第4話『親友は感付いていた。』

 昼食後。

 哲也おじさんと美紀さんは自分達の引っ越しの準備や、引っ越しに関わる手続きなどがあるため家を後にした。

 俺は文香と一緒に文香の部屋に戻り、荷解きをしていくことに。

 文香の指示で、俺は本棚を担当。文香から、本をダンボールに詰める直前の本棚の写真を送ってもらい、写真通りに入れてほしいとお願いされた。

 写真を見ると、半分くらいは俺も読んだことのある漫画やライトノベルだ。名前だけなら、8割くらいは知っている。ラブコメを筆頭に美少女4コマ漫画、BL、ティーンズラブ作品が多い。このラインナップだと『鬼刈剣』が異彩を放っている。そんなことを考えながら、俺はダンボールから本を取り出し、本棚に入れる。

 ちなみに、文香は衣服の荷解きをしている。たまに様子を見るけど、下着を持っているのを見てしまったときはさすがにドキドキした。

 ――プルルッ。

 スマホのバイブ音が響く。ローテーブルにある自分のスマホを手に取ると、


「俺の方だ。……羽柴から電話か」


 春休みになったし、どこか聖地巡礼へ行こうっていう誘いかな。廊下に出て、羽柴からの通話に出る。


「もしもし」

『羽柴だ。この前、速水が貸してくれたラノベ、凄く面白かったぜ!』

「貸したラノベ……ああ、『従妹達が僕にとてもウザい』の1巻か。楽しめたなら良かったよ」

『バイト代入ったら、さっそく最新巻まで買うぜ! 今から返しに行きたいんだけど、お前の家に行っても大丈夫か? それとも、今は外出中か?』

「……家にいるよ。でも、ちょっと待ってくれ」


 今は文香の引っ越しの手伝いをしているからな。文香にも訊かないと。

 羽柴との通話を保留の状態にする。文香のところに行くと……今、持っているのはスカートなので、話しかけても大丈夫そうだ。


「文香」

「うん、どうかした? 羽柴君から電話があったみたいだけど」

「ああ。俺が貸してたラノベを返すために今からここに来たいって言っているんだけど、文香は大丈夫か? ここに来たら、俺と一緒に暮らしているのが羽柴にバレる」

「大丈夫。大輝と幼馴染なのは高校でも知られているし。ここに引っ越してきたのは父親の転勤と、両親同士が学生時代の友人だからっていうちゃんとした理由があるから。大輝さえ良ければ話していいし、ここに来てもらっても大丈夫だよ」

「分かった」


 再び廊下に出て、羽柴との通話を再開する。


「待たせたな、すまない。今から家に来てくれ」

『分かった。でも、大丈夫か? いつになく保留にしたからさ』

「……実は今、文香の引越しの手伝いをしているんだ」

『引越しって……桜井、2年から別の高校に通うのか?』

「ううん、違うよ。言葉足らずだったな。実は俺の家に文香が引っ越してきたんだ。彼女の親父さんが名古屋に転勤するんだけど、文香は東京に残りたいらしくて。文香の御両親とうちの両親は学生時代の友人同士だし、姉貴の部屋が空いてるから、そこを文香の部屋にするんだ」

『……ほぉ、なるほどなぁ……』


 普段よりも落ち着いたトーンでそう話すけど……なぜだろう? 羽柴の不敵な笑顔がふと頭に浮かんだのだ。


『良かったじゃないか。好きな人と同居生活を送ることになってさ』

「えっ、ちょっ……はあっ?」


 羽柴の言葉にドキドキしてしまい、大きなボリュームで変な声を出してしまった。


「どうかした? 変な声が聞こえたけど」

「く、くしゃみだよ」

「そっか」


 文香が部屋の中に戻ってほっとすると同時に、電話の向こうから聞こえる羽柴の笑い声にムカムカしてきた。


『ははっ、随分と面白いくしゃみの声だ』

「……そのラノベの税込価格を貸出料として徴収するぞ」

『ごめんごめん。だから、貸出料は買う方に回させてくれ』

「……冗談だよ。ていうか、いつから気付いていたんだ?」

『1学期の間にはそうかなぁって。学校で桜井の方を見てることも多かったし。それに、速水の部屋にある本、幼馴染の女の子が結ばれる作品だったり、そうでなくても重要人物だったりする作品がいくつもあるじゃないか。それで、速水は桜井のことが好きなのかなって思ってた』

「……な、なるほどなぁ」


 確かに……思い返してみれば、幼馴染の女の子と結ばれる作品だったり、重要人物だったりする作品を多く読んでいるな。だって、『幼馴染の女の子』とか『幼馴染ヒロイン』って素敵な響きじゃないですか。

 羽柴など、高校で出会った友人には文香とは幼馴染であることは話している。俺にとっては文香をたまに見ていたくらいの感覚だったけど、周りからすれば結構多かったようだ。それで、羽柴に感付かれたと。


『クラスの何人かの男子も感付いてるぞ。速水がいないときの話題に何度も上がったほどだ。速水、桜井のことを気になってるかもなって』

「……マジか」


 昨日、一緒にラーメンを食べに行った面子はみんな気付いていそうだ。文香が好きだって話をしたことは一度もないけど、好意って気付かれやすいものなのかな。


「……文香の前では変なことは絶対に言うなよ」

『分かってるって。それに、もし本当に好きなら見守ろうってクラスの奴らとは話してる。安心しろ』

「お気遣い感謝します」


 高校でいい友人と何人も出会えて、俺は幸せ者だよ。

 ただ、文香は人気の高い生徒なので、1年生の間に男女問わず何人もの生徒に告白されたことがある。人づてに聞いた話だと、「今は誰かと付き合うつもりはない」などという理由で全て断ってきたそうだ。

 俺も何人かの女子に告白されたけど、文香と同じような理由で断っている。たまに、羽柴の断りの常套句である「二次元女子に夢中」を使わせてもらったけど、そのときは引かれてしまったな。

 幼馴染で、これから一緒に住み始めるからって油断をしちゃいけないな。4月に入学してくる生徒達が文香に告白する可能性もあるし。


「……話を戻すけど、こっちは大丈夫だからいつでも来てくれ」

『分かった。じゃあ、さっそく返しに行くわ』

「ああ、待ってるよ」


 そう言って、俺の方から通話を切った。

 羽柴とは出身中学も違えば、住んでいる市も四鷹市ではなく隣の武蔵原むさしはら市だ。それだけ聞くと遠いイメージを持つと思うけど、実際は家から彼の自宅までは徒歩20分くらいで行くことができる。それもあって、1年生の間は何度もお互いの家でアニメを観たり、ゲームで遊んだりしたな。


「羽柴が今からラノベを返しに来る。20分くらいで来ると思う」

「分かったわ」


 羽柴は俺と一緒にいることが多いから、文香は何度も話したことがあり、連絡先も交換している仲だ。なので、この部屋に来ることも大丈夫だと思う。もし、文香が嫌がったら、俺の部屋にいてもらうか、ラノベを返してさっさと帰ってもらおう。

 引き続き、俺は書籍の荷解きをしていく。

 名前だけ知っている作品を手に取ると、どんな内容か気になって、つい開いてしまうな。


「大輝、手が止まってる」

「ご、ごめん。読んだことのない漫画や小説もあるからさ」

「大輝の本好きは相変わらずね。……まあ、これから一緒に住むんだし、読みたい本があればいつでも貸してあげるから。だから、今は手を動かして」

「分かったよ。ありがとう」


 読みたい本を貸してくれるのはもちろんだけど、それよりも文香から「一緒に住む」という言葉が聞けることが嬉しかった。

 それからも俺は荷解き作業を進めていく。すると、

 ――ピンポーン。

 インターホンが鳴る。羽柴と電話をしてから30分近く経っているから、おそらく彼が来たのだろう。


「羽柴かもしれない。ちょっと確認してくる」


 文香が俺に頷いたのを確認して、俺は文香の部屋を出る。

 玄関へ向かおうと階段を降りているとき、羽柴と鉢合わせた。俺と目が合うと、羽柴は微笑みながら「よっ」と右手を挙げた。黒いジャケット姿が似合っているのもあって、こういう仕草でもかっこいいと思えてしまう。


「羽柴。いらっしゃい」

「お邪魔します、速水。親父さんとお袋さんが上がっていいって言ってくれたから、お言葉に甘えさせてもらった」

「そうか」


 そんな羽柴は黒い手提げだけでなく、スーパーのレジ袋らしきものを持っていた。


「その袋、どうしたんだ?」

「近くのスーパーで飲み物とお菓子を買ってきたんだ。桜井がここに引っ越してきたから、ささやかな引越祝いで。あと、ラノベを貸してもらった速水へのお礼も」

「そうなのか。ありがとな。今は文香と一緒に荷解きをしているんだ。ついてきてくれ」


 羽柴を連れて文香の部屋へと向かう。文香はダンボールからブラウスを取り出し、タンスの中に入れているところだった。


「文香、羽柴が来たぞ」


 俺がそう言うと、文香はゆっくりとこちらに向いて、軽く頭を下げる。


「……羽柴君、こんにちは」

「こんにちは、桜井。……部屋の中にダンボールがいっぱいあるな。まさに、引越ししてきたって感じだ。去年の夏だったっけ。この部屋にお邪魔したときと違って、ベッドとかタンスとか色々なものがあるな」

「去年の夏……ああ、和奏姉さんが帰省していたときか。姉さんは一人暮らしをするときに、部屋にあったものをほとんど持っていったからな」

「なるほど。……ささやかだけど、引越祝いに飲み物とお菓子を買ってきた」

「ありがとう。お昼ご飯を食べてからずっと荷解きしていたし、一旦休憩にしようか」

「そうだな。じゃあ、俺の部屋で休憩するか」


 文香と羽柴と一緒に自分の部屋に入る。まさか、この2人と一緒に、自分の部屋で過ごすときが来るとは。

 俺達はテーブルの周りに置いてあるクッションに座る。ちなみに、俺の左斜め前に羽柴、右斜め前に文香が座っている。

 羽柴は落ち着いているけど、文香はこうしてゆっくりするのが久しぶりだからかそわそわしているな。3年前の一件があってからは、確か初めてだったはず。


「速水にはブラックコーヒー。微糖コーヒーとストレートティーを買ってきたんだけど、桜井の好きな方を選んでいいぞ」

「じゃあ、微糖コーヒーで」

「コーヒーの方な。はい、どうぞ」

「ありがとう。じゃあ、さっそくいただきます」


 文香は羽柴からボトル缶の微糖コーヒーを受け取り、さっそく飲み始める。荷解き作業をして喉が渇いていたのか、ゴクゴクと美味しそうに飲んでいる。そんな文香につられて、俺もボトル缶のブラックコーヒーを飲む。


「美味しい」

「冷たくて美味しいよな」


 そういえば、俺と仲が良かった頃は、文香はコーヒーを飲めなかった。あの日からのおよそ3年間で、文香は色々な部分で大人になったと思う。


「それで、買ってきたお菓子はチョコマシュマロだ。桜井の引越祝いと、ラノベを貸してくれた速水へのお礼だから、2人とも遠慮なく食えよ」


 羽柴はみんなが食べやすいように、マシュマロの袋を全開にしてテーブルの上に置いた。文香はさっそくマシュマロを一つ食べる。


「う~ん、美味しい!」


 微糖コーヒーを飲んだとき以上に可愛らしい笑みを浮かべる。文香の大の甘いもの好きは今でも変わらないな。一度食べ始めたら止まらないのか、何度もマシュマロに手を伸ばしている。こういう光景を自分の部屋で見られて幸せだ。


「美味いなぁ、このマシュマロ。コンビニで買うよりも安いし、量も多いから帰りに買うかな」 


 文香に負けないくらいに羽柴もマシュマロをパクパクと食べている。俺達のために買ってきたと言っていたのに、まったく。

 実は羽柴も結構な甘党だ。お互いの家に行くときは、コンビニやスーパーなどで甘いお菓子やスイーツを買うことが多い。甘い飲み物も好きなのもあって、四鷹駅の北口近くにあるタピオカドリンク店でバイトをしている。

 2人ほどではないけど、俺も甘いものは好きな方だ。特にマシュマロは。


「うん、美味しい」

「だろう? ……そうだ、ラノベを返さないと。貸してくれてありがとな。明日、バイト代が入る予定だから、入ったら最新巻まで買うわ」


 明日は25日なので、俺もバイト代の入る日だな。

 羽柴はハンカチで手を拭くと、持ってきた黒いバッグから俺の貸したラノベ『従妹達が僕にとてもウザい』の第1巻を取り出し、俺に渡してきた。


「そのラノベ……四鷹駅にあるアニメイクに行くとポスターが貼ってあるよね」

「最近スタートしたラノベの中では指折りの人気シリーズだからな。もし、興味があるなら、文香も読んでみるか?」

「……うん。ちょっと気になってたから、とりあえず1巻を貸してくれる?」

「分かった。じゃあ、文香に渡すよ」


 文香に第1巻を渡した。

 そういえば、荷解きの際に送られた本棚の写真には、ラブコメのラノベもいくつかあったな。


「こうやって、面白い作品が多くの人に伝わっていくのを見ると気分がいいな、速水」

「そうだな」


 それに、自分の手で文香に好きなラノベを貸せたのが嬉しい。どんな感想が聞けるのか楽しみにしておこう。また、文香は部屋にある本棚を見ていた。


「さっき、速水との電話で聞いたけど、今月末で御両親と離れ離れになるんだよな」

「ええ。お父さんの転勤で、2人は名古屋に。私も生まれてから、幼稚園に入園する直前までは名古屋に住んでいたの」

「そうだったのか」

「でも、幼稚園に入ってからずっと東京だし、私にとっての故郷は四鷹だから。名古屋での記憶もあまりなくて。両親と離れるのは寂しいけど、東京には友達がたくさんいて、高校でも青葉ちゃんとか友達ができたし。幼馴染の大輝と彼の御両親もいるし。もちろん、羽柴君とか高校で知り合えた人もいるから。きっと大丈夫だと思う」

「……そうか」


 羽柴は微笑みながら、俺の方をチラッと見た。「桜井がそう言ってくれて良かったな」とでも言いたいのだろう。俺と目が合うとより口角を上げ、紅茶を一口飲む。

 ちなみに、文香が言う青葉ちゃんというのは、1年のクラスメイトの小泉青葉こいずみあおばさんのこと。出席番号順が前後していることもあって、入学直後から文香とずっと仲がいい。女子テニス部に入っている明るく元気なスポーツ女子だ。何度か、文香と一緒に俺のバイトしているマスバーガーに来てくれたな。


「桜井がそう言うならきっと大丈夫だろう。それに、幼馴染の部屋にいるからか、学校にいるときよりもいい表情に見えるからさ」

「ほえっ? そ、そうだね。速水家のみなさんに居場所を作ってもらえたから。その安心感で普段よりもいい表情になったと思うの。それだけなんだから……」


 頬を赤くした文香は、いい表情だと言った羽柴ではなく、なぜか俺をチラチラと見てくる。さっきの間の抜けた声も含めて可愛いな。

 羽柴が来てくれたおかげで、楽しい休憩時間になったのであった。

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