文香の御両親は……この様子からして知っていそうな気がする。俺から話したことはないけど、母さんが喋っていそう。

 俺は2階にある和奏姉さんの部屋……でもあり、今日から住み始める文香の部屋に戻る。ベッドや勉強机などが置かれているので、ここはもう文香の部屋だと受け入れたと同時に、そんな部屋が自分の隣にあるのが不思議に思えた。


「それで、俺は何をすればいいかな」

「そうね……まずは壁に時計を取り付けてくれるかな。あとは、テレビとBlu-rayプレイヤーの配線もお願いできる? 私、家電関係はあんまり得意じゃなくて……」


 いきなり色々と頼んでしまったからなのか、苦笑いする文香。


「分かった。じゃあ、まずは時計の取り付けをやるか」


 何が入っているのかダンボールにきちんと書いてあったので、時計をすぐに見つけられた。この時計は何年も前から使っているものなので、見つけたときには懐かしさを覚えた。

 文香の指示の下、俺は壁に時計を取り付けていく。


「こんな感じでいいか?」

「うん。背が高いと、脚立に乗らなくてもその高さに取り付けられるんだね」

「この高さなら何とか。これからも、高い場所のことで何かあったら遠慮なく言ってくれ」

「ありがとう」


 その後、テレビとBlu-rayプレイヤーの配線作業に取りかかる。小さい頃に父さんと一緒にテレビの配線作業をやってから、こういう作業は結構好きになった。なので、とても楽しい。それに、これは文香の使うものだから。

 荷解きを始めてもいいのに、俺が作業をしている間、文香はずっと真剣な様子で俺のことを見守ってくれていた。頼んだ立場として、せめて見ていようということだろうか。見られていることの緊張もあるけど、こんなに近くで俺を見てくれていることの嬉しさの方が勝る。あと、近くにいるからか、文香の甘い匂いがほんのりと感じられて。

 そういえば、文香が中学に入学した際に買ってもらったパソコンの設定、俺がやったんだよな。あと、小学生のときに買ってもらったスマホの基本的な使い方も俺が教えたなぁ。


「……よし、これで大丈夫かな。確認のために、テレビを点けてくれるか?」

「分かった」


 文香はテーブルに置いてあるリモコンを手に取り、テレビのスイッチを入れる。すると、お昼のワイドショーが映った。平日のこの時間はワイドショーをやっているのか。久しぶりに見たな。


「ちゃんと映った。小さいときから変わらず、大輝は機械に強いね。さすが」

「いえいえ、それほどでも」


 口ではそう言うけど、文香に褒めてもらえて本当はすっごく嬉しい。


「テレビはこれでOKだな。じゃあ、次はBlu-rayプレイヤーの確認をするか。何か適当なBlu-rayはあるか?」

「うん、あるよ。ええと、Blu-rayはこのダンボールに……」


 文香は俺に背を向け、ベッドの近くにあるダンボールを開ける。その際、前屈みになっているからか、腰の辺りの白い肌がチラリと見える。あと、赤い布がほんの少し見えて。さすがに、下着事情は以前からも知らなかったけど……ああいうのを穿くのか。そんなことを考えていたら、体が熱くなってきた。


「あった。録画したBlu-rayだけど」


 文香は俺にBlu-rayの盤面を見せてくる。そこには少し丸みのある綺麗な字で『鬼刈剣おにがりつるぎ』と書かれていた。


「『鬼刈剣』か」

「うん。去年、テレビで放送してたアニメを録画したの。アニメを観たらハマって、原作漫画も最新巻まで買ったの」

「そうなんだ。俺もアニメをきっかけに漫画を買ったよ」


 そういう反応をしたけど、アニメを放送していた時期、文香が『鬼刈剣』について友人と楽しそうに喋っていたのを知っている。あと、駅前のショッピングセンターの中にあるアニメショップで、原作漫画を手に取っていたところを見たこともある。

 ちなみに、『鬼刈剣』というのは、時代劇やアクション、ファンタジー要素もある少年漫画。去年、半年間放送されたテレビアニメをきっかけに、女性中心に絶大な人気を獲得した。正直、俺はアニメの放送まであまり知らなかったけど、アニメの第1話が面白くて、羽柴も原作をオススメしてくれたのをきっかけにハマった。

 文香は『鬼刈剣』を録画したBlu-rayをプレイヤーに挿入。

 それから程なくして、テレビに『続きから見る』『録画一覧から番組を選ぶ』と表示される。文香は『続きから見る』を選択する。すると、


『ねえねえ、待ってよ~!』

「ふふっ」


 アニメの中でも、屈指のコメディシーンがテレビに映し出された。だからか、文香は声に出して笑う。ただ、そんな姿を俺に見られて恥ずかしいのか、すぐにそっぽを向く。小さい頃なら、大きく口を開けて笑っていたのにな。あと、このシーンが文香のお気に入りなのかな。

 何にせよ、これでテレビとBlu-rayプレイヤーの配線が無事にできたと分かった。良かった。


「Blu-rayの方もちゃんと映ったね。良かった。ありがとう、大輝」

「いえいえ」

「文香、大輝君、お昼ご飯できたわよ~」

「うんっ! すぐ行く! ……行こうか」

「ああ」


 時計を設置し、テレビとBlu-rayプレイヤーの配線作業も終わったのでキリがいい。

 Blu-rayの再生を止め、俺達は1階のキッチンに向かうのであった。



 お昼ご飯は美紀さんと哲也おじさんが作った焼きそばと中華スープ。さすがは美紀さんと哲也おじさん。凄く美味しかった。文香も料理が上手だけど、きっと御両親からの遺伝もあるだろうな。

 そういえば、うちの家族と文香の家族が一緒に食事するのはひさしぶりだった。3年前の一件があってからは、近所の公園でお花見をしたときくらいかな。だから、何だか懐かしい気持ちになった。文香と俺が小学生の間は、定期的に今のように家族同士で食事をしたり、どこかに出かけたりしていたな。

 3年前の一件以降はそこまで関わりがなかったけど、あと数日で美紀さんと哲也おじさんが四鷹から離れてしまうことに寂しさを覚えるのであった。

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