第2話 誰も知らない知られちゃいけない

 ステージから降りても彼女たちは輝いています。ミニライブで五曲ほど歌い終わった後、恒例の握手会が始まるのです。

 新曲の『さらばテンプレ・ラヴァーズ』はすでに一枚持っていますが、今夜も一枚買って握手に参加します。CDにはジャケットが五種類用意されていて、前回は一推しのメンバー、ウサギ耳担当のくるみちゃんバージョンを購入しました。今回はくるみちゃんの次に好きなキツネ耳担当さよりちゃんバージョンを購入しました。この時点ですでに浮気者です。崇拝とはほど遠いカジュアルなノリです。

 全員との握手を終え、夢心地に。だけど緊張が走りました。

 まさか知人と会うことなどないだろう。そう、ここは秋葉原のイベント会場、それも屋内、東京タワーや後楽園に比べ、偏った層の人間しか来ないディープスポットです。

 それが……いたのです。

 高校時代の友達とかではなく、半年ほど前に入った職場の先輩です。

 こっちを……見ています。ぼくは気づかないフリをして立ち去ろうとしました。後日、職場で顔をあわせたときに「このあいだ秋葉原にいなかった?」と聞いてきたら、どうしらばっくれるべきか、できればたがいにそっとしておきたいです。それが紳士のたしなみというものです。

 ぼくは人混みにまぎれて、そっと会場を出ました。非常階段を降り、六階のイメージDVD売り場に……。

 突如、後ろから肩をつかまれました。

「加瀬くん? 奇遇だな、まさかこんなところで会うなんて!」

 ぼくはゆっくり振り返りました。ゲームオーバーです。職場ではアイドルファンだということは隠しておきたかったのに……まさか、こんなところで会うなんて。


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